地球編5 謎の少年②
☆アリサ視点の話です。
インターフォンから鳴った電子音に反応して、ケヴィンは鋭い目付きに変わり、テーブルの上の銃を手に取った。そして、素早く立ち上がる。
「ケヴィン、恐らく私が呼んだ男だ。私が確認しよう」
するとザハールは、ケヴィンを静止するように立ち塞がり、ドアホンのモニターに映る人物を確認した。そして彼は私達の方を見て頷くと、リビングの重厚な扉を解錠し玄関へと向かって行った。その金属製の扉が閉じると、自動でロックされる音が響いた。
ザハールの後姿を見送ると、ケヴィンは再びソファーに腰を下ろして、私に話し掛けてきた。
「アリサ、お前はどう思う?」
「さあ?……ま、今すぐ理解しろって言われても無理な話よね。でも、その少年は……何か不思議な力があるって言われると、そうなのかもね」
「何故だ?」
「彼を保護した時、一瞬だけど強い意思を感じたの。直感だけど、何か強烈な力を感じたのは確かね」
私がそう言うと、ケヴィンは背凭れに体を預けて1つ大きく息を吐いた。
「……何だかな。まぁ、お前もザハールも嘘を付くような人間じゃないのは分かってはいるが」
「そうよね。私もいきなり宇宙の話されても……。でも、何か想像できないような大きな事が水面下で起こっているのかもね」
私がそう言い終わると同時に、リビングの扉が再び解錠され開いた。そしてザハールに連れられて、黒いストローハットを被った長身の男が部屋に入ってきた。長いトレンチコートを羽織り、サングラスを掛けた黒尽くめの男。左の目元に傷がある。見るからに怪しい格好ね。彼は右肩に大きなボストンバッグを抱えている。
ザハールは、その男を私達の向かい側の席に座らせた。すると、その男は腰掛けると、ボストンバッグを足元に置いた。膨らんで所々凹凸がある。中身が詰まってそうね。
「紹介しよう。彼はシャゴムットだ」
「よろしく。君等がアリサとケヴィンだな?」
ザハールが黒尽くめの男を紹介すると、男は手袋を外して私の前に手を差し出した。握手をすると、掌はゴツゴツした感触をしている。恐らく、このシャゴムットという男は戦闘経験が豊富な実力者でしょうね。佇まいからして隙がないわ。
「……で、あんたは何者だ?」
私の後にシャゴムットと握手を交わしたケヴィンも、同様の事を感じたらしく明らかに警戒を強める雰囲気に変わった。そして、彼は疑うような目付きでシャゴムットを睨みつける。
「そう構えるな。これから君等とは仲間としてやっていきたいと考えている。私はまだ素性は明けせないが、その少年の過去を知る者だ」
「……あなたの素性は怪しそうね。仲間ってどういう事? まだ依頼に続きがあるの?」
「依頼……ではない。同志として迎え入れたい。歪んだ世界を正す為の同志を、私は今集めている所なのだ」
「ふーん、胡散臭い話だな。具体的には何が狙いなんだ?」
私とケヴィンは、シャゴムットに疑惑の視線を送る。彼は一度溜息をついて足を組むと、右手で顎を掻いた。
「……この世界の秘密からじっくり語らないと、信用は得られなさそうだな。まぁ、あまり時間もない。またその話は今度にするとしよう。今日はその少年に用事がある」
「そうそう、この子って何者なの?私、気になってたのよね」
「賢者の落第者だ。計り知れない能力があるが、少々問題があってな。ある組織が手を焼いた結果、数年前にあの独房に収監される事になった。まぁ、最近ではほとんど放置状態だったがな」
シャゴムットは私の問いに答えると、少年に目をやった。私は彼の言葉の意味が分からなくて困惑した。隣のケヴィンも私と同じ感想なのか首を傾げ、ザハールの方に顔を向けた。
「おい、ザハール。話がよく分からないんだが……」
「まぁ、私も最初は理解出来なかった。しかし、どうやら私達の知らない秘密がこの世界にはあるのだ。賢者とは、その強大な能力で銀河を管理している者だ。遥か昔から宇宙上に存在している存在らしい」
「……ちょっと待て、銀河を管理だって?何を言ってるんだ?」
「私もその辺りは、詳しく理解出来てないのだが……。宇宙は広い、私達とは別の生命体が存在していても不思議ではない。どうやら、私達地球の人類とは違う能力を持つ存在が、本当に銀河に存在しているのだろう」
私とケヴィンは、ザハールの言葉に顔を見合わせた。いきなり銀河とか言われても理解が追いつかないわ。
「うーん、よく分からないわね。私もSF映画は好きだし、宇宙人はいてもおかしくないと思ってるタイプだけど。実際、真顔で言われてもね」
「ああ、ちょっと現実離れした話過ぎるな。あんた、シャゴムットと言ったな。そんで、その少年が何か超能力を持ってたりするって言うのか?」
「その通りだ。ある組織は、人工的に賢者を作り上げようとしていた。が、失敗作も多い。その少年もその1つだ。しかし、私はその少年の能力にずっと目を付けていた」
