地球編12 顕現の間
「……という訳なんだけど、どうしよう?」
「うーむ。まさか、シャゴムットには、“沈黙の契約”が無効だったとはな」
俺とトーリスは、管理者達の組織のNY支部に来ていた。俺が事の顛末を説明すると、目の前の管理者のリーダー・マットは、厳格な顔をより顰めて、渋い表情で唸った。
さっきのシャゴムットの急な来訪のせいで、トーリスは“知ってしまった者”になった。魔法や俺達の秘密の一部を、彼は見て、聞いてしまった。
俺はあの後、ダリアに連絡した。すると、とりあえずNY支部に再び行くことになった。すぐに彼女は俺達を車で迎えに連れてきてくれた。アラシを含めて4人でNY支部まで向かいながら、車中でダリアにも簡単に状況を説明した。
ダリアも、シャゴムットが急に現れた事に衝撃を受けていた。“沈黙の契約”がかけられていなかった事実……そして、トーリスの存在をシャゴムットが把握していた事にも驚いていた。確かに、トーリスが何も知らない事実まで、彼は知っている口振りだった。
シャゴムットは、俺の周囲の事をかなりリサーチしているんじゃないか?という話になった。
そしてトーリスにも、俺が賢者候補だという事と、その役割についても簡単に説明した。そして、エラドという存在が地球を滅ぼすかもしれない事も。
彼は、驚愕した表情を浮かべた後、黙り込んでしまった。ショックが大きかった様子で、虚ろな表情で窓の外を眺め続けていた。
_____支部に到着すると、俺とトーリスは奥の部屋に通された。今マットと3人で話をしているところだ。
「なぁ……俺は、どうなるんだ?」
「そうだな。とりあえずお前にも“沈黙の契約”の魔法をかけるしかないだろう。まだ今のタイミングで情報が漏れるわけにはいかん。しかし、アストロ様がいないと、“沈黙の契約”は使えないのだ」
トーリスは不安そうな表情で、力無く呟いた。マットは渋い顔をしながら、彼に声を掛ける。アストロ様っていうのは、賢者の事だ。地球を含む天の川銀河を担当しているらしい。
「アストロって人とは、いつ会えそうなの?」
「先程、アストロ様に状況を伝えた。……今から、分身体を“顕現の間”に繋げてくれるようだ。ここの地下にある」
マットは、俺の質問に答えると手元の手帳を閉じた。彼は先程から俺達の状況をメモしていた。
「分身体……?それに、“顕現の間”って何なの?」
「まぁ、簡単に言うと、その場所なら宇宙空間にいるアストロ様と繋がる事が出来る。賢者は、魔素が存在する場所なら、自らの分身体を飛ばして、自らをその場所に具現化出来る能力もあるのだ。魔素の濃度が高い場所ならば、アストロ様も分身体として降り立てる。しかし、地球は空気中の魔素の濃度が低い」
「分身体か……凄いね。じゃあ、その部屋は魔素の濃度が高い部屋って事?」
「ああ。魔素を産み出す特別な鉱物で出来ている部屋だ。今から案内しよう」
マットは立ち上がると、俺達に後を付いてくるように促した。トーリスは、黙って話を聞いていたが、俺が肩を叩くと立ちあがった。彼は何か思い悩むような表情を浮かべたまま、一緒にマットの後に続いて歩き出した。
「……こんな世界があるなんてな。まだお前の家で起こった出来事が、本当だったなんて信じられない」
「うん、そうだよね。俺とエヴァンも、色んな事実を知ったばかりで戸惑ってるんだ。訳が分からないよね……でも、現実なんだ」
「だよな。でも、知れて良かったとも思うぜ。だってお前、今後の活動の事どうするつもりだったんだよ?」
「うん。まだ整理できなくて、悩んでた。確かに、トーリスに相談できるようになったのは大きいよ」
「……色々と、悩むことが多いな」
「うん」
俺達はマットの背中を見ながら、話をした。これからの事を考えると、悲しい気持ちが湧いてくる。バンドをどうするべきか?なんて、本当は俺も分かってる。
ただ……答え、出したくないだけなんだ。
俺達は、アラシと初めて会った訓練室の更に地下まで連れて行かれた。映画に出てくる宇宙船のようなデザインの通路が続いている。その白い通路は、回廊のように円状に地下へと下っていく。暫く歩くと、両開きの大きな門の前に出た。この門までは複数の扉のロックを解除して、やっと辿り着いた。厳重な造りになっている。
「ここだ。普段は俺しか立ち入れない場所だが、今回は特別だ」
マットは門の前で、俺達の方へ振り返った。
その扉は近未来的な通路に似つかわしくない、中世のお城の門のような形をしている。左右の扉が赤と緑の色をしており、鷲のような形の紋章が全体に彫られている。ハリーポッターに出てきそうな造りの門構えだ。
マットがその門の中央に手を翳し、何か唱えた。すると、鷹の紋章の形に沿って緑の光が輝きを放ち、金属が軋む音と共にゆっくり扉は開いていった。
「こりゃ、すげぇな」
「うん、まさに魔法の扉だね」
