カルディア大陸編12 惑星マギナム
「よく来たな」
「お初にお目にかかります。アーガイル地区騎士団長のゲイルです」
ゲイル達が学院長室に入ると、部屋の中央に立つセイントが振り返った。ゲイルは彼の前で一礼すると、その威厳ある雰囲気に緊張を覚えた。
伝説的な人物であるセイントは、佇まいにも貫禄がある。
短髪の白髪と端正な髭。左目の周りに火傷の痕がある。白いローブを纏っており、盛り上がったシルエットが筋肉質な体型を示している。齢70を超えているが、年齢よりも若々しい見た目をしている。
「待っていたぞ。私が魔導学院長のセイントだ。そして……この方が、魔導士ノア様だ」
「君がゲイルだね。会いたかったよ」
セイントは、自分の背後にいるノアを紹介した。彼はクリーム色の髪をした優男の見た目だが、セイントとはまた違う威厳があり、神々しい雰囲気を纏っている。ゲイルは近付いてきたノアの雰囲気に飲まれ、自然と片膝をつき頭を垂れた。
「はは、頭を上げなよ。私は神でも王でもない……ただ長く生きている魔導師さ」
「ゲイル、それにストーム達も……そこのソファーに座りなさい」
「……失礼します」
ノアは、ゲイルの姿に笑みを浮かべて体を起こすように促した。そして、セイントは脇にあるテーブルへ着席するように、ゲイル達に指示した。ストームとサーラは、入り口の付近で黙って様子を見ていたが、ゲイルに続いてソファーに横並びで座った。
「ゲイルとサーラ…と言ったな、お前達に明かしたい話がある」
セイントは、着席したゲイルとサーラを見て、低く響きのある声で話し掛けた。
「私と、そこにいるストームは、ある使命を持っている。まだ詳しくは明かせないが、恐らくその使命と今回のルセル卿の件には深い関わりがありそうなのだ」
「どういうことですか?」
「まずはゲイル、サーラ……2人は魔法で秘密を漏らさない契約を結んでもらう。私達も同じ魔法をかけられている。その契約の魔法をかけられた者同士でないと話せない話だ」
「そんな魔法……あるんだ?」
サーラは、呆然とした様子で呟いた。彼女もノアとセイントの雰囲気に飲まれて、緊張している。彼女は優れた魔導師だからこそ、眼の前の2人が持つ底知れない魔力の強さを感じているのだ。
「それじゃあ、私の前まで2人は来てくれ」
ノアが、ゲイルとサーラに目配せして声を掛ける。2人は不安そうに顔を見合わせたが、頷き合うとゆっくり腰を上げた。
「ゲイル、サーラ……まだ状況を飲み込めないだろうが、信用してくれ。俺達はお前等の力を必要としている」
「分かった」
「うん、じゃあ私も……」
隣りに座っているストームが、真剣な表情でゲイルとサーラに声を掛けた。すると2人は覚悟を決め、ノアの前まで進んだ。
「じゃあ、始めるよ。ここに並んでもらえるかい?」
ゲイルとサーラはノアの指示に従い、彼の前に並んだ。
すると、ノアは背後に立て掛けていた杖を掴み頭上に掲げる。黄金色の宝玉が杖の先端に付けられており、その周囲には幾何学的な模様が施された装飾がある。
「さぁ、ヘイラーさん……力を貸してもらえるかな」
ノアがそう呟くと、杖の宝玉が黄金に輝き、その光は天へと昇っていく。光は天井を貫き、何処までも伸びている。
暫くするとノアの背後に金色の光の粒が浮かび、その粒は収束していった。眩い光が塊となり、次第にそれは人の形姿と変化していく。
光が輪状に放出された後、そこに赤い髪をした女が現れた。美形の顔に緩くウェーブした髪が垂れる。彼女は戦士のような屈強な体つきをしている。カルディア大陸を担当する賢者・ヘイラーだ。
「ふぅ……何か用事があるみたいだね」
「久しぶりですね。……ヘイラーさん、“沈黙の契約”をこの2人にかけたいので、協力してください」
