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地球編13 音楽と仲間

 俺達は顕現の間を出た後、地下2階の事務所に戻った。そこには、ダリアが情報収集をしながら待っていた。彼女は俺達に気が付くと、先頭を歩くマットに話し掛けた。


「あ、無事上手くいったの?」


「“沈黙の契約(ミスティ)”は、無事トーリスにかける事が出来た。だが、シャゴムットの事だが……奴は、管理者(ディアス)ではなかった。俺達の記憶は、奴に操作されていたようだ」


「え!?私達の記憶を……操作……そんな、いつの間に?」


 ダリアは、マットの言葉に衝撃を受けた様子で頭に手をやった。知らない内に記憶が操作されるなんて……怖い話だ。


「どうやら、奴の正体はカルディア大陸に関係する存在のようだ。その為、魔法の扱いが俺達よりも上なのだろう。あの地は、魔素(スティオ)の濃度も高いから、俺達より魔法を使用する回数も質も段違いに上だからな。まぁ、気付かなかったのは、俺達の経験不足もあるかもな」


「そうね。私達は、魔法を使う敵と本気で戦うなんて機会……普通は無いものね。でも、シャゴムットが、カルディア大陸に関係してるなんて……。想像以上の存在ね」


「ああ、奴と例の少年を早く捕らえろ……との事だ。俺達も、経験不足などと言ってはいられないぞ。来週の公会堂(エクサ)での会議までに、奴らの場所を特定して作戦を立てておく」


「ええ」


 2人は顔を顰めて、悔しそうな表情を浮かべた。公会堂(エクサ)は、本拠地の呼称らしい。そして、そこで大きな会議が来週行われる。世界中の管理者(ディアス)達や秘密を共有する権力者達……そして、さっきの賢者(ソフォス)アストロが、一堂に会するようだ。俺とエヴァンも出席する予定になっている。



「あの……話の途中で悪いんだけど。俺とトーリス、2人で話し合いたいことあるから、一度、外に出てもいいかな?」


「……ん?ああ、そうだな。お前達も色々と考えることもあるだろうし、構わんぞ」


「それじゃあ、近くに公園あるわよ。建物を出て右に真っ直ぐ歩けば見えてくる。あそこは、ベンチ沢山あるから、ゆっくり話せると思うわ」


 俺が尋ねると、2人は快く頷いた。確かにダリアが言うように、来る途中に車中から公園が見えていた気がする。



「じゃあ、行ってくる」


「ええ、気を付けて。流石に支部の近くにはシャゴムットも現れないと思うけど、何かあったらすぐ連絡して」


「うん、分かった」


 俺はダリアの顔を見て頷くと、外へと向かうエレベーターにトーリスと一緒に乗った。すると、彼は困惑している様子で話し始めた。


「地球が将来滅亡するかもしれない……なんて、まだ実感湧かないぜ。俺達の知らない所で、色んな事が起こってたんだな」


「うん……。まさか、こんな状況に巻き込まれるなんて思わなかった」


「でもここまで知ってしまったら、地球の危機は本当なんだって信じざるを得ないよな。それに、お前に世界を救う力があるとは……驚いたぜ」


「うん、俺が世界を救わなきゃいけない……なんてね。ほんと、大それてるよ」


「ああ。馬鹿みたいに、重過ぎる責任だ。でもコウ……お前は選ばれてしまったんだろ?」


 エレベーターの扉が開くと同時に、トーリスは寂しそうな表情を浮かべて……そう呟いた。



 建物を出て、暫く歩くと公園が見えてきた。秋の公園は、木々の葉が赤茶の色に色づき始めて、落ち葉が地面に落ちている。時折吹く空っ風が、その落ち葉を地面に転がして、冬が近い事を教えてくれる。


