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カルディア大陸編4 追放の民

 ヴァーサノ山脈の奥深くに、冷えた溶岩と堆積した火山灰で出来た大規模な洞窟が存在している。


 その洞窟は、山脈の地下まで続く。人1人が通れそうな入り口を奥へ進むと、小規模の都市程の大きさはありそうな、巨大な洞穴に抜ける。

 その空間は、魔人の集落となっており、魔人達は各々洞穴の壁を削って、簡易な寝蔵を作り住居としている。


 洞穴内には、日の光も届かず、植物も生息していない。しかし、そこには魔素(スティオ)を生成する鉱石が存在している。

 その著大な塊は、洞穴の中央に巨大な柱として屹立している。濃紺の光を怪しく放ち、その大空間を照らしている。


 魔素(スティオ)が放つ光の色は、それが持つ性質を示している。白から濃紺になるにつれ、聖から悪へとその性質を変化させる。魔素(スティオ)を産む養分は、使用済みの魔力(マナ)と知的生命体の意思だ。


 善良な意志は、聖の魔素(スティオ)を産み、凶悪な意思は、悪の魔素(スティオ)を産む。



 故に、この魔人の集落に存在する鉱石が産み出す魔素(スティオ)は、邪悪で強烈なエネルギーを持つ。濃紺の妖しい光が立ち込める空間に、2人の魔人の影が伸びている。


()()が、あと少しで到着しそうだ。準備は抜かりないんじゃな?」


「そうか?計画通りのタイミングになりそうだな。任せておけ。()()()はもう動き出したようだ。……まぁ、奴には読めない部分もあるがな」


「ふん……想定が外れてしまっても、わしの能力で何とかしてやる」


「その辺りは頼んだぞ、俺は迎え入れる体制をきっちり整えてやる」


 魔人の1人は、小柄な老人の風貌をしたヴァール。背は曲がっており、吊り上がった大きな目と尖った耳、そして黄土色の肌は皺で垂れ下がっている。数百年生きており老獪な知識と特殊な能力を持つ。


 もう1人の大柄の魔人ガイムは、鋭く赤い目を持ち濃青色の肌をしている。頭には角が2本生え、筋肉隆々の体格で人の倍近くの体格をしている。彼はその剛腕と冷静な頭脳で敵を蹴散らし、殲滅する。



「わしら“追放(エクソリア)の民”の悲願を果たすのじゃ。今では魔人と呼ばれる邪悪な風体となり果てたが、故郷は取り戻さねば」


「ああ。人間の奴等め。今回こそは圧倒的な力で蹂躪してやる」


 元々、魔人達は魔人ではなかった。人間並みの高い知性を持つ知的生命体であった。祖先達は数百年前、過酷なヴァーサノ山脈に住み始めた。

 長い年月、鉱石が産み出す邪悪な魔素(スティオ)の影響を受け続け、今の魔人の姿となったのだ。


 彼等は自らの事を、“追放(エクソリア)の民”と称する。



「ガイムよ、今回こそは勝利を収めるぞ」


「勿論だ、抜かりはない。さて、大地を血に濡らす宴を始めようか」


 魔人ガイムは、企みの先にある悲願を見据えるように、その鋭い瞳を見開く。そして邪悪な笑みを浮かべ、手元の杯を掲げた。


 それに呼応するかのように、魔鉱石はその濃紺の光を更に放つ。不気味な煌めきが広がるその薄暗い空間に、魔人達の笑い声が木霊した。






 ______その頃、アーガイル地区ではストームとサーラが、メルド公爵の屋敷を観察していた。


「今日辺り、ベリンが出てくるといいが……」



 今日で彼らは張り込み3日目になる。


 ゲイルが見張り用で用意した2階の部屋からは、メルド公の屋敷の門が見える。ストームは窓辺から、外を注意深く観察しているところだ。サーラはベッドで、呑気に眠っている。


 1日目2日目は、ベリンではなく他の使用人が入り口の門から出てきた。ゲイルの情報だと、毎日昼過ぎ頃、使用人の誰かが買い物に出るということだ。ストームは昼前から夕方までの時間、見張ることにしている。



「そろそろ、出てくる時間か?」


 ストームがカーテンに手を掛けて、注意深く覗くとちょうど屋敷の扉が開いた。


「お、来た来た。あれだな」


 栗色の髪にクリっとした円な瞳、小柄で太めの体型の男が、屋敷の門から出てきた。ストームは、背格好の特徴がゲイルの情報通りなのを確認すると、眠っているサーラの肩を揺すった。



