地球編7 ツアー最終日②
☆コウ視点の話です。
______ツアー最終日、エヴァンのライヴステージが終わった。まさに圧巻だった。
最終日に相応しい、彼の気迫が感じられるライヴだった。エヴァンのステージは、歌や演奏の質が高いのは当然だけど、映像や光の演出も凝っている。バンド形式のロックな楽曲から、ダンサーを従えたダンスパフォーマンスもあって、彼の音楽的な懐の深さを体感できる内容だった。
やっぱりヒットナンバーも多いから、盛り上がり方が凄い。観客が大合唱するシーンも多かった。彼の楽曲はタイアップも多いし、耳馴染みがある曲が揃っている。エヴァンが本当のスターだという事を改めて実感させられた。
今日はそれに加えて、エヴァンから迸るエネルギーが凄くて、ステージ上での存在感が物凄かった。神がかったオーラを感じる程、そのパフォーマンスには圧倒させられた。
それに呼応するように観客のボルテージも高く、会場に万雷の拍手が鳴り響いた。最後に、スーパースター・エヴァンの真髄を見せつけられた。エンターテイメントショウとは何か……その答えをステージ上から教えられた気がする。
今回のツアーで見せつけられたエヴァンのプロ意識の高さは、勉強になった。細かい事でも納得がいくまでスタッフに要求する。俺なら妥協するところも、彼は拘って質を高める努力をする。その積み重ねが、いつも完璧なステージに繋がっているんだと思う。
無事ライヴが終わった後、2ヶ月以上ツアーで苦楽をともにしてきたスタッフ達は、会場近くの飲食店に集まった。バーを丸ごと貸し切ってのアフターパーティーの始まりだ。
黒と白を基調としたシックな内装だが、バーカウンターに青く光るラインが入っていて、少し近未来な雰囲気もある。ちょっとしたステージも併設されていて、簡単なライヴなら出来そうだ。広いホールの奥には中庭があって、ガラス張りの壁で覆われている。アンティーク風の大きな噴水が、柔らかい暖色の照明で照らされており、部屋の中からも観賞出来る。
「よし、今日でツアーのラストライヴも無事終わったな。それも皆の協力と頑張りがあってこその成功だ。最後に最高のライヴが出来て、満足してる。皆、ありがとう!」
エヴァンは皆が見渡せるホールの前方に立ち、スタッフ達に労いの言葉をかける。ツアーが終わった安堵感と達成感に包まれた会場からは、エヴァンに温かい拍手が送られた。
「んじゃ、皆準備はいいか?…………乾杯!」
エヴァンは会場を見渡し、満足げな表情を浮かべた。そして片手にワイングラスを持った手を掲げると、皆に乾杯を促す。そして、彼の乾杯の一声でパーティーが始まった。
皆、ライヴ後の開放感で一杯のようだ。各々が隣にいる仲間達と酒を酌み交わしながら、リラックスして歓談を楽しんている。俺もバンドメンバー達とまずは乾杯して、お互いを労った。少し皆と談笑した後、俺はその場を離れた。招待した姉夫妻の様子も気になったから、会場を見回って姿を探した。
「なな姉、どうだった? ライヴは?」
俺は姉夫妻を見つけて話しかけた。英語があまり分からない2人は遠慮するように、会場の端の方で飲んでいた。俺が話し掛けるとホッとした表情を見せた。姉の菜々子と義理の兄の和雄さんだ。
「最高だったわよ。もう興奮し過ぎて、ワンピースのボタン1個外れちゃった。ステージ上のあんたは、私の弟とは思えなかったわ。あんたって凄いのね!」
「ほんと、コウ君はもう完全にスターだよなぁ。知り合いにめちゃくちゃ自慢できるよ!」
「あはは、あんま本人は自覚ないけどね」
