カルディア大陸編14 ゲイルvsエリック
魔導学院の闘技場は、地下に作られている。
闘技場は円形をしていて、中央の舞台を囲むように階段状に観覧席が設けられている。席とす天井には、何重もの魔法障壁が張り巡らされ、かなり強力な衝撃にも耐えられる造りになっている。
この場所は、魔導学院の試験時などの機会に使われる。回復魔法や修復魔法が得意な教員の立会の元で、試験は行われる。防御力に優れた魔道着を使用し、大怪我をする前に立会人が戦闘を止めるルールが義務付けされている。石畳の舞台が破壊された場合は、戦闘後魔法でその都度修復される。
「やけに準備に手間取ってるな?まぁ、紫の魔道士を率いる俺が相手だからな。慎重になるがいい」
エリックは舞台に繋がる階段に座り、ゲイルを待っている。彼は冷笑を浮かべ、不遜な言葉をゲイルに投げ掛けた。
「ああ、そうさせてもらおう」
ゲイルは長剣を光に当て、綻びがないか細かく確認している。美しく磨かれた剣身が、角度によって眩く煌めく。問題ないのを確認すると、腰の鞘に刺した。
「団長さん、私の魔力を沢山注入してるから絶対大丈夫だよ」
「助かるよ」
魔導着に、サーラは魔力を満タンまで注入していた。中央に付けられた緑の魔石の光る度合いによって、残魔力を把握出来るようになっている。鎖帷子のような造りで、首から腰まで覆う形状だ。伸縮性はあり、激しい動作もしやすい。
ゲイルはそれを鎧の下に着込んでいる。防御に関しては、ある程度安心して大丈夫だろうと彼は思った。
「まぁ、温室育ちのお坊ちゃん達に戦いの何たるかを教えてやれ」
「喋ってないで早くして。私たちも暇じゃないのよ。田舎者はのんびりしてて嫌だわ!」
ストームがゲイルに話し掛けると、それを聞いたアイシャはやり返すように強い言葉を投げかけた。
「この……」
「私に任せろストーム。このアッシュウルフの名前を忘れられないようにしてやるさ」
ゲイルは、苛立つストームを制止した。先程から続く失礼な態度に対して、彼の心にも怒りが沸き起こっている。セレネ国の騎士道には、礼節を重んじる教えがある。そして、地区の騎士団長としての誇りにかけても負ける訳にはいかないのだ。
「それでは、手合わせを始めましょう」
ディーノが立会人として、審判を行う。彼は、ゲイルとエリックを中央まで呼んだ。
「いいですか? やり過ぎはダメですよ。魔導着の残魔力がどちらか一方でも切れたり、相手に致命傷を与えかねないと判断した場合、止めに入りますからね」
「ああ」
「了解した」
エリックは、紫水晶の魔石が埋め込まれた杖を構えた。彼が魔力を高めると、着衣した紫のローブが靡き始める。ゲイルも呼応するかのように、長剣を抜き構えた。辺りは静寂に包まれ、2人の間には緊張感が高まっていく。
「それでは、はじめ!!」
「フロガ!!」
ディーノの開始の合図が闘技場に響くと同時に、ゲイルは一気に燃えるような魔力を纏い、火の魔法を放つ。エリックは眉を顰めると、杖を回転させ受け流した。紫色の魔力を纏わせた風圧で炎が分散されていく。
彼が炎に気を取られている隙を付いて、ゲイルは剣を振り下ろす。
エリックは杖でガードするが、杖越しに強い衝撃を受け、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「くそっ……クラド!」
エリックは体を反転させ踏みとどまり、ゲイルを睨む。そして、複数の木枝を体の周囲に精製すると、矢の様に飛ばした。ゲイルは、長剣で弾き飛ばそうと木枝に剣身を振りかざす。しかし剣に触れた瞬間、木枝は一気に網のように広がった。
「なっ? ……くそっ」
「よし!フィロス!!」
不意を突かれたゲイルは、木枝の網に捕らえた。強い魔力で締められていくその網を、彼はなかなか引き剥がせない。
その様子を見たエリックは続けて、眼前に無数の披針形の葉を精製した。その葉が収束し絡み合うと、鋭い槍の形状になった。彼が杖を振ると、ドリルのように回転しながら、真っ直ぐゲイルに向かって飛んだ。
「はぁ!」
「ちっ……くそっ、そのままいけ!」
ゲイルは更に魔力を高め、体に絡み付いた木枝を強引に断ち切った。彼の高熱を纏う魔力が、木枝を焦がし脆くさせたのだ。エリックは舌打ちしながら、飛行する披針形の葉の槍に魔力を込める。
「ぐうっ!!」
「はぁぁぁ! 貫け!」