俺とトーリスは再びマットの後ろに続くと、門の中へと足を進めた。
扉の奥は、何かの神殿のような造りをしている。縦に線状の彫刻が彫られた柱が、両サイドに真っ直ぐ並び、その先に丸い台座がある。その台座の中央には、白く透明な鉱石が埋め込まれている。
「それじゃあ、アストロ様にコンタクトを取る。少し待っていろ」
「あ、うん。分かった」
マットは、台座の手前にある操作卓らしきものに手を伸ばした。それは地面から筒状に伸びるテーブルに設置されている。彼は集中するように目を閉じ、中央の水晶玉に両手を置いた。
水晶玉が緑に光ったかと思うと、台座から天に向かって金色の光が伸びた。ここは地下の部屋なのに、天井がないかのように何処までも光は伸びている。凄く神秘的な光景だ。
隣でトーリスも、それを見上げている。俺達は場の緊張感に包まれ、何も言葉を発せず、ただその光を見上げた。
「……繋がったようだな」
その言葉とともに、台座の上に長身の男が現れた。藍色のサラサラした髪が、光芒のように輝き、煌めいている。
この人が……賢者?人間と変わらない見た目だ。見た目は30代くらいで、藍色の髪が似合う、鼻筋の通った整った顔をしている。俺は、緊張の余り1つ息を呑んだ。
「アストロ様。我々の不手際で、お呼び立てしてすみません」
「ああ。……後ろに立っているのがコウか?私が賢者のアストロだ」
「は、はい。あなたが……賢者……?」
アストロは、深々と頭を下げたマットの言葉に頷くと俺の方に顔を向けた。冷静な表情を浮かべ、琥珀色の瞳でこちらを見ている。何か見透かされているような気分になる。
「ああ、君について話は聞いている。色々と話したいところだが、今日は長い時間は繋がれない。……マット、まずは“沈黙の契約”の代行を頼む」
「分かりました。……それじゃ、トーリス……俺の前に来て、しゃがんでくれ」
アストロが話し終わると、マットは彼を背にして台座の前に立った。そして、トーリスに視線を向けると、自分の元に来るように促した。
「え?あ………ああ。何か、怖いな」
「まぁ……頭が呆っとして、少し違和感を感じるかもしれんが、痛みなどはないはずだ。動かずじっとしていてくれ」
「ああ、分かったよ」
トーリスは呆気に取られた表情で立ち尽くしていた。しかし、マットの言葉に頷くと意を決した表情に変わり、マットの前に跪いて頭を垂れた。
「それじゃあ、マット。私の魔力を送る。契約の執行は任せたぞ」
「はい」
アストロがマットの背中に手を置くと、2人は金色の光に包まれた。俺はその眩さに目を細める。周囲は金色に包まれ、跪いているトーリスの影も伸びている。彼は、緊張したように身動き1つせず、黙って俯いている。
「ミンディアレットトゥミィスティオ……」
マットが、呪文のような言葉を唱えると、彼の両腕に金色の光が集まる。それを、トーリスの頭上に掲げた。
「“沈黙の契約”」
マットが言葉を発したと同時に、その光はトーリスに移り、彼の体を包み込んだ。一瞬、眩い光を放つと、その光は何事もなかったかのようにすぐに消えた。
「…………よし、無事魔法はかけられたようだ。トーリス、大丈夫か?」
「……ん?ああ、なんか頭が呆っとするけど……まぁ、体は何ともないぜ」
マットは大きく1つ息を吐くと、トーリスに声を掛けた。トーリスは、少し間をおいて何かを窺うように台座の方を見た後、自分の体に異変がないか確認するように、手足を動かした。
「契約は成ったか。では、コウ……シャゴムットという男について確認したいことがある」
アストロはトーリスの様子を確認すると、俺の方を見た。マットは、俺達の視線の妨げにならないように脇に避けた。
「その男は、どんな魔法を使っていた?」
「えっと、炎の魔法と……。なんか、藍色の靄みたいなのを手から放出して……その靄がアラシに纏わりつくと、彼は身体が動かせなくなっていました」
「ふむ……成程な」
アストロは、俺の話を聞いて何かを考え込むように黙り込んだ。俺達は答えを待つように、彼の言葉を待っていたが、喋る気配がない。すると暫くの沈黙を破って、マットが口を開いた。
「アストロ様、何故シャゴムットには“沈黙の契約”がかけられていなかったのでしょう」
「……ああ、そうだな。まず、私はシャゴムットという男を知らない。だが、何故かマット……お前達はその男が管理者だったと思い込んでいる」
「そ……そんな、馬鹿な。私の部下として数年働いていたのですよ。彼は、管理者として紹介されて……ん?……いや、彼はいつの間にか、いたのか?……記憶が、曖昧だ」
「そうだろうな。マット、お前達はシャゴムットに別の記憶を貼り付けられているのだろう。彼は管理者ではない」
「……!?……なんて、事だ」
マットは、アストロの言葉に驚愕の表情を浮かべ、頭を抱えている。俺も驚いた。記憶を貼り付ける?そんな事が可能なのか?
