カルディア大陸編1 ゴブリンと洞窟②
2人は洞窟の前まで向かった。数名の兵士達が、洞窟の入口を警備している。両手を広げた程の大きさの穴だ。周囲は鬱蒼と茂る藪に覆われている。
立ち入り出来ないように結界が張られていた様子だが、何者かに破られた痕跡がある。そして辺りには、ゴブリンのものと思われる体液や足跡が残り、ボロボロの斧や鎧の欠片が落ちている。
「ここです。幾重にも結界が張られていた様ですが、破られてしまっているようですな。どう思われますか?」
「うーん、そうですね。……ガーリン殿、人払いをお願いできませんか?」
ゲイルの深刻な顔に気付き、ガーリンはこの場を離れるように部下の兵士達に指示を出した。ゲイルは周囲を見渡し、2人だけになった事を確認して語りだした。
「ガーリン殿は、20年ほど前のアウナ川の戦いは存じておられますよね?」
「もちろん。戦士サムス率いる1軍が1万匹のゴブリン達を蹴散らしたという話ですね。当時私は魔導学生でしたから、勇猛な戦士に憧れたものです」
ゲイルの問いかけに、ガーリンは懐かしそうに頷いた。騎士を目指す者達の間で、アウナ川の戦いでの戦士サムスの勇姿は、憧れの象徴として語り継がれている。カルディア大陸の勇者の1人として有名だ。
「ええ、史実ではそこだけ語られているのですが……今から話すことは内密にしていただきたい。実はこの洞窟の存在自体、国家機密として取り扱われているのです」
ゲイルは真剣な表情で、ガーリンを正面から見据えた。彼は頷くと、神妙な顔つきで胸に手を当てる。
“我は月の女神に誓い、他言はしないと誓う”
ガーリンは、祈るように宣誓した。月の女神はセレネ国の守り神だ。騎士として守り神に宣誓するというのは、命をかける程の重い誓いになる。
ゲイルはその姿を確認して頷くと、語り始めた。
「これは私の師ラドンから語られた話です。実は……アウナ川の戦いの後、この洞窟が発見されたようなのです」
ゲイルは言葉を続ける。
「その当時もこの洞窟を探索をする話になったようです。我が師ラドン、戦士サムス、そして現魔導学院長セイントと……当時最強のパーティーで探索に挑みました」
「……!? なんですと?」
ガーリンは耳を疑い、息を飲んだ。
ラドンは元Sクラスのギルドマスターで、大陸最強の剣士。各地に伝説だけを残し、現在は消息不明だ。ゲイルは子供の頃からラドンに師事していた。血縁はないが、育ての親の様な関係だ。
サムスは強靭な肉体を持つビーストと人間のハーフで、山を動かすと言われる怪力を持つ戦士。20代で病死したと伝えられている。
セイントは千の魔法を操る魔導士。様々な魔法道具を開発し、実力ある魔導学院長としても国民の尊敬を集めている。
この3人だけで数千の軍勢も相手にできるのではないかと想像される。伝説になっている3人がパーティーを組んだ事実があった事自体、事件なのだ。
「そして、彼らは洞窟の奥で遭遇したのです……魔竜に」
「ド……ドラゴン?いや、まさか。伝説上の生き物ではないのか?」
ガーリンはゲイルの言葉に更に驚き、目を見開いた。カルディア大陸には多数のモンスターが存在している。ドラゴンは民衆にも有名なモンスターだが、語り部の物語中に出てくる創作の怪物でしかないと、信じられているのだ。
その物語の中では、ドラゴンは大地を裂くほどの力を持ち、世界を滅ぼす存在として恐れられている。
「ええ。……実は本当に存在しているのです」
ゲイルは伏し目になり、ゆっくりと深く頷いた。ガーリンは信じられないという顔のまま、言葉も出ない様子でいる。ゲイルの眼差しは真剣だ。彼の青年期から付き合いがあるガーリンは、ゲイルがこういう場面で嘘を付く男ではないと知っている。
「激しい戦いは三日三晩続きました…。最初はラドン達の優勢だったのですが、地の利があった魔竜の回復力が凄まじく、次第にパーティーは消耗していきました」
ゲイルは1つ大きく息を吐き、話を続ける。
「戦いの中でサムスは戦死し、ラドンは片腕を失い、死の淵をさ迷いました。そして……セイントは魔竜と契約を交わし、地上に返されました」
「………なんと! そんな事が……」
「ええ。セイントは瀕死のラドンを連れ帰り、当時の国王に契約を締結することを要求しました」
ー我に干渉せねば、手出しはしない
干渉した場合、大地に災いを起こすー
「その契約は永劫に渡り有効なものとして、セレネ国と魔竜の間で交わされているのです」
ゲイルは語り終わると、強い眼差しでガーリンを見据える。
ガーリンはあまりの話の内容に呼吸するのも忘れていた。我を取り戻すと、緊張を解くように大きく一つ息を吐いた。
「信じがたいが……まさか、そんな事があったなんて。戦士サムスは、病死ではなかったのか」
「ええ、真実は違います。セレネ国の地下に魔竜が眠っていると公表しては、大きな混乱が起こるでしょう。もし興味本位で地下を探索する者が出てくれば、地の災いで国が壊滅するやもしれません」
「……確かに、その事実は機密事項にしておくのが賢明ですな」
「今回、もう既に複数の目撃者がいます。その兵達から話が漏れては大変です。洞窟は出口を潰して、強力な魔法結界を張っておきましょう」
ゲイルの提案にガーリンは大きく頷いた。彼らは土魔法で土槍を創り出すと、それを何本も重ねて柵のようにして、洞窟の入口を塞いだ。そして、呪符を使用して強力な結界を張った。
ゲイルは、封印が破られた時の為に……と師匠のラドンから呪符を託されていた。セイント作の強力な結界だ。簡単に破られる代物ではない。ゲイルはラドンが失踪する直前に、洞窟の存在に気付かれた場合の指示を彼から受けていたのだ。
ガーリンが石を投げると、結界の境界で粉々に砕け散った。彼は結界の効果を確認し、安心したように振り向くと、ゲイルの方に顔を向けた。
「よし、これで立ち入る事は出来ないでしょう。私も兵達には、何も無かった事にするように約束させます。……しかし、それにしても何故魔竜の巣から、ゴブリンが出てきたのでしょうな」
「……洞窟の中には、魔竜が住みかを少しずつ移動させている痕跡があったようなのです。それが長年をかけて地下洞窟となり、南北へ長く伸びているのではないかと」
「それを通路としてゴブリンが利用したと?」
「ええ。おそらく洞窟は、北の帝国やヴァーサノ山脈の付近に繋がっている可能性は高いかと……」
ゲイルは、ラドンが話していたことを思い返した。セレネ国の北には帝国が存在していて、更にその奥には強力な魔物が多く巣食うヴァーサノ山脈がある。魔物の通り道になっている可能性が高い。
大陸の北に東西へ大きく跨がるヴァーサノ山脈……立ち入る者には、死が保証されるという活火山だ。夜になると赤い溶岩が怪しい光源となり、その不気味さが更に増す。山の中腹まで立ち入ると、セレネ国ではお目にかかれない、災害級の魔物の咆哮が轟く。
「何かの予兆でなければいいのですが……」
夕暮れに差し掛かる台地に伸びる影が、悪しき予兆を思わせた。ゲイルはそれが杞憂となることを願った。
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