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地球編9 少年の目覚め

☆アリサ視点の話です。

「おい、アリサ……奴が片付け始めたぞ」


「あら?……ほんとね、やっと終わったのかしら」


 私とケヴィンは、施設に囚われた少年を捕獲する任務を終えた後、ベレズニキ市郊外の建物に滞在していた。捕獲した少年は、壁の一面がガラス張りの部屋に寝かせてある。私達がいるリビングからは内部の様子が見える。彼はあれからずっと眠り続けている。


 その建物に訪問してきた黒尽くめの怪しい男……シャゴムットは『少年の封印を解く』と語り、少年を寝かせてある部屋に入っていった。彼が、部屋に籠もり始めてもう3日も経つわ。私とケヴィンは、透明なガラス越しに2人の姿を眺め続けている。


 シャゴムットは、食事やトイレの時以外は部屋から一歩も外に出ない。用事を済ませると、何も語らないまますぐ部屋に戻る。そして、少年の前に立ち、何かを念じ続けていた。彼が念じている間、少年の周囲に並べられた複数の燈台が、時折怪しく藍色に光を放つ。そして、その燈台から立ち上る黒煙が少年の体に吸い込まれ続けていた。


 私には、それが邪悪な儀式をやっているかのように見えたわ。悪の魔道士が、凶悪な魔物を蘇らせるような……そんな感じ。本当に三流映画に出てくるような光景が眼前で行われていた。……ケヴィンが言ったように、そろそろ儀式は終わる様子ね。シャゴムットは、念じるのを止めて儀式の道具を片付け始めている。



「やっと終わった……。私も休憩してもいいか?」


 シャゴムットは片付けが終わると、儀式の道具が入ったボストンバッグを持ってリビングに出てきた。そして、疲れた様子でソファーに座り込む。隣の部屋に残された少年は、ガラス張りの部屋の中でまだ眠っている様子だわ。


「ええ……どうぞ。じゃあ、コーヒーでも淹れようかしら?それにしても、長かったわね。少年の封印っていうのは解けたの?」 


「ああ。次に少年が目覚めた時、彼自身の力で己の呪縛を解くだろう」


「ふーん。にしても、怪しい儀式だったわね。一体、何してたの?」


「その少年は、能力を封印される魔法をかけられていた。賢者(ソフォス)によってかけられた強力な呪縛に縛られる魔法だ。私は時間をかけ、その呪縛を弱体化させていた。……ふぅ、予想以上に手こずったな」


 私は、キッチンで3人分のインスタントコーヒーを淹れながら、シャゴムットの話を聞いていた。彼は当たり前のように話しているけど、相変わらず現実離れした内容の話をしている。私は返事が思いつかず、スプーンでマグカップの中のコーヒーをかき混ぜる。

 すると、シャゴムットの向かいに座っているケヴィンが口を開いた。


「まぁ、お前がやっていた儀式を見てたから、今更お前の言う事にいちいち驚かないが……その、賢者(ソフォス)っていうのは何の事だ?前も言ってたよな」


賢者(ソフォス)とは、この銀河を管理する存在だ。宇宙に複数存在している。奴らは各々が受け持っている銀河を監視し、有事の際は介入する。強力な能力を持つ選ばれし者達だ」


「ふっ、またSF映画の世界だな。でも、まぁ本当の事なのかもな……お前が俺達の目の前で行っていた事は現実だ。俺も信じることにしよう。それで、その賢者(ソフォス)とその少年はどういう繋がりがあるんだ?」


()()()()が、人造の賢者(ソフォス)を造る実験をしていた。……お前達もザハールに聞いただろう?エラドという悪しき生命体が地球に近付いていると。その組織は、“エラドから地球を守る為”という理由で、親なし子などを集めていた。……あぁ、すまんな」


 シャゴムットは、私が差し出したマグカップを受け取った。エラドって確か……ザハール(叔父)が言ってた宇宙にある黒い靄の事だったわよね。シャゴムットは、コーヒーを一口飲むとそのまま話を続ける。


「そして、提供された幼児に無理矢理魔力を注入して、強力な魂体(マナス)を持つ賢者(ソフォス)候補者を造ろうとしていた。しかし、その殆どが失敗し……今迄何人も子供達が犠牲になってきた。その少年もその1人だ」


「その……()()()()ってのは、賢者(ソフォス)を造ってエラドとやらを倒すのが目的の組織なのか?」


「まぁ、それだけじゃない。カリムという超越した能力を持つ存在を頂点にして、賢者(ソフォス)達は宇宙に広がる。その内の1つである地球の組織に私は所属していた。組織は、エラドを迎え撃つ為に千年もの間準備をしてきたのだ」


「スケールの大きな話だな。にしても、地球を守る為……とは言え、子供を実験台にするとは……他に手段はなかったのか?」


「エラドという邪悪な存在を倒す為には戦力が必要なのは確かだ。奴等は正面から徹底抗戦するつもりのようだ。しかし、私は他の方法があると考え、その組織を抜けた……そして、その鍵はその少年が握っている」


 ケヴィンの問いにシャゴムットは答えると、隣の部屋で眠る少年を指さした。私は少年を見つめた。……眠っている姿は何処にでもいる中学生くらいの子に見える。


「その少年って結局、何なのよ?」


「少年は、今話した人造実験の失敗作だ。当初実験が上手くいったと思われたが、ある日彼は暴発した。組織の人間が少年に殺される事件が起こり、彼を制御できなくなった組織は、彼の能力を封印し監禁していたのだ。その場所が、こないだお前達に侵入してもらった施設だ」


