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地球編10 ニューヨーク支部

「ここが、私達の組織の支部よ」


 俺とエヴァンはダリアに秘密を明かされた次の日、彼女達の組織のニューヨーク支部に案内された。ダリアが運転する車で橋を渡り、スタテンアイランド区に入った。


 住宅街を抜けた場所に、2階建ての赤煉瓦の建物が見えてきた。その裏の駐車場に、ダリアは車を停めた。そこは、一見何処にでもある店舗用の建物のようだ。古びた赤茶けたの壁には所々カビが生えている。


「へぇ、こんなとこにあるのか。お前達の組織のイメージって、魔法で開く扉でもありそうだけどな」


「ふふ。まぁ、本拠地は凄いところにあるけどね。この建物自体、組織の所有物なの。表向きは電気通信業者として登録してあるわ」


「ふーん、そうなのか?……あれ、誰もいないぞ」


「ほんとだね、明かりは付いてるけど」


 建物のドアを開けて中に入ると、人影がなかった。俺とエヴァンは部屋を見回す。受付カウンターがあり、奥にはビジネス用のデスクが並べられている。商談用のスペースらしき所に、テーブルとソファーも置いてある。


「ここは、普段何も使ってないの。一応、表向きに体裁を整えてるだけよ。何もない空き室に人が出入りしてたら、周辺の住民に怪しまれるでしょ。だから、たまにこっちで作業することもあるけどね」


「まぁ、秘密を隠したいなら、色々カモフラージュしとかないとな」


「ええ。行政には裏から手を回してるから、実態がなくても誤魔化せてるの。じゃ、この奥よ」 


 ダリアは、部屋の奥へと俺たちを案内した。そこには、古びたエレベーターがあった。


「あれ?ここ2階建てだよね。エレベーターあるんだ?」


「地下に行くわよ。そっちが、本当の支部よ」


 俺は、エレベーターに乗り込みながらダリアに話し掛けた。すると地下2階のボタンを押しながら、彼女は返事をした。すぐにゆっくりエレベーターは動き出し、目的の階へと到着した。


 扉が開き、奥へ続く通路を歩くと、直ぐに突き当たりの部屋へ辿り着いた。ドアに付いているすりガラスの向こうに、蛍光灯の明かりが見えている。


「はーい、マット。連れてきたわよ!」


「お、待ってたぞ」


 ダリアは、扉を開けると奥にいる男に話しかけた。彼はがっしりした体型をしている。年齢は50代くらいだろうか。白髪交じりの茶髪、立派な鷲鼻と鋭い目付き、整えられた顎髭……厳格そうな印象がある。


「この人が、前から話してたエヴァンね。そしてこちらが、私達待望の賢者(ソフォス)候補の、コウでーす」


「俺がエヴァンだ。よろしく」


「あ、どうも。コウです」


 ダリアは、ハイテンションな口調で俺たちを紹介した。エヴァンが、マットと呼ばれた男に握手を求めると、彼は立ち上がり握手を交わした。俺もその流れで、続けて握手を交わした。力強そうなゴツゴツした手をしている。彼は俺の手を握ったまま、品定めするように目を合わせて話し掛けてきた。


「俺はマットだ。待ってたぞ。ん、………おお!確かに、素質は凄そうだ。俺達とは質が違う」


「そうでしょ?まだ覚醒してないけど、魂体(マナス)の質は比べ物にならないと思うわ。あ……この人がマットね。私達、地球の管理者ディアスのリーダーよ。エヴァン、あなたの上司になる人」


「え……おいおい、俺はまだ入るって決めてはないからな。まったく、お前は調子いいよな」


「がはは。まぁ、無理強いしてもな。今度本拠地を見せてやる。それから決めたらいいさ」


 エヴァンは、ダリアの言葉に驚いて呆れた顔をした。マットは、そのやり取りを見て豪快に笑った。一見厳格そうだけど、フランクな一面もある人なのかもしれない。


「コウ……お前は、色々と悩む事があるだろう。本拠地で、今度大きな会議がある。恐らく、賢者(ソフォス)のアストロ様も来られるだろう。一度会ってみたらいい」


「え、賢者(ソフォス)って他にいるんだ?いないのかと思ってた。だから……え?」


 俺はマットの話に混乱した。賢者(ソフォス)候補って千年探してるっていう話だったからてっきりいないものだと思ってた。


「ああ、その辺りは聞いてないのか。アストロ様は、天の川銀河を担当している賢者(ソフォス)だ。今、宇宙空間でエラドを足止めする為に交戦中なのだ」


「交戦中……?もう、戦ってるってこと?」


「ああ。まぁ、俺達が想像する戦いとは違うぞ。磁場操作して特異点を作ったりして、接近の邪魔をしている。……まぁ、俺も詳しくはないが、倒す為というより時間を稼ぐ為の戦いだな」


