地球編7 ツアー最終日①
☆コウ視点の話です。
_______遂に、最終公演を迎えた。
あの“夢”の件は気掛かりだけど、昨日話した通りダリアの事はエヴァンにお任せしている。きっと、何か答えをちゃんと持ってきてくれる筈だ……そんな気がする。今日は、何故かダリアは会場に姿を見せてないけど、今は深く考えないでおこう。
前座である俺達の出番が近付いてきた。今、ステージに向かう通路を歩いている。どんどん緊張感が高まってきた。通路の先に待つ観客の期待感が、会場からざわめく音となって伝わってきている。
……そうだ、この観客達に最高のパフォーマンスを見せなきゃ。デビュー1年目の俺は、試されている側だ。このツアーで培ってきた経験で得た実力を、しっかり発揮しないと。俺に付いてきてくれたトーリス、カリナ、ジェイムスにも顔向けできない。勿論、サポートアクトとしてツアーに誘ってくれたエヴァンにもだ。
ステージの袖に到着すると、俺はバンドメンバーの顔を見回した。皆、気合と緊張に満ちた表情をしている。ツアー中、ずっと4人で練習もしてきた。最終日の今日は、きっと最高のパフォーマンスを出せる。
俺達は覚悟を確認し合うように、無言でお互いの顔を見合わせて、頷き合った。
会場を袖から眺めると、独特の緊張と熱気が漂っている。観客の期待感を肌で感じながら、ステージの脇に立つ。楕円型に包まれたアリーナは、2万の人々で埋め尽くされている。ステージは、360度観客席に囲まれていて、段状に続くスタンド席の最上段は、かなり高い位置にあるように見える。
「いくぞ、コウ」
「ああ、トーリス。最高のステージにしよう!」
ステージのライトが消えたのを合図に、ツアーラストの舞台に上がる。ギターを手にし、マイクスタンドの前に立つ。すると暗がりの中、俺達の存在に気付いた観客がざわめき出した。俺はメンバーの方を振り返り、緊張と興奮が入り交じる気持ちで、皆の表情を確認する。
トーリスと目が合うと、彼は頷いてカウントを始めた。それと共に一気にステージが強烈なライトで照らされる。
いつもよりプレッシャーも感じたが、1曲目のファンクな楽曲 "Don't cry" の入りが上手くいった。ピアニストのカリナもベーシストのジェイムスも、気合が入っている。いつもより、16ビートのリズムが跳ねていて気持ちがいい。
始めから高いテンションの状態でフルスロットルだ。もう今日は出せる力をすべて出すつもりだ。バンドのグルーヴに身を任せたまま、俺はカッティングギターを鳴らし、歌う。
観客もいつも以上に盛り上がってくれて、気分が良かった。数曲演奏した後、曲間になり1度MCを入れる。ライトが明るくなるとゆっくり観客席が見渡せた。観客達は、温かい拍手を俺達に送ってくれている。最前列は結構近く感じる。俺は左右前後の観客席とステージ上のメンバー達を見回してみた。観客達も、バンドのメンバー達も楽しそうな表情をしていて、俺は嬉しい気分になった。
「ヘイ、ニューヨーク!」
俺が観客に声を掛けると、大きな拍手と共に、男女入り交じった歓声や口笛が会場に響いた。その反応に両手を振って応えると、俺は言葉を続けた。
「皆、今日でツアーもラストだよ。今回、エヴァンのツアーに参加できて光栄だった。……実は、今日俺達からニュースがある。遂に、ファーストアルバムの発売が決まったんだ」
先程よりも大きな歓声が響いた。観客達は、手を振ったり拳を上げたりして、興奮してくれている。このツアーのお陰で、俺達のファンも増えてきた。
「そのアルバム収録の新曲も、何曲か今日はやろうと思う。"You gotta be kidding” って曲を今からやるよ。楽しい曲だと思う。気に入ってくれたらいいな」
