another story ストームの正体
「ぐっ……相変わらず不味いぜ。この帝国の奴ら、食に興味がなさ過ぎだろ。早くまたセレネ国に戻りたいとこだぜ」
ストームは、サーラにゲイルからのスパイの依頼を頼み込んだ。眠そうな彼女を無理矢理起こして、今出発の準備をしてもらっているところだ。
サーラが準備している間、街の食堂で昼飯を摂ることにした。硬い肉と味気ないスープを、彼は渋い顔付きで食べている。
ジェナミ帝国は食物が育つ環境が悪い為、食文化が育ってこなかった歴史がある。簡素な味付けの食べ物が多く、帝国の人々も料理の味にはあまり興味を示さない人が多い。
ストームがいる食堂の雰囲気も素っ気なく暗い。寡黙な店員が厨房の中に座ったままでいて、こちらが呼ばないと動かない。たまに顔を上げて客の様子を伺う程度だ。ホールには大きな木製のテーブルが1つ置かれ、丸椅子が並べられているのみで、質素な内装だ。
「はぁ……こないだの鳥の揚げ物美味かったよなぁ。まるで、竜田揚げだった。あのパリパリな衣とジューシーな肉……また食べたい。クソッ、こっちに来る前に、料理覚えとけば良かったぜ」
実はストームは、元地球人なのだ。何故、彼がカルディア大陸に居るのかは、今後物語の中で明かされていくであろう。彼は先日、アーガイル地区で食べた料理の事を忘れられずいる。
「はぁ……ニューヨークのハンバーガーも美味かったよなぁ。エールじゃなくて、ビールが呑みたい。あの喉越しの刺激が恋しいぜ」
ストームは地球の料理を思い出して、溜息をついた。カルディア大陸自体が、食文化に関しては地球よりも未発達なのだ。彼はぶつぶつ独り言で不満を並べながら、エールを喉に流し込んだ。
(それはそうと……ようやく地球でも動きがありそうだな。金色の輝きを持つ者の出現に、管理者の裏切り……か。これから、地球でも波乱が起こるな)
ストームは、空になった皿を見つめながらこれからの事を思った。彼は、先日セレネ魔導学院長のセイントから呼び出しを受けた。先日、アーガイル地区でゲイルと会っていた時、セレネ国に滞在していたのはその為だ。
その際にセイントから地球の状況を聞かされた。ストームの正体は、剣の紋章と赤き輝きを持つ闘士だ。そして、魔導学院長セイントの裏の顔は、管理者のリーダーだ。
カルディア大陸の管理者と闘士達は、以前から、“近々、運命の歯車が動き出す”という予言は受けていた。今回、“ようやくその時が到来した”……という話だった。
カルディア大陸の管理者・セイントと、元地球の闘士・ストームは6年の付き合いがある。ストームは、地球からカルディア大陸に到来する事になってから、カリムから直々にある使命を受けている。以降、セイントの部下としてカルディア大陸で活動している。
(地球が懐かしいぜ……。皆、元気にしてるんだろうか?……あ、そうか、まだ……)
ストームは隻眼となった左眼に触れ、地球時代の事を思い出した。それは……楽しくも、切なくもある思い出。全てを胸の内に秘めながら、彼はこの地で生きてきた。
ストームは、胸ポケットにある音楽プレーヤーを取り出した。カルディア大陸に来た当初は、電源が入らなくなったそれを、お守り代わりに持ち歩いていた。
だが、今はたまに充電をサーラにしてもらっている。微弱な雷魔法で充電できる事を、数年前に発見した。彼はその時、飛び上がって喜んだ。
まだカルディア大陸には発電システムが存在していない。代わりに魔法がある為、あまり必要性がなく、科学が発展する文化が乏しいのだ。
ストームは、その楽曲リストを眺める。もう更新されることのないそのリストは、彼にとって思い出の楽曲達だ。若かったあの頃、大好きだったアーティストがいた。彼はその曲に目を止める。
「へへ、思い出すと辛い事もあるけど……やっぱ、良い曲だよな」
ストームは、食事の代金を支払うと食堂から外に出た。空を見上げると快晴が広がっている。彼は空を見上げ、そのずっと先にある地球に思いを馳せる。この地に来てから……何度も、何度も、そうやって空を眺めた。
故郷の地は、銀河を越えた場所にある。
青い空に手を伸ばすと、郷愁と共に思い出される情景に、心を掴まれる。
「……とうとう、来るのか」
地球の家族や、仲間達の事を思い浮かべるように、ストームは目を閉じた。
_______一方、その頃……
サーラは自宅で、急いで出発の支度をしていた。彼女は準備が苦手だ。必要なものを全部持っていこうとすると、とんでもない量になる。一度、荷物が多過ぎてストームにキレられた事がある。
「あぁ~もう、何を減らせばいいの!」
衣服、外套、帽子、靴……綺麗好きな彼女は着替えが複数ないと嫌なのだ。馬での移動は野宿になる事も多い。雨風を防げない時、泥だらけになる場合がある。
荷物はそれに加えて、貨幣やギルド発行の身分証明書、食料、ナイフ、火打ち石、水筒……香水や回復アイテム。いつも袋に入り切れない量になる。
「はぁ……またストームに怒られちゃう。あの人、なんで、あんな小袋1つで旅ができるのかなぁ?」
ストームは、荷物が極端に少ない。外套を羽織り小袋1つで何処へでも出掛ける。ただ、たまに臭う。
サーラは、初めてストームと共に旅に出た時、全く着替えようとしない彼に、水魔法を浴びせたことがある。綺麗好きな彼女にとっては、耐えきれなかったのだ。以来、ストームの荷物には下着が増える事になった。
「はぁ、もう、一回寝てから考えようかな?」
