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地球編6 エヴァンと紋章②

☆エヴァン視点の話です。

 コウとの食事用で予約した店は、いつもの行きつけだ。有名人でも使用しやすいように、一般客用の大きなホールとは別に、完全個室の部屋が幾つか用意されてある。プライバシーを重視してくれる格式高い店だ。人の目を気にしなくてもいいから、ニューヨークに来た時はよく使っている。


 外観は欧風の宮殿のような趣がある。ニューヨークの一等地だが、小さな庭園もあって都会の中心だという事を忘れさせてくれる空間になっている。モルタルの白壁に黒い金属で縁取りされた門を潜り、美しい彫刻が彫られた木の扉を開いて店に入る。フロントに予約していた旨を伝えると、一般客用の大きなホールの入口とは別の通路から、個室へと案内された。燕尾服姿のウエイターが、俺の前を先導して歩く。


 暫くして、複数の個室が並んでいる開けた通路に出た。予約している部屋の前に進むと、ウエイターは立ち止まった。ドアノブから蝶番に至るまで細部を美しく装飾された両開きの扉を開く。すると、まるで貴族屋敷の一室のような部屋へと繋がる。



「あ、エヴァン!……こんな高級そうな個室は、初めて来たよ。流石有名人だね」


 個室に入ると、既にコウがテーブルの手前側の椅子に座っていた。俺が来たのに気付くと、振り向いて声を掛けてきた。欧風アンティークな造りのダークブラウンの机と、細やかな刺繍が入った座面の椅子。天井には城にあるような豪華なシャンデリアが吊るされている。


「何言ってんだ?お前も日本じゃ有名人だろ?アメリカでも、まあまあ認知されてきたじゃないか」


「まぁ、そうだけどさ。こんな裏道通されて案内されるなんて初めてだったよ」


「いいだろ?ここ。政治家や企業のトップの人間なんかも、よく使ってるみたいだぜ。周りの目を気にしなくていいからな。あ……ワインと料理を準備してくれ」


 俺は後ろに立つウエイターに声を掛けた。今日はシェフのお任せのディナーコースを、事前に頼んでいた。ここのフレンチはニューヨークで一番だ。しかも、密談や密会がしやすいように基本的に料理やドリンクを運ぶ際しか、スタッフは入って来ない。必要な時は呼出ボタンを押せばいい。セレブ業界では有名なお店だ。



 俺達はワインが運ばれて来ると、乾杯した。数種類の前菜が乗ったプレートが目の前には並べられている。色鮮やかな野菜や魚介が使われていて、良い香りが漂う。


「明日は何とかなりそう?」


「ああ。まぁ、前の機材の方が好みの音だけど、サウンドは理想に近いところまで持っていけたさ。明日はラストだ、準備万端にしとかなきゃな。後は楽しむだけだ」


「俺達も気合入ってるよ。新曲もやるし、アルバムの発表も控えてるしね。トーリス達もやる気満々で楽しみにしてるよ」


「お前ら、仲良くていいよな。あ、そうだ!ラストにやってたあのバラード良かったなぁ。胸に響いたぜ。昔の自分を思い出したよ」


「ああ、“Strawberry Moon”の事かな?あの曲は、アメリカに来てから作ったんだ。いや、実はさ……」


 俺達は料理に舌鼓を打ちながら、今日のリハーサルやコウの新曲についての話をした。さっき俺が観た曲は、“Strawberry Moon”って曲だったみたいだ。


 何でも……夜空の下で、トーリスに恋愛相談をされていた時に、浮かんでいた月がモチーフになってるらしい。奴は同じメンバーのピアニストのカリナに恋をしているようだ。明日、ツアーラストのライヴが終わったら、パーティを行う予定だ。『その時に、トーリスとカリナをくっつけたいんだ』とコウは意気込んで話した。


 あんなに哀愁漂う曲なのに、制作秘話がそんな内容とは笑ってしまうぜ。



「なんだそりゃ?そんな浮ついた恋話から、あんな曲が出来るなんて、お前の感性には驚かされるぜ」


「あはは。そう言われれば、ちょっと歌詞の趣旨違うよね。いやー、トーリスも本気の恋なんだよ。その気持ちを考えるとさ、ジワっときたんだって。まぁ、でも、確かにカリナは美人だし、明るいもんね」


