地球編8 ダリアの告白②
☆コウ視点の話です。
「うふふ……ごめんなさい。痛い思いをしてもらうわよ」
ダリアは、不気味な笑みを浮かべている。彼女の両手には、水の塊が槍状に長く伸びている。その鋭利な形状の水の槍は渦を巻き、回転数を上げていく。すると風を切る音が高音へ変化していき、耳を劈いた。そしてその穂先は倍ほどの大きさへと変化していき、俺達に対し更に圧力を高める。
ダリアは左足を踏み込むと、素早く腕を振った。その投擲された槍は、俺達目掛けて飛んでくる。その一瞬、俺は足が固まって動けない。死を覚悟して、咄嗟に腕を胸の前に出し、防御の姿勢を取った。
「待て、ダリア!!」
エヴァンが叫んだ瞬間、その水の槍は空気中に散開して細かな飛沫へと変化した。霧状となった小さな飛沫は、一気に俺達の体を包み込み、大量の白い濃霧が部屋に広がっていく。俺は何が起こったのか理解が追い付かず、呆然としたまま立ち尽くした。
その霧が晴れてくると、目の前にドヤ顔をしたダリアが腰に手を当ててこっちを見ている姿が見えた。
「ふふ……なんちゃってね。どう、私アニメのキャラクターみたいだったでしょ?1回演じてみたかったのよねー。びっくりした?流石にあなた達を怪我させたりしないわよ。でも、これで、私の話に信憑性出てきたでしょ?」
「……あ、ああ」
ダリアは楽しそうにはしゃいで満足気だ。余りに現実離れした驚愕の光景に、エヴァンは怒るのも忘れて茫然としている。彼女は槍状に形作られた水の塊を、目の前で霧に変化させて消し去ったのだ。幻かのように、それは一瞬で消えた。しかし俺の身体に付いた雫が、本当にそれが存在していたのを証明している。
エヴァンは目の前に起こった出来事を否定するかのように、首を横に振ると、尻餅をつくようにソファーに体を預けた。俺は驚きのあまり立ち尽くし、声も出ないでいる。
ダリアは、唖然とした表情で無言となった俺達の様子を見て、我に返ったように真面目な表情に変化した。どうやら彼女は何かのアニメキャラになりきっていたようだ。……本気でそういう冗談はやめて欲しい。
「あら……2人共大丈夫?」
「いや、何だよ、今のは……」
エヴァンは呆れた顔して抗議しようとしたが、言葉が続かない。まだ頭の中で状況を整理出来てないんだろう。俺も本当に現実だったのかどうかすら、受け止めきれていない。
「……今の、ちょっと凄すぎでしょ」
「あら、コウ、もう構えなくていいわよ。なんか、ごめんね」
俺はまだ自分が防御の姿勢をとったままだった事にも気付いてなかった。いや、ごめんねって軽く言うけど、俺、死ぬかと思ったんですけど。
「今のって……本当に魔法なのか?映画とかゲームに出てくるやつだろ?」
「ええ。詳しく話すと長くなるけど、私達管理者の能力は、ゲームに出てくる魔法使いに似てるわ」
エヴァンは自分を納得させるように、何度も小さく頷いている。俺も本当に魔法が存在するなんて、まだ現実として受け入れきれていない。魔法の迫力を目の当たりにして、何の話をしていたかすら、忘れてしまった。人間にあんな力があるなんて信じられない。
俺は気持ちを落ち着かせて、もう一度ソファーに座った。俺もエヴァンも言葉を発さず、暫く黙り込んでしまった。ダリアは様子を伺いながら、再び話し始めるタイミングを測ってる様子でいる。俺は気を取り直して、口を開いた。
「……え、えーっと、元々……何の話してたんだっけ?」
「あ、あぁ……賢者と管理者についてよ。理解出来たかしら?あなた達は大切な候補者なの。今どうしても戦力が必要な状況よ。実はね……この地球を脅かす存在が、宇宙から近づいてるの」
「何……それ?」
「今、天の川銀河の中に黒い靄が確認されていて、それが地球に接近しているのが観測されているの。もうNASAだけじゃなく、世界各地の天文学者もその存在に気付いているわ。社会が混乱しないように、各国の政府は事実を揉み消すように圧力をかけてるみたい。でもその内、隠しきれなくなるでしょうね」
「ふぅ……さっきの魔法といい、とんでもない話になってきたな。本当にアベンジャーズの世界だ。んで、黒い靄って一体何なんだ?」