観客のざわつきが収まらない内に、トーリスのドラムソロが始まった。タイトだが芯のあるリズムが、自由に跳ね回る。いつもは手数は少な目だけど、この曲は彼のテクニックが満載だ。
そしてベース、ピアノとセッション風に音が重なっていく演出だ。1音1音が重なる度に、3人のグルーヴは、魂が宿り渦を巻いていく。ステージ上で感じる音の螺旋は、俺の血を熱くさせた。
俺はピックを持つ手を軽く解した後、リズムに合わせ、リフを弾き始めた。それに呼応するように、リズム隊も8ビートのロックンロール色を強めていく。観客も音楽に身を委ねて踊り始める。
アドレナリンに任せ、体を揺らしながら叫ぶ。そしてステージを動き周り、チャックベリーになった気分でエレキギターをかき鳴らす。俺ががなるように歌い出すと、観客達は更に熱狂した。
俺達の音が会場を揺らす。
狂ったように熱を帯びていく音に乗せて、俺はマイクに向けてシャウトする。トーリスとジェイムスのリズムの掛け合いは、荒れ狂う嵐のように渦を巻く。天井を突き抜けていくかと思う程のグルーヴだ。カリナのピアノもハーモニーを維持しながら、アグレッシブに音を放つ。彼女は綺羅びやか音を鳴らしながらも、鍵盤を叩く、叩く、叩く。
2回目のサビでは、観客も少しメロディを理解して一緒に歌ってくれたりもしている。
サビが終わると、少しサウンドを落ち着かせて、カリナのピアノの見せ場が来る。優しく儚げなコードから、徐々に明るくパワフルなサウンドへと変化させていく。美しい響きと力強さが同居したリズミカルなプレイは、本当に格好いい。
カリナのテンションが上がるのに合わせて、俺のエレキギターとジェイムスのベースも絡んでいく。そして、一気にトーリスのドラムでもう一度派手なサウンドに戻す。
ラストは全てのエネルギーを込めて、歌い、弾き、叩く。
高い緊張感を持つ力強いバンドのグルーヴにどんどん乗せられて、自分のボーカルの伸びも良くなっていく。上限なんて無い気分だ。喉からマイク越しに放たれるエネルギーに、会場は呼応する。体中の血流が迸り、これがロックンロールだと叫びたい衝動に駆られる。
音がステージ上を、楽しそうに飛び跳ねているようだ。俺達が鳴らす音は、熱を帯びて会場全体を包み込む。
「ジャア~ン、ダダ!!」っと最後の音が鳴った瞬間、観客から会場を揺らすほどの声援を浴びた。今まで感じたことがない規模の、身体を包み込む声援。それは、バンドのテンションと同様に高いエネルギーを発しているようだった。
______その後、数曲演奏を行った。どれも観客の反応が素晴らしく、最高の気分だった。俺はラストの曲を演り終えた後、バンドのメンバー皆の顔を見回して頷く。皆やりつくした充実感のある顔をしていた。
俺達は横並びになり、観客に頭を下げる。観客から大きな拍手と声援を受けると、肌で2万人の強い熱量を感じた。俺達が手を振りながらステージを降りた後も、その歓声は鳴りやまなかった。
「いやー今日は凄く調子よかったな! 聞けよ、この歓声。まだ鳴ってるぜ。本当のスターになった気分だ」
「ほんとだよ。いやー楽しかった。皆、今までで最高のパフォーマンスだったね!」
「ああ。後ろから見てても、バンドの皆が1つの塊になった感じがしたぜ。絶対、今迄で最高だな」
ステージから控室に続く通路で、俺とトーリスは肩を組みながら興奮気味に笑顔で話した。カリナとジェイムスも、俺達の方に振り返ると同調するように頷いた。
「ほんと、このバンド最高だね!」
「「「イェーー!」」」
俺が気分良くバンドメンバーを見回して叫ぶと、バンドの皆はお互いを労うように抱き合った。皆、満足感のある表情で上機嫌だ。
「ふぅ~私も出しきっちゃったわ。でも最高の体験だった。私も生涯で一番のステージだったかな?」