 カリナって奴は、俺と同じで南米の血が入ってる。褐色の肌とパッチリした丸い瞳、グラマラスな体型をしてるラテン美女だ。まぁ、笑顔がチャーミングだし、惚れる気持ちも分かる。


「まぁな。……そりゃそうと、今日はリハーサルの順番変わってもらったんだってな。ありがとよ」


「うん、いいよ。有名なマディソン・スクエア・ガーデンの舞台に立つから、どの道俺達早めに行こうと思ってたんだ。観光気分でさ。なんか、朝体調悪かったんでしょ?」


「ああ、そうなんだよ。俺は気分が落ちると駄目でな。普段はスターとしての振舞いを意識して過ごそうと心掛けてるんだけどよ……急にスイッチ切れたみたいに、落ちる時があるんだよ」


「まぁ、エヴァンは凄いなぁと思うよ。メディアに対しても対応良いしさ。そりゃ疲れるよ。俺はまだなんか苦手だから、口数減っちゃうもん」


「ふ……だはは。お前、良い奴そうに見えて、意外と露骨に嫌な時嫌な顔するもんな。俺にはその素直さが羨ましいぜ」


 俺はコウと話してると、気分が楽になる。こいつからは、打算を何も感じない。ただ自分の人生に純粋で真っ直ぐだ。だから、俺も下手にスターである事を意識しなくてもいいし、素直に自分を曝け出せる。



「あはは。まぁ、確かにそうかもね。あんまり深く考えたくないんだ。考え過ぎても良くないなって思ってるとこあるのかも」


「確かにそうだな。俺は逆に考え過ぎるとこがあるから、悩みは尽きないぜ。今朝も変な夢見たんだよ……全く、あれは何だったんだ?酷い夢だったぜ」


 俺は今朝見た夢のことを思い出して、胸に残っている痣を指で確かめる。まだ膨らみはハッキリある。やっぱり夢というより、これは現実だ。何かが俺の身に起きている。


「!?……そうなんだ、どんな夢だったの?」


 俺が呟くように放った言葉に、コウは興味深げに前のめりになって食い付いてきた。ん?ちょっと待て。俺、今コウの前で夢の話をしているけど、頭に明確に夢の内容が残ってるぞ。こんな事は初めてじゃないか?


「ひ…火達磨(ひだるま)にされたり、砂だらけの地中に埋められたりする夢だ。魔道士みたいな(じじい)にな。…………ん?普通に話せた……」


「………!?……なんか、俺もそんな感じの夢、昨日見たよ。砂の話は知らないけど、火山だらけのとこで、炎に身体が包まれる夢!」


「え、何だって!?……お前も?」


 俺はコウの返事を聞くと、驚愕のあまり思わず立ち上がった。その勢いで座っていた椅子が、背凭れから後ろに倒れた。やっと誰かに話せた事に安堵感を感じたのと同時に、同じ夢を見たという話に衝撃を受ける。コウも俺と似たような感情を抱いてるのか、驚いた表情を浮かべて何度も頷いている。



 俺は動揺と興奮が入り交じる気持ちを抑えるように、一つ息を吐いた。そして、頭の中にある夢の内容を整理していく。


「その、火山だらけのとこって地獄みたいで、熱くて死にそうだったか?……えーっと、あと、霧から(じじい)が現れて、胸に手を置かれると緑色に光った。そんで、その後急に身体が燃え始める……そんな感じの内容だったか?」


「……うん。俺の場合は、確か金色に光った気がするけど。多分、あとは同じかもしれない。昨日から気になってたんだよ。不気味な感じがしてさ」


「ああ、不気味過ぎるよな。俺は先月初めて見て、今朝は2回目だった。ずっと、誰にも話せなくて辛かったぜ。お前も、誰にも話せなかった感じか?」


「あ、言われてみればそうかも。確かに姉とかトーリスには話そうと思っても、何故か内容が頭から消えちゃうんだよね」


 コウは何か思い返しているのか、腕を組んで不思議そうな顔をしている。俺は冷静さを取り戻そうと、深呼吸をした。そして倒れた椅子を元に戻して、その椅子に腰掛けるとワインを一口飲んだ。



