地球編11 沈黙の契約
「あ、そこに置いてくれ。そうだな、それはここでいいぜ」
アラシは、俺の自宅に自分の荷物を運び込んでいるところだ。引越し業者に指示を出している。何故かって?……彼は、俺の家に住むことになったのだ。
先日、闘士であるアラシを紹介された後、彼が俺のボディガードを務める話になった。まぁ、元々そういう話だったから、そこまでは良かった。
でも、『俺に危険が迫ってるかも』っていう意見に押し切られて、アラシが一緒に住んだ方が良いって事に決定してしまった。ダリアとエヴァンが、俺を本気で心配してくれた結果……なんだけどね。
四六時中、何が起こるか分からないっていう話だから……まぁ、仕方ない気はする。
いやー、俺も『部屋が余ってる』なんて言わなきゃ良かった。自宅はトーリスの知り合いの一軒家を借りてるから、広い。5LDKある。前、なな姉が来た時も夫婦で泊まってもらった。
本当に、あれは失言だった。アラシはノリノリで引っ越しの手続きを勝手に進めていった。ちなみに、引っ越し費用は組織持ちらしい。
『え、コウさんの家に住めるんすか?そりゃ、最高だなぁ。名曲が生まれる瞬間に立ち会えるかもしれないぜ!』
とか言ってた。俺、1人が気楽でいいんだけどなぁ。何とか理由を作って、短期間で出ていってもらえないのだろうか……。
にしても、アラシ……荷物多すぎじゃないか?2階の1部屋を貸すことになったけど、重そうな段ボールで部屋が一杯になった。引っ越し業者の人は、階段の往復で疲れ果てていた。俺が見兼ねて、チップを多めに払ってあげると、嬉しそうな顔をして帰っていった。
「あのさ。段ボール沢山あるけど、何が入ってるの?」
「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました。俺のレコードコレクション見ますか?これとこれとこれは、全部レコードっすよ」
アラシは、段ボール5つ分を指さした。まさかレコードコレクターとは……筋金入りの音楽好きだ。
「えー、こんなに持ってるんだ?俺、レコード持ってないんだ。やっぱ、音質良いの?」
「やっぱアナログの方が音の質感は深みがあるっすね。あと、こっちは雑誌です。コウさんとエヴァンさんの対談記事も持ってるんすよ。あれは、良かったっすねー」
「あ、そうなんだ?凄い、本気で音楽好きなんだね」
「大好きっすね。レコードも雑誌もいつでも貸すんで、言ってください」
「ほんと?それは嬉しいなぁ」
俺は、沢山のレコードと音楽誌の魅力に釣られて上機嫌になってしまった。……これはやばい。アラシのペースになっている。このまま、居座られそうだ。
______その時、玄関のチャイムの音が鳴った。
多分トーリスだ。引っ越しがあるって話したら、彼は『手伝いに行く』って言ってくれたんだ。トーリスには本当の事情を話せないから、アラシは日本からの留学生って設定にしている。彼は20歳になったばかりらしいし、丁度いい設定だ。
俺は、足早に1階に降りると玄関の扉を開いた。
「よっ、元気してたか?」
「トーリス!結構久しぶりだよね。アフターパーティー以来か?」
俺はトーリスの顔を見て、何だか凄くホッとした。アフターパーティーがあったのは、2週間前くらいだ。まだ半月も空いてないのに、随分久しぶりな気がした。最近、色々あり過ぎたもんね。
「ああ。何か、最近お前忙しそうだったな。で、そいつがお前の同居人か?」
「そうそう。あ、アラシ来てたのか。この人がトーリスだよ」
トーリスは、俺の後ろを付いてきていたアラシを指差した。
「どーも、いやートーリスさんにも会えるなんて光栄だな。あのタイトなドラム渋いっすよね。ライヴで見て惚れましたよ」
「ん、お前、俺の事知ってるのか?へへっ、良い耳してるじゃないか。音楽好きなのか?」
アラシの言葉に、トーリスは驚いた表情を見せた後、すぐに満面の笑みを見せた。彼は、先日までやっていたエヴァンのツアーも、2回見に来てくれていたらしい。そこで、前座の俺達のライヴもしっかりチェックしていたみたいだ。
ダリアは、エヴァンのマネージャーやってるのに、アラシがツアーに来てた事に気付いてなかったらしい。どうやらまだ、2人は付き合いが浅いようだ。アラシは、アメリカに来てまだ2ヶ月目だそうだ。しかも、その内2週間ほどはロシアに行っていたらしい。
「よしっ。じゃ、俺は荷解き始めるかな」
「お、じゃ、俺も手伝ってやるよ。その為に来たんだからな」
「あ、いいっすよ。もう業者にやってもらったから、後は棚に直したりするだけだし。トーリスさんは、コウさんと新曲の話でもしてて下さい。俺は、早く新曲聞きたいっすから」