「おいおい。まったく……ザハールもだが、お前も大丈夫か?スター・ウォーズの狂信者みたいだな。どうなってんだ」
ケヴィンは呆れたように両手を広げると、もう話を聞いてられないという感じで歩き出した。彼はキッチンの換気扇の下まで移動すると、シガレットケースから葉巻を取り出した。その姿を見て、目の前に座っていたシャゴムットは、急に立ち上がった。
「……フロガ……。火が必要だろう?」
「……あ……え?」
私は目を疑い、二度見した。シャゴムットの右の掌が燃えている。彼は熱がる素振りも見せず、ケヴィンの方にその右手を差し出した。炎が手の動きに合わせて、揺らめく。
私の身体も赤燈に照らされ、炎の方から発せられる熱を感じる。マジックというレベルでは無い火力だわ。私は何が起こっているのか理解が追いつかず、身体が硬直した。
ケヴィンの方を見ると、咥えていたはずの葉巻を床に転がしている。呆気に取られた様子で、彼は首を横にゆっくりと振った。あり得ないものを見ているような顔だ。
「……え……何だ、それ。お前、熱くないのか?」
「そ、そうよ。早く消さないと、火傷するわよ……」
私とケヴィンは、右手が燃えてるにも拘らず、眉一つ動かさないシャゴムットの表情に驚愕した。彼は冷笑を浮かべると、その火を右掌の上に集めると火球に変化させ、宙に浮かせた。すると、赤橙に光る玉から高く火焔が立ち上り、天井が少し焦げ始めた。
「ちょっと待てよ……」
「何てこと、信じられないわ」
「シャゴムット、それ位にしておけ。もう十分だろう」
ケヴィンは目の前の現象を整理できない様子で、口に両手を当てている。身動きも出来ない程驚いている私達の様子を見て、後ろからザハールが声を掛けた。
「ふん……ちょっとおふざけが過ぎたか。こうでもしないと、まともに取り合ってもらえない様子だったからな」
「彼が今見せたのは、私達が魔法と呼ぶものに近い。どうだ、私が言っていた意味が分かっただろう?人知が追い付かない世界が存在していると言う事が……」
シャゴムットは一度鼻で笑うと、右手の炎を消した。それは、瞬きの間に綺麗サッパリと消えてしまった。勿論、彼の右手は火傷一つ負ってないし、トレンチコートの袖も綺麗なままだ。
私は目の前に起こった事を頭で整理出来なかった。しかし、ザハールが言った“魔法”という言葉には、納得せざるを得ない。
「……現実とは思えんな。俺は夢でも見ているのか」
ケヴィンは、右手で自分の頬を強めに叩く。彼も目の前の現実を受け入れるのに必死の様子だ。ゆっくり足元の葉巻を拾うと、オイルライターで火を付ける。ケヴィンは一つ煙を吐き、考え込むように天井を見つめている。私も驚き過ぎて、さっきから身体が硬直したままだわ。
そんな私達の様子を見て、ザハールは安堵した表情になり口を開いた。
「まぁ、分かってもらえたならいい。いいか、その少年こそが私達の切り札になる。今は能力を封印されているが、解放することが出来れば、あの黒い靄とコンタクトを取れる可能性がある」
「そうだ。その少年の能力を開放するためには、長時間の儀式が必要だ。この場所で私が封印を解く」
シャゴムットは私達に宣言するように言い放つと、床に置いていた大きめのボストンバッグを肩に掛けた。そして、少年が眠る部屋へ足を運ぶ。私はその後ろ姿を眺めながら、言いようも無い不安を覚えた。
「叔父さん、あんたの狙いは何なの?」
「私の目的は、死んだ親友の意思を汲んで真実を公表する事だ。しかし、単に公表しても……私は殺され、真実は闇に葬られるだけだ。揺るぎない証拠が必要なのだ」
「……成程ね。でも、あいつは信頼出来るの?」
「信頼……は、出来ない。シャゴムットは、私とまた違う狙いがあるのだろう。しかし、頼れるのは彼しかいないのだ」
私とザハールは、ガラス越しに見えるシャゴムットを眺めながら話した。彼は少年の周りに何やら怪しげな札や燈台を並べている。如何にも、胡散臭いとしか思えない。
しかし、先程見た“魔法”は、紛れもない本物の炎だった。天井から落ちてきた黒く焦げた壁紙の欠片を拾って、私は感触を確かめる。
「魔法……ほんとにあるのね」
「ああ、あれは紛れも無く本物だ。そういえば、さっき言ってたな……少年が『エラド』と呟いたと。それが本当なら、シャゴムットの話に更に信憑性が出て来る」
「何故?」
「エラドとは、地球に近付くあの黒い靄の事を指す言葉らしい。あの少年は潜在的にか知らんが、エラドの存在を意識しているのではないか?」
「……エラド……ね」
私は胸中に占める不安を押し殺し、眠っている少年をただ眺める。激しい渦を巻く運命の渦中に、私は足を踏み入れようとしているのかもしれない……そんな予感がした。
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