「うん、僕もそうかもね。楽しかったよ!」
ラテン系美女のカリナは、踊るように軽く肩を揺らし、いつものチャーミングな笑顔で話した。その褐色の肌が明るい表情に似合っている。隣で話すジェイムスは、大人しい性格の長身ベーシスト。後ろは刈り上げて、髪を緑に染めている。そして、唇にはピアスが2つ輝いている。最近バンドメンバーとも打ち解けて、喋る回数が増えた。グルーヴのツボを押さえた彼のベースプレイは、バンドに欠かせないものだ。
「コウ! 良かったぜ。最高だったな!」
控室の近くまで戻ると、エヴァンが興奮気味に声をかけてきた。満面の笑みだ。
「うん、今日は胸を張れるステージだったと思うよ。皆、大満足さ」
「だはは。お前が自信満々で言うのは珍しいな。よし、俺も負けてられないぜ。このエヴァンのエンターテイメントショウを、今から見せてやるよ」
俺が興奮が収まらないまま答えると、エヴァンは嬉しそうに笑いながら、俺の頭を軽く叩いた。昨日飲んでた時、俺達の成長を本気で喜んでくれていた。今日のパフォーマンスは彼を満足させれたようだ。エヴァンは今度は俺だとばかりに一度手を叩くと、気合が入った表情に変わる。
「うん、楽しみにしてるよ!」
「任せとけ。あ……コウ、ちょっと耳を貸せ。昨日の話だけどよ」
「……ん、ああ。どうだった?」
エヴァンはトーリス達が先に控室に入ったのを確認すると、俺の腕を引っ張って小声で話し掛けてきた。
「ダリアは、何か知ってるぞ。まだ俺も詳しく聞いてないけどな。ま、今は時間もないから、またアフターパーティの時にでも話そうぜ」
「やっぱり、そうなんだ?そう言えば、今日ダリアは?」
「……んー?何か今日用事があるようだ。俺をここまで送った後、別の奴に引き継いで会社に戻った。まったく、最終日だってのにな。最近、あいつ、なんか忙しそうなんだよな」
「ふーん、そうなんだ?……あ、エヴァンも準備あるでしょ?」
「そうだな、今日は俺が主役だからな。さて、行ってくるか!」
「うん、期待してるよ」
エヴァンは自信満々な表情で俺を指差すと、手を振って彼の控室に戻っていった。俺はエヴァンを見送った後、自分達の控室に入った。トーリスは汗で濡れた服のまま、ビールを飲んでいる。カリナとジェイムスは、先に更衣を済ませにいったようだ。俺はビールを冷蔵庫から取り出して乾いた喉を潤した。
俺はトーリスが座る椅子の対面に腰掛ける。そして、再びビールを一口喉に流し込む。ステージの熱気で火照った体に、染み込んでいくようだ。俺とトーリスは、ステージの余韻に浸るように椅子に体を預けている。
「コウ、お疲れさん。ほんと、最高のステージだったな。やりきった後のビールは美味いな」
「そうだね、最高の一杯だよ」
「へへ……ここで、あんまり飲みすぎないようにしないとな。この後、アフターパーティーがあるんだろ?」
トーリスは体を起こしてシャツを脱ぐと、タオルで汗を拭きながら俺と話を始めた。俺はアフターパーティーと聞いて、ビールの瓶をテーブルに置いた。そして、トーリスに顔を向ける。そうだ、彼と話をしなきゃいけない事があるんだった。
「そうそう、バンドメンバーとかツアースタッフは皆参加するみたいだね。あと……わざわざ日本から姉夫婦が来てるから、招待したんだ」
「あぁ、そりゃいいじゃないか?紹介してくれよ」
「もちろんさ! ……それより、トーリス」
俺は思い切って話を切り出そうと、トーリスを真剣な表情で見た。カリナ達がいない今がチャンスだと思ったのだ。アフターパーティーで、2人をくっつける作戦開始だ。
「何だよ、改まって」
「カリナのこと、好きなんでしょ?」
「ええ! ……お前、い、今言うなよ」