なな姉は俺の肩を叩いて喜んだ。隣に立っている和雄さんも、俺に満面の笑みを見せて興奮気味に話した。いつも2人とは実家でしか会わないから、なんか照れ臭かった。
「もう明日帰るんだよね? 和雄さん、ほんと弾丸ツアーだったね」
「まぁ、昨日着いたばっかりだからね。でも今日のライヴは今までの人生で一番の体験だなぁ。それに、こんなパーティーに招待されるなんて!」
「ほんとよ。映画の世界みたい。もう少し英語勉強してくれば良かったー。皆と気軽に話せなくて残念ね。まぁ、今回は雰囲気味わうだけでも、最高だわ」
和雄さんは、仕事でなな姉よりも遅れてアメリカに着いたのだ。そして、明日の便で帰るらしい。慌ただしい旅だが、それでも満足した様子だ。2人はうっとりした表情で、会場を見渡している。英語は分からなくても、場の雰囲気は楽しんでいたようだ。
「私達は私達で楽しむから、構わなくてもいいわよ。あんたも色々と忙しいでしょ」
「そう?じゃあ、俺はあっちでバンドメンバーとご飯食べてるから。何かあったら呼んでね」
「ありがとう。コウ君も今日は疲れただろうし、僕らの事は気にせず、ゆっくり楽しんだらいいよ」
「うん、分かった。それじゃ」
なな姉達と別れると、俺はバンドメンバーのところに戻った。トーリスとカリナとジェイムスは、3人で仲良く話をしている。トーリスが戯けた表情で何か喋っていて、カリナは隣で爆笑している。
「ん……あれ?もういいのか?あそこにいるの、お前の姉なんだろ」
「ああ、そうだよ。皆にも後で紹介するよ」
トーリスは、俺が近付いてきたことに気付いて振り返った。彼は俺がすぐ戻ってきた事に驚いた様子で、なな姉達の方を指差した。隣のカリナとジェイムスも興味深げに、トーリスが指差した方向を見ている。
「あ!?そうだったんだ?……もしかして、日本からわざわざ来たの?コウは家族に愛されてるのね!いいなぁ。私も日本にいつか行ってみたいわ」
「はは、昔から2人は俺を応援してくれてるんだ。まぁ、姉さんは半分観光目的で来てるんだけどさ」
「日本はいいよね。ラーメンが食べたくなるよ」
カリナは興味がある事は、実際にやってみたいと思うタイプだ。最近、日本にも興味を持ってくれたみたいで、日本に行きたがっている。そして、ジェイムスは日本のラーメンがとてもお気に入りだ。ニューヨークに来てからも数件ラーメンの食べ歩きをしたらしい。
「ほんと、ジェイムスはラーメン好きだよね。2人共、いつか日本に来てよ。案内するからさ」
「うんうん。次は日本でツアーしましょうよ!」
"あ、そうだった!"
笑顔で話すカリナの顔を見て、俺は大事なことを思い出した。ジェイムスをこの場から連れ出さないと。よし、作戦開始だな。俺はトーリスと目を合わせて頷いた。彼は俺の気持ちを察知した様子で、小さく頷き返した。
「そうだ!ジェイムス、姉さんがラーメンの事詳しいから、聞きに行こうよ」
「ほんとか? それは聞きたいな」
強引にジェイムスの腕を引っ張って、なな姉達の方へ足を向ける。カリナも興味ありげにこっちを見たが、俺がトーリスに目配せすると、彼はカリナの肩に手を置いて自分の方へ振り向かせた。グッジョブ。
「あ、カリナ。向こうに噴水あるぜ、見に行かないか?」
「え……へー綺麗ね。いいわよ」
トーリスと俺は目を合わせて、再び頷き合う。彼はカリナと愉しげに話しながら、中庭の方へと彼女をエスコートしていく。俺はジェイムスの腕を引っ張りながら、友の健闘を祈った。
そして……2時間ほどでパーティーは終わった。あっという間の楽しい時間だったが、開始時間が遅かったのもあり、解散となった。なな姉達は俺の家に泊まる予定だが、先に帰ってもらった。俺は店を出る前に、エヴァンに挨拶に行った。最後にお礼を伝えたかったからだ。
