地球編4 アリサ・ドリトルエヴナ
☆アリサ視点の話です。
「くそっ、暗視スコープも着け慣れないと邪魔だわ。そろそろ外していいわよね」
「さっきから文句たらたらだな、ロシアの傭兵さん」
「……うるさい」
私は、ロシアの民間軍事会社ワグネルに所属するアリサ・ドミトリエヴナよ。
今まで世界各地で内戦や紛争に傭兵として派遣されて、汚れ仕事をこなしてきたわ。人の頭を撃ち抜く、ナイフで首の頸動脈を断ち切るなんて、戦場では当たり前の事。出来なきゃ、私が死ぬだけ。前線に出たがる女傭兵も珍しいから、いつしか“戦場の雌豹”なんて揶揄されるようになった。
にしても、今回の任務は謎だらけだわ。独房に収監されている1人の少年を拐う事が目的。地下5階の地中に独房があって、そこまでは4つの厳重な電子扉でロックされている。簡単に引き受けたけど、こんな山奥にある厳重な建物の地下独房に収監されるなんて、普通じゃなさ過ぎでしょ。その子、一体何やらかしたのかしら?
私の叔父・ザハールからの依頼だったから、気軽に引き受けた。でも、後悔してるわ。彼はロシアの宇宙開発を担う民間会社・ロスコスモスのお偉いさん。よく考えれば、そんな人が傭兵なんかに依頼してくるってだけでも、胡散臭い話よね。
ウラル山脈の深い森の中に、自然保護施設がある。そんな所の地下5階に少年が囚われた独房があるなんて、誰も想像しないでしょうね。本当は自然保護なんて表向きで、実態がよく分からない施設らしいわ。
______現在、もう地下5階まで侵入に成功した。構造も事前情報通りね。夜更けになると、殆どの施設員達は地上の部屋で就寝している。ここまで、道を塞ぐのは施錠された電子扉のみだった。まぁ、こんな森の中じゃ警備も手薄くなるわよね。
暗く狭い通路を進むと、広く開けた通路に出た。等間隔に電灯が点いていて、薄明かりが差している。
私が曲がり角から覗き込むと、警備兵らしき男達が立っているのが見えた。状況を確認して、素早く体を隠す。分厚いコンクリート製の壁に背中をつけ、腕時計に目をやる。予定時刻より1分早い。あとは待機ね。
「……あとゲートは1つだ。作戦はほぼ予定通りか。あんな難解そうな扉の施錠繰り返しても、まだ気付かれてないとはな。随分と優秀なハッカーが付いてるんだな」
「そうね。まだ警備兵とも衝突せずに済んでるし、すんなり施錠が開いてくれたわね。情報は正確だったし、今回下調べはしっかりされてるようね」
「ああ。依頼主の黒幕が誰か知らんが、気合が入ってるな」
隣にいる男は、元アメリカ海兵隊のケヴィン。40歳くらいの黒人で、髪は丸く刈り上げられていて、筋骨隆々な見た目をしている。何故かは知らないけど、今回の依頼はアメリカも絡んでるみたい。叔父の紹介で、彼と相棒を組まされる事になった。経験値や能力は高そうだし、信頼しても良さそうだわ。
ここから1km圏内の場所で、車の中から今回の作戦指揮官が司令を出していて、その隣でハッカーが作業している。そして、この施設のコンピュータにハッキングをかけて、電子錠の開錠を試みている。今の所、3つの電子錠が問題なく開いたわ。残る1つが、手強いようで時間がかかっているみたいね。
にしても、あの指揮官の男は不気味だったわね。何が本当の狙いなのかしら…………。
【30分前 作戦指令部】
「ちょっと、こんな山奥でいつまで待たせる気?」
「いいから、黙って待機しておけ」
今回の作戦指揮官の男は、黒い目出し帽を被って私達に素性を明かさないままでいる。その鋭い目つきで睨まれると、傭兵業で修羅場を潜ってきた私でも威圧感を感じる。大き目の迷彩服を纏う下には鍛え上げられた肉体がありそうだし、只者ではない雰囲気があるわ。