ノアは柔和な笑みを浮かべ振り返ると、ヘイラーに話し掛けた。
「ん?ああ、こいつがゲイルだね。隣のエルフの娘は誰だい?」
「そこにいるストームの相棒みたいです。これから戦力は必要ですからね」
「ふーん、……まぁいいだろ」
ヘイラーは、ゲイルとサーラを見定めるようにじっくり眺めた。彼女は2人の魂体を確認すると、納得したように頷いた。
「それでは、代行させてもらいます。2人共、屈んでもらえないかな?」
ゲイルとサーラは、ヘイラーの圧倒的な存在感に息を呑んでいた。彼女が現れた瞬間から、その場を支配されたかのような威圧を感じていたのだ。ノアが声を掛けると、2人はハッとした様子で顔を見合わせ、膝をつき頭を垂れた。
「それじゃあ、ノア……頼んだよ」
「はい。……いきますよ、“沈黙の契約”」
ヘイラーは、背後からノアの方に手を置いた。そしてノアが魔力を込め、杖を2人の頭上に掲げる。すると、彼らの頭上に紫色の魔方陣が現れると、光の粒と変化し、ゲイルとサーラの体に吸収された。そして、徐々にその光は消え去った。
「……これで、よし。もういいよ」
ノアは契約が交わされたのを確認すると、ゲイルとサーラに立ち上がるように指示した。2人は立ち上がると、自分達の体に異変がないか確認するように、手足や胴体を観察した。
「それじゃ、用は済んだね。まぁ自己紹介でもしたい所だけど、私はもう行くよ。イラ星雲の方でトラブル中でね」
「ええ。後は私とセイントにお任せを」
「任せたよ。じゃあね」
ヘイラーは、ノアに声を掛けるとゲイル達の方を眺め、光の粒となり消えていった。それを呆然として表情で、ゲイルとサーラは見つめた。
「……今のは、何だったんですか?」
「秘密を漏らさない契約を交わす魔法をかけるには、賢者の力が必要なんだ。今、ヘイラーさんは分身体を遣わして私に魔力を分けてくれたんだ」
ゲイルは、事態を飲み込めないまま質問した。ノアは優しい口調で答えたものの、一から丁寧に語らないと理解が出来ないだろうと思った。
「賢者……?」
「まぁ、まずは……この世界の成り立ちから話そうか?」
ノアは、ゲイルとサーラに再びソファーに座るように促した。続けてノアとセイントは、ゲイル達の対面に座った。そして、セイントは後部の机に置かれた球形の模型を、手に取ると説明を始めた。
「……このカルディア大陸は、世界の一部でしかない。貿易船が行き来している範囲も含めてだ」
「ええ、話は聞いたことがあります」
「実は世界は、このように球の形をしている。この球の中で私達は生きておるのだ。……これを\"星\"と呼ぶ」
「ホシ………ですか?」
ゲイルは初めて見る球形の模型をまじまじと見た。球の表面には、地図が描かれている。彼がそれに触れると上下の軸に沿って模型は回転した。隣でサーラも興味深げにそれを見つめる。
「そうだ、この球体の中に私達が住む大陸がある。カルディア大陸も世界の一部でしかないのが分かるだろう」
セイント学長は、地図の上部の方にある茶色で描かれた大陸を指した。地図には他に数個の大陸が描かれている。カルディア大陸はその中でも最も面積が大きい。
「私達のいるこの世界は、惑星マギナムと呼ばれる」
「マギナム……」
ゲイルは模型に触れながら、こんな球形の表面に描かれた大陸に、自分が存在しているとは信じがたいと感じた。
「そうだ。そして、我々に関係の深いもう一つの星が存在している。……地球という星だ」
セイントは、真剣な眼差しでゲイルを見つめた。そして隣に座るノアは、隠された真実を彼等に語り始める。
「そう……。私は未来を視る能力で、2つの星を舞台にした物語を描いた。強大な敵を倒すまでの道筋をね」
