カルディア大陸編10 動乱の予感
ゲイルは商人に扮して、アマンドの村に向かっている。先程まで草木の生えた緑の広がる平原だったが、次第に岩石の割合が増え、草木の数も少なくなってきた。
彼は朝から馬を走らせているが、そろそろ日も傾いてきた。馬蹄の音もカツカツと硬い音が鳴る割合が増えてきている。
長い坂道を抜けると、ゲイルの眼前には大渓谷が広がった。灰色の地層が雨風で削られ、独特の形になった岩石が天然の麗姿を見せる。日は傾き、その岩石群の影が伸び始めている。
「そろそろ近くなってきたか」
アマンドの村にはアーガイル地区から半日程、馬を走らせると到着する。ストーム達は一度野宿を挟んでいたとしても、午前中の内には到着している筈だとゲイルは考えていた。
「……サーラの話も聞いてみないとな。そして、私が昨日知り得た情報と合わせて、何か答えが出ればいいが」
ゲイルが昨夜のことを思い返していると、岩石で出来た渓谷の狭間に、小さな村が見えてきた。灰色の岩石の壁は夕日に照らされて、朱色に染まっている。
「村が見えてきたな……」
アマンドの村は、灰色のレンガで積まれた家が15軒ほど並ぶ小さな村だ。渓谷の中でも緩やかで平坦な土地に流れる川の畔にある。
村の裏手には大きな岩山があり、岩山の一部は直線的に岩石が切り出された跡がある。村の周囲に、その切り出された大きな石が並ぶ。それらは、四角に形を丁寧に整えられている。
「ストーム達はどこにいるのだろうか?」
「ゲイルの旦那!」
ゲイルは村の入口に立ち、辺りを見渡すがストーム達が見当たらない。
彼が家の一軒一軒を確かめて歩いていると、急に背後から声をかけられた。ゲイルは驚いて振り返る。そこには中肉中背の髭を蓄えた男が立っていた。
「フローキか! 久しぶりだな。仕事は順調にいってるか?」
「旦那のお陰で上手くいってるよ。この村も少しずつ住む人間も増えて来た」
フローキは、元盗賊の頭だった男だ。昔ゲイルにより討伐された。盗賊するしか生きる術がなかった彼らに、ゲイルは近くの山から石を切り出す仕事を与えた。以来、フローキはゲイルに忠実に仕えている。
「確かに前来たときより、数軒増えているな。それはそうと……午前中、男と女の2人組が訪ねてこなかったか?」
「あぁ。旦那の名前出してたから、こっちの家に匿ってあるよ」
フローキは愛嬌の良い笑顔で頷くと、赤い屋根の家にゲイルを案内した。家の中からは灯りが漏れ、薄暗くなった外側を照らしている。扉を開けると、中にストームとサーラがいた。
奥にあるベッドでサーラは眠っている。部屋の中央にある岩石で出来たテーブルに、肘をついた格好でストームが寝そべっていた。彼はゲイルが入ってきたことに気付くと、顔を上げた。
「お、来たかゲイル。待ってたぜ」
「ああ、無事で良かった。何事も無かったか?」
「まあ、レブナントが追跡してきたけど倒してやったさ。魔物を使役するなんざ、奴は普通じゃないよな。やっぱり……」
ゲイルの問いに、ストームは渋い顔をして答えた。だが、玄関の外に立つフローキの存在に気付いて目をやると、ストームは途中で話を止めた。
「あ、俺はもう下がった方が良さそうだな」
「あぁ、すまないな。後で礼はする」
視線に気付いたフローキが、ゲイルに声を掛けると、彼は振り返って頷いた。するとフローキは安心したような表情を浮かべ、去っていった。
ゲイルは玄関の扉を閉めると、目の前の木製の椅子に腰を掛ける。丸く切り出した岩石で出来た机は、ヤスリで綺麗に磨かれている。ゲイルがテーブルに着いたのを見て、向かい合わせに座るストームが、口を開いた。
「サーラは疲れて眠っているが、大体のことは聞き出した」
「そうか。スパイ活動も疲れただろう。それで、ルセル卿の正体はわかったか?」
「“アペルプロド”という集団の主導者らしい」
「アペルプロド? 初めて聞く集団名だ」
「あぁ、なんでも大陸に混乱をもたらすのが目的らしい。ちょっと……俺の推測を話していいか?」
「ああ、頼む」
ゲイルは、初めて聞く言葉に首を傾げた。ストームは頷いた後、少し身を乗り出し真剣な表情で話し始めた。彼はアマンドの村に午前中に到着してから考えを纏めていたのだ。
「ジェナミ帝国の北部の国境の村に、魔物が住む村があるという噂がある。1人の人間が魔物達を統率しているらしい」
「魔物の住む村だって?……あ! 前に、魔物を率いる人間が現れたって言ってたのは、その事か?」
「そうだ、それはルセル卿の事かもしれないぜ。そして、その村の住民達こそ、“アペルプロド”という集団なんじゃないか?」
「……何故、そう思う?」
