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カルディア大陸編6 アペルプロド

「……はぁ、暇だ」


 ストームは退屈を持て余していた。彼は、メルド公爵の屋敷を監視する為に用意された部屋から、監視を続けている。サーラがベリンに憑依して2日目になる。彼が監視し始めてから、屋敷の様子にまだ特別大きな動きはない。


 サーラの本体は傍らのベッドに寝かせてある。意識のない彼女は、眠っているように深く長い呼吸を繰り返している。



(……ふぅ、これから何が起こるのやら?不吉な予感がするぜ。サーラも無理しなけりゃいいけどな)


 ストームは窓際に立ち、軽風に靡くカーテンを見つめながら、先日セレネ城へ行った際のことを思い返した。彼はセレネ魔道学院長セイントに招集され、セレネ城下にある魔導学院を訪れた。


 彼等の正体は、カルディア大陸を影で管理する者達だ。()()使()()を持って、大陸の監視や治安維持を行っている。これまでも、大陸の有事の際は水面下で紛争や問題に関わってきた歴史がある。


 セイントは管理者(ディアス)達のリーダーで、ストームは有事の際前線で闘う闘士(アトレーテス)だ。その事実は、ゲイルに内緒にしている。



(…………俺の役割はこれからが本番だろうな。さて、あそこから何が出てくるやら)


 ストームは、“これから運命は動き出す”という話を聞かされている。その詳細まではセイントは語らない。しかし、恐らく今回の件もその“運命”に関係していると、彼は踏んでいる。ストームは疑心を深め、屋敷を睨みつけた。



「入るぞ」


 その時、扉をノックする音がした。物思いに耽っていたストームは慌てて身構えた。扉が開くとゲイルが姿を現した。


「あぁ、団長殿か。やっと話し相手が来たぜ」


「なんだ、暇してたのか?……呼び方はゲイルでいい。今は仕事中ではないだろう?」


「あ、そうだな。お前からの依頼だったから、何となく仕事モードだったんだよ」


「はは、そうか」


 ストームは、仕事の依頼を受けている間は騎士団長と傭兵の関係なので、ゲイルの事を団長殿と呼ぶ事にしている。彼も立場のある人間だ。周囲の目がある時は、馴れ馴れしくなり過ぎないように配慮している。しかし、プライベートになると2人は砕けた関係だ。



「……ほら、サーラは憑依中だ。今の所動きはない」


「眠ってるだけに見えるな。……5日間くらい憑依出来るんだろ?」


 ストームがベッドを指差すと、ゲイルはそちらの方を向いた。ゲイルは眠っているサーラの本体を興味深く観察する。彼女は静かに息をしている。


「あぁ、何事もなければな」


「夢魔法は初めて見る。すごい能力だ……。憑依してる間、本体はこのままで大丈夫なのか?」


「俺もよくわからんが、体は眠っている状態とあまり変わらないみたいだ。一度エルフの聖酒(アルゼフ)というのを飲んだら、10日は飲食しなくても大丈夫らしい。なんでも、エルフの国にしかない穀物を蒸留した聖酒らしいんだが」


 サーラは、エルフの聖酒(アルゼフ)をたまにエルフの国から送ってもらっている。ストームは、その小瓶を彼女がいつも携帯しているのを知っている。大変貴重なアイテムで、彼女も憑依する時くらいしか使用しない。


「ほぅ、エルフの聖酒(アルゼフ)か……それは初めて聞いたな」


「普通の人間にとっては毒と一緒らしい。でもエルフのように魂体(マナス)が高い種族には、回復薬としても効果覿面みたいだぜ」


「なるほどな。人間の間では流通しない訳だ」


 ゲイルは納得するように頷くと、ストームの正面の椅子に座った。2人はテーブルを挟んで正対している。



「そういや、お前の息子は元気か?」


「ああ。ロックスとターナーは元気だ。でもロックスはなかなか剣に興味を持ってくれないのが悩みなんだ。身体能力は高いから騎士に向いてると思うんだがな……」


 ストームが息子の話を振ると、ゲイルは目を細めた。父親の顔になって嬉しそうに話す。


「もうロックスは何歳になるんだ?」


「5歳になる。あいつも動き回るからマリアも大変そうだ。騎士として厳しく育てたいんだが、なかなか上手くいかんのだ」


「そうか。まぁ、その内お前の背中見て育ってくさ。今度また俺にも会わせろよ」


「ああ、また家に来い。ロックスにギルドの話でも聞かせてやってくれ。少しは剣に興味を持つかもしれん」


「ああ、是非行かせてもらうさ」


 ゲイルは終始顔を綻ばせながら、息子の話をしている。本当に子供達を愛してる様子が、ストームに伝わってきた。 


 ストームは、“ゲイルとその息子を気にかけるように”と、命令を受けている。セイントの話だと、特にこれから事態は急速に緊迫していくらしく、常に息子達も警護しておきたい意向のようだ。