「……そういう過去があったのね。でも、そんな少年の封印をあなたは解いた。それは、危険じゃないのかしら?」


「まぁ、お前の言うとおり、予測しきれない部分はあるだろう。しかし、私は少年をある程度は制御出来る自信がある」


 私は少年の過去を聞いて驚いたが、何故厳重な施設に監禁されていたのか、納得は出来た。でも理由がとんでもないわね。私の質問に、シャゴムットは自信ありげに答えたけど、本当に大丈夫なのか不安だわ。



「どうやって制御するつもりなの?」


「彼の能力は、“意志の共振”だ。対象の人間と共振した結果、その人間が抱く意志を増幅させる。そして、その意志を少年は受け取り、そのまま彼は共有してしまう。……過去に暴発した原因は、彼自身が別の人間の怒りに共振した結果だ」


「何なのそれ……生まれ持って、そんな能力があったって事?」


「いや、急激に魔力を注入した副作用で発現した能力だ。私はその能力に目を付けた」


 “意思の共振”……もしかして、私が彼の瞳を初めて見た時、心を掴まれそうだと感じたのは、その能力のせいだったのかしら?私が回想に耽っていると、隣に座るケヴィンがシャゴムットに質問を始めた。



「……そんな能力をどうするんだ?」


「エラドとは、“悪しき意思”の集合体だ。知的生命体の“悪しき意思”を食い物にしながら、宇宙を彷徨っている。そして、今回は地球がターゲットになった」


「そんな存在がいるとはな。そうか……あぁ、なる程な。少年がエラドとコンタクトをとれる鍵だとお前が言っているのは、その“意志の共振”って能力を使って、何か仕掛ける気なんだな?」


「察しが良いな。少年の目が覚めたら、エラドとの共振を始めるだろう。まだ遠い宇宙にあるが、強烈な“悪しき意思”の塊だ。彼は既に意識を向けられてしまっている」


 確かに、少年を捕獲した時、彼は『エラド』と呟いていた。何なのか意味が分からなかったけど、今、ようやく理解出来た。彼は宇宙に浮かぶ黒い靄に意識を向けていたって訳ね。


「……共振した結果、どうなるの?」


「予測はしきれないが、強烈な共振に至れば、エラドは自己分解を始めるのではないかと考えている。奴が抱え込んでいる意志の塊が増大すれば、エラドは体内に留めきれなくなると推測している」


「ふーん、よく分からない話ね。ん?……それじゃ、その少年はエラドの“悪しき意思”を共有するって事?それってやばいんじゃないの?」


「そうだな。まぁ、共有と言っても、エラドが持つ膨大な“悪しき意思”の量をそのまま共有するわけではない。あくまで、彼の意思の範囲内で共振するだけだ。それは、1人の人間が生み出す意志でしかない」


「……なるほどね。でも、彼はその“悪しき意思”を共有するのは共有するんでしょ?また暴走するんじゃないの?」


「ああ。何もしなければ彼は暴発し、悪意に囚われる。近くにいる私達も殺されかねないかもな。……しかし、この魔鉱石があれば、制御可能だ。彼の“悪しき意思”は、この石が吸収してくれるだろう」



 シャゴムットはボストンバッグから黒い鉱石を取り出した。拳大の鉱石の表面は、凸凹していて艶のある光沢がある。時折、僅かに藍色に光っているわね。ケヴィンは興味深げに、その鉱石に顔を近付けた。


「何だそれは?」


「私が使う魔法にも、燃料が必要だ。全くエネルギーが無いところから炎は生み出せない。その素となるのが……魔素(スティオ)と呼ばれるものだ。この魔鉱石は、知的生命体の意思を原料として魔素(スティオ)を産み出す力がある」


「おいおい、ゲームのアイテムみたいだな。そんな物が本当に存在しているとは、相変わらず信じ難い話だな」


「この地球には存在していない物だ。これは別の星から持ってきた鉱石のようだ。私は組織を抜ける前に、これを盗んできた」


「別の星だと?宇宙船で採取でもしてきたのか?」


 シャゴムットの言葉に、ケヴィンは苦笑いした。もう彼の言う事は嘘だとは思わないけど、現実離れした話が続いている。まるでSF映画の脚本通りに演技しているみたいだわ。私もマグカップを手に取り、微笑した。



「さあ、どうだろうな?昔から厳重に保管されていた。しかし宇宙船ではないだろう……恐らく、カリムか賢者(ソフォス)の能力で運搬してきたのだろうな。地球と関係の深い星が、別の銀河に存在している。これは、その星の大陸から採取された鉱石だ」


「別の星に……そんな大陸があるの?」


「ああ。その大陸はカルディア大陸……と呼ばれている」


「カルディア大陸……」


 不思議な話ね。そんな星が本当にあるとして……その星の大陸に存在する鉱石が、こうやって目の前にあるなんて。信じられないけど、少しロマンチックな話だわ。天文学が好きなザハール(叔父)が、シャゴムットに興味を持ったのも納得するわね。


 カルディア大陸……か。


 そこは、どんな所なのかしら?




「……そろそろお目覚めのようだ。早く準備に取り掛かるか」


 シャゴムットは何かに気づいた様子で、少年がいる部屋の方を振り返った。そして、魔鉱石を手に取るとその部屋へ再び入っていった。少年は目を開き、身体をゆっくり起こしていく。上体を起こしきると、何かを憎むような目付きで天井に眼をやる。そして、人間の声とは思えない強烈な叫び声を上げた。


 部屋に共鳴するその声は、私の体を響かせ耳を(つんざ)いた。私はその声に戦慄し、背筋が凍った。


 これから……きっと、何か予測出来ない事態が起こる。そう、私は直感したの。

これで地球編第一章は終わりです。色々余韻を残して第二章に繋がります。次回はカルディア大陸の話が始まります。


読んでいただいて、ありがとうございます。

是非続きもご覧くださいませ。


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