ツナクモノ・ツナガルモノ
地球編8 ダリアの告白②の後のストーリーです。
「はぁ、眠れないなぁ……」
俺は暗い部屋で、天井をただ見つめる。外からの月明かりが、カーテンの隙間から差し込んでいる。その薄明かりで、部屋の家具の輪郭だけが浮かんで見える。
マンションの高層階は静かだ。壁掛け時計の秒針が進む度、カチカチという音だけが部屋に小さく響く。
今日は、エヴァンの自宅に泊めてもらうことになった。俺に危険が迫ってる事を否定できないらしく……念の為ダリアと一緒に、エヴァンの自宅に泊まることになったのだ。
この高級マンションの一室は4LDKある。普段使われていない部屋にソファーを運んで、俺とダリアにも各々1部屋ずつ充てがわれた。
今日、ダリアから色んな話を聞いた。
俺とエヴァンが“夢”だと思っていたのは、カリムっていう存在が俺達に課した試練だった。地球に迫っているエラドっていう謎の生命体がいるらしい。それは、生命体がいる星を滅ぼす存在みたいだ。
……そのエラドを倒す為に、俺とエヴァンは賢者と管理者の候補に、選ばれた。
特に、俺は『運命に選ばれし者』らしい。
賢者っていう存在になれるのは、凄く貴重みたいだ。俺にはその資質があるらしく、千年もの間待ち望まれた逸材らしい。
そして、その責務は数万年に及ぶ。
……って、なんだそれ?って思うよ。俺はただ音楽を生業にしながら、生きていきたいのに。今、音楽で成功する夢を掴んだばかりなのに。
トーリス達と、最高の音楽を演奏して、また新しい曲も作りたい。
なんで、こんな状況になったんだろ?
あんまり現実離れしすぎてて、現実を放り投げたくなる。逃げちゃ、駄目なのかな……?
俺はソファーから起き上がって、ペットボトルの水に手をやった。半分まで減っている透明の液体が揺れる。不安に押しつぶされそうな心を誤魔化したくて、それを一気に飲み干した。
「さっき見た光も、歯車が周るビジョンも……何だったんだろう?」
ダリアから話を聞いた後、ぼんやり夕陽を眺めながら考え事をしていた。感情が高まってきた時、気付けば目の前で光の粒が人の形を成していた。その光に、何故か紗絵の存在を感じた。
その後、脳裡に歯車が動き出した光景が映し出された……全てが不思議な現象だった。でも、その時は穏やかな気分に満たされていた。
「何かが、俺の中で変わった気がする。……これから、どうなるんだろ?」
(………………て…………な)
「ん?」
俺が1つ溜息をついた時、何か声が聞こえた気がした。子供っぽい声だった。隣の部屋で眠るダリアの寝言?……いや、少し違う。
(おーい。ね、聞こえてるかな?)
「!?」
俺は、再び子供の声を聞いた。明らかに近くで話している音量だ。俺は恐怖に駆られ周囲を見渡す。……勿論、子供なんているわけ無い。ここは、セキュリティがしっかりしているビルの高層階だ。子供が入り込んでこれる訳がない。
(あれ?繋がってそうだけどなぁ。おーい、コウくんですか?)
「え?」
(もう、ちょっと、返事して欲しいなぁ)
俺は名前を呼ばれ、鼓動が高まった。何で俺の名前、知ってるんだ?子供の声は、周囲から聞こえてる訳じゃない気がする。多分、頭の中で響いてる。変な感覚だ。
でも、なんだか声の主に怪しさは感じなかった。寧ろ、昔からの友達の声を聞いているような気持ちが芽生えた。俺は何かに目覚めたかのように、この声に答えたい気持ちに駆られた。
彼の正体を探る為に、目を閉じ、集中力を高めていく。細い糸を手繰るようなイメージで、彼がいる場所へ意識を向ける。そうすれば、彼と繋がるのが分かっているかのように、不思議と体が勝手に反応した。
そうだ、空の彼方向こうに誰かがいる。俺はその事実を、何故か理解している。さっき歯車のビジョンを見た時、何か感じたんだ。
自然と何をすべきか、分かっている感覚がある。この感覚は……一体なんだろ?
俺は疑問が浮かんだが、流れに身を任せ目を閉じた。
______目を開くと、俺が見ている世界は白い空間へ切り替わっていた。
天井も床も、壁もない。ただ白が広がる世界。
(な……なんだここは?)
(やっと、繋がれたね)
いつの間にか、俺の目の前に銀髪の子供が立っている。……あれ?いや、浮遊しているのか。俺とこの子は、地面がない所で向かい合っている。多分、5、6歳の子だ。
(え……ちょっと、ここ、何?)