 とは言え、理由がないと警護を付ける事も難しい。そろそろゲイルに自分の秘密を明かす必要があると、ストームは考えていた。セイントにも、機を見てセレネ魔導学院に彼を連れてくるように言われている。



「あ、あのよ……」


「おっと、長居し過ぎたな。そろそろ騎士団に戻らないとな。それじゃあ、また明日も様子を見に来る」


 ストームは、ゲイルに近々空いている日がないか尋ねようとした。しかし、ゲイルは仕事を思い出した様子で慌てて立ち上がった。彼も騎士団長としての業務があり、忙しいのだ。ストームは、その様子を察して次の機会に尋ねることにした。


「……まぁ、俺は待機で暇してる。いつでも来いよ」


「よろしく頼む」


 ゲイルは、労うようにストームの肩を軽く叩く。そして、足早に部屋を出ていった。ストームは、残された部屋の窓から傾く夕日を眺める。


(……屋敷で、そろそろ動きがあるかもな)







 ______その頃メルド公爵の屋敷では、狩りを終えたメルド公爵や従者のダン達が帰ってきた。ベリンは急いで彼等を出迎える。そして、公爵が身につける装備や道具を外す手伝いをする。


「ご苦労」


 メルド公爵は、馬から降りてベリンに荷物を渡すと先に屋敷の中へ入っていった。ダンは馬を降りると、ベリンに近付き話しかけた。


「ベリン、メルド様のご就寝の準備は頼んだぞ。俺は、ルセル卿を明日出迎える手筈の打ち合わせで忙しい」


「はい、お任せください」


 ベリンは、メルド公爵の荷物をまとめながら答えた。ダンは頷くと屋敷の裏手の方へ向かい、足早に姿を消した。


 (よ~し、就寝の準備の時が公爵の記憶を引き出すチャンスだね)


 サーラは、ベリンに浅く憑依したまま一部始終を見ていた。彼女は夢魔法でメルド公爵の記憶を引き出そうと考えている。



 夕食後、ベリンはメルド公爵の部屋で就寝の準備を始めた。ベッド周りは女中が整えているので、就寝用の寝間着と新しいワインを用意しておけばいい。


 少しワインを飲んでゆっくりしてから、眠りにつくのがメルド公爵の習慣だ。酌取をしながら、話を聞くのも従者の役割である。



 ______ベリンが部屋で待機していると、夕食を終えたメルド公爵が部屋に戻ってきた。すると、彼は驚いた顔をしてベリンを見た。


「おお、今日はダンではないのか?……そうか、今日の担当はお前だったか。初めてだな」


「はい。ダン様は、明日ルセル卿をお迎えする準備があるようです」


「そうだな、明日はダンも忙しいだろう。……まぁベリン、一杯注げ」


「は、はい」


 メルド公爵は、円卓の上に置かれた陶器のカップを手に取った。ベリンは差し出されたそのカップに、緊張しながら慎重にワインを注いだ。


「ポールから聞いたが、お前は働き者のようだな。従者の心得をしっかりダンから学べ」


「はい、しっかり学ばせてもらいます」


 メルド公爵はワインを一口飲んだ後、着替える素振りを見せた。彼の服には上質な布地に金の刺繍が縫われており、貴金属などの派手な装飾が施されている。


「すぐ寝間着を準備します」


 ベリンは慌てて寝間着を差し出した。まだぎこちない手つきで、更衣を手伝う。なかなか上手く服を脱がせられず、焦ってしまい、少し強く服を引っ張ってしまった。


「ふ……まだダンに比べると、手付きがまだまだだな」


「も、申し訳ありません」


「まぁ、不慣れなのは仕方あるまい。それにしても……今日も多忙であった」



 メルド公爵は更衣が終わると椅子に腰かけた。そしてワインが注がれたカップを手に取り、再び口を付ける。一口飲むと、彼はベリンに向かって話し掛けた。


「ベリン、お前は従者としてこれからだ。未熟な時代は誰にでもある。しっかりと励み、頼られる存在となれ。まぁ、わしも若い頃はな……」


 (あら~話長くなりそうかな?)


 ベリンに憑依しているサーラは、機を伺っていた。彼女は憑依を深くし、メルド公爵に魔法をかけようと待機中だ。しかし、あまり長話に付き合っていてもタイミングを失いかねないと彼女は思った。


 (よし、そろそろいこうかな?)


