カルディア大陸編13 紫の魔導士②
「さて、自分が作戦の説明を行います」
ディーノが会議室に書類を持って入ってきた。ゲイル達が学院に到着した時、案内した男だ。彼は学院の教師だが、闘士でもあるのだ。
ディーノはセイントの横に立ち、セレネ国の地図を円卓の上に広げる。額に垂れた茶色の髪を掻き上げると、彼は話し始めた。
「まず、ルセル卿の狙いですが、魔竜の洞窟の封印を解く事でしょう。これが解かれると、ジェナミ帝国まで繋がる地下道を塞ぐ結界も破られる可能性があります」
「やはり封印を解き、魔物達が侵攻してくる可能性が高い……ということでしょうか?」
大陸を縦断する地下道には、セレネ国への侵入を防ぐ為、他国との境界に結界が張られている。しかし、広大な地下道全てに張り巡らす事が出来てはいない。2年前のゴブリン発生事件の際は、その隙間を狙われたのだ。
その後、隙間を埋めるように結界は張り直された。
ディーノは、ゲイルの質問に頷き話を続ける。
「ええ。それに魔人達と繋がっている可能性も怪しまれています。他に狙いがあるのかもしれません。これについては、調査中です」
「魔人……ですか」
ゲイルは険しく顔を歪めた。セレネ国では……二百年程前、魔人との大戦があったと伝承されている。しかし少なくともここ百年は、その存在すら確認されていない。
「まず、魔竜の洞窟の入口は3つ確認されています。1つ目はセイント学院長が23年前に発見された洞窟。ガアル地区にあります」
ディーノは地図に印をつけ、話を続ける。
「そして、2つ目はダマクス地区で17年前に発見されました。そして、3つ目は2年前のゴブリン討伐後、探索隊を組んだ結果ドアラ地区で発見されました」
ガアル地区はセレネ城の西、ダマクス地区は北西に位置している。ドアラ地区は、セレネ城に最も近く、城下町から真北に進んだ場所に存在している。
「ん? 2つ目のダマクス地区のものは初耳だな」
「ええ。その場所は紫の魔導師達の管轄下に置かれていますから、ほとんどの者は知らないでしょう」
ゲイルが地図を見ながら疑問の声を上げると、エリックが理由を答えた。実は、紫の魔導師達の中に、“沈黙の契約”をかけられセイントの指示下で動いている管理者がいる。
団長のエリックを含めた団員達は、その管理者の存在や賢者を知らない。エラドやノアの存在も隠されている。彼等は、あくまで国の密命を受けている体で動いているのだ。
「話を続けてもいいですか?……では、ルセル卿が動き始めたのを確認したら、3軍に分かれてそれぞれの地区に軍を向かわせます。ルセル卿の動向に関しては……ゲイルさんにお任せしますよ」
「ええ、任せてください」
ディーノは地図上を指差しながら、ゲイルの方に目をやった。アーガイル地区の屋敷で働く家令ポールに、情報提供してもらう話をゲイルは事前に伝えていた。
ルセル卿の動きに合わせて作戦を進めていくことは、事前に書面上でも互いに確認し合っていた。
ディーノは、木箱から軍を示す駒を取り出した。その木彫りの模型は簡易的な形状だが、兵士の形をしている。
「恐らく、ルセル卿はガアル地区の洞窟に向かいます。ゲイル騎士団長を筆頭にして、ストームとサーラ……そして、僕はここを担当します。あとは、紫の魔導師達の魔導師5名に加え、ガアル地区とアーガイル地区の騎士団が向かいます」
ディーノは地図上のガアル地区の部分に、数個の駒を配置した。
「まぁ……戦力はそれでもいいが、あんまり大所帯で動くと、ルセル卿にすぐ気付かれるだろ?」
「ええ。ですので騎士団には時間差で出発してもらい、ルセル卿がガアル地区のナルの森に入ったのを確認してから、動いてもらいます。騎士団は、主に森の包囲が目的です」
黙っていたストームが、疑問を呈すように口を開いた。ディーノは、普段ストームとは軽口を聞く仲だが、役割に徹し教師のような口調で答えた。
「なるほどな、逃げ道を断つためか。じゃあ俺達は洞窟の近くで、事前に待ち構えておくのか?」
「そうですね。僕達がルセル卿と戦う可能性が高いです。そして、あとの2つの地区ですが……」
ディーノは作戦概要を続けて話した。
ガアル地区は
ゲイル、ストーム、サーラ、ディーノ + 紫の魔導師達の魔導師5名が、ルセル卿と対峙する。
その周囲をガアル地区とアーガイル地区の騎士団で包囲する。
次にダマスク地区は
紫の魔導師達の団長エリックと副団長カロメ、アイシャが担当する。
紫の魔導師達が掴んだ情報では、怪しい動きを見せる魔導師が、洞窟の近くの村で目撃されている。ルセル卿と関わっている可能性が高いという話だ。
こちらも有事に備えて、ダマスク地区の騎士団を付近に待機させておく。
最後に、ドアラ地区は
セイントが担当する。こちらにはセレネ国直属の軍隊月の女神の兵士達が待機して、有事に備えておく。セレネ国王には、セイントから話を通してある。
魔竜がどう動くかも予測出来ない部分があるため、セイントが状況に応じて臨機応変に動く……という話で纏まった。
「では、一通り役割は決まりましたね。何かご意見は?」