アラシはそう言うと、一気に階段を駆け上がって部屋に戻っていった。トーリスは呆気にとられて、俺の方を向いた。
「あ、おい……いいのか?」
「ま、良いんじゃない?ゆっくりしときなよ。色々、聞きたい話もあるし……ほら、カリナの件とかもさ」
「………あー、へへっ、そうだったなぁ」
俺はトーリスをリビングに招き入れながら、ニヤリと笑った。トーリスがカリナをデートに誘ってから、その後の話は何も聞いてなかった。俺も一応そのお膳立てはしたから、聞く権利はあるはずだ。
俺とトーリスは、ソファーに向かい合わせに座った。彼は照れ臭そうに、何か話そうとしてソワソワしている。
「ん?どうしたの?」
「いや、実はよ。………………カリナと、付き合うことになった」
「……え、そうなんだ!?良かったじゃん。でも急展開だね」
「先週デートしたらよ。雰囲気良くてな……酔った勢いで告白したんだ。そしたら、向こうも俺の事好きでいてくれたみたいでよ。……そのまま……き、キスとかしたりなんかして。あ!ああ……いや、勢いでだ」
「えー!!」
トーリスは、恥ずかしそうにしながらも興奮気味に話した。よっぽど嬉しかったのか、キスした事をつい告白してしまった様子だ。終始ニヤけている。俺は、驚いたけど嬉しい気持ちが勝った。そうかそうか。
「トーリス、おめでとう」
「コウが背中押してくれたおかげだ。まぁ、これからだけどな」
「うん、上手くいくといいね」
「ああ、ちゃんとカリナを大事にする。バンドも上手くいくようにしなきゃな」
「それは、何とかなるよ。俺達なら大丈夫」
俺はそう言ったものの、これからどうなるか……分からないとも思った。ちょっと、胸が苦しくなる。やっぱりトーリスに会うと、音楽続けたい気持ちが強くなるな。両立出来たりするのかな?
「そうだな…………ん?」
トーリスは、気恥ずかしそうな顔をしていたが、俺から視線を外すと、何故か一瞬で顔が曇った。
「!?……え、お前……誰だよ」
トーリスは俺の斜め後ろを見ながら、顔に驚愕の色を浮かべた。俺はその表情を見て不安に駆られ、振り返った。
すると、背後に人が立っていた。
「………!?」
「久し振りだな。前に一度会ったの、覚えてるか?」
黒尽くめの男が、俺を見下ろしていた。……俺は、一瞬で背筋が凍りついた。
「あ……ああ」
「な、なんだ……知り合いか?」
トーリスは緊張した声で、俺に質問した。俺は、それに答える余裕すらない。
黒いストローハットに、黒いトレンチコート。それに、左目の下に傷がある背の高い男。俺が、ラスベガスで見た男だ。
そして、多分ダリアが言ってた……組織の裏切り者。俺を狙っているかもしれない人間だ。
鼓動が速くなり、緊張で息が苦しくなる。
恐怖で身体は強張り、身動き1つ取れない。
……なんで、ここに居るんだ?
「まぁ、今日は話しに来ただけだ。そう警戒しないでくれ」
「コウさん!!……お前、シャゴムット!」
黒尽くめの男は、口角を上げて微笑んだ。その時、アラシが気配に気づいて、日本刀を持って1階に駆け降りてきた。血相を変えて、男を睨みつける。
「ほう。……お前は、アラシ……だったか?成程な、先手は打たれていたと言う事か」
「何しに来やがった?コウさんには手出しはさせねぇぞ」
「まぁ、そう興奮するな。何かするつもりはないんだ。今日はな」
「……俺が、お前を見逃すとでも思うのか?」
「出来るかな?“沈黙の契約”がかけられてるお前は、この男の前で私と戦う事は出来ない。何故なら、能力を使えば秘密を明かす事に繋がるからだ。お前が俺を攻撃しようと意識した瞬間、お前の記憶は飛ぶはずだ」
黒尽くめの男は、トーリスを指差しながらアラシに語り掛けた。確かにこの男が言う通り、何も知らないトーリスがいる場面では、何か行動を起こそうとした時点で、記憶が抜けるはずだ。
俺とエヴァンも、あの“夢”だと思っていたカリムの試練の事を、誰にも相談できなかった。契約上の秘密を明かす行動を制限する……それが、“沈黙の契約”という魔法らしい。管理者や闘士になる人間には、必ず試練前に全員にかけられる魔法だ。
「ちっ……まぁ、それはお前も同じはずだ」
「そう思うか?まぁ、私もお前達の仲間だったからな。元・管理者の私には、“沈黙の契約”が、かけられている……はずだ」
「ああ、そうだろ。……ん?……ちょっと、お前……今、なんで話せた。いや、さっきから何故、トーリスさんに秘密がバレるような事を話せてるんだ?」