「エラドと呼ばれる……宇宙を浮遊する悪しき存在。カリム様の宿敵よ。それが地球に辿り着くと、地球は破壊され尽くすでしょうね。これまでも、他の銀河で知的生命体が住む星は滅ぼされてきた」
俺は、ダリアの水の魔法を目の前にして、彼女の言う事が現実的に受け止められるようになった。多分、エヴァンも似たような気持ちになったのか、前のめりになって話を聞いている。ダリアは俺達の様子を見て、その語気を強めていく。
「エラドは、知的生命体の“悪しき意思”を食い物にする。私達のように感情のある知的生命体が存在する限り、エラドは宇宙の知的生命体を捕食し続けるの。カリム様は、何千万年もの間その存在と戦い続けている」
「え……今、何千万年って言った?」
「宇宙のスケールからしたら、私達の寿命なんて一瞬の間にしか過ぎないわ。エラドの本体が星を襲撃するのも、数万年〜数十万年に1度とも言われている」
「え、じゃあ……そのタイミングが今来てるって事なの?」
「そうよ。だから私達地球の管理者達は、千年もの間準備をしてきた。他にエラドの欠片と呼ばれる存在もいて、宇宙に散らばってるの。それも、ランダムに出現する事があって厄介なのよ。数万年姿を現さなかったり、数十年に何度も出現した事例もあるの」
俺は何か答えようとしたが、言葉が続かなかった。ダリアは丁寧に説明してくれてるが、本当にそんな存在がいるなんて実感が沸かない。でも彼女のことが言っている事は、多分本当なんだろう。しばしの沈黙の後、隣で考え込んでいたエヴァンが口を開いた。
「……信じられない話だぜ。でも、とにかく地球を守る必要があるのは分かった。お前が本気なのもな。でもよ、数万年とかいう規模の話をしてるけど、百年程度しか生きられない俺達に、何とか出来る話なのかよ?」
「あなたが資質を持ってる管理者の活動期間は、人間の寿命と変わらないわ。私達は、その役割をその星で生まれる子孫達に受け継いでいくの。地球でも秘密裏に受け継がれてきたのよ。ただ……コウが資質を持つ賢者という存在は、1人で数万年以上の間、その役割を全うしてもらわないといけないの。精神体になってね」
「え?どういう意味?…………俺は、特別な存在みたいだけど……何か現実離れしすぎて、よく分からないよ……」
俺は気持ちがついていかず、思考が停止した。数万年?精神体?……言っている意味が理解できない。ダリアは目の前に座って、俺の両手を握った。
「賢者には、重い責任があるわ。私達には背負えない、背負ってあげられない……」
「ダリア……」
ダリアは目に涙を溜めている。彼女の胸の内の苦しさは伝わってきた。それ程、深刻で重要な事態なのだという現実を突き付けられた気がして、胸を刺されたような感覚になる。彼女は涙を拭うと、話を続ける。
「あなたが持っている素質は、私達管理者を遥かに超えてるのよ。私は魔力感知が得意なんだけど、あなたを初めて見つけた瞬間、衝撃を受けたわ。信じられない程の力を秘めてるの」
「俺が……そんな……」
「あなたは、運命に選ばれし者。そして、この地球を守る力を持つ存在よ」
「…………」
「あなたの力が必要なの」
ダリアは俺の瞳を見つめながら、語り掛ける。俺は、何も言えなかった。そんな事、急に言われても、よく分からない。ロールプレイングゲームの世界なら、胸が熱くなる場面だけど……これは現実だ。数万年の役割とか、何言ってんの。何だよ、それ。
いや、その前に、ファーストアルバムの発売も控えてるし、バンドはどうする?トーリス達は?
今、音楽を成功する夢を叶えたばかりだ。日本でツアーしたり、今度はセカンドアルバムもトーリス達と一緒に、1から作ってみたい。まだまだやりたい事もある。そんな、SF映画のような話急にされても……困る。
夢なら覚めて欲しい。俺はずっと音楽を続けるつもりだ。何枚かアルバム出したいし、またエヴァンと一緒にツアーしたり、色んな音楽フェスにも出てみたい。世界中をトーリス達とツアーで回って、皆で年食って……そんな人生送るんじゃないのか?