ディーノは説明を終えると、全員の顔を見回した。
「確認したいのだが……3つの洞窟全てに軍を配置する必要性は? 戦力が分散されるリスクもあるのでは?」
ゲイルは地図を眺めながらディーノに尋ねた。当たり前のように軍を3つに分けることが決まっていた点に違和感を感じたのだ。
「それは……」
「タロット占いで、3つの地区で不吉な事が起こると出ています。副団長のアイシャは、将来起こる事をタロットで予測出来ます」
ディーノが言いかけると、被せるようにエリックが代わりに答えた。ゲイルは、エリックの隣に座る副団長の女に目を向けた。
「タロットですか……? それでは3つの洞窟全てで戦いが起こると占いの結果が出ているということかな?」
「ふふ……私が導き出した結果は、3つの方角から同時に黒き邪悪な魔力が湧き出てくるという予測よ。おぞましさを感じる程のね」
アイシャは、髪をかきあげながら高慢な口調で話した。
彼女は薄紅色の巻き髪をしている。厚く化粧を施していて、妖しく魅惑的な雰囲気がある。その嫣然たる微笑みに吸い込まれる男も多い。
「黒き邪悪な魔力……か」
「まぁ、その姉ちゃんの言うことが本当なら、軍を分ける必要があるだろうが、本当に信用できるのか?」
ゲイルが黙考するように顎に手を置くと、その隣に座るストームが、アイシャに疑惑の眼差しを向けた。
「まぁ……不遜な物言いね。こっちこそ、今回の作戦、田舎の騎士と傭兵風情に務まるのかしら? と疑問を抱いてるところよ」
アイシャは小馬鹿にするように笑うと、唾棄するような目線でストームを見た。エリート集団の中で生きてきた彼女は、地方の騎士や傭兵など自分よりも立場が下と思っているのだ。
「おい……言葉に気を付けな、厚化粧の姉ちゃん」
ストームが鋭く目線を返してそう答えると、円卓を挟んで不穏な空気が流れた。
「はいはい、やめやめ!!」
ディーノは、怒気を込めた口調で声を上げた。
「これから協力していかないといけないんですから、仲良くしてください!」
そしてディーノは、諌めるように全員の顔を見渡した。するとエリックが、静かに口を開いた。彼の心にも蟠りが生まれたのか、不機嫌な様子だ。
「……それでは提案があるのだが。俺の部下である紫の魔導師達を5人、作戦中はゲイル殿の配下に置くことになる」
エリックは言葉を続ける。
「まだ部下を任せるほど信頼が出来ない。俺と手合わせしてもらえないか? 力量がない者には部下の命を預けられないからな」
エリックはゲイルを見据えて話す。ゲイルは、彼の強い意思を受け止めるように、頷いた。
「分かりました。お相手しましょう」
ゲイルは、逆の立場なら尤もだとも思った。自分の騎士団の大事な部下を、よく知りもしない人間の元に任せたくはない。
黙って様子を見ていたセイントは大きく息を吐き、口を開いた。
「……仕方ない。地下の闘技場を使え。ただし、作戦前に大怪我をされては困る。魔導着を着けて戦え」
魔導着とは、魔力を注入して魔法障壁を身体中に巡らせることができる防具だ。防御力が高く、致命傷に至ることはほとんどない。
ただし魔力が切れると、普通の衣になるため防御力は無くなる。短期決戦でしか使えない防具だ。
「分かりました。それでは先に準備しておきます」
エリックは、席を立つと部屋を出ていった。カロメも彼に続き席を立った。アイシャはゲイル達を一瞥した後、足早に部屋から出ていった。
「仕方ない。それじゃ、僕が闘技場まで案内しますかね。今日は案内してばっかりだな。もう、ストーム……もう少し言葉を選べよ」
「あぁ、すまん。でもあのアイシャって奴も、悪いだろ。ったく、舐めやがって」
「確かに、あの言い方は良くないよな。ま、手合わせも良い機会かもね。僕も君達の力量把握しておきたいし。じゃ、付いてきなよ」
ディーノは、いつもの口調に戻るとストームに詰め寄った。しかし彼はすぐに楽しみな表情に変わり明るい声色で話すと、ゲイル達を闘技場に案内し始めた。
「若さとは、熱いものだな」
部屋に1人取り残されたセイントは、溜め息をつくと、椅子から立ち上がった。彼は、やれやれと呆れた表情で呟くと、窓の側まで歩いて碧空を見上げる。
「カリム様……彼らが、カルディア大陸の未来を担う者達です」
セイントの背後には、いつの間にかカリムが立っていた。
「うむ。彼らには重い運命に立ち向かってもらわねばな」
カリムは、体が透けた状態だ。現在本体は、天の川銀河に存在している。この惑星マギナムに、彼は分身体を遣わし降り立っているのだ。
彼は運命が大きく動き出したカルディア大陸の様子を窺いに来ていた。主要となる戦力の面々を確認をする為に、姿を隠し様子を見ていたのだ。その存在に気付いていたのは、セイントだけだった。
「この星に生きるお前達の使命だ。セイント、頼んだぞ」
「承知しました。必ずエラドを打ち倒しましょう」
セイントは、カリムの前で誓いを立てるように、強い意志が宿る瞳で彼を見据えた。
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