______セレネ国から舞台は北に移る。ジェナミ帝国の北西の名もなき街に、ルセル卿の姿があった。
その場所は、人に扮した魔物が多く住んでいる。アペルプロドと呼ばれる集団の住処だ。最初は人間が住む平凡な街だった。しかし、ルセル卿が住み始めてから、人間は姿を消した。
いつの間にか、村は魔物の巣窟と化していた。対外的には、当初知性が高い魔物が人に扮して対応していた。しかし、訪問者の人間が行方不明になる事件が多発した事で、“魔物の街ではないか”という噂が広がっていった。
何度か、ギルドの依頼で討伐隊が魔物退治に訪れたことがあったが、その隊長クラスの人間が無惨な姿となり、ギルドに送り返される事が続いた。
討伐隊に加わった者達の中で、1人もギルドに生きて帰り着いた者はいなかった。恐怖した人間達は、討伐隊に志願する者もいなくなり、“手を出さねば、害はない”という理由で、街は放置される事となった。
「あと少しだな……」
「ふん、順調に物事は進んでいるようだな」
ルセル卿が元領主の館の一室で今回の計画を頭に巡らせていると、背後に彼の倍の大きさ程の魔人が立っていた。魔人ガイムだ。その鋭い赤い瞳を光らせ、ルセル卿に怪しい笑みを向けていた。大木のような二の腕は濃青色の肌をしている。
「お前か……俺は俺の目的の為だ。お前達は、精々利用すればいいだろう」
「そうさせてもらうさ。お前も上手く人間に取り入ったな」
「闇魔法があれば、脇が甘い人間など簡単に洗脳出来る。メルドも、俺が伯爵だと信じ込んでくれている」
ルセル卿は、勿論伯爵などではない。メルド公爵には闇魔法をかけており、彼の心は既に蝕まれている。そして、嘘を信じ込ませて自分に従わせているのだ。
「だが、お前を訝しがる奴らもいるようだな」
「ふん……情報が早いな。だが、そっちの方が好都合なのだろう?正体があえてバレるように立ち回るのも、骨が折れるぞ」
「ああ、人間共にもある程度は抵抗してもらわないとな」
魔人ガイムは、更に怪しく目を光らせて笑みを浮かべた。
ルセル卿は、先日サーラが使用人ベリンに憑依していた時、早い段階から憑依の存在に気付いていた。だが機を伺い、メルド公爵の目の前でスパイの存在に気付いた振りをした。
騒ぎを大きくし、自分が自ら犯人を探す事で、家令のポールが自分を追ってくる事を計算していたのだ。最初は部下にスパイを足止めさせて、スパイを殺す姿をポールに目撃させようと考えた。
しかし、騎士団長のゲイルに遭遇出来た事で、ルセル卿は考えを変えた。敢えて騎士団長を生かした方が、勝手に疑惑を膨らませて、上手く立ち回ってくれるだろうと考えたのだ。
「人間もなかなか強いぞ。あの騎士団長もまあまあだったな。それに……セイント達も、鬱陶しいぞ」
「ああ、我々も今迄奴等には辛酸なめさせられているからな。……準備はしている。お前も派手に立ち回ってくれ」
「ふん……まぁ、必要以上に派手にやるさ」
「くくく、素晴らしい血の宴になりそうだ」
魔人ガイムは窓際に立つと、遠く離れたセレネ国の方向を睨みつけた。
……その一部始終を視ている者がいた。風の王シェラだ。
ジェナミ帝国の上空を旋回する大鷲は、その黄金の目の能力で、遥か彼方から2人の姿を見通していた。
(やはり奴らは関係していたか。……やっと尻尾を掴んだぞ)
シェラはその巨大な翼で上空の風を切りながら、南へと進路を変えた。
(さて、眼前の火の粉は振り払われるべきだが……運命の流れをどう考慮する?セイントよ)
夜空を舞う大鷲は、その鋭い瞳を瞬かせた。これから起こる大乱の潮流を見定めなくてはと、彼はこれからの運命に思いを馳せた。




