カルディア大陸編9 追跡者
「くそっ、こいつ等普通のレブナントじゃないぞ」
「うん。多分ルセル卿が何か細工している。レブナントの体内に、あいつの不気味な魔力を少し感じるよ」
ストームとサーラは、アーガイル地区を出た先にある森の中で、野宿をしようとしていた。しかし、自分達を追跡してくる存在に気付いた。
ルセル卿は、街から遠ざかっていくサーラの魔力も薄っすら感知していた。彼は、それを部下に追わせていたのだ。その部下達の正体はレブナント……ルセル卿が死体となった戦士を魔法で蘇らせた者達だった。
ストーム達は仕方なく交戦を始めたが、通常のレブナントよりも強力な個体である事に気が付いた。2人の実力なら難なく倒せる魔物の筈が、思った程ダメージを与えられずいにいる。
「仕方ない、一気にいくぞ。俺が闘気を練る間、時間を稼いどいてくれ」
「え〜!もうっ、無茶言うなぁ」
ストームは一撃必殺の技を出すべく、力を溜めることにした。闘士である彼は、魔力を作り出す事が不得意だ。しかし、代わりに闘気を操り闘う。闘気は紅色に揺らめくオーラとして具現化される。
ストームが闘気を練り始めると、彼の身体から紅の煙霞の如きオーラが立ち昇っていく。
2体のレブナント達は、身に着けた鉛色の鎧から藍色の煙を出し、顔をすっぽり覆う兜の隙間から赤く目を光らせている。そして、大剣を振りかざしストームの方へと襲いかかってきた。
「え、来た!?よ〜し、いくよ……炎の檻!」
サーラは、レブナント達に向かって強力な火の魔法を放つ。格子状の形をした焔が、渦を巻き魔物達の行く手を阻み、その身を焼いていく。レブナントは四肢を激しく振り、その大炎の檻から逃れようと藻掻く。
「よし、まだまだ〜。フロガ!」
「ギィィョォオォ!」
サーラは、更に炎弾をレブナント達に数発放った。強力な火魔法を喰らった魔物達は、身体をのけぞり苦しむ様子で咆哮した。しかし、倒れない。致命傷までには至らない様子だ。
「はぁ、これでも駄目かぁ〜。火系統の魔法あんまり得意じゃないんだよね」
激しく攻撃しても倒れないレブナントを見て、サーラは溜息をついた。彼女は風魔法が得意なのだが、アンデッドモンスターには火魔法の方が効果が高い。彼女が不得意な火魔法とは言え、十分強力な威力はある。通常のレブナントであれば、すでに倒せている筈だ。
「ガアァァァ!」
「きゃあぁぁ、来た。気持ち悪いよ〜」
魔物達は残り火を身体に纏ったまま、四肢を振り回してサーラへ向かって突っ込んでくる。兜は溶け、焦げた頭部からは骨も露出している。口蓋を大きく開き、雄叫びを上げて近付いてきた。
サーラはアンデッドの類は嫌いだ。もうビジュアルからして無理だと思っている。彼女は堪らず、魔法障壁を複数展開させて、レブナント達の進撃を止めた。魔物達は壁にへばりつき身体を激しくぶつけ、サーラを睨んでくる。
「ちょっ……怖っ。もう無理。ストームーーー、助けてー!」
「ったく。……よっしゃ、そろそろ良いか」
サーラの背後では、赤く揺らめくオーラが夜空へ立ち昇っていた。練られた闘気が濃密な紅の煙霞となり、ストームの身を包み込んでいる。彼は力が十分に溜まったのを確認すると、ニヤリと口角を上げた。
「サーラ、魔法障壁を消してしゃがめ!」
「分かった!」
ストームは、長刀と短刀を体の前で交差させ構える。2つの刃は煌々と光り、赤光を周囲に散らす。それを見たサーラは、魔法障壁を消し体を伏せた。
「赤の衝撃!」
ストームが地面を蹴った瞬間、2体のレブナントに紅の刃が襲いかかった。ストームの両手に握られた刃が、一瞬閃き鋭い光を放つ。あまりの速さに赤光が残像を残し伸びた。
甲高い風切り音が鳴り終わる頃、ストームはレブナントの横を通り過ぎ、刀を振り切った構えで静止していた。そして、残心のまま目線を背後の魔物へと移した。
一刀両断。
気付けば、魔物達は胴体から2つに分かれ地面に横たわっていた。もうその眼は光を失い、動くことはない。ストームは、それを確認すると1つ息を吐いた。すると、彼の体に揺らめく紅き闘気は次第に収まっていった。
「やっと倒せたぜ。……ふぅ、久々に技を使ったな」
「お、終わった?あ、さっすが〜!凄い凄い」
伏せていたサーラは顔を上げると、動きを止めたレブナントを見て両手を上げて喜んだ。その姿を見て、ストームは自信ありげに微笑んだ。そして、刀を布切れで拭き、鞘に納めるとサーラの元に歩いていった。
「へっ、本気を出せばこんなもんだよ。それよか、サーラ、まだお前余力あっただろ?」
「え、あはは……バレた?もうなんか気持ち悪くてさ。ストーム、そろそろいけるかなーって」
2人は数年コンビを組んでいる為、互いの呼吸も理解しているのだ。サーラは、ストームのタイミングも計算しつつ足止めをしていた。その辺り、ちゃっかりしている。