「まったく……お前は何者なんだ? 素性も明かさない奴に俺達は命を預けなきゃいけないのか?」
「ふん、俺から話すことは無い。詳しくはザハールが後で話す。俺の事は信頼しろ、お前と同じ元軍人だ。いいか、俺もお前達の腕だけは信頼してやる。だから、お前達も俺の指示通りに動け。下手は打たん」
「……わ、分かった」
作戦指揮官の男は、ケヴィンに顔を近づけると威圧するように彼の胸ぐらを掴み、凄んだ。大柄のケヴィンがたじろぐ程のオーラがある。この男は何か普通ではない気がするわ。
「ふむ…………そろそろ……結界を破る頃だな。お前達、そろそろ潜入に備えろ」
「え、ええ」
私とケヴィンは、指示を受けて所持品の確認を再度行う。けど、この指揮官の男……今、結界って言ったわよね。どういう意味かよく分からないわ。でも聞いたら、また睨み付けられそうだし面倒ね。ケヴィンも同じことを考えてるのか、黙って弾倉の確認をしている。
「では、作戦開始だ」
「ラジャー!」
「ええ、行くわよ!」
ケヴィンと私は、指揮官の作戦開始の合図で夜の闇に突入し、鬱蒼と茂る藪を駆け抜けた。暫く進むと対象の建物を視野に入れる。暗視スコープで周囲の状況を確認すると、既に警備兵らしき人間が建物の前で倒れている。
「成程な……既に誰かがお膳立てはしてくれてるようだな」
「ええ、さっき『そろそろ結界を破る』とか言ってたわよね。意味がよく分からないけど、私達以外にも動いてる人間がいるのかもしれないわね」
「全く……。指揮官殿は、肝心な所が説明不足だな。でも、あの眼光の鋭さは……余程の猛者にしか出せない。確かに、奴は下手を打つような人間じゃないだろう」
「そうね。そんな雰囲気はしたわ」
私達は、もう一度状況を慎重に視認しながら言葉を交わす。そして、互いに頷き合うと侵入を開始した。
「にしても……胡散臭い作戦ね。叔父さんには帰って文句言わなきゃ」
「ああ、まったくだ!」
______そして現在、私とケヴィンは地下5階の通路で待機中だ。予定時刻を過ぎても、なかなか指示が降りてこない。警備兵の動きを警戒しつつ、2人で息を殺している。
《……こちら指揮官。あと100秒程で開く。10秒前からカウントする。突入準備しておけ》
ヘッドセットのイヤホンから、無線の声が聞こえてきた。予定時刻を4分超えてる。苦戦したみたいね。さて、ここからが今日の山場だわ。角を曲がると開けた通路がある。事前情報では、その奥に細い通路があって20m程度続いてるみたいね。その行き止まりの先に、最後の電子錠が掛けられた扉が立っている。
私は丁字路の脇から顔を少し出して、開けた通路を覗く。3人の警備兵が立っていて、さっきからウロウロと徘徊しているわ。最後の砦みたいなものね。
「お、ようやく開きそうだな。結局、あの警備兵達は動かないか。倒すしかなさそうだ」
「ええ。手前に2人、奥に1人ね。暗いからよく分からないけど、肩に掛けてるのはアサルトライフルかしら。恐らく胸の膨らみはナイフでしょうね」
「だろうな。出来るだけ音を立てずに手前の2人を殺るぞ。奥の奴とは、銃撃戦になるかもな。細い通路まで、柱が数mおきに立ってるだろ?あれを利用して突っ込むぞ」
「一本道だし、あとはスピード勝負ね。けど、対象者捕獲後の退避ルートは本当に信頼していいの?」
「……建物を爆破させてルートを確保するなんて、無茶苦茶な作戦だよな。地下2階以降は核シェルターの造りとか言ってたし、衝撃には耐えきれるだろ。ま、指揮官殿を信じるしかないさ」
私達は、突入に備えて身構える。今回の作戦は少年を捕獲後、施設を爆破させる。痕跡を出来るだけ分かりづらくするためにね。爆破後に、あたかも少年が逃げたかのように工作を行う予定らしいわ。爆破するなんて発覚を早めるだけだと思うけど、とにかく誰が犯人か尻尾を掴まれたくない様子ね。