ゲイルは飛んで来た葉の槍を剣で受け止めた。凄まじい回転で周囲の空気を巻き込みながら、襲いかかる。その鋭い穂先の部分は、剣との摩擦で火花を散らしていく。
エリックは持っている杖を紫に光らせ、葉の槍に更に魔力を送る。すると、まともに食らえば体が引きちぎれると予想出来るほどの太さに変化していく。槍の推進力が更に重みを増し、ゲイルは受け止めきれなくなっていく。
「くっ!……なんて力だ!」
耐えきれないと判断したゲイルは、受け流すように体を捩って躱した。葉の槍の勢いで、鎧が少し削り飛んだ。それらがぶつかった時の摩擦熱せいで、焦げた臭いが彼の周囲に漂った。
「躱されたか……」
「くぅっ………流石に強いな。だが、まだまだ」
ゲイルは体をバク転させ受け身をとると、反撃体勢に入る。脚力を上げて地面を蹴ると、撥条のように素早くエリックに接近し、斬撃を繰り出す。 魔法で足止めする暇も与えず、上段、下段と鋭く剣閃がエリックに襲いかかる。頬や太ももを掠めていくが、彼はその鋭い太刀筋を目で追うことが出来ないでいる。
「隙あり!」
「がっ!!」
一閃、ゲイルは長剣を薙ぎ払った。すると、エリックの胴に剣身がめり込んだ。そして彼は一気に吹き飛ばされ、石畳の床に回転しながら叩きつけられた。
彼は強い痛みに意識が飛びそうになったが、何とか堪え立ち上がる。魔道着のお陰で致命傷には至っていないが、脇腹を抱え蹌踉めいている。
「これで、終わりだ!!」
「ちぃっ!………痛っ……スポロス!」
ゲイルは止めの一撃を放つべく、追撃する。反射的にエリックは、地面に種を巻く呪文を唱えた。ゲイルが鋭い刃を振り翳そうとした瞬間、地面に巻かれた種から蔦が発芽し、勢いよく地面から飛び出してきた。
ゲイルの手足に蔦が絡み合い、一気に彼の自由を奪う。その隙にエリックは、後ろに飛んで体勢を立て直した。再び杖を構えながら、脇腹に回復魔法をかける。
ゲイルも、蔦を無理矢理引き剥がすと剣を構え直す。
「くそっ……あと一歩だった」
「……ふぅ、危なかった。思ったよりやりやがる」
2人は互いに次の一手を窺い、睨み合う。
「おお……あのエリックって奴、まあまあやるじゃないか。ゲイルに食らいついていける奴なんて、久し振りに見たぜ」
「うん、森林魔法の使い手だね。あんなに攻撃的に使うの初めて見た! 普通、回復とか補助系がメインの魔法だもん。すごいね~」
「ああ、珍しい魔法だな。ああいう使い方するのは俺も初めて目にするな」
ストームは感心するように声を上げた。彼も強者は好きなのだ。本当に実力がある相手に対しては、素直に称賛する。サーラも感嘆した表情で話した。
「団長さんも普段穏やかなのに、結構激しくいくんだね」
「まぁ、アッシュウルフって言われるくらいだからな。相手を仕留めるまで、素早い剣技と魔法で攻め手を緩めない。その執拗さが灰色の大狼と呼ばれる所以だな」
ゲイルは戦闘が始まると、人が変わったように攻撃的な姿勢を見せる。ストームもかなりの強者だが、仮にゲイルと本気で戦うなら無事では済まないと思っている。
「ちょっと、エリック!早く、そんな奴やっつけてよ」
「分かっている!くそっ、アッシュウルフか……噂は聞いていたが、予想以上だな」
一方アイシャは、少し押され気味になっているエリックに苛立ちの声を上げた。エリックも予想外の強さに戸惑いを隠せないでいる。彼は以前、騎士団長クラスと手合わせをした経験はあった。しかし一撃を入れられた事など、一度も無かったのだ。
「話をしてる場合かな?……フロガ!」
ゲイルは、剣身に炎を纏わせる。彼の特技は魔法剣だ。剣を振るたびに、炎が野太い音を響かせ風を切る。鋭い剣筋に触れた対象は、分断されその焔に焼かれる。
「ちっ……厄介だな。フィロス」
「いくぞっ!」
エリックは再び披針形の葉を精製すると、それは編み込まれていき、盾のような形状に変化した。ゲイルはゆっくり剣を右手で回転させた後、強く踏み出して一足飛びで、エリックの懐へ飛び込んだ。
「ぐっ……こいつ、動きが速い!」
「はぁぁぁ!!」
ゲイルは、焔を纏う剣を素早く下から振り上げる。エリックは咄嗟に葉の盾で受け、軌道を変えた。彼の鼻先を焔を掠める。
続けてゲイルは体を素早く回転させ、2撃目を入れる。遠心力と共にぶつけられた強烈な一撃を受け止めるが、エリックは堪らず吹き飛ばされる。
「くそっ、尖葉の矢!」