「おい、早くサーラ起きろ!…………クッキー食べれなくなるぞ」


 クッキーと聞いてサーラは瞳をパチリと開いた。上体を慌てて起こしたが、彼女はまだ寝惚け(まなこ)で欠伸をしている。


「むにゃ!クッキー!?…………ふぁ〜、やっと出てきたの?」


「あぁ、俺は見失わない内に後をつける。お前は早く支度して出てこい。奴の行き先は広場の方だ」


「分かってるよー。ちょっと待って〜」


 ストームは、素早く外套を引っ掛けて部屋を飛び出していった。サーラは眠そうに目を擦りながら、外套を羽織ってフードを被る。そしてテーブルの上のパンを口に頬張ると、彼の後を追って階段を降りた。



「ほごほご……」


 貴族街を出た辺りで、サーラはストームに追い付いた。まだ彼女の口の中にはパンが残っていて、声にならない声で彼に話し掛けた。ストームは、振り向くとサーラを手招きした。


「あ、サーラ。こっちに隠れろ……ってお前、何食べてんだよ」


「ごくんっ……だって、魔法使うし、お腹空いてたら集中できないでしょ!」


 ストームは呆れ顔しながら、建物の影に身を隠すように指示した。彼の視線の先には、露天が並ぶ広場へと歩くベリンの姿があった。



 貴族街から出て平民街のメインの通りに入ると、商人や住人など沢山の人が行き交う。煉瓦や石造りの建物が、中央の広場を中心に取り囲むように並び立っている。

 広場には様々な露店が所狭しと並んでいる。旅の必需品や果物、野菜などが売られている市場が広がり、雑多で賑やかな雰囲気がある。



 暫くベリンを尾行していると、人通りが少ない裏通りに出た。ストームは周囲を見渡し、手頃な裏路地を見つけた。狭く薄暗い路地の手前には、木箱が積まれていてちょうど目隠しになる。


「よし、あの裏路地なら人目がつかん。誘い込んでくれ」


「うん、任せて。じゃあ、憑依したあとはお願いね!」


「あぁ、任せておけ」


 ストームが頷くと、サーラは安心した表情を見せた。そして、目的の店を探している様子のベリンに近寄っていった。



「おにいさーん、手伝って欲しいの」


 指定された裏路地の前から、サーラがベリンに声をかけた。サーラの見た目は美しく、スタイルのよい若い女だ。その綺麗な容姿に惹かれて、大抵の男はフラフラやって来る。


「え……お、なんだ、どうしたんだい?」


「ね、ここの結び目はずれないの。開けるの手伝って欲しーの」


 ベリンが案の定、デレデレした表情で近づいてきた。サーラは被ってる外套を開きながら、猫なで声で話す。上目遣いでベリンを見ながら、両腕で胸の膨らみを強調して誘惑する。彼は生唾を飲み込んで、その膨らみを凝視する。


 完全に罠にかかった獲物だ。


「ねぇ……こっち来て♡」


「お……おぉ」


 サーラがベリンの手を握り、路地の奥へと誘うように手を引いた。ベリンは完全に彼女の魅了されて、鼻の下を伸ばして付いていく。普段のんびりしたサーラからは想像できない小悪魔ぶりだ。


 “誘惑”は夢魔法を師から伝授される時に、習得させられる高等技術だ。サーラ本人は、いたって真面目にやっている。ストームは、その技術の高さを見せつけられ、同じ男として同情の視線を送る。


 一部始終を観察しながら、百戦錬磨の雌豹に狙われた若い雄牛の姿を連想して、何となく彼は合掌した。


 ストームは、サーラとベリンが裏路地の奥に入ったのを確認すると、すぐに2人を追い掛けた。



 ストームが裏路地に入ると、すでにサーラは魔法を発動していた。魔法をかけられているベリンは、身体に力が入らず、なすがままの状態になっている。


侵入魔法(エイセル)


「え……うわっ」


 サーラはベリンの顔に手を翳している。彼女の体全体から、白い光が一瞬強く放たれた後、その光は淡い濃度に変化し、彼女の体を包み込んだ。そしてゆっくりと、その光はベリンの体へと乗り移っていく。


 ストームは誰にも見られていないか、周囲に注意を向け警戒する。


 ベリンの身体が白く淡い光を吸収し終わると、サーラの身体は抜け殻のように倒れ込む。後ろからストームがその身体を受け止めた。


「ふぅ……良さそうだね。ストーム、私の本体はお願いね」


 サーラが憑依しているベリンが、口を開いた。ぽっちゃりした男が、女性っぽい仕草と話し方でストームに声を掛けた。問題なく憑依できている様子だ。ストームはその様子を見て頷くと、眠っているサーラの本体を抱き上げる。