「そこも同じか…………あ、あとよ、お前は胸にこんな痣出来てるか?」


 俺はシャツのボタンを外して、コウに胸の四角い痣を見せた。すると彼は驚いた様子で、シャツの襟を下に伸ばした。コウの胸にも似たような膨らみの痣がある。でも、俺のとは形が違い、三角形だ。


「え!?……これでしょ?エヴァンにも出来てるんだ?…………ん、でも、何か形が違うね。なんだろう、これ。絶対、普通じゃないよね」


「だよな。俺は何かの呪いかと思ってたぜ」


「うん、俺も背筋がゾッとしたよ。でも……そうか、エヴァンも似たような体験をしてるのか。これは何か、……何か理由がありそうだね。よく、分かんないけど」


「ああ、これはただの夢じゃないな。多分、何か意味があるはずだ。でも……お前も何も知らなそうだな」


「うん、昨日から誰にも相談できなかったしね。俺も困ってたよ。ん?…………あ、でも……よく考えたら、昨日ダリアには話せた気がする。『きっと疲れてるのよ』って軽く流されちゃったけど」


「ダリア……あ!?そういえば、俺も朝電話で話した時、夢の話をしても頭に内容が残ってた気がするな」


 俺は今朝の電話の内容を思い出す。夢の事を思い出しながら、“変な夢を見て、気分が悪い”と伝えた気がする。朝話した時は、気分が悪くてぼんやりしてたから気付けなかった。だけど、多分、あの時話そうと思えば話せた気もする。



 考えてみれば……先月、火達磨(ひだるま)になる夢を見た頃から、ダリアは俺と距離を取っているような気もする。ん?そう言えば、俺が最初の夢を見た日……あいつは連休を取っていた。そうか……だから、俺はダリアには夢のことは相談出来ていないのか。


 最近のダリアは急に休暇を取る事がある。態度はあまり変わらないから、不審には思わなかった。けど、2人きりになる機会も、言葉数も減った気もする。


 明日の昼に、ダリアは俺を迎えに来る。その時、話したい事があるって言ってたな。いつになく緊張した雰囲気があった。……単に仕事絡みの内容なのかもしれないが、俺もコウも夢を見た後のタイミングだ。もしあいつが、何か知っているのなら夢に関する事の話かもしれない。


「……確かに思い返すと、ダリアは少し様子が変な気もするぜ。明日は一緒に会場まで車で行くから、聞いてみるか。何か手掛かりになるかもしれない」


「うん、お願い。何でもいいから手掛り欲しいもんね」


「まったくだぜ。明日はライヴなのに、どう気持ち立て直そうかと思ってた。お前飯に誘ったのも、気分転換したくてな。まぁ、まさかお前が同じ夢見てるとは思いもしなかったけどよ」


「ほんと、俺も()()()だよ。でも良かった。ツアー最終日の前にエヴァンと話を共有できてさ。結構、ホッとした」


「そうだな。俺も何か安心したし、気分も大分落ち着いた。よーし、とりあえず明日のライヴを成功させようぜ。またこの話は、その後でゆっくりしよう」


「うん、俺も明日は全力を尽くすよ」


 コウと話せたことで、胸の()()()が少し外れた。今日はゆっくり休めそうだな。思い悩んだまま、明日を迎えるのが不安だった。コウも安心した表情になっている。……明日はツアーの最終日だ。それにまずは集中しないとな。俺のステージを見に来る客には、俺の事情は関係ない。明日は最高のショウを見せてやる。



「にしても、あいつ……。何か、知ってたらいいけどな」


 俺は胸の痣の出っ張りを指で確かめながら、ダリアの顔を思い浮かべる。明日の事を想像しながら、俺はワインレッドの液体を揺らして眺める。透き通った紅の液面が、灯りに反射しながら揺れる。


 これから何かが起こるのかもしれない、という予感が……俺の胸には渦巻いている。きっと、予想も出来ない事が待っている気がする。


 再び不安が胸から湧き上がろうとしてくる。その不安を無理矢理流し込むように、俺はワインを飲み干した。

読んでいただいて、ありがとうございます。

是非続きもご覧くださいませ。


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