「昨日俺達を襲ったレブナントも、ルセル卿の部下として屋敷を訪問していた筈だ。奴が屋敷に入っていく姿を見た時、やけに重装備の鎧を着た兵士が付き添ってるなって印象に残っていたんだよ。肩当ての形が独特だったしな」
「ふむ……確かにそうかもな。昨日お前達が出発した後、ルセル卿が屋敷から出てきたのだ。そして、フルフェイスの兜を被った部下達に指示を出していた。あれが、魔物だったのか」
ゲイルはストームの言葉を聞いて、昨日の様子を思い出した。暗がりでよく見えなかったが、重装備をした部下が、街の外の方角へと向かったのを彼は目撃していた。
「そうだろ?つまり……かなり高度なレベルでルセル卿は魔物を使役してるって事だ。魔物が人に溶け込んで大人しく出来る程だぞ。普通は無理だ。そんな奴、滅多にいない」
「ああ、その通りだな。大陸に混乱をもたらすのが目的であれば、魔物達の集団を作っていてもおかしくはないしな」
「そして、メルド公爵が魔竜の洞窟近辺を探っていたんだろ?」
「その事実も、家令に確認が取れた。間違いなく、ルセル卿が探りを入れている真犯人だ」
「やはりな。それに、あの2年前のゴブリン達との戦いがあったろ……あれがルセル卿によって、試験的に行われたものだとしたら……どうだ?」
ゲイルはストームの話を聞く内に、彼が何を言おうとしているのかが想像出来た。恐ろしい企みの輪郭が姿を現そうとしているのを、ゲイルは感じた。
「魔物を率いる主導者であるルセル卿が、魔物の通り道である洞窟の封印を解こうとしている。……ということは、セレネ国に魔物を従えて攻め込む可能性があるという事か」
ゲイルは、ルセル卿についての情報を頭で整理すると口を開いた。
「だろうな。洞窟は地下でジェナミ帝国の方にも繋がっているんだろ? ……でも何が狙いで混乱をもたらそうとしているのか……サーラの話だと、ルセル卿は何かの呪縛から解かれるのが目的だって話だ。よく分からんがな」
「……まだ推測の域を出ないが、恐ろしい話だな」
ゲイルは、顎に手を置いて顔を顰める。ルセル卿の狙いが何であれ、彼を止める必要があるとゲイルは考えた。そして、昨晩のルセル卿の藍色に光る瞳を思い返した。
「ルセル卿は、恐ろしく強かった。私も敵わないと思ったよ」
「え、もしかして、あの後ルセル卿と対峙したのか?」
ストームは驚愕の声を出して、ゲイルを見た。
「ああ。少し交戦したが、あのままでは負けていただろう。あの魔力は尋常ではない。途中で家令のポール殿が来て、場は収まったがな」
「そうか、無事で良かった。でも騎士団長のお前が、ルセル卿と戦って大丈夫だったのか?」
「今は、ルセル卿も事を荒立てたくない様子だった。だが念のため、私の家族には避難するよう指示はしてきた。何を仕掛けてくるか分からないからな」
「そうか、そりゃ良かった。守るべき立場の公爵が、敵になるっていうのも難しい立場だな」
ゲイルが状況を説明すると、ストームは安堵した様子で頷いた。彼はゲイルと息子を気に掛けるように、セイントに命じられている。ゲイルを危険に晒してしまった事を、ストームは悔んだ。
「うむ。……だが家令のポール殿が味方になってくれたのは救いだ。彼もメルド公爵とルセル卿に疑惑の目を向けている。何かあれば協力してくれる話になった」
「そうか、そりゃ助かるな」
「恐らく、近い内にメルド公爵とルセル卿は魔竜の洞窟へ向かうだろう。昨夜も何か話し込んで画策していたようだ。動きがあればポール殿から連絡させるようにしよう。あとは……ロバート国王にも状況を伝えねば」
ゲイルは腕を組んで顔を顰めた。
メルド公爵が治める地区の騎士団長であるゲイルが、国王に公爵への疑惑を直接伝えると、下手すると反乱の意図があると受け取られる可能性もある。
証拠を抑え、国王の側近に根回ししておく必要があるが、そんな時間もなさそうだと彼は悩んでいた。
「あのよ、魔導学院に行かないか?実は、俺は学院長のセイントさんと知り合いなんだよ」
「え!?そうなのか?……だから、お前は色々セレネ国の事情に詳しかったのか。何故隠してたんだ?」
「まぁ、言えない事情がある。だが、そろそろ隠すわけにもいかなくなった。セイントさんに、その辺りは説明してもらうかな……」
「……まぁ、何か理由があるのだろうな。魔導学院長の立場なら、国王に進言も可能だろうし、協力を取り付けたい。ストーム、協力してくれるか?」
「勿論だ……というか、多分、状況は既に掴んで、もう動いてくれてるだろうな」
セイントには、大陸全土を見渡せる風の王と転移魔法を使えるアンナが付いている。ストームはそれを思い出し、彼の計画の範疇で自分も動かされているのだろうと考えた。