(僕と君だけの世界。“ツナグモノ”と“ツナガルモノ”だけの……)
(え……何それ?…………ちょっと、今日は色々あり過ぎでしょ。これも、夢みたいだけど夢じゃないやつなのかな?)
今日はダリアの話といい、目の前で見せられた魔法といい、色んな事実を突きつけられて、ただでさえ頭が整理出来ていない。頭が冴えて、眠れなかった。それなのに、加えてこの状況。俺は、自分の気が触れて幻想でも見てるのかと思ってしまう。
(あはは、夢じゃないよ。僕は別の世界から、君と繋がってるんだ)
(別の世界か……はぁ、もうなんか何でもありだよね。頭がこんがらがりそうだ)
自分の身に降り掛かってくる出来事をまともに真に受けてたら、頭がパンクしそうになる。俺は色んな思考を放棄して、目の前の少年と話す事に集中する事にした。少年は、俺が頭を抱えた姿を可笑しそうに見ている。
(ふふ……ノアさんに言われてから、ずっと君に会うの楽しみにしてたんだ)
(え、ノアさん?って……誰)
(なんか、千年くらい生きてる魔道師の人。その人に、“ツナグモノ”の能力チカラを使えるようにしてもらったんだよ)
(魔導師?それって魔法使いって意味だよね。……それに、ツナグモノだって?)
(うん、そうだよ。君は、“ツナガルモノ”なんでしょ?)
俺は、目の前の子供が言っている意味がよく分からず沈黙した。“ツナガルモノ”?ダリアはそんな話してなかったけどな。賢者ソフォスとはまた別のものなのかな?
(あの、俺、よく分からないんだ。別の世界って言ってたよね?それって、地球とはまた別の世界ってこと?)
(そうだよ。僕はカルディア大陸に住んでるんだ。君はチキュウってとこに住んでるんでしょ?とっても遠い遠いとこにあるって、ノアさん言ってたよ)
(カルディア大陸?……遠くにある別の世界……んー、漫画みたいな話だなぁ)
(マンガ?……何かよく分からないけど、僕等は遠い世界同士で繋がれる存在なんだよ。そんなの僕等だけしか出来ないんだって。凄いと思わない?)
(そう……だね。あれか……テレパシーの進化版みたいな感じかな。はは、もう今日は驚かされ過ぎて、考えるのも馬鹿らしくなってきたよ)
俺は苦笑いして頭をかいた。少年は俺が喋った内容がよく理解出来ないのか、不思議そうな顔をした。彼は翡翠のような美しい緑の眼をしている。
(ん?何か嫌なの?)
(いや、そんな……嫌じゃないけど、びっくりしてるだけだよ。……遠い世界と繋がれる、か。あ、それで“ツナグモノ”と“ツナガルモノ”って言ってるのか)
俺は今いる白い空間を見渡す。この空間自体も正体がよく分かからない場所だ。そして目の前にいる銀髪の子供も、地球じゃない別の世界で生きてるらしい……これが本当に現実なら、もう俺は普通の人間じゃないな。
(僕らは、これから色んな事を協力しなきゃいけないんだ。コウくん、目を閉じてみて)
(あ、ああ……)
俺は素直に彼の言葉に応じた。
目を閉じると、美しい草原が広がった。翠緑の広い大地に心地よい風が吹く。遠目に見たことも無いような巨大な岩山が幾つも聳える。棍棒状に天へと伸びるそれは、長年何かに浸食された様子で、地層が表面から露出している。
岩山には薄雲がかかり、天からは柔らかな陽が刺す。山の麓の湖がそれに反射して、煌めいている。
なんて、綺麗な光景なんだろう。
脇には馬車が置いてある。そして、目の前にはドレスを着た女の人と鎧を身に着けた男がいる。彼女達は、中世ファンタジー映画に出てくるような格好をしている。……なんだここ?
(ここは僕の世界。君は、今僕が見ている世界を体で感じてるんだ)
確かに、目線が低い。目の前に立つ女の人が、こちらを見て微笑んだ。腕には、赤ん坊が抱かれている。彼女はこちらに笑顔を向け、話し掛けてきた。
「ん、ぼんやりしてどうしたの?」
(これが僕のお母さん。綺麗でしょ?抱かれてるのは、僕の弟だよ)
彼女の美しい茶色の髪が、風で揺れる。笑顔が可愛らしい人だ。多分、俺より少し歳上かな?タイトなドレスの襟元には、美しい金具が装飾されてる。その上に、何かの刺繍が入ったマントを羽織っている。
「では、行きますか。急がせて申し訳ないが、日が高い内に街に入りたいのです」
「ええ。じゃ、そろそろ出発するわよ。さぁ、早く馬車に乗って」
奥に立っている兵士のような格好をした男が、彼女の方を向いて声を掛けてきた。その声に頷くと、彼女はこっちを見て、馬車の中へ入るように促した。
彼女の背中を見上げながら、馬車に乗り込んでいく。踏み台に足をかけた瞬間……そこで、視野が途切れた。俺が目を開くと、あの白い空間に戻っていた。
(ふぅ……初めてだから、疲れちゃうね。これが、僕達の能力みたいだ)
(確かに、なんか疲れたね。それより、僕達の能力だって?……凄い、今の本当に君の世界だったの?)