「彼の魔法は闇魔法と呼ばれるものかもしれない。もしくは、それに親しい類の魔法だろう。お前達の記憶を操作したのは、彼の能力だろうか?……まあ、その点はよく分からない」
「……それに気付けないとは、情けない話です」
「まあ、仕方ない。君達地球の管理者ディアスは外部との戦いに不慣れだからな。それに、シャゴムットという男は、地球人ではないだろう。恐らく、魔法の扱いに長けている」
「……どういう事ですか?」
アストロは、冷静に淡々と話す。俺もシャゴムットの正体は気になっている。明らかに怪しいんだけど、敵意はない。不思議な人だなと思う。
「多分、カルディア大陸に関係がある人物だろう。正体までは分からんが、藍色の魔力を扱える個体は限られるからな」
「……何故?カルディア大陸から、来たということですか?」
「その可能性は高いかもしれない。少なくとも地球人の魂体ではないだろう」
「どうやって……」
アストロの言葉に、マットは考え込むように黙り込んだ。カルディア大陸……どっかで聞いた……そうだ!ロックスが住んでる世界だ。彼と繋がった時に見た、あのファンタジーの世界。俺は、アストロに質問してみる事にした。
「あの、カルディア大陸って……何処にあるんですか?俺、そこに住んでる子と話したんです」
「話した、か…………ふむ、興味深いな。君の能力が発現したのか?……ツナガルモノとしてのな」
「!?……あ、そうだ。ツナガルモノって何ですか?」
「お前だけの特別な力だ。その能力がエラドを倒す可能性を秘めている。だから、私達はお前を待っていたのだ」
特別な力なのか……確かに、あの白い空間でロックスは、『僕達だけにしか出来ない』って言ってた気がする。
「ああ……そろそろ、私も戻らねば。エラドが最近膨張し始めている。恐らく、そのシャゴムットが何か画策しているだろう。マット、その男を捕えろ」
「はっ、承知しました」
アストロは、急に険しい顔付きに変わった。何か深刻なことが起きている様子だ。マットは彼の言葉に頷いた。
「それと、賢者候補だったあの少年が、誰かに誘拐され、行方不明になっているのだろう?その少年も関係しているはずだ。“共振の能力”が、恐らく発動している……早く止めさせなくては」
「今、捜索中なのですが……途中で足取りが途絶えてしまってます。ですが、近日中には必ず!」
「ああ。急いでくれ……でないと、このまま膨張すると……“エラドの欠片”が生まれる」
「!?……それは、まずいですな」
「ああ。マット……総ての力を結集してでも探し出せ。それじゃあ、私は戻る。あとは頼んだぞ」
アストロはそう言い残して、台座上からその姿を消した。彼の姿と一緒に、天まで続く金色の光は消え去り、薄暗い空間になった。
俺とトーリスは、ぼんやりとその空間で立ち尽くす。
「これが、現実だなんてな……」
「うん。重い、現実だよ」
本当に重い現実だ。色んな場面を見ていく度に、自分の役割の輪郭が明確になっていく。
運命が大きな流れになって、俺を覆い尽くしていく。そこから逃れるなんて、もう無理なんじゃないかな?……俺は自分が運命に溺れていく想像をして、胸が苦しくなった。
「な、少し話さないか?……お前、本当は苦しいんだろ?」
トーリスは、俺の肩に手を置いて語り掛けた。俺がトーリスに初めて会った時、俺はバンドの音合わせが上手く行かなくて落ち込んでいた。あの時みたく、俺を気遣うように、彼は人懐っこい表情を俺に向けた。
やっぱ、トーリスは……優しいヤツだよね。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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