地球編15 一つの答え
______それは想像を絶する姿だ。
人間が両手を横に広げたような形状の上半身をしていて、その周りには竜と蛾を混成したような羽と皮膚を持つ。下半身は爬虫類のような黒い鱗と昆虫のような外骨格が重なり合うようについていて、その体躯を覆っている。
不気味な模様をした羽をばたつかせる度に、とてつもない風圧が生まれている。
その体の表面の一部は不気味に赤黒く、所々うごめいている。よく見ると、様々な生物の顔が集まり、窮屈そうにもがいているようだ。それらの叫び声が混じり、禍々しい音の集合体となり空気を響かせている。
その全長は10階建てのビルくらいありそうだ。夕日を背にした荘厳とした姿は、神々しさすらも感じさせる佇まいだ。
強烈な風圧と不快な叫び声が生む振動だけで、周囲の大地が削り取られ、海は蒸発し、無に還っていく。
その存在を見るだけで、人々は恐怖で発狂し絶望させられるだろう。
その存在は、頭の部分から濃度の濃い黒煙を吐き出した。顔の前で、その黒煙が強力な渦を巻く。それが集積すると、その存在は一瞬動きを止めた。
鱗で覆われた胸部の皮膚が膨らんだかと思った後、一気に膨大な黒煙が俺の方に向かって吐き出された。
一気に視界は黒に覆われていく。だが、俺はそれに立ち向かうように跳躍した。
「ぐっ!!」
すると、何かにぶつかりお腹を強打した。その反動で背中側に倒れると、革張りのソファーの背凭れに身体が預けられた。
「うおっ、何だよ!」
目を開くと、隣でエヴァンが驚いた表情でこっちを見ている。あれ?さっきの怪物は何処に行った?
周囲を見渡すと、1人掛けの大きめの座席が左右に並んでいて中央に通路がある。その奥には操縦席があり、計器やモニターらしき光が見える。壁には角丸四角の窓があり、外には空の青が見えている。
「ん………あれ?そっか、ジェット機に乗ってるのか?」
「おいおい、コウ。何寝ぼけてんだよ」
俺が辺りを見渡してぼんやりしている隣で、エヴァンは呆れた顔を俺に向けている。あれ……さっきのは夢?なんか、リアルだったけど……。
目の前には席に取り付けられた1人用のテーブルがある。これにお腹をぶつけたのか。まだぶつけた所が痛い。
にしても、現実感のある夢だったな。五感を感じるほどではないけど、まるで映画の世界に自分が居るかのような感覚だった。……一体、何だったんだ?
「お前、大丈夫か?あともう少しで到着予定だぜ」
「そっか?いつの間にか寝てたよ」
「どんな夢見てたんだよ?いきなり立ち上がるから驚いたぜ」
「あはは、なんか怪物が出てきてさ。……夢で良かったよ」
俺達は、本拠地の公会堂に向けてジェット機で移動中だ。自家用サイズで10名程度乗れる。座席は広くてリクライニングも出来る。全ての座席の前面には、映画鑑賞用モニタとテーブルが付いている。高級ホテルのようなラグジュアリーな内装だ。
俺達は、事前に場所までは聞かされていなかった。まさかビジネスジェット機で移動するなんて思ってもいなかった。管理者のマットとダリアが操縦を行い、闘士のアラシとシーハン、そして、俺とエヴァンが搭乗している。
「それにしても、何処に向かってるんだ?」
「そうだよね。大西洋の方を飛んでるっぽいね」
「多分な。まだ全然海の上だけど、あと少しで辿り着くとは思えないな」
「うん。秘密の島があったりしてね」
「ま、あり得るな。衛星写真も無いように加工すりゃいいしな」
まだ出発してから2時間程度だ。エヴァンの言う通りまだ到着するには早い気がする。
「もう何でもありな感じするよ」
「だよな。……そういや、トーリスも秘密を知ったらしいな」
「そうなんだよねー。シャゴムットに襲撃されたり、バンドも解散したり……他にも、色々あった」
「らしいな。トーリス達は再結成してボーカル募集するって聞いたぜ」
「うん。俺がそうするように奨めたんだ。皆で作った曲もあるし、アルバムもかなり思い入れあるから……これで終わりにするのもね」
エヴァンには、電話でバンド解散を伝えた。彼も凄く残念がっていたけど、理解を示してくれた。エヴァンも活動休止を発表予定にしているみたいだ。
「でも主軸のお前が居なくなると、また違うバンドになるだろうな」
「だよね。ボーカルの最終オーディションには俺も加わる予定だよ。感性が似てる人を選びたいし」
「そうか、悔しいよな。これからって時に」
「……うん、まだ割り切れたわけじゃないよ。でも音楽は余裕ある時またやりたいな」
「そうだな。音楽は、望めばいつでも待ってるさ」
これから先、バンドがどうなるかはトーリス次第だ。予定されていたツアーの損失を取り戻したいらしく、レコード会社はバンド存続に協力的のようだ。
ダリアから秘密を明かされてから、人生観が大きく変わる出来事ばかりだ。シャゴムットの存在もそうだけど……カルディア大陸を、俺は実際に見てしまった。今迄生きてきた世界とは、全く違う世界を知ってしまった。
「こないだダリアに地球が滅ぶかもって話を明かされたばっかなのにな。俺が知らない間に、お前も大変だったな」
「うん。実は、エヴァンの家に泊まった時も……不思議な事が続けて起こったんだ」
「あの時にか?」
「うん。ダリアの話を聞いた後……1人になった時にさ。地球の危機が訪れて、この世界に絶望的な感情が渦巻くのを想像したんだ」