「地球に来るまでの時間を稼いでる……?」


「そうだ。俺達はずっと準備をしてきた。もう大方整っているが、唯一もう1人の賢者(ソフォス)がいない。もう1人、賢者(ソフォス)が必要なのだ。まぁ、その辺りは俺の口から話すより、アストロ様に聞いた方が良いだろう」


 マットは、深刻そうな表情で何度か頷いた。もう1人必要……それで、俺が選ばれたのか。うーん、まだ受け入れられないけど、他に賢者(ソフォス)がいて、会えるのなら会ってみたい。話だけじゃ、スケールが大き過ぎて全然想像できないもんね。



 隣で俺達のやり取りを聞いていたダリアは、俺とマットの話が途切れたのを見て、彼に話し掛けた。


「マット。……アラシはいないの?」


「あいつは、地下の訓練室に朝からこもってるさ。シーハンが手合わせに付き合わされてる」


「え、朝から?相変わらず、鍛錬が好きね」


「まぁ、奴を見習って、俺達もたまには模擬戦闘くらいはしとかないとな。俺の年になると、すぐ(なま)ってしまう」


「そうね。普段、全力出すことないもんね。……それじゃ、もう一個下の階に行きましょうか?まず、アラシを紹介するわ」


 ダリアは、俺とエヴァンを手招きしながら部屋の奥へと進んでいった。部屋には、1階と同じくビジネス用のデスクが並べられている。各デスクの上にはPCも置かれていて、本当に普通のオフィスのようだ。


 俺達はダリアの後ろに続いて歩く。エヴァンは部屋を見回しながら、彼女に話し掛けた。


「なぁ、ダリア。普段、ここでは何してるんだ?」


「まぁ、主に情報収集かな?世界中にネットワークはあるけど、積極的に情報は集めないと世界で何が起こってるか把握できないの。各大陸に数人ずつしか管理者(ディアス)もいないしね」


「情報を集めて、具体的に何かするのか?」


「ええ、世界の国々から依頼を受けることがある。私達の組織は、各国と繋がってるの。でも全ての国ではなくて、規模が大きい国だけね。約20カ国くらいかな?」


「ふーん、エラドを倒すだけが目的じゃないんだな」


 俺も、エヴァンが発した言葉と同じことを思った。世界中に管理者(ディアス)がいて、こういう支部が存在してるのにも驚いた。エヴァン達が話している内に、部屋の奥の通路を抜けて、再び別のエレベーターの前まで来た。今度は、何か、近未来的なデザインだ。幾何学模様が中央に掘られ、緑の蛍光色の光が扉の内側から放たれている。


 ダリアは、その模様に手を翳すと彼女の手からも緑色の光が放たれる。すると、扉から煙状に光が分散し放たれた。


魔力(マナ)の操作ができないと、入れない仕組みになってるのよ」


「す、凄いな……」


「うん……やっぱりこういう魔法の扉、あったね」


 俺とエヴァンは驚いた顔で見合わせた。ゆっくりと緑の光が点滅を繰り返しながら、扉が開いていく。ダリアに中に入るように促され、俺達はエレベーターに乗り込んだ。



「そうそう、さっきの話の続きね。……各国と繋がりあると言っても、政治家とでは無いわよ。まぁ、大統領とか首相は、数年で入れ替わる事も多いし……クーデターだって起こりうるからね」


「なる程な。じゃあ、誰と繋がってるんだ?」


「王族や皇族がいる国は、それに近い立場の人だったり、長年に渡って影の権力者として存在している人物だったりするわね。その人達から、情報や資金面で援助してもらってる」


「そんな事が、裏で行われていたなんてな。まぁ、確かに組織維持するのには、金がいるよな」


「そうよ。その見返りとして、私達に依頼が来るのよ。政治介入しづらい問題や紛争の解決なんかのね。どれも表に出ないで、秘密裏に行われてるの」


「そうなのか……」


 エヴァンは、ダリアの話に頷いて何か考え込む様子で黙り込んだ。俺も、漠然としか考えてなかったから、そんな実態があるのに驚いた。確かに、千年も続く組織なら色んな(しがらみ)もあるだろうし、活動資金も継続して必要なのかもしれない。


 俺達が黙り込んでいる内に、エレベーターの扉が開いた。5階分は下がった気がする。大分地下まで来ているのかもしれない。


「この先に見えてる扉が訓練所になるわ」


 ダリアは、俺達の方をチラリと振り返るとすぐに前を向いて歩き出した。先の方に重厚そうな扉が見える。

 通路も扉も近未来的なデザインをしている。白い壁で囲われた通路には、緑と赤の蛍光色の光がライン上に光る。足元は黒い鉱石のような素材の床をしている。なんかSF映画の宇宙船の中を歩いてるみたいだ。