 俺達は手頃なベンチを見つけると、そこに座った。もう太陽は傾き、夕暮れの空が広がる。橙に照らされる草木が所々煌めいている。


「今日は本当に目まぐるしかったな。いや……ほんと、人生が変わった1日だったぜ」


「うん。午前中は、アラシの引っ越しやってたのに……ほんと、急展開だよね」


「ああ。カリナと上手くいって浮かれてたのが懐かしい気がする。濃密すぎだろ」


「はは。ほんとだよ」


 俺達は、いつもの調子で笑い合った。でもお互いの胸の内が明るくない事は、2人共分かってる。いつ、()()()を切り出すべきか……互いに窺い合ってる。



「コウ、覚えてるか。ラスベガスで、ダリアと一緒に飲んだろ?あの時、ファンタジー世界の話したじゃないか……まさか本当に魔法を見ることになるとはな」


「うん、覚えてる。トーリスがカジノの魔術師とか言ってたのもね」


「あ~言ってたな!あの日、大負けしたんだった。まぁ、あん時は賭け事に嵌ってたからな。……当面は、カリナの事もあるから、控えるようにするさ」


「うんうん。カリナ、怒ったら怖そうだしね」


「はは、だよな。一回、曲のアレンジで言い合いになった事あったろ……あん時迫力あったもんな。俺も気を付けないとな」


「そうだよ。2人は、絶対幸せになってよ」


 俺がそう呟くと、トーリスは悲しそうな顔をした。俺の賢者(ソフォス)の使命の事も、彼は知ってるから……悲しい顔をしたんだろう。


 トーリスは何度か頷いた後、真剣な表情で俺の方に体を向けた。


「コウ……。俺には、まだ状況が良く分からないし……お前の使命だって、変わってやれない。でも、友として何か支えてやりたい。だから、お前が言えない事は、俺が代わりに言ってやる」


「うん」


「バンドは、一度解散しよう」


「…………うん」


 俺は、一気に感情が溢れてきた。悔しさと寂しさで一杯になった心は、俺の瞳から涙を流させた。夕焼けに染まった景色が、ボヤけていく。


 トーリスは、黙って俺の肩に手をやった。彼も本当に辛いと思う。アルバムの発売もその後のツアーも……彼が一番楽しみにしてた。彼はバンドの事を考えて、レコード会社の人とも今後のスケジュールやプロモーション方法を真剣に話し合ってくれていた。


 それが、全部白紙になる。



「これからなのに……ごめん」


「お前が悪いんじゃないだろ?……今は音楽活動より、お前が背負ってるモノの方が大事だ。お前だけしか、出来ないことなんだろ?」


「……そうみたいだ」


「俺も辛いけどよ。友として、お前の尻叩かないとな。でもよ、はぁ……何で、コウがそんなことしなきゃいけないんだよ」


 トーリスはとても悔しそうに、頭を抱えて話した。多分、彼はバンドの事より俺のこれからの事を本気で心配してくれてる。


 俺達は沈黙の中、夕日が沈んでいくのを眺める。これからの事なんて、ぼんやりとしかまだ考えられない。暫くしてから、トーリスは口を開いた。



「……音楽は逃げない。俺達は、また一緒に音楽やれるさ。その……エラドって奴、早いとこぶっ飛ばしてくれよ。俺達は、お前のこと待ってるから」


「トーリス……」


「一回解散して、俺達も飯食わなきゃいけないから……それぞれ、別のバンド組むかもしれない。だけど、お前を待ってる」


 トーリスは、真剣な表情で俺を見据えた。彼の言葉は、優しくて、強かった。はぁ……いつも、おちゃらけてんのに……こういう時は、格好いいよね。俺、また泣きそうになるじゃん。



「俺達が爺になっても、また再結成しようぜ。それからさ、出演出来なかったフェスとかも出よう。2ndアルバムだって……俺も曲作っとくから」


「……うん。……ロラパルーザとか、グラストンベリーとか……日本のフジロックとか、沢山出よう」


「……ああ……何でも出れるさ。そん時、お前は地球を救ったヒーローになってるんだろ?」


「うん。……そうだね」


 気付けば俺達は、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。でもそんなの気にしないで、未来の事を語り合った。俺達の瞳からは、涙がまだ零れ落ちてくる。


 だって、仲間と離れるの寂しいよ。


 解散なんか……したくないよ。


 トーリス、無理させてゴメンな。



 俺達は、完全に日が沈むまで語り合った。


 今日の日が終わるのが、名残惜しかった。明日が来るのを拒むように、俺達は他愛もない話を続けた。




「あ、いたいた。もう、2人共……なかなか帰ってこないから心配したわよ。電話も繋がらないし」


 暗がりが深まる頃、ダリアがハンディライトを持って俺たちを迎えに来た。そうだ……ダリア達、待たせてたんだった。マナーモードにしていたスマートフォンを見ると、着信が3件入っていた。