「はは……毎回、変な感じがするな。見事なもんだ。本体は手厚く扱うさ」


「憑依が安定したら、浅い憑依に切り替えるね。ベリンの意識が戻れば、自分で勝手に動き出すと思うよ」


「あぁ、必要なときだけ深く潜るんだろ?じゃあ、また5日後だな。無理しすぎるなよ」


「うん、危なくなったら本体に戻るよ!……それじゃ、バイバイ」


「あぁ、気を付けろよ」


 サーラが憑依したベリンは、任せてという感じで自分の胸を叩いた。そして、彼女(彼?)は裏路地を出ると、ストームに手を振りながら人混みの方へと歩いていった。



 夢魔法の憑依には深さがある。憑依してすぐに、憑依対象者の意識を混濁させ、眠らせる。それと同時に精神の深い部分まで潜り、憑依を安定させる。


 深い部分にいるときは、自由に対象者の体を動かせ、五感も感じることが出来る。対象者自身は、その間眠らされ意識がない。深い憑依のデメリットは、魔力(マナ)の消費が激しい点だ。

 そして、魔力感知の能力が高い者が近くにいる場合は、憑依していることを感知されやすくなる。


 浅い部分にいるときは、対象者の視覚と聴覚だけ共有できる。対象者は自分の意思で動くので、行動はコントロール出来ない。しかし魔力(マナ)の消費も少なく、感知もほとんどされないため、ほとんどの時間は、浅い憑依でいる方が都合がいい。


 特にスパイの場合、憑依者が勝手に動いてくれた方が、周りに怪しまれずに済むというメリットもある。



「さて、あとは待機だな」


 ストームは脱け殻のサーラの本体を担いだままだ。周囲の目が届かないように、彼は出来るだけ建物の影になるルートを選んで、元いた部屋に戻った。



「ふぅ……ここからどうなる事やら」


 ストームは、セレネ国魔導学院長セイントと深い繋がりがある。彼がセレネ国の重要事項を知っているのもその為だ。


 ゲイルと親しくしているのも、元々はセイントに命じられて近付いたのが切っ掛けだ。“今後、彼は重要な存在になる”とだけ、ストームは聞かされている。それ以上は、教えてもらえていない。

 しかし、付き合いが長くなった今では、ゲイルの事を本当の友だと彼は思っている。


 最近、“大きな運命の歯車が動き出した”とストームはセイントから聞かされた。恐らく、今回のメルド公爵の件も何かそれに関わっていると、彼は予想している。

 詳細をセイントに聞こうとしても、上手くはぐらかされてしまう。


「セイントさん、何を隠してんだろうな?……今回、何が起こるのやら。まぁ、ゲイルにも何も言うなと口止めされてるし、成り行きを眺めるしかないか」


 ストームは窓の外のメルド公爵の屋敷を見下ろしながら、胸の内の靄々を誤魔化すように大きく息を一つ吐いた。




 ______その頃、サーラは憑依が定着したのを見計らって、浅い憑依に切り替えていた。ベリンの意識がゆっくりと戻ってくる。


「……あれ?……どうしてたんだっけ?」


 ベリンは意識が混濁して、何かしていた気はするのだが思い出せないでいた。途中の記憶がすっぽり抜け落ちていることに、不思議そうな表情を浮かべ、頭を掻いた。


「はぁ、疲れてるのかな?……ん?……あ、そうだ!早く買い物済ませないと、ポール様から怒られてしまう!」


 ベリンは手に持っている空のままの買い物袋に気付いた。すると彼は慌てて、市場の方へ駆け足で向かった……。




 ベリンは買い物から屋敷に戻ると、急いで調理場に向かった。少し日が傾きかけているのを見て、彼は思ったより時間が経っているのに気付いた。


「料理長、すみません。市場から買ってきた肉はここに置いておきますね」


「あぁ、何か遅かったな。途中、道草してきただろ?今回は黙っといてやるが、次やったらポール様に言い付けるぞ」


「はあ……すみません。なんか、記憶が抜けてて……」


 ベリンが言い訳している途中、憑依中のサーラは調理場を観察していた。視覚と聴覚は共有しているので、ベリンが見ている景色は把握できる。彼女は奥の棚に、焼き菓子らしきものを見つけた。


(うふふ。ごめんね、ベリン。ん?……あ、あれってもしかして!……く、クッキーじゃないの!? た、食べたいぃぃぃ)


 彼女は今すぐ憑依を深くして、ベリンを動かしてクッキーを口に放り込みたい衝動に駆られた。が、ストームの怒り顔を思い浮かべて、思い止まった。


(夜中まで我慢するのよ、サーラ!)



 彼女にとっては、クッキーを食べるのは任務より重い重要事項だ。ジェミナ帝国ではお目にかかれない、綺麗な焼き菓子が皿に盛られている。サーラは断腸の思いで、ベリンの言い訳を聞き続ける。


「……んー……私も昨日は就寝が遅くなってしまい……」


(え、…………ベリン、言い訳長っ)




読んでいただいて、ありがとうございます。

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