地球編14 魔道士ノア
「よし、こんなもんかな?」
明日は、公会堂の会議がある。一泊二日の日程らしく、明日ダリアが家に迎えに来てくれる予定になっている。俺はリュックに一泊分の荷物を詰めた。ずっと愛用しているバックパックだ。
こうして準備していると、ライヴツアーでホテルを転々としてた時の事を思い出す。
______バンドは、正式に解散する事に決まった。
カリナとジェイムスには、本当の事実を伝えられないから、俺に喉の病気が見つかったって事で話を通した。本気で心配してくれてたから、物凄く申し訳ない気持ちになった。
“沈黙の契約”がある限り、嘘を付くしかない。急な中止だし、他に良い言い訳が思い浮かばなかった。
でもダリアが言うには……もうその秘密を保持するのも限界に近いらしい。
天文学者達は、既に宇宙上の黒い靄の存在に気付いている。一部の人間が、真実を公表すべく動いているらしい。情報が漏れるのも時間の問題かもしれない。
そうなると、世界は大きく混乱する。だって、地球の危機が迫ってるんだから。……それを知った時、地球の人類はどう反応するんだろ?
今度の公会堂の会議では、その対応策も議題の1つらしい。そして、シャゴムット……あの人を捕らえる作戦も大事な議題だ。作戦内容は、マットから提案する予定になっている。
「もう……色々ありすぎだな」
俺はギターを手にとって、弦を爪弾いた。トーリスが言ってたように、辛いことがあったら、音楽の事を考えよう。バンドは解散しちゃうけど、音楽まで辞める必要はないしね。
先日、レコード会社の人も交えて、解散について話をした。1stアルバムの発売は正式に決定、ライヴツアーは休止になった。そして、俺の活動休止の発表も行われる予定だ。
当面、トーリスとカリナとジェイムスは3人でバンドを続けるって話になった。新しいボーカリストを雇ったら?って、俺から提案したんだ。俺の曲も、トーリス達のバンドに引き継いで貰いたいっていう意向を伝えた。
せっかく作った曲だし、他の誰かに歌い継いで貰いたいなって思ったんだ。そのボーカルも、オーディションしようか?って話に今なってる。
「俺も、次に進まなきゃな」
俺は胸に抱えたフェンダーのギターを撫でる。賢者になっても、これ弾きたいな。でも、精神体になるんだっけ?物とか触れるのかな?今度、その辺も聞いとかないとね。
(……え………い?)
その時、誰かの声が頭の中で響いた。……何だろ?これってもしかして。
(コウくん…………、聞こえる?)
「……やっぱり。ロックスの声だ」
(おーい、コウくん。また繋がろうよ)
「え、急だな。……えっと、どうしよ?ベッドに横になった方がいいのかな?」
少年の声が、俺の頭の中で響く。その正体はツナグモノ・ロックスだと思う。俺はツナガルモノって能力があるらしい。カルディア大陸に住むロックスと繋がれる能力だ。なんか、他にも使い道ありそうな感じだけど、まだ良く分からない。
今回で2度目だ。声の正体が誰か知ってるから、俺は驚きつつも、落ち着いて対処する。とりあえず、彼と繋がろうとベッドに身体を預けた後、目を閉じた。
そして、ロックスがいる場所をイメージする。そう……確か、こんな感じだ。細い糸を伝うように、ゆっくり意識をあの場所に向ける。
自然とその場所を感じられる。変な感覚だ。
(そうだ。……ここだ)
俺は再び目を開くと、あの白い空間に浮かんでいた。隣で、銀髪の少年が嬉しそうな顔をしてこっちを見ている。
(今度は、早く来てくれたね)
(うん。……でも不思議だ、こんな現実離れした能力が使えるなんて)
(え、ああ……不思議だね。でもコウくんと会えて、僕は嬉しいな)
俺は、周囲を見渡した。何処までもただ白い世界が続いている。俺と目の前の少年だけが、その空間に存在している。ここが、ツナグモノとツナガルモノだけの世界。これが現実だなんて信じられない。
傍らで、ロックスは屈託ない笑みを浮かべている。
(あはは、俺も嬉しいかな。それより、何か今日は用事あるの?)
(うん。今日はノアさんが、話をしたいって。……だから、また僕の世界に来てよ)
(え……。ああ、ロックスを通して話をするって事かな?)