まぁ、建物が粉々になれば、私達も脱出時に交戦しなくて済むから、楽でいいかもしれないわね。
《……こちら指揮官。カウントを開始。10、9、8……》
「よし、向かって右は俺。左はお前に任せるぞ。2、1、GO!!」
ケヴィンの合図と共に、私は飛び出した。素早く低姿勢で、左に立つ警備兵まで駆け寄る。残り数mの地点で、そいつは私の存在に気付き、ライフルの銃口を向けた。
私は避けるように左に飛び、そのまま柱を蹴ると空中を舞って、警備兵の背中に回る。着地と同時に、左手でそいつの顎を掴んで持ち上げる。そして一気に右顎の下へナイフを根元まで刺し込んだ。警備兵は抵抗するように、私の手首を強く掴んだ。
そいつの頸部に深く刺さったナイフを捻ると、「ゴポッ」っという音がして口から血が溢れ出した。すると私の手首を掴む力が抜け、警備兵は前のめりに倒れ込んだ。
右の警備兵に目をやると、左眼窩にナイフが刺さったまま仰向けで絶命していた。ケヴィンの腰元にあったアーミーナイフが、鞘を残して消えている。
「自信あるわね。ナイフスローイングなんて」
「昔、ベースキャンプでよくナイフ投げて遊んでたんだよ。お前さんも大した身のこなしだな」
「何だお前達は!?」
私達が話し終わると同時に、奥の警備兵がライフルを構えると、間髪入れず連射してきた。ケヴィンと私は、両サイドの柱にそれぞれ素早く身を隠す。けたたましい銃の発射音が、コンクリートの壁に反響する。銃弾が壁を打ち抜き、その欠片がパラパラと弾け飛ぶ。
「フルオートで馬鹿みたいに打ちやがる。臆病な奴だ」
「でも、あんまり時間はかけられないわね」
「まあ、すぐに弾も尽きるだろ。奴の連射が止んだら一気に行くぞ。俺達も銃弾を糞みたいに撃ち込んでやろうぜ。俺が突入する。援護射撃を頼む」
「了解よ」
私は手元にあるM4A1に問題がないか確かめる。昨日試し打ちしてみたけど、アメリカ製の小銃は性能がいいわ。実戦で使うのは初だし、腕が鳴るわね。
急に奥からの連射が止まり、ライフルを投げ捨てた音がした。弾切れしたようね。そして、また別の銃に弾倉を装填する音が聞こえる。
ケヴィンは私に目配せすると、奥の警備兵に向かって一気に走り出した。私は同時に半身を通路に出し、小銃を構える。そして、柱の陰に隠れた警備兵に向けて、弾丸を連射する。ケヴィンは数m進んだ後、警備兵と対角線上の柱の陰に飛び込んだ。そして、彼も小銃を構えて射撃を始めた。
奥の方から火花が光るのが見え、弾丸が絶え間なく飛んでくる。相変わらず後先考えないで連射する奴ね。素人くさいわ。私達の射撃に敵う訳がない。
激しく銃弾が飛び交いながら、轟音を響かす。床や壁に弾痕が作られていき、砂塵が舞う。真横の柱の欠片が弾け飛ぶと、眼の前を一瞬遮った。その瞬間、頬に銃弾がかすめる。シュッと風切り音が鳴るのが聞こえた。
トリガーを引く度、耳を貫くような発射音が鳴り響く。薬室内の弾薬が排莢され、空となった薬莢が地面に転がり続ける。
数十秒銃撃戦を繰り広げていると、いつの間にか反撃がなくなった。私は、ケヴィンの合図でトリガーから指を外す。立ち上がって奥に進むと、絶命した警備兵の姿を確認できた。体が捻れたまま倒れており、その下に血溜まりが広がっていく。死はいつも虚しいものね。
「……さて、奥の扉はもう開いてるはずだ。急ぐぞ」
「ええ。こんな山奥の厳重な設備に囚われる少年……興味深いわね」
「ああ、余程の重要人物なんだろう」
私達は、残る最後の扉へ急いだ。
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