トーリスは俺の言葉に驚いて、持っていたタオルを床に落とした。そして、彼はカリナ達がいないか確認するように周りを見回す。まだ彼女達は戻ってくる気配はない。カリナはドレスに着替えるって言ってたから、まだメイクアップに時間がかかるだろう。
「だってさ、いいの? もう今日でバンドは一旦解散。勿論、次のアルバムツアーでも同じメンバーに声かけるつもりだけど、今みたいに毎日会うことは当面ないよ」
「……ん……まぁ、そうだな」
「デート誘ってみたらいいじゃん。前誘うって言ってたのにまだ行けてないんでしょ?」
「うーん……カリナって美人で魅力的だし、俺あんま恋愛対象として見られてない感じがするんだよな。なんか気まずくなって、バンドの空気悪くしたくないしな」
トーリスは思い悩むように頭を掻いて、天井を仰いだ。彼はお調子者なところあるけど、本当は皆の事を一番大事に考えてくれてる。それが邪魔して、自分の気持ちに蓋をしてるんだと思う。
「バンドはきっと大丈夫だよ。俺は信じてる。カリナもサバサバしてるし、駄目なら駄目で軽く流してくれるんじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「ほら、意外とトーリスのこと好きかもしれないし」
「へへ……意外と、な。まぁ、誘うだけ誘ってみるか」
俺の提案に頷くと、トーリスは照れ臭そうに笑った。それを見て俺は安心した。前彼から相談を受けた時、彼は酔っていたけど真剣な表情だった。ずっと踏ん切りがつかなくて、心残りだったはずだ。
俺は、アフターパーティーが開かれるお店に一度行ったことがあった。中庭に小さな噴水があって、雰囲気がいい。そこでトーリスとカリナが2人きりになれるように、機を見て俺がジェイムスを連れ出す計画を伝えた。
「へへ、なんか、悪いな」
トーリスは照れ臭そうに笑うと、その癖毛の髪を掻いた。彼には幸せになって欲しい。その相手がカリナなら最高だ。駄目なら、仕方ないけどさ。
「頑張ってよ!……え……おおっ、なんか凄いね」
その時、アリーナの方から聞こえていた観客の声援がより大きくなった。通路を伝って、体に振動が伝わってきた。その先にあるステージに立っているのは、我等がスーパースターだ。
「相変わらずエヴァンは凄いな。今日はラストだし、ステージ袖まで見に行ってみるか?」
「あぁ…………って前もなかったっけ? このシチュエーション」
俺はデジャヴを感じて、トーリスに声を掛けた。あの時も……ライヴ後2人でまったり飲んでいて、こうやって強烈な歓声に驚いた。ステージ袖から見たエヴァンの存在感に、圧倒されたのを思い出す。
「ん? ………あれは、確か初日だったろ?結構昔に感じるな」
「そうだ!初日だ。印象深かったからはっきり覚えてるけど、懐かしい気もするね」
「あれから2ヶ月ちょいか。俺達もずっとツアーで顔を合わせてたから、喧嘩した事もあったし、色々あったよな。カリナもジェイムスも、もう皆家族みたいなもんだ」
「うん、そうだよね!」
俺はトーリスの言葉に、少し胸が熱くなった。そうか、もう家族みたいだ。皆と一度離れても、何処かで繋がっていられる気がする。
3ヶ月も無い期間だったけど、ずっと一緒に過ごした濃密な時間。皆真剣だったから、スタジオで言い争った事もあった。ツアーの合間に観光を楽しんだりもした。時間を重ねるごとに、バンドの音も進化していくのが分かった。
渡米前は、ずっと1人で音楽活動していた。俺にとって、初めて本当の仲間に出会えた気がする。
ほんと良かった、3人と出会えて……。
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