「あ、団長さん。来てたの?」
その時、ストームの後方から女の声が聞こえた。いつの間にかサーラが目覚めていた。ベッドから上半身だけ起こして、ゲイルを見ている。
「サーラ、起きたのか。もう大丈夫か?」
ストームが振り返ってサーラを見ると、彼女は満面の笑顔で頷いた。
「まだ眠いけど、だいぶ疲れは取れたよ」
「スパイ活動ご苦労だったな。恩に着る」
「うん、私なりに頑張ったよ」
ゲイルは、サーラを労って頭を下げた。スパイは途中でバレてしまったものの、彼女に動いてもらった結果、疑惑がほぼ確信に変わる状況まで導けた。スパイ作戦は成功したと言っていい。
「色々と話は整理出来た。サーラもストームから話は聞いてるのか?」
「うん、大体ね。あ、ストーム、あの事は団長さんに話したの?」
「いや、まだだ。お前から話した方がいいかもな」
「そうだね、実は……」
サーラは、ルセル卿がダークエルフである可能性が高い事実を説明した。藍色の瞳や“アペルプロド”の言葉の意味、そして自分の故郷を襲ったダークエルフの存在……サーラは、昨夜ストームに話した内容をゲイルにも伝えた。
「そうか……それであんなに強かったのか。確かに、あれは人外の力だろう」
「ダークエルフは魔力を解放したら、白い髪と青い肌になるはずだよ。多分、本来の力はまだ隠してる」
「何だって?……あれでまだ魔力抑えているということか? 」
ゲイルはサーラの言葉に震撼し、顔色を変えた。彼は、昨夜実際にルセル卿と対峙した。その感触では、単独で正面から闘っても敵わないと感じていた。更に強いとなると、勝算があるのか彼は不安になった。
「うん。昔ダークエルフが暴れた時は……ハイエルフの魔導師5人がかりで、やっと倒せたんだ」
ハイエルフとは、エルフの中でも特に魂体が優れている者達だ。エルフ国の中で特別に選び抜かれ、国の要職に付いている者も多い。人間の魔導師には使用出来ない大掛かりな魔法も操れる。
「そうなのか?……ルセル卿が、人間に扮していて、正体がダークエルフとは……信じられんな」
「私の憑依魔法の中に、ルセル卿が入り込んできたんだよ。あんなの、闇魔法使いじゃなきゃ出来ない。“闇の意志”が取り憑く事で、ダークエルフは闇魔法に目覚めるの」
「闇魔法? ……聞いた事もないな」
ゲイルの質問にサーラは答えた。ゲイルは闇魔法と聞いて、首を捻って呟いた。彼は仕事柄、色んな魔法を見てきたのだが、そんな名前の魔法は記憶になかった。
昨夜、ルセル卿が放った魔法は……確かに、ゲイルが初めて見るものだった。
「その、闇魔法とはどういうものなんだ?」
「えっと……」
ストームがサーラに尋ねると、彼女は闇魔法について説明を始めた。
闇魔法は、心に侵食し蝕む特徴がある。
サーラがベリンに憑依してる時、ルセル卿が精神の中に入ってこれたのも、無理矢理心に侵食出来る闇魔法の使い手だから可能であったのだ。
今メルド公爵が、ルセル卿の手の平で踊らされてるのも、メルド公爵の心が闇魔法で蝕まれている状態だからだ。そして、恐らくその使い手であるルセル卿自身も、 “闇の意思”に心を蝕まれている。
サーラは説明し終わると、ストームから水筒を貰って水を一口飲んだ。そして、他に説明出来ていない部分がないか考えて、再び口を開いた。
「んー、あと、闇魔法は攻撃系の魔法も強力だと思う。昔ダークエルフを捕まえたときも、沢山のエルフ達が犠牲になったもん……」
「ふむ……想像以上の強敵だな。ストーム、学院長に、紫の魔導師達への協力要請の依頼もお願い出来ないだろうか?」
紫の魔導師達は通称だ。国王直属の魔導師軍団のことをそう呼んでいる。軍団としては20名ほどの少数だが、セレネ国の魔導師のエリート達が揃っている。エルフ国のハイエルフに引けをとらない魔力を持つとも言われる。
「ああ、そうだな。仲間は必要だろう。仮に魔物達が侵攻してくるなら、軍隊も出す必要もあるだろうし。……色々と、デカい話になってきたな」
「……ああ、大きな動乱が始まるのかもしれん」
ゲイルが窓の外に目をやると、松明の灯りが目に止まった。その松明の炎は、風に翻弄されるように揺らめいている。
彼はその揺らめきを見ながら、悪しき存在が、自分達の運命を翻弄していく予感を重ね合わせた……。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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