彼は店の奥で、レコード会社の関係者と談笑している。エヴァンは俺に気付くと、関係者との話を止めて駆け寄ってきた。そして、バーカウンターの裏まで俺の腕を引っ張っていく。俺は戸惑いつつも、なすがまま付いて行った。
「ちょうど良かった。ダリアの件で少し話そうぜ」
「え?……ああ!……あの話?そうだったね!」
エヴァンは小声で、俺に耳打ちするように話した。俺は炎に包まれた夢の話を思い出すと、胸の痣に手をやった。まだ膨らんでいる感触がある。ライヴが終わった事で胸が一杯だったし、トーリスとカリナの事を考えてたから完全に忘れていた。
「おいおい、忘れてたのかよ。……まったく、お前って意外と能天気なとこあるな」
「はは。いやー心配ではあるんだけど、他人の事構ってたら忘れてたよ」
「……あぁ、トーリスの恋愛の件か?まぁ、それもお前らしいけどよ。で……いいか?ダリアの話を聞く限り、“夢”の話は想像より深刻な話かもしれないぜ。謎は解けそうだけど、悩みが増えそうな話だ」
エヴァンは呆れた顔をした後、ダリアとの話をし始めると真剣な顔つきに変わった。彼は言葉通り深刻そうな口調で話す。ただ事じゃない話になりそうだ。
「はぁ……そっか、そうなんだ?普通じゃない事だとは思ってたよ。それで、どんな感じなの?」
「俺も詳しくは聞いてないけどよ。多分、俺達が普通に生きてる世の中には、隠された秘密がありそうだぜ。皆が知らない世界が存在してるのかもな。ダリアは何か特別な役割を持って、俺達を選んだんだ」
「え、何それ?……ダリアが選んだって、どういう事?」
「まだ、詳しくは話してくれなかった。あいつ、『巻き込んでごめんなさい』って言ってたぜ。……今度、場を設けて説明してくれるみたいだ」
「な、なんだろ?ちょっと怖い気もするね」
「だよな。まぁ、色々事情がありそうだったぜ。俺もライヴ前だったし、深くは追求しなかった。とりあえず、ダリアと会う日時が決まったら連絡するさ」
俺は“夢”の件については、正直まだ深く考えていなかった。ツアーラストのライヴや、これからの音楽活動やバンドメンバーの事……考える事が他に沢山あった。今、この痣があることで、何か生活に支障がある訳じゃないから優先順位は低かったんだよね。だけど、エヴァンの感じだと……そうも言ってられないみたいだ。
「分かった。でも何か大変そうだね。参ったな。俺、今度出るファーストアルバムの事で頭一杯なんだけどなぁ」
「……まぁ、そうだよな。正直、俺もツアー終わったばっかだし、考えたくないぜ。とりあえず休みたいしな。ダリアの奴、何に巻き込もうとしてるんだろうな」
「うん……でも、何か、よっぽど事情があるんじゃないかな?ダリアも俺達の状況は、分かってるはずだし」
「そうだな。あいつは無意味に、他人に迷惑かけるような奴じゃない。……今日、話してる感じも深刻そうだったしな」
エヴァンは顰めた顔をして俯く。そして彼はロックグラスにウイスキーを注ぐと、カウンター内の空樽に腰掛けた。彼は1つ大きな溜息をつき、グラスを傾けて酒を喉に流し込んだ。多分、ダリアの事も心配しているんだと思う。
暫く、俺達は沈黙した。何を言えばいいのか分からなくなって、俺も言葉が続かなかった。エヴァンも何か考え込んでいた様子だったが、ウイスキーを飲み干すと、口を開いた。
「ま、それはそうと……今回のツアー、どうだった?」
「そうだ、お礼言おうと思ってたんだった。エヴァン、今回はありがとう。本当に最高なツアーだったよ」