「うーん、何か気分が盛り上がるな。スター・ウォーズのアトラクションに来たみたいだぜ」


「あはは、アトラクションか。でも確かにそうだね。凄く本格的な造りだ」


「ええ、壁や床の材料も一部は地球の素材じゃないらしいわ。じゃ、扉開けるわよ……今、大丈夫かしら?」


 そう言うと、ダリアは扉に手を翳した。また緑の光が放たれた後、扉はゆっくり開いていく。と言うか、今ダリア、地球の素材じゃないって言ってたよね。その辺も、やっぱり普通じゃない。



「うりゃあ!!」


「……くっ、はぁ!」


 扉が開くと同時に、何かの衝撃音と声が聞こえた。覗いてみると、目に止まらない程の速さで、2人の男女が闘っている。2人がぶつかり合う度、赤い光が火花のように飛び散っている。空間を飛び回る姿は、もう人間の動きじゃない。まるでゲームのキャラだ。


 素早く動き回る度、風圧が俺達の身体を撫でる。ぶつかり合う度、甲高い金属音が耳を貫く。凄い迫力に、圧倒される。エヴァンも、隣でその迫力に息を呑んでいる様子だ。



「はーい、やめやめ!!」


 ダリアが、前に出て大声で2人を静止した。ちょうど鍔迫り合いをしている状態で、2人は動きを止めた。長身の短髪の男は、長い日本刀を右手に持っており、スレンダーで長い髪を一つ結びにした女は、旋棍(トンファー)を両手に付けている。2人共、アジア人のようだ。


「なんだよ、ダリア。いいとこだったのに!」


「ん?……ま、そろそろ休憩させてもらうか」


 日本刀を持った男は、不服そうにダリアに文句を言った。女は俺達の方を横目で見た後、1つ結びした長い髪を揺らして、奥の方へと歩いていった。


「あ、シーハン。……もう、一緒に紹介しようと思ったのに!まぁ、いいわ。アラシ、こっちに来て」


「ん?なんだよ、そいつら。全く、邪魔しやがって」


 ダリアが男に声を掛けると、機嫌が悪そうな表情で彼は近づいてきた。なんか、柄が悪そうだ。学生時代、お付き合いが無かった不良っぽい感じだ。怖い。


 男は俺達の方に近付くと、どんどん表情が険しく変わっていった。ある地点で、何かに気付いた様子で、凄く驚いた顔に変わった。口をあんぐり開け、眉を上げて細かった目を見開いた。顔がさっきより1.5倍位伸びた気がする。凄い顔だ。別の意味で怖い。


「!?………え、え、え、え、エヴァン!!………それに、こ、こ、こ、こ、こ、こ、こ、こ、コウじゃないか……。な、な、な、なんで、いるんだ?」


 彼は俺達と距離を取ったまま、右往左往している。何か激しく動揺している。俺達のこと、なんか知ってそうだ。


「あれ?アラシ、2人のこと知ってるの?」


「ええ!?……し、知ってるに決まってるだろ!今、話題の2人だぞ。ローリングストーン誌の表紙載ってただろ。な、何でいるんだよ!」


「あ、あなた音楽好きだったわね。私達の仲間になるかもしれないから、2人を紹介しに来たのよ」


「え、え、え、えぇぇぇぇーーーーー!」


 アラシと呼ばれた男は、身体をのけぞって驚いた。あ!あれはイナバウワーだ。子供の時、真似した記憶がある。す、凄いあの姿勢のまま静止してるなんて、足腰強過ぎでしょ。


「お、おい、あれ大丈夫か」


「うーん?私もあんな感じになったのは初めて見たわ。まぁ、元々リアクション大き目だけどね」


 エヴァンは驚きと恐怖が入り混じったような複雑な表情を浮かべている。隣でダリアは、頭を抱えた。少しの沈黙が流れた後、急にアラシは身体を起こした。



「あ……ど、どうも、自分はアラシって言います!」


「うおっ!……あ、よ、よろしくな」


「……こ、コウです」


 アラシは姿勢を戻すと、一足飛びで俺達の前に飛んできた。そして、そのまま流れる動作で礼儀正しく頭を下げた。頭を上げると満面の笑みで、俺とエヴァンを交互に見ている。さっきの態度の悪さは何だったんだろうか?


「いやー、お2人の活躍拝見させてもらってるっす。エヴァンさんのアルバム全部持ってるんすよ。コウさんも、アルバム、今度出るんすよね。もう、予約したっすよ。こないだのツアー最高でした。ニューヨーク公演、チケット取れなかったんすよ!チョー悔しくて……」


「あ、ありがと」


 俺は驚きつつも、お礼を述べた。エヴァンは、興奮気味に前のめりで喋るアラシの勢いに押されて、少し引いている。


 あれだよね、有名人に会った時の地元のヤンキーを思い出すよね。柄悪そうだけど、めっちゃ純粋で良い奴ってパターン。


「俺、コウさんの事は、デビュー前から目を付けてたんすよ。こんなに有名になって、逆に寂しい気持ちにもなったんすよ……」


 え、この人、大ファンじゃん。

読んでいただいて、ありがとうございます。

是非続きもご覧くださいませ。


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