(うん。コウくんと僕が繋がれば、君は僕の世界を体験出来るんだって。どうだった?)
(……信じられない。けど、綺麗な光景だったね。君の世界ってファンタジーの世界に似てる。もしかして、剣と魔法の世界だったりするのかな?)
(そうだよ。僕の父さんは騎士団長なんだ。凄く強いんだ。さっきの母さんも魔法が使える)
俺は冗談のつもりで言ったのに、真顔で返されてしまった。そんな、映画やゲームの中みたいな世界が本当にあるなんて……信じられない。
けど、確かに俺は今、別の世界を体験した。大地をしっかり踏みしめる感触があった。風が頬を撫でる感触も。
そして、俺達地球人と変わらない容姿をした人が目の前にいたんだ。彼女達の声も表情も、本当に活き活きとしてて、生命の呼吸を感じた。まるで、ファンタジー映画の世界に入り込んだ感じだった。
地球以外にも、世界があるなんて……
本当に、あの場所に別の世界が広がっているのかと思うと、俺の胸は高まった。
(そう言えば、君は俺の名前知ってたよね?君の名前は、なんて言うの?)
(僕は、ロックスだよ)
(はは、いい名前だね)
俺は音楽のロックを連想して、プライマル・スクリー厶の“Rocks”っていう曲を思い出した。本当に不思議な子だ。なんか、昔から何度も会った事ある感じがしてしまう。
(うん、僕が強くなるようにって父さんが付けた名前だよ。父さんは、『お前は騎士になれ』ってうるさいんだよ)
(はは、そうなんだ?)
(でも、ま、かっこいいけどね。父さん、“アッシュウルフ”って呼ばれてて、セレネ国で有名人なんだよ)
(セレネ国って……君の世界にも国があるんだ?)
(そうだよ。……あ、そろそろ……切った方がいいのかな?なんか、眠たくなってきたよ。繋がり過ぎると、この白い世界から出られなくなるってノアさん言ってた)
(そうなんだ?確かに、俺も眠たくなってきたな)
今まで興奮してたから気付かなかったけど、頭が重たい感覚になって、意識がぼんやりしてきている。
(楽しかった。また繋がれる時があると思うよ。……それじゃ、またね)
目の前にいる銀髪の男の子……ロックスは、俺に手を振ると徐々に薄っすらと透明になっていった。彼が目の前から消えると、俺も意識が微睡んで、そのまま瞳を閉じた。
目を開けると、元いた部屋に戻っていた。
本皮のソファーに寝そべる身体の真横に、くしゃくしゃになった毛布が置いてある。エヴァン達が寝静まった、静かなマンションの一室。薄暗い部屋に、高級家具のシルエットが並ぶ。さっき飲み干したペットボトルは、床に転がっていた。
カーテンの隙間からは、月明かりが薄っすら差し込み、外にはニューヨークの摩天楼が広がる。……ここが、俺が住んでる世界だ。
さっき少しの間見たロックスの世界が、脳裏にこびりついている。明確に、その世界を体感した感覚が残っている。……あれは、夢なんかじゃない。あの子は、別の世界で本当に存在している子だ。俺は直感的にそう確信していた。
「なんか、現実離れした事ばっかりだな。でも、あの景色を思い出したらワクワクする……何でだろ?」
ダリアの魔法に、別世界……俺は、あり得ない事の連続に理解がついていってない。だけど、不思議と心は穏やかになっていた。あの子と話したせいだろうか?
「でも、よく考えたら、あのロックスって子……年齢の割にしっかりしてるよね」
彼が楽しそうに説明する姿を思い出して、俺は微笑んだ。
「あの世界……仮想現実とかじゃないよね。……確か、遠くにあるって言ってたな。あ、もしかして別の星にあるって事なのかな?」
地球と、別の星……俺とあのロックスって子は、2つの星を結んで繋がったのかもしれない。
「なんか、それってロマンチックだな」
俺は身体に毛布をかけると、再び目を閉じる。眠気に包まれて、意識が薄れていく。
夜空の向こうには、広大な宇宙がある。
そのずっと向こうに広がる星の1つにも、人々が生きている。……その世界で繰り広げられる物語を想像しながら、俺は深い眠りについた。
読んでいただいて、ありがとうございます。
是非続きもご覧くださいませ。
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