(ん?そうそう、僕を通して……だね)
俺とロックスが繋がると、ロックスの世界を彼の体を通じて体感することが出来る。つまり、俺は今からカルディア大陸の世界に行って、ノアって人と話すって事だと思う。なんか……ノアって名前、前にも何処かで聞いたよね。
(それじゃあ、いいかな?今、こっそりノアさんと会ってるんだ。早くしないと、お母さんが心配して、僕を探しに来るかもしれない)
(そっか?分かった。始めよう)
(じゃ、いくよ。目を閉じて)
(うん)
俺はロックスの要望に答えて、すぐに意識を委ねるように目を閉じた。また、あの世界に行くと思うと胸はときめいた。
目を開けると、クリーム色の髪をした男が目の前にいた。優しげで中性的な顔立ちだ。俺とあまり変わらないくらいの年齢に感じる。装着した長いローブの胸には玉虫色の宝石が煌めいている。
見た目の若さとは裏腹に、凄く雰囲気に威厳がある気がする。賢者のアストロさん(賢者には敬称を付けるように、マットに注意された)に会った時のような、緊張を感じた。
木製のテーブル越しに、彼を見上げる。やっぱりロックスの視点だから目線が低い。彼の背景を見ると、まるでRPGの宿屋みたいな造りをしている。木枠で囲われてた白い壁、使い古された木の床……テーブルの傍らには、ベッドが1つ置かれている。
(……じゃあ、僕は少し眠るよ。多分、そうすればコウくんが代わりに話せるようになる)
(あ、そうなんだ?分かった)
頭の中でロックスの声が響くと、ぼんやりしていた感覚が、一気に明確になった。なんか彼の身体に、入り込んだ感覚だ。……あ、身体を動かせる。
すると、俺ロックスの様子を窺っていた目の前の人が、話し掛けてきた。
「そろそろいいかい?私がノアだよ」
「え、あ、ああ。どうも」
「いやー会いたかったよ。コウ、君は私達待望の存在なんだ。ずっと待ってた」
彼は人懐っこい笑みを浮かべると、軽い感じで挨拶してきた。俺は、肩透かしを食らった気分で答えた。凄く威厳を感じるのに、身形も若く、口調も軽やかだ。不思議な人だな。
「はぁ……。あの……前から聞きたかったんですけど、俺を待ってたって……皆言うんです。前から俺の存在を知ってたかのような口振りなのは、何でですか?」
「私は、“運命を司る者”だ。約千年前に、私に“未来の運命を視る力”が発現した。私が未来を視る事で、エラドを倒すまでのシナリオを立てる事が出来たんだ」
「未来を視る力?」
「そう。そのシナリオを元に、千年前から……私とカリム様、そして賢者達は、エラドを倒す準備をしてきたんだ。地球の管理者も、その頃生まれたんだよ」
「それで……千年前からあるんだ」
凄い……そんな能力があるなんて。確かにダリアも千年前から準備してたって言ってた気がする。そんな前からシナリオがあるなんて、スケールが大きな話だ。でも、賢者達の役割の長さを考えたら、千年ってそんなに長くないのかな。
「うん。このカルディア大陸と地球……2つの星で、エラドを倒すための準備が進められている。その大事な要の1つが、君だ。私の能力が発現してすぐ、君の存在が未来に出現する幻影が視えた」
「俺が出現する幻影……?」
「そう。君は、私が予言していた存在なんだよ」
「え、そう……なんですか?俺は……あなたに予言されてた?……このツナガルモノの能力が、エラドを倒す為に必要だって、アストロさんも言ってました」
「その通りだ。君の能力は大事な鍵の一つだ。そして……、あ……まだロックスの身体に負担が大きいようだな。あと少ししたら、繋がりを切ろうか」
「はい」
「このカルディア大陸でも、大きな争乱がこれから始まる。そして、地球でもエラドが近付くに連れて問題が生じるだろう」
「……そうなんですか?」
「もう運命は、動き始めた。君はその中心にいる。ただ自分の心の命ずるまま、動くといい。何が起きても、君自身の決断を信じるんだ」
「は、はい。分かりました」
「うん。今日一番伝えたかったのは、それだよ。じゃあ、そろそろ切るよ。また会おう」
彼がそう言い終わると同時に、一気に視界は塞がり、何も見えなくなった。目を開くと、またあの白い空間に戻っていた。俺の眼に右から左向かって、ゆっくり流れていく人影が映る。ロックスだ。
目の前に浮いて漂う彼は、少し眠そうにしている。
(ん?……あ、終わった?やっぱり、まだ疲れちゃうね)
(そうだね、俺も体が怠いな。でも、凄い……他の世界の人と話せるなんて。あれが、ノアさんなんだね?)