「あ、ごめん。……ちょっとトーリスと話し込んでた」


「まぁ、そうよね。話す事あるわよね。ごめんなさい、2人共巻き込むことになって」


「ああ。……それで」


 俺はトーリスに目配せすると、彼は黙って頷いた。


「俺、音楽活動休止するよ。バンドも解散する」


「……そう。私もそうした方が良いと思うわ。活動をしていくのは、難しいと思う。でも、実際聞くと辛いわね」


「うん、辛い選択だけど……2人で話してさ」


「トーリスもごめんなさいね。でも、仕方ない状況だものね……」


 ダリアも、俺達の決断に辛い表情を浮かべた。彼女も難しい立場なのは俺も理解している。俺が、運命に選ばれたのも彼女のせいではない。


「なぁ、これからどうするよ?レコード会社とかにも意向があるだろ」


「うーん、1stアルバムは発売は決まってるから、もうそれは止められないわ。……でも、あなた達もアルバムは出したいでしょ?その後のツアーは……キャンセルしなきゃね」


 トーリスの言う通り、これから具体的にどうするか話す必要もある。ダリアは、表向きはREVレコードの社員として働いている。彼女を通して、まず俺達の意向を会社にも伝えなきゃな。



「……そう言えば、エヴァンはどうするつもりなの?」


「まだはっきり聞いてないけど……彼も活動休止は考えてると思うわ。まぁ、彼はツアーも終わったばかりだし……どの道、少し休暇を取る予定だったのよ」


「そうなんだ?」


「ええ。まずはコウ達のこと……何とかしなきゃね。私が巻き込んだのもあるし、私の責任で会社とは話を付けておくわ。まぁ、他のメンバーの意向もあるでしょうし……後で、どういう形で解散するのか決まったら教えてちょうだい」


「うん、そうだね。カリナとジェイムスにも解散を伝えなきゃ。はぁー……それも辛いなぁ」


 俺が溜息と共に言葉を吐くと、トーリスは俺の背中を叩いた。


「しっかりしろよ、バンドのボスはお前だろ。ま、あいつらも分かってくれるさ。でも理由は言えないから、何か考えないとな」


「確かに、理由は言えないもんね。それも、何か考えなきゃね」


「ま、その辺も含めて話し合っていきましょう。とりあえず戻ってもいいかしら?アラシがお腹空かせて待ってるわ」


 ダリアは話を切り上げて、俺達に帰るように促した。そうだ、4人で車で来たんだった。確かに、お腹も空いてる。それにも気付かなかった。先導して歩くダリアの後ろに、俺とトーリスは付いていく。



「コウ、色々大変だろうけどよ。さっきも言ったように、俺達はいつでも待ってる。バンドは解散しても、お前のホームはちゃんとあるからな」


「うん、ありがと。なんか、俺もモヤモヤが取れたよ。やっぱ、トーリスと話せて良かった」


「ああ。俺もちゃんと知れて良かったぜ」


「だよね。巻き込んで悪かったけど、ちゃんとトーリスに知ってもらえて安心した」


 俺達は夜空を見上げながら歩く。空の星は相変わらず綺麗に煌めいてる。でも、この先には倒さないといけない相手がいる。俺は、それを知ってしまった。



「コウ……また、顔が強張ってるぞ。辛いときは、音楽の事思い出せよ。音楽はいつだって自由だ。……俺達の音楽も、いつだって胸の中にあるだろ?」


「うん」


 そうだ。俺達が作った音楽は、ずっと胸の中にある。



 俺はこれからどうなるか、よく分からない。


 トーリス達がこの世からいなくなっても……俺は生き続けるのかな?


 ずっと孤独の中、世界を見続けるのかな?


 でも俺が何万年生きようとも、トーリス達と作った曲達は、俺の中にずっとあるんだ。


 俺は、ずっとこの気持ちを失わないから。


 ありがとう、トーリス。


 

読んでいただいて、ありがとうございます。

是非続きもご覧くださいませ。


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