「だな、お前のライヴも最高だったぜ。また機会があれば、一緒にやりたいな。色々、俺も刺激受けたよ。なぁ、俺のライヴは正直どうだった?」
「んー?音楽はエンターテイメントだって部分を、教わった気がするよ。まだ俺はそこまで考える余裕もないから。ショウの魅せ方とか音楽の懐の広さとか、凄いなって思ったよ」
「ほんとか?お世辞じゃねぇだろうな?」
「違うって」
「そうか。……そりゃ、良かった」
エヴァンは何でも出来てしまうスターなのだが、陰での弛まぬ努力があってこそだ。目の前で安堵した表情を浮かべた彼の姿を見て、彼も普通の人間なんだなと思わされた。
「あ、ここだ!……今行く」
エヴァンは視線の先の何かに気付いて、急に立ち上がった。彼が向いた方を見ると、背広を着たレコード会社の社員らしき人物がいた。どうやら彼はエヴァンを探していた様子だ。
「じゃ、また連絡する。気を付けて帰れよ」
「うん。ほんと、色々ありがと」
エヴァンは笑顔で頷くと、カウンターを後にして社員らしき人物の方へ歩いていった。俺はエヴァンの後ろ姿を見送ると、店の出口に向かい、扉に手をかけた。その時、スマートフォンからメールの着信音が鳴った。俺はポケットから取り出して、画面を見るとトーリスからだった。
"イェーー!カリナをデートに誘えたぜ"
という文面を見て、俺は思わずガッツポーズした。先程、トーリスはカリナを駅まで送っていった。多分、別れ際にデートに誘ったんだろう。なんか良い雰囲気になってたもんね。良かった良かった。
バンドメンバーの皆とは、また再会を誓って別れた。まだファーストアルバムのマスタリングも残ってるし、近い内に会う機会があるかもしれない。その頃、2人が上手くいってたらいいな。
「さて、帰るか。あれ?今日は星がよく見えるなぁ」
俺は夜空に目をやる。今日は雲がない晴天だった。ニューヨークの街は夜も明るいけど、星を見つける事が出来た。街の灯りの奥の方で輝く恒星を、探しながら歩く。
ライヴを終えた安堵感で胸一杯だったから、まだ胸の痣の事なんて考えたくなかった。ダリアには悪いけど、俺は音楽でやりたい事沢山あるから。他の事まで、考える余裕なんて無いんだけどな。
「寒っ。あ、そうだ……そういえば、もう少しで、命日か……」
夜風がビルの隙間を抜けて吹き込んできた。10月……ニューヨークはそろそろコートが必要になる季節だ。紗絵が死んでから、もう少しで丸3年になる。いつの間にか命日も3回目だ。時は、無情に過ぎる。
俺は右手に付けているターコイズの指輪を触った。2年前、彼女がずっと身に着けていたネックレスから宝石を外して、指輪にしてもらったんだ。
これをしてると、何処かで紗絵とも繋がっていられる気がする。俺もいつ迄、彼女の事引きずってるんだろ?って思う時あるけど。なんか……手放せないんだよね。新しい恋も、まだ考えられない。
紗絵とも夜空を見上げて、こうやって星を探したんだ。
コンビニの帰り道
店の灯りが消えたパーキングエリア
眠れない夜のベランダ
夜空に散らばる星を、片手で指差しながら探す。残った手は、互いの温もりを確かめるように繋ぎ合っていた。
今は、空いた片手が、もう戻らない温もりを探している。もう、戻らないって分かってるのに。
ホールド ユー
プリーズ キス ミー アゲイン
ベイビー ベイビー
俺は自分の曲を口づさむ。
星は遠くで輝いている。
昔、死んだ人が星になる物語を読んだ。
……あの星が、紗絵だったら嬉しいな。
読んでいただいて、ありがとうございます。
是非続きもご覧くださいませ。
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