ダリアは俺が戸惑う様子を見て、目を閉じると息を一つ吐き、何度か小さく頷いた。
「……まぁ、急にそんな話されても困るわよね。今度、私達の本拠地を案内するわ。大きな会議があるの。カリム様も来るかもしれないし、一度見てみたらいいわ」
「……それはいいけどよ。なんか、コウの賢者っていうのは、責任が重過ぎるだろ?訳が分からないぜ」
「そうよ、とても重い責任。……だから、私もお願いするのが辛いわ。でもまだエラドが到達するまで猶予はある。考える時間はあるし、日常生活が急に変わる訳じゃないわ。私だって、レコード会社の会社員と掛け持ちしてるしね」
「まぁ、確かにそうだな。でも俺達も音楽活動との兼ね合いもあるし、どうしたらいいか分からないぜ。冷静になって考えてみても、現実離れした話ばかりだ。…………なぁ、コウ。ん?お前大丈夫か?」
黙り込んだ俺を見て、エヴァンは心配そうに俺の肩に手を置いた。あまりに非現実な内容だし、誰しも混乱するような話だ。彼は同じミュージシャンだし、俺の立場や気持ちをより共感出来るのだろう。
ダリアは心配そうに、俺の隣に来て座った。そして、黙り込んで俯いている俺の背中を優しく撫でる。彼女は意を決したように一息吐くと、再び話し始めた。
「コウ、あなたの気持ちも少しは分かるわ。実は、私の子供も賢者の候補者なの。これまで私も、沢山苦しんできた」
「え……子供……いたの?」
「うん。……賢者になる為に、人工で培養された特別な子よ。エラドが到着するまで、あと20年と言われてる。もう時間がないの。人造の賢者ソフォスを作る実験は、何百年も続けられてきた。無理矢理魔力を注入されて……これまでも沢山の子供が実験で犠牲になってきたわ。失敗して、死んでしまった子もいる」
「そんな……酷い」
「ええ、私達の組織も善良な組織とは言い切れないわ。でも、地球が滅びる日が近付いてる。それを食い止めるには……。だから、純粋な賢者候補であるあなたは、貴重な存在なのよ。千年の間、ずっと待ち望まれた存在」
「…………」
「ごめんね。ずるいわよね、こんな話するなんて……でも、状況は分かってて欲しい」
「おい、ダリア。話はもうその辺にしとけ。お前の立場とか都合も分かる……けど、俺達もまだ受け入れられる訳がないだろ」
俺の隣で話すダリアに、エヴァンは嗜めるように言葉を掛けた。彼の言う通り、俺はこれ以上話を聞く気にはなれない。まだ到底受け入れられる話ではない。
「……まあ、そうよね。でも、コウの事は近い内警護しなくてはいけないかもしれないのよ。だから、彼には説明しておく必要がある。最近、私達の中から裏切り者が出たの」
「裏切り者?その……管理者って奴の中からってことか?」
「ええ、何か大きな事件が起こりそうな気がするわ。もうコウの存在に、その裏切り者が気付いてる可能性があるの。何かコンタクトを取ってくるかもしれない」
「……危ない状況なのか?」
「さあ、分からないわ。黒いストローハットとトレンチコートを身に着けた、黒尽くめの長身の男には気を付けて。今、目撃情報が上げられている」
ダリアの緊迫した声に応えるように、エヴァンは真剣な表情で頷く。俺は状況を受け入れられず無言のまま、俯いた。……ん?でも、ダリアが言った黒尽くめの男って……なんかどこかで見た気がする。
「……あ……そうだ。その黒尽くめの男、見た事あるかも」
「!?……え、それはいつの話?」
「あれは……そうだ、ラスベガスにいた頃だ。俺が1人でいた時話し掛けてきて、『俺にはまだ価値がない』みたいな事言ってた」
「……まだ価値がない……か。確かに、その頃はまだ私がコウを推薦する前のタイミングだったわ。なんて事……あの人、そんな時期からあなたの存在に気付いてたのね」
俺の話を聞いて、ダリアは血の気が引いた表情に変わり緊迫した口調で話した。そして、両手で顔を覆うと項垂れるように俯いた。
「おい、やっぱりやばいんじゃないか?」
「ええ。でも、彼にも“沈黙の契約”の魔法は有効なはずよ。あの魔法を使用する事が出来るのは、カリム様と賢者だけなの。彼自身が解く事は不可能なはずだわ」
「そいつが、その魔法にかかってれば安全って事か?」
「少なくとも、人目がある場所ではあなた達に手出しは出来ないと思う。あなた達も経験した通り、契約外の人間がいる時に何か契約に触れる事をしようとすると、記憶が頭から消えるようになってる。……だから、何か行動を起こそうとしても、自分が何をしているか分からなくなると思う」
「じゃあ……その契約をしてない誰かが近くにいた方が、安全だって考え方もあるな」
「確かにそうね。契約外の人間……うーん、そうねぇ、コウの場合はバンドメンバーの誰かと生活する方が安全なのかもしれない」
エヴァンとダリアは俺の事を心配して、真剣に考えてくれている様子だ。確かに俺もこんなよく分からない不安を抱えたままじゃ、普通には生活出来ない。でもトーリス達まで巻き込みたくない。
「ちょっと……考えさせて」
「あ……ごめんなさい。勝手な話よね。でも、警護の人間はすぐに用意させてもらうわよ」
「……あ、うん。ダリアの仲間の人?」
「ええ、あなたと同じ日本人。彼は若いけど、とても強いわよ」
ダリアは自信満々に答えた。日本人も彼女の組織にいるのか……。まだ彼女が話した事は、事実として受け入れられない。だけど、深刻な状況なのは理解出来た。確かに、誰か側にいてくれた方が安心は出来る。
「それって、お前と同じ管理者って奴なのか?」
「……私達の組織には、もう1つ役割を持つ者がいるの。闘士……有事の際に前線で戦う戦士よ。剣の紋章を持つ者達。ちなみに、私達管理者ディアスは盾の紋章を持つ存在なのよ」
「……なるほどな、それで俺の痣は盾みたいな形をしてる訳だな」
「そうよ、私にも首筋にその紋章はあるわ」
エヴァンは形を確かめるように、シャツの首元を下に引っ張って自分の胸の痣を擦った。それは確かに盾の形に見える。
ダリアは自分の首筋を指差した後、俺の目を見据えて語り掛けた。
「日本刀を操る、若き闘士・アラシ。きっと彼はあなたの助けになってくれるわ」
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