「なんだ!?……ぐっ」
追撃すべくゲイルが踏み込んだ瞬間、エリックは楯状の葉の形状を変化させ。無数の矢のようにゲイルへ撃ち込んだ。彼は咄嗟に避けたが、肩と太腿に葉の矢が刺さった。
その間エリックが距離を取り、再び一瞬の静寂が訪れる。
「ふぅ……一気にいかないと、勝負がつかなそうだな」
ゲイルは刺さった矢を抜きながら呟いた。そして集中するように目を閉じると、焔のような魔力を増大させていく。燃えるように立ち上るその緋煙は、その場の圧力を高めていく。
「ん? あれはまずい。………クラド!」
エリックはゲイルの魔力の高まりに脅威を覚えた。もう一度木枝を精製し、今度は矢のように形を整えて、尖鋭化した細木を複数飛ばす。
猛スピードで空気を切って飛び、高い音を鳴らしゲイルに襲いかかる。彼は魔力を高める事に集中する為に、そのまま防御して受け切る。
鋭い矢と化した木枝は魔導着を貫く威力を見せた。ゲイルの身体に細木が突き刺さり、紅血が流れ出していく。しかし彼は身を屈め、急所だけは避けている。
「先に勝負を決めさせてもらうぞ!……コルモ」
エリックは矢継ぎ早に、大きな木の幹を精製し魔力を込める。次第に幹は紫色の光を放ち、その形状は地面に打ちつける杭のように、先端が鋭く変化していく。先程、彼が草で精製した槍の十倍の大きさはある。正面から受けた人間は、身体が消滅してしまう程の太さを持つ。
「あの魔力はやばいよ。……団長さん!」
「いけるさ! 力を溜めたときのゲイルの一撃は、俺でも止めきれない。そんな木の塊吹き飛ばしてやれ!」
サーラが目の前の魔力に戦慄し、心配そうに声を掛ける。対照的にストームは、熱く前のめりになってゲイルを応援する。
「おい!ちょっと、2人共!!やり過ぎだ」
審判を受け持っているディーノは、慌ててゲイルとエリックの間に割って入ろうとした。だが魔力が急激に高まる速度に、彼の動作は間に合わなかった。
「森林の聖霊よ、我が魔力に宿れ。止めだ……大樹の槍!」
鋭く尖った大樹の槍からは、紫の煌きが放たれる。エリックは、底知れないゲイルの強さを警戒し、己の持つ最高ランクの呪文を放った。その巨大な槍は回転を速めると、空気を震わせて重低音と共に、ゲイルに迫っていく。
その時、ゲイルの目が開いた。
「焼き尽くせ、紅蓮の炎。……大狼の炎刃!」
彼は炎のような紅を纏う剣を、振り下ろす。すると大狼の形をした紅蓮の炎が、エリック目掛けて飛び出す。向かってくる大樹の槍を飲み込まんとする規模の炎だ。
紫に光る大木の槍と紅蓮の炎が激しくぶつかり、強烈に圧し合った。赤と紫の魔力の塊となり、強烈なエネルギーが拡散していく。それは舞台の石畳を削り取り、空気を震わせる。周囲には強烈な風が唸り始める。
「え、ちょっと、こりゃやばいよ。……くぁっ!!」
一瞬雷のような魔力の塊が周囲に、弾け飛んだ。一気に途轍もない衝撃波が発生して、近くで見守っていたディーノは吹き飛ばされた。
「がぁぁぁぁぁ!」
「はぁぁぁぁぁ!」
ゲイルもエリックは周囲を窺う余裕もなく、お互い負けじと魔力を高めていく。
その拮抗したままぶつかり合う魔力が、更に膨らんで暴走し始める。朱色と葡萄色が拮抗しながら煌めきを増して、闘技場の左右を照らす。雷のような形状の魔力が際限なく放出され、闘技場全体の地面や壁を削り取っていく。幾つかの魔法障壁は破られそうになっている。
「このままじゃ危ない! ……ストーム、私の後ろに隠れて」
「おい!!ゲイル!!お前、本気になり過ぎだ!」
サーラは、魔法障壁を眼前に広げて最大限厚くして覆った。ストームは、大声でゲイルに向かって叫ぶ。
「ちょ……やばくね」
「まずいわ。エリックと互角なんて想像以上ね」
観覧席にのんびり座っていた紫の魔導士の副団長カロメは、前に立つアイシャに慌てて声をかけた。アイシャも自分の額から冷や汗が流れているのに気付いた。2人共慌てて魔法障壁を出して構えた。
暴走する強烈な魔力から、激しく渦を巻く旋風が起きる。衝撃波と共に削り取られていく舞台の破片が、闘技場の宙を舞い散る……。
「2人共、早く魔力を抑えるんだ!!」
舞台の端まで飛ばされたディーノは、立ち上がると叫んだ。彼の眼前に自分では止めきらない規模に膨らんだ魔力が渦巻いていく。
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