あの日……俺は急に告げられた事実に、押し潰されそうになっていた。紗絵が亡くなった日を思い起こし、そんな悲しい出来事が世界中で起こる想像をしたんだ。
「そしたら……俺の目の前に、人の形をした光の集合体が現れたんだ。その光に……何故か、紗絵を感じた。そして、光は俺に吸い込まれていった」
「……光ね。オカルトな話だが、もうそんなのも信じざるを得ない状況だよな。なんか……意味深な感じがするぜ」
「うん、信じられない話かもね。でも、本当に起こったんだ。そして……俺はその夜、ある能力に目覚めた」
「能力?何だよ、それ」
エヴァンは眉を顰めながらも、興味深げな口調で質問してきた。
「これも不思議な話なんだけど、俺は別の世界の子供と繋がって話が出来るんだ。そして、その子を通して……その世界を体感出来る」
「別の世界?……何だよ、そりゃ」
「多分、地球と関係の深い惑星が存在していて、その星にも人が生きてるんだ」
「はぁ……お前も、映画の登場人物みたいな事を言うようになったな。俺だけ置いてけぼり食らってる気分だぜ」
俺は、ロックスの顔を思い浮かべた。エヴァンは、多分まだカルディア大陸の存在を知らされていない。彼は顔を顰めて、溜息をついた。
暫く沈黙が流れた後、エヴァンは口を開いた。
「そんで……お前はその能力に目覚めてから、何か心境の変化はあったのか?」
「うん。向こうの世界の人とも話したけど、俺の運命は……ある程度決まってしまってるのかもしれない」
「まぁ、そんだけ不思議な事に巻き込まれれば……そう思うかもな」
「その中で、自分が出来ることしか出来ないし……守りたいと思えるものしか、守れないのかも」
俺がそう思ったのは、この運命の流れには逆らえないっていう諦めもあるのかもしれない。シャゴムットの襲撃とバンドの解散、それにツナガルモノの能力……あっという間に俺の人生は変わった。何か大きな流れが予めあったかのように感じた。
昔、紗絵の死を経験した事も、大きい。抗えない運命はあるんだと思えた。
その運命の中で、俺は何が出来るのか?……そう考えて、前に進もうと思った。魔導士ノアさんに、『君自身の決断を信じるんだ』って言葉を掛けられてからも……答えを考え続けてる。
「確かにな。俺も何だかんだで、公会堂に行こうとしてるしな。無意識下で何かに導かれてる気もするな」
「うん。でもちゃんと自分なりの答えを探したい」
「…………ああ、そうだな」
俺はここ数日凄く悩んだ。賢者の数万年と言われる使命の長さを思って、生きるって何だろう?って何度も考えた。
「もう……自分が出す答えに、納得するしかないのかもね」
「成程な。まぁ、答えはゆっくり出せばいいさ」
「うん、そうだね。まだ賢者になるって決められない。……でも取り敢えず、前に進もうって決めたんだ」
「だな。前に進むしか、知りたい事も知れないしな」
エヴァンも何か感慨深げに答えた。彼も色々悩んで公会堂に行く事を決めたんだと思う。……到着前に、2人で色々話せて良かった。自分の中でも整理がついた気もする。
その時、前の座席に座っていたアラシが近寄ってきた。
「あ、そろそろ着陸態勢に入るみたいっすよ。シートベルトしといてください」
「あ、うん。もう着くんだ?」
「だよな。こっちは海しか見えないぞ」
「俺の方も……海だけだよ。どこに着陸するの?」
いつの間にか、高度も下がってきていた。窓から下を見渡しても、大西洋が広がるだけだ。
「へへっ、気になりますよね?まぁ、楽しみにしといて下さいよ」
アラシは、ニヤけながら意味深な言葉を残すと、席に戻っていった。……あいつ、反応見て楽しむつもりだな。
「絶対、何か起こりそうだね」
「ああ、本当に海に向かって降下してるしな」
俺達は不安な面持ちで、シートベルトをしっかり締めた。
どんどんジェット機は、高度を下げていく。時折、機体を振動させながら、海面に近付いている。やばい、このままじゃ本当に海に激突する。
「おい、本当に大丈夫なのかよ!」
「大丈夫っすよ。……マットさーん、モニタに映してもらえないっすか?エヴァンさんが心配そうなんで」
「ああ、初めてだからな。今映してやる」
アラシが、大声で操縦席のマットに声を掛けると返事が返ってきた。
それと同時に、目の前の映画鑑賞用モニタに、飛行機の下部に取り付けられたカメラの映像が映し出された。進行方向の様子が映っているが、近付いてくる海面しか見えない。
「やっぱり、海しかないじゃん!」
俺がそう叫んだ瞬間、進行方向の海面を割って長い滑走路が現れた。海中から長細い四角の島が浮上してきた感じだ。余裕を持って降り立てそうな程大きい。
「少し揺れるぞ!」
操縦席から、マットの声が響いた瞬間……その滑走路へと車輪が降りた。振動とともに野太い風切り音が聞こえる。次第にそのスピードは緩んでいき、窓からの風景もゆったりとしたものに変化した。
ジェット機は、そのままゆっくりと滑走路を進んでいる。
「はは、凄過ぎでしょ」
「ああ、とんでもねぇな。けど、本当に滑走路しか無さそうだぞ」
「もう一回、驚きの仕組みがあるんすよ」
俺とエヴァンは窓の外を見た後、お互い見合った。するとアラシは、前の座席に座ったまま首だけ後ろに向けて、自慢気に話し掛けてきた。
やっぱり凄い事が、当たり前に起こるな。この滑走路もどういう仕組みなんだろ?……この分じゃ、公会堂に着いてからも、色々と驚かされそうだ。