「ふっ、話を進めやすくする為にわざとだ。……元々、私には“沈黙の契約”など、かけられてないのだ。……フロガ」
黒尽くめの男は、一瞬ちらりとトーリスの方を見た。アラシがその隙を付き、刀を抜こうと鞘に手を掛けた。その瞬間、黒尽くめの男は炎を消して、藍色の濃霧を右手から放出した。アラシは眼前に広がる濃霧を振り払い、後ろにひとっ飛びしてそれを避けた。
「ちょ……なんだこりゃ、初めて見る魔法だ」
アラシはそう呟くと、一気に跳躍し体を反転させて天井を蹴った。同時に刀を抜き、黒尽くめの男に襲いかかった。紅い霧のようなモノがアラシの身体からは立ち込める。
揺らめく紅の残像を残しながら、アラシは刀を振り下ろした。しかし黒尽くめの男は、藍色の靄を右手に集束させていた。甲高い金属音と共に、鋭い一閃を右手で受け流した。
「うらぁ!」
「ちっ……ぐはっ」
アラシは着地と同時に、身体を回転させ男に廻し蹴りを食らわせる。黒尽くめの男は、鳩尾に強力な一撃を食らい、壁まで吹き飛ばされた。アラシは追撃をすべく、男を追いかける。
「流石、闘士だな」
黒尽くめの男が、そう呟いた瞬間……アラシを襲った後、行き場を無くし宙を漂っていた藍色の濃霧が、俺に向かって襲いかかってきた。
「……!?」
「くそっ、コウさん!!」
アラシはそれに気付き、一気に身体を反転させ俺と藍色の濃霧の間に飛び込んだ。
アラシは、その濃霧に床に叩きつけられると、そのまま押さえつけられ身動きが取れなくなった。彼は足をバタつかせ逃れようとするが、濃霧は纏わりついたままだ。
「お前は大人しくしてろ。……コウ、私はお前の敵ではない。寧ろ、仲間に引き入れたい」
必死で藻掻くアラシを横目に、黒尽くめの男は俺に話し掛けてきた。俺を仲間にしたい?……何の為に?
「……どういう事?」
「お前の能力が必要だ。しかし残念だが……私の力では賢者の能力を目覚めさせる事が出来ない。また、お前が力に目覚めた時、会いに来る」
「あなたの狙いは何なんだ?」
「私も、エラドを倒したい。それは事実だ。そして、お前の敵ではない。それだけ伝えたかった。必ず、仲間に引き入れる」
「…………」
「そうそう、私はシャゴムットという名だ。それじゃ、失礼するよ」
シャゴムットと名乗った黒尽くめの男は、右手から藍色の濃霧を出し、身体を包むと一瞬で消えた。俺は、目の前で起こった事態を整理できずに、立ち尽くした。
「コウ……どうなってんだ?……お前、何に巻き込まれてる?」
「トーリス……俺の口からは話せないと思う」
「どういう事だ?」
「んー?話すと長いんだけど、そういう契約があるんだ。実は…………あれ、記憶が……消えないぞ」
俺は試しに、トーリスに今の状況を話そうとした。すると、記憶が飛ばないで頭の中にある。これなら話せそうだ。……なんでだ?
「……くそっ。コウさん、多分トーリスさんは、途中から“知ってしまった者”になったんだ。あいつが秘密を話してしまったから……“沈黙の契約”は無効になったのかもしれない。その証拠に、俺は奴と交戦出来たんだ。記憶が消えなかった」
シャゴムットが消えた後、アラシを押さえ付けていた藍色の濃霧も消えていた。彼は悔しそうに床を叩くと、深刻そうな口調で話した。
「そうなんだ?」
「あいつ、“沈黙の契約”にかけられてなかったなんて。それに、何だあの魔法……強力すぎる」
「おい、………どういう事だ?説明してくれよ」
アラシが悔しそうに呟くと、トーリスは戸惑った様子でもう一度、俺に説明を求めた。
「どうしよう。……一度、ダリアに相談してみよう」
「ん?ダリアと、何か関係あるのか?」
「うん。はぁぁ……トーリス、ごめん。巻き込んじゃった」
俺は、バンドメンバーだけは巻き込みたくなかった。トーリスは、もう知ってしまった。魔法も見てしまった。それにしても、あのシャゴムットという男……何者なんだろう?俺は彼に言いしれない恐怖を覚えつつも、本当に彼には敵意がない気もしていた。
外からは、子供が遊ぶ声が聞こえてくる。宅配業者がバイクを走らせる音、遠くから聞こえる救急車のサイレンの音……いつもの日常が外では続いている。俺達も本当だったら、トーリスの恋愛話を聞いた後、音楽の話で盛り上がったりして3人で飯でも食べに行ってたんじゃないかな?
あの男の出現で、重苦しい現実に変わった。
俺は、当たり前だった日常が、今日を境に壊れていく気がした。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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