「おーい、そろそろ準備できたか?」
サーラが悩み疲れて、ベッドに横になろうとした。しかしその時、家の外からストームが彼女を呼ぶ声がした。彼は食堂を出た後、真っ直ぐサーラの家まで戻ってきたのだ。
「え〜、もう迎えに来たの!?……ね、眠い。もう……ダメ」
「ん?おい、お前、寝ようとしてないか?……入るぞ!」
ストームは扉越しにサーラの声を聞いて、やばいと思って扉を開けた。案の定、睡魔と戦うサーラが、ベッド上で薄目になりウトウトしている姿があった。
「……はぁ、もう、さっきまで寝てただろ。早く出発するぞ。全く、荷物も相変わらず多いな」
「ふにゃ……もぅ……ストーム、うるさいなぁ。もう寝るの」
「お、お前……ほら、出発するって約束したろ」
「…………」
「な!?寝やがった!……くっ…………。あ、クッキーだ!サクサクしてて美味しいぜ。うんうん、この程よい甘さと口溶けは、他に味わえないよな」
ストームはサーラに聞こえるように、さもクッキーを食べているフリをした。サーラの尖った耳がピクッと反応したのを、彼は見逃さなかった。
「いやー、残念だ。もう二度と手に入らないかもな。セレネ国の貴族の家に行かないと無いもんなぁ。あぁ、紅茶ともよく合うぜ。もう食べられないのかぁ……」
「……い、行く。クッキー食べに、行くよ」
サーラは、一度閉じた目をゆっくり開く。重い瞼を、手で無理やり開く。彼女はクッキーを食べたい執念で、睡魔に打ち勝とうとしている。
「クッキー!!」
ストームは叫んだ。
「ク、ク……クッキー!!」
サーラも叫び、ついに身体を起こした。そして睡魔に打ち勝った彼女は、片手を上げてガッツポーズした。
「……おめでとう。じゃ、早く行くぞ」
ストームはいつもの茶番劇に疲れたが、大人しく彼女の荷物の仕分けを手伝い始める。彼らの旅前の儀式みたいなもので、よくある事なのだ。似たようなやり取りを大体行う。もう彼にとっては手慣れたものだ。
エルフであるサーラは、人間が治める国家では好奇の視線を浴びる事が多い。過去、エルフ族と人間族との間で、暗い影を落とす大きな事件があった。以来、友好的な関係ではない。
特に、南の方の人間国家に行くほどエルフに対しての偏見は強い。
北に位置するジェナミ帝国は、一部がエルフ国やビースト国と接している為、普段から商業的な交流もある。共に協力して、ヴァーサノ山脈から下りてくる魔物と戦う機会もあったりもする。
なので、他国と比較して他種族に対する偏見は少ない。
それでも、人間ギルドの中にエルフが存在している事は珍しく、余所者扱いされる事もある。ストームも元々は、地球から来た余所者だ。大陸に来てから生計を立てる為に、ギルドに登録したものの、よくシステムを理解できず右往左往していた。
そんな時、サーラと出会った。
余所者同士だったのもあり、2人はすぐに意気投合した。剣士と魔道士の組み合わせで、戦力としても互いに相性も良かった。以来、ギルドの仕事をコンビでこなす機会も増えた。今では、ジェナミ帝国のギルド界隈では名のしれたコンビである。
「よし、こんなもんだな!」
「う……荷物が心許ないなぁ。もう少し持ってっちゃ駄目?」
サーラは半分程度まで減った荷物を見つめた。ストームの仕分けで、量をだいぶ減らされてしまった。
「今回、まぁまぁ急ぐからな。荷物が増えると移動に時間がかかるだろ。途中で街にも寄れるし、こんなもんで十分だ。足りなければ、セレネ国で買い足せばいい」
「うーん。ま、そうだね。私、セレネ国行ったことないから不安なんだよ。ストームは、よく行ってるよね?」
「ああ、セレネ国も豊かな国だぞ。食料に関しては、あっちの方が全然充実してるしな。行ったら何でもあるさ」
「ふーん。じゃあ、お食事楽しみだー」
サーラは、食べる事が大好きだ。エルフ国は、食べ物に関してはジェナミ帝国以上に簡素だ。美味しく調理するという発想がない。必要な栄養素を取れれば良いという合理的な考えだ。
その為彼女にとって、味付けされている料理自体が、刺激的で面白いものなのだ。それも人間社会に留まる理由の1つでもある。
「ああ。そうだ!こないだゲイルと食事したあの店にまた行くか。サーラ、お前も絶対気に入るぞ」
「そうなんだ?ふふっ、嬉しいなぁ」
「へへっ……じゃ、行くか」
サーラは無邪気な笑顔を、ストームに向ける。彼はサーラの頭を軽く撫でた後、彼女の荷物を肩に背負い扉を開いた。
「よーし、出発だー!」
サーラはストームの背中を見ながら、幸せな気持ちが湧き上がってきた。彼女はその気持ちが何なのか、よく分かっていない。ストームも変な所が生真面目な男だ。恋に関して、奥手で不器用なコンビは今日も旅立った。
その先に待つ運命は、2人にとっても大きな意味を持つものになる。そんな事を知る由もないサーラは、まだ見ぬ国に胸踊らせる。
「南の国は、どんな風景なんだろうなー?」
「行けば分かるさ、楽しみにしとけ」
雲が流れる蒼穹の下、南へと馬蹄を鳴らす。乾いたジェナミ帝国の大地を、暖かな南風がそよぐ。2人は馬上で、心軽やかにその風を受けた。
管理者
星の管理者であり守護者。魔道士のような能力を持つ。
闘士
星の戦士。有事の際は、前線で戦う者達。戦士や剣士の能力を持つ。
読んでいただいて、ありがとうございます。
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