 サーラは、一気にベリンへの憑依を深くした。ベリンの意識が薄れ、彼は気を失った。サーラは一気に彼の体を乗っ取る。その瞬間、少しベリンの体がふらついた。意識を切り替える際、僅かに時間がかかってしまうのだ。



「ん? ベリンどうした?」


「え、あ……いやー、メルド様の話に感銘を受けてしまったんです」


 メルド公爵は、怪訝そうにベリンの方を見た。彼の体を乗っ取ったサーラは、慌てて誤魔化す。メルド公爵が何を言っていたか、彼女は途中から聞いていなかった。

 しかし、サーラの適当な言葉を受けて、公爵は嬉しそうな顔をした。そして、何かを思い返すように目線を上に向けて話し始める。


「そうか! では、しばし話に付き合え。あれは……」


 メルド公爵の言葉を遮るように、サーラは彼の鼻の前に手を翳し、魔力を込めた。公爵は一瞬驚いた表情を浮かべたが、直ぐに虚ろな目に変わった。


「ミロド」


 サーラは脳を麻痺させる香りを放出する魔法を使った。脳の記憶中枢を刺激し、自白を強要できる。

 メルド公爵は、無表情となり、魂を抜かれたように体をだらんとさせている。目線は宙を見つめたまま、その焦点は定まっていない。



「ごめんね、長話に付き合う時間ないんだ」


 サーラはメルド公爵の顔を見て、いたずらな笑みを浮かべた。そして彼女はすぐに真面目な顔に戻り、魔法の操作に集中する。魔力(マナ)の流れを感じ取りながら、記憶中枢まで香りが浸透していくのを確認する。


 催眠状態となったメルド公爵に、サーラは質問を開始した。


「明日来るルセル卿って何者なの?」


「ジェナミ帝国の貴族で、裏の顔はアペルプロドという集団の主導者だ。魔物達を率いている」


 メルド公爵は、瞳孔が開いた状態で無感情な口調で答えた。"アペルプロド"と聞いて、サーラは眉を顰めた。彼女は何処かで聞いた覚えのある言葉だと思った。しかし、明確に思い出せなかった。


「あなたは、何故彼に協力してるの?」


「私はルセル卿に心酔している。彼の言う事に全て従うまでだ」


「……じゃあ、そのルセル卿の狙いは何なの?」


「大陸に混乱をもたらすことだ。そうする事で彼は呪縛から解かれるだろう」


「どういう意味?」


「それは……」


 メルド公爵が質問に答えようと口を開いた瞬間、扉の外から部屋に近づいてくる足音が聞こえた。サーラは、急いでメルド公爵の魔法を解き、身体を抱え上げてベッドに寝かせた。



「よろしいですか?……失礼します」


 サーラがメルド公爵の身体に布団を掛けていると、ダンの声が扉の向こうから聞こえた。彼はノックをした後、扉を開いた。


「ん?メルド様はもうご就寝されたのか?」


「あ、はい。狩りでお疲れだったようです。すぐに眠りにつかれました」


 サーラは動揺していたが、出来るだけ冷静を装い答えた。メルド公爵は魔法をかけた影響で意識を失っているが、眠っている状態に近い。脳を麻痺させた為、彼が朝起きても魔法をかけられた記憶は失われている。



「そうか?問題なければ良かった。あとは私がやっておく、もうお前も休んでいいぞ」


「はい、それでは失礼致します」


 ベリンに憑依しているサーラは、素直にダンの言葉に従って部屋を出た。



「はぁ……びっくりした。急に来るなんて」


 サーラはメルド公爵の部屋から離れると、ほっとひと息ついた。彼女はもう少し聞き出したかったが、予想外にダンが来てしまった。バレなくて済んで良かったと、彼女は胸を撫で下ろした。


 サーラは使用人の部屋に戻り、ベリンの体を横にすると憑依を浅くした。彼の意識は眠ったままの状態でいる。ベリンも初めての仕事に疲れていたのだ。



(それにしても、アペルプロドってなんか聞き覚えあるんだけどなぁ)


 昔何処かで聞いたことがある言葉なのだが、サーラはまだ明確に思い出せずにいた。あまり良くない言葉だったと彼女は記憶している。


(大陸に混乱を起こすなんて、バカみたい。何か面倒な事が起きそう)


 サーラはその点を深く聞き出せなかったのが心残りだった。


(ま、明日ルセル卿を見れば何か思い出すかもね)


 サーラはあまり悩むのは好きではない。すぐに気持ちを切り替えると、彼女は強い眠気に襲われた。そして、そのまま意識を失うように眠りについた。

読んでいただいて、ありがとうございます。


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