(うん。ノアさんと会うの、お母さん達には内緒にしてるんだ。なんか……運命が変わるから自分の存在は内緒にして欲しいって、ノアさん言ってた)
……内緒か。確かに、予め決まっている運命を皆が先に知ってしまったら、別の行動を取る人も出てくるかもしれない。既にシナリオがあるなら、予知された運命は変えたくない……って事かもしれない。
(僕、そろそろ家に帰らなきゃ。って家じゃないか。今叔母さんのとこに避難してるんだ)
(避難?何か、あったの?)
(うん。なんか……僕が住んでるとこの公爵様の屋敷に、怖い人がいるんだって。その人が、僕達に何かしてくるかもしれないからって……父さんが言ってた)
(怖い人?)
(うん……ルセル?って名前だったかな。もし藍色の魔法使う人が現れたら、すぐに逃げろって言われた)
ロックスは、何かに怯える表情に変わった。誰かに追われてるのかな。それにしても藍色の魔法?……確か、シャゴムットも使ってた魔法も藍色だった。何か、関係あるのかな?
(ああ、もう眠い……そろそろ繋がり切ってもいいかな?)
(あ、うん。前より時間長かったしね。あんまりやると、この空間から出られなくなるんだったね?)
(うん。それに、早くお母さんのとこに戻らなきゃ。それじゃあ、またね)
(うん。またね)
ロックスの姿が薄っすらと消えていくのと同時に、白い部屋は視界から消える。そして、俺の意識も薄くなっていく。
暫くすると、背中にベッドの感触を感じた。目を開くと、俺の部屋に戻っていた。さっき荷造りしていたリュックが、足元に置かれている。
「戻ってきた……か。前程、驚かなかったけど、やっぱ凄い能力だな」
運命を司る者、ノア……さん。柔和な感じだったけど、多分凄い人だ。あの人の計画で皆が動いてるらしいし。俺の事、大事な要って言ってた。あの人のシナリオの登場人物に……俺はなってるのか。
なんか、俺の意志とは無関係に話が進んでいくなぁ。これからどうなるんだろ?
「コウさーん、準備出来ました?」
「え……あ、うん。そろそろ大丈夫」
扉をノックする音と共に、同居人のアラシの声がした。俺は物思いに耽ていたから、驚いて返事した。……そうだ、公会堂に行く準備してるとこだった。
「今、ダリアから連絡あって……明日朝7時には迎え来るって話です。早いっすよね」
「そうだね、早めに寝ないとね」
アラシは、何故かダリアにはフランクに接して、俺には敬意を払った言葉を使う。ダリアの方が歳上なのに。本人曰く、音楽好きとしては尊敬するアーティストには敬意を持って接したいから……らしい。
俺がアラシに活動休止するのを伝えると、彼は物凄く落ち込んでいた。
『賢者になるの辞めたらいいじゃないすか』とまで口走った。『いや、それは闘士として、言っちゃいけないでしょ!』って皆に突っ込まれていた。特にダリアにキレられていた。
俺が『音楽は辞めないし、時間があったら曲も作りたい』って言ったら、渋々納得してくれた。なんで、アラシを納得させなきゃいけないのか良く分かんなかったけどさ。
「ですね、俺も目覚ましかけとくか。それじゃあ、コウさん。明日はよろしくっす」
「うん。おやすみ」
アラシは笑顔を見せた後、扉を閉めた。俺は足元のリュックをベッドの下に降ろして、コップに注いだお茶を一口飲む。灯りを消して、再びベッドに横たわる。なんだか急激に眠気が襲ってきた。そうか……繋がった後だから、眠いんだ。
「明日は、公会堂か。何がこれから、起こるんだろ?」
俺は意識が薄れていく中で、『何が起きても、君自身の決断を信じるんだ』というノアさんの言葉を、ふと思い出した。
まぁ、正直そう言われても、エラドの到来もまだ先の話だし、実際賢者が何なのかも良く分からない。まだ何が何だか……って感じだ。
でも、強烈な運命の流れに飲まれてるだけじゃ駄目だ。大事なバンドも手放したんだ。ちゃんと、自分が納得出来る答えを見つけなきゃ。
俺は暗がりの中で、ぼんやりそう思いながら、深い眠りについた。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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