「まぁ、倒せたからいいけどよ。にしても、手強かったな。……やっぱり、お前の言う通りルセル卿は普通の人間じゃないな。こんな魔物を操るなんて、いくら魔力が高くても無理だ」
「うん、そうだね。……あのね、私気付いたことがあるの」
「な、何だよ」
「あいつは……ダークエルフだと思う。あの藍色の瞳は、昔見た事あるよ」
「……な………」
サーラは、いつになく真剣な表情で話した。ストームは、それを聞いて驚きのあまり声が出なかった。彼も話は聞いたことがあるが、一般的にダークエルフは伝説上の存在だと噂されている。
「私が小さい頃、ダークエルフが故郷で暴れた事があったの。多分、ルセル卿じゃなかったけど、その時見た藍色の瞳と同じだった」
「……瞳の色か、でもそれだけじゃな。ルセル卿は、人間の貴族じゃないのか?」
エルフは人間よりも耳が尖っている為、誰にでも見分けがつく。ストームもルセル卿が屋敷へ入っていく姿を目撃したが、フードを被っていたものの、身なりは普通の貴族のようだったと記憶している。
「多分、魔法で擬態してるんじゃないかな。耳だけの擬態なら魔力も少量で済むしね」
「擬態……か。で、他になんか理由は?」
「メルド公爵が、ルセル卿は“アペルプロド”っていう集団の主導者って言ってた。その言葉の意味は、……“絶望した裏切り者”。古代のエルフ語だよ」
「“絶望した裏切り者”……?」
「うん。ダークエルフは、エルフが絶望して、“闇の意思”に捕われた時に産まれるの。そして、悪意に染まった強力な魔力を手に入れるんだ……あの、恐ろしい魔力を」
サーラは、あの藍色の瞳を思い出して、背筋に悪寒を感じた。彼女が小さい頃、街をダークエルフが襲った。残虐に同胞のエルフを殺戮していったダークエルフの姿が、彼女の記憶にトラウマとして残っているのだ。
「成程な。奴は、自らを称した言葉を掲げた集団を作っているって事か。何の目的でだ?」
「なんか、大陸に混乱をもたらすのが狙いみたいだよ。……そうすれば、ルセル卿は何かの呪縛から解かれるって言ってた」
「呪縛を解く……何か、理由がありそうだな。それに、大陸に混乱をもたらすってなんなんだ?………あぁ…そうか、そういう事か!ちっ……色々面倒な事になりそうだな」
ストームは、最近ジェナミ帝国で魔物を率いる人間が現れた噂を耳にしていた。2年前に起こったゴブリンが集団発生した事件と、その人間が何か繋がっているのではないかと、彼は考えていた。
そして、魔竜の洞窟近辺を彷徨いていたと噂される、メルド公爵の一団。2年前のゴブリンの集団もその洞窟から出てきていたという事実もある。
全て、それがルセル卿の仕業だと考えるなら、1つの線で繋がっていく……ストームは、脳裏に恐ろしい推測が浮かんだ。
「あの洞窟を使って、ルセル卿は魔物の集団を率いて進攻してくるつもりかもな」
「!?……ん、あの洞窟って?」
サーラは、ストームの言葉に驚きつつも意味が理解出来ずに首を傾げた。彼女は、洞窟の存在までは知らされていないのだ。
「あ、そうか……まだサーラには言ってなかったな。色々話せない事もあるんだよ。まぁとりあえずゲイルと合流して、今後の事を話すか」
「え、凄い気になるんだけど……」
「悪いな、俺だけの判断で何でもは話せないんだよ。ま、とりあえず場所を移そう。魔物の死骸の真横で野宿したくないだろ?」
「さんせ〜い!」
サーラは、間髪入れずに賛成した。彼女は、真っ二つになって転がるレブナントの死骸に目をやると、悪寒がした。
(まだ動きそう。ちゃんと倒せるのに、アンデッドって名乗ってるの詐欺だよね……)
魔素が空気中に多く存在するカルディア大陸では、魔物の死骸は数時間で分解される。彼女も、それは理解しているのだが、アンデッド系の魔物は復活しそうな気がしてしまうのだ。
2人は広げていた荷物を片付けて、もう少し先に進んでから宿泊場所を探す事にした。繋いでいた曳き手を大木から解き、再び乗馬し森を奥へと進んだ。
「サーラ、眠くないのか?いつもなら、寝そうになってる時間だろ」
「……うん。色々あったし……それにスパイ中の事で、思い出した事あったんだ。その事、考えてた」
「ん、なんだ?」
サーラは大きな溜息をついた。その深刻な様子を見て、ストームは他にも大事な情報があったのかと、真剣な表情で尋ねた。
「あの、木箱に………くぅぅぅ、忘れてた」
「何をだ?」
「残りのクッキー食べ損なったよ〜!!」
森の中に、サーラの絶叫が木霊した。
ストームは脱力して白目になると、馬から転げ落ちそうになった。彼は心の底から思った。
(……ど、どうでもいいぜ)
読んでいただいて、ありがとうございます。
是非続きも読んでください。
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