another story カリムと賢者
太陽系は、天の川銀河という広大な銀河に属している。太陽系と数千光年離れた場所に、白く輝く恒星がある。太陽系と同じ銀河の中に存在するその恒星の周りには、1つの惑星が周回する。生存可能領域にあるその惑星には、僅かな水と微生物が存在している。
その惑星にカリムは降り立った。彼の到来を、2人の賢者が待ち侘びていた。賢者とは、銀河を監視・管理している存在である。その者達の数は数十とも数百とも謂れ、カリムだけが全容を把握している。全宇宙の中でも知的生命体が存在する銀河を中心に、賢者達は担当する銀河をそれぞれ振り分けられている。
カリムと呼ばれる生命体……彼は老人のような風貌をした姿をしており、様々な銀河でその姿が確認されている。彼は無数の銀河を統監する存在として、永い時を生きている。各々管轄する銀河ごとに散らばる賢者達を、束ねている存在だ。
彼が降り立った惑星には、薄暗い大地が広がり、荒涼としている。恒星から放たれる光が、上空にある厚い雲の隙間から僅かに差し込んでいる。植物らしきものは、地上には存在しない。だが地中深くには、分厚い氷の塊が広がっており、一部が溶けて洞穴の中に湖を形作っている。そこでは、苔や微生物が生命を保持している。惑星の自転による寒暖差が大き過ぎて、地球の人類が生身の姿では生活することは難しい環境だ。
その大地に似つかわしく無い文明的な建物が、高台にぽつんと1つ建てられている。ギリシャ神話に出て来るような小さな神殿のような造りだ。
その神殿の中に、カリムは足を踏み入れた。その先にある祭壇の前には、2人の賢者が立っている。ローブを纏う美形で長身の男が、カリムの元に近付いてきた。藍色のサラサラした長い髪が微風に揺れている。彼は地球を含む銀河団を担当する賢者・アストロだ。
「カリム様、彼はいかがでした?」
「うむ。確かに良質の魂体だった。金色の輝きを持つ者が、漸く現れたな」
「ええ。長い時が掛かりましたね。しかし、何とか間に合いそうです」
「うむ。輪廻のタイミングは、我にも図れぬ。運命とは気紛れなものだ」
アストロとカリムは、安堵した表情で話す。彼等は金色の輝きを持つ者を、長い間待ち侘びていた。すると、もう1人の賢者が近付いてきた。赤い癖毛をした女の風貌をしている。戦士のような筋肉質な姿形を持つ彼女は、ヘイラーと呼ばれ、カルディア大陸が含まれる銀河を担当している。
「やっぱりノアの言ってた通りでしょ?」
「ええ。ノアはあなたの弟子でしたね? 彼は賢者にもない力を持っている。不思議な存在ですね」
「そうよ。彼の未来の運命を視る力の発現から、今回の計画は始まったわけ。ふふふ、私がノアを見出したのよー。つまり、私のお・か・げ。アストロ君、助かったでしょ。お礼はないの?」
「……ま、助かりましたよ」
ヘイラーは自慢げに胸を張った。彼女はわざと嫌らしい態度で、自分の功績を強調して話した。しかし、アストロは涼し気な顔で気のない返事をした。
「はぁ……アストロって相変わらず表情が乏しいわね。からかっても、つまんないわ」
「私には、つまらない事にも一挙一動する貴方が理解出来ませんね」
「はんっ、あーあ、なんであんたと組まされるのかしら。ねぇ、カリム様、どうにかならないの?」
「ふ……あなたが担当を外れればそれで済む話でしょう」
「へぇ、涼しい顔で喧嘩売ってんのかい?」
2人はある目的から、顔を合わせる機会が増えていた。しかし、対象的な性格が災いして顔を合わせる度喧嘩になる。カリムは、2人のやり取りを眺めながら溜息をついた。そして、2人を嗜めるような口調で話し始めた。
「よいか、我等には大いなる目的がある。お前達の管轄する星が関係しているのも、強大な運命の流れによるものだ。それを意味あるものに出来るかどうかは、お前達次第だ。それを自覚しろ」
「承知しました。些細な波風を立てて申し訳ありません」
「……う、まぁ、大人気なかったわね」
カリムに冷静に諭された2人は、素直に反省して俯いた。カリムを本気で怒らせたら、賢者の2人でも手も足も出ない。それ程、カリムは偉大な存在だ。
「それより、カルディア大陸の首尾はどうだ?」
「ええ、大筋はノアに任せてあるわ。彼の読み通りヴァーサノ山脈で動きがありそうね。鍵になる重要な人間も監視中よ。そろそろ彼等も運命の渦中に踏み込んできそうね」
「そうか。魔力の蔵も今の所は、順調そうだな……だが」
「ええ。運命はどう転ぶんでしょうね?」
カリムは、ヘイラーが管轄するカルディア大陸の状況を逐一確認している。それ程、重要な場所の1つなのだ。そして、地球も同様に重要な存在だ。
「アストロも、今後地球の状況はしっかり見極めよ。難局がこれから待ち構えているだろう。選択を誤れば、より事態は難化する」
「お任せを。しかし、奴の存在に苦労させられております」
「ああ。我も暫くはこの銀河に留まり、お前をサポートしよう。ヘイラー、あの大陸の事は任せる。必要があれば分身体を飛ばす」
「ええ、何かあれば連絡するわ。私達もここからが勝負ね」
「うむ。今度こそは……な」
カリムは銀河に潜むあの存在を睨み付けるように、神殿の窓の外に広がる分厚く黒い雲を眺める。
その時、空に広がる暗雲から一筋の光が差した。それはまるで希望の光かのように、暗がりの中に神殿を浮かび上がらせる。
カリムは、神殿の天井から祭壇に注がれる光芒に触れる。彼は何かの啓示を受けた気がした。自らの使命を託す者達を、彼は育て上げてきた。長い時を生き続ける中で、目的を見失い孤独感に覆われたまま、葛藤と苦悩の中にいた時期もあった。しかし、時を経て、彼の目の前に立つ賢者達は未熟ながらも、大いなる目的に向けた道を自らの足で歩もうとしている。
「我も信じねばな。我らが進む、この先に続く道筋を」
この運命を自らの意志で動かしていく事に、もう迷いはない……カリムは己の心に改めて誓いを立てた。
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