第5部 第11話
「サナ、何してんだ?」
「お父さんに、桃ちゃんと遊んでやってくれって呼ばれたの。蓮もいたの?」
言葉だけ聞くと普通だけど、
その響きは冷たい。
・・・まだ怒ってるのか。
てゆーか、このシチュエーションは組長の企みだな?
全く、余計なことをしてくれる。
「帰ろーぜ」
「いやよ。私、今来たところなんだから。第一、桃ちゃんどうするのよ」
「いいから。ほら、桃夫。コータおじちゃんが遊んでくれるって」
「ぶう」
そう言って、俺はたまたま廊下を通りがかったコータさんに桃夫を押し付ける。
「・・・おい。俺、忙しいんだけど?」
「でも、桃夫が、コータおじちゃんがいいって」
「ぶぶう!!」
あれ?嫌?
「・・・おじちゃんとかゆーな。お兄さんって言え」
ブツブツ言いながらもコータさんは桃夫を引き受けてくれた。
元々子供が好きなんだろう、面倒見のいい人だ。
だけどそれ以上に勘のいい人だから、俺とサナの気まずーい雰囲気を察してくれたのだろう。
俺とサナは並んで廣野家を出た。
「もうすぐ、サナの誕生日だな」
「そうね」
「なんか欲しい物ある?」
「ない」
出た。
「それより先月末の美優ちゃんの誕生日、何もあげなかったんでしょ?
拗ねてたわよ、あの子。私より美優ちゃんに何か買ってあげたら?」
「そうだな。妹だもんな。明日一緒に選びに行こう」
「なんで私が」
サナはプイっとそっぽを向く。
「じゃあ、サナの誕生日はどっか行こう」
「行きたいところなんか、ないもん」
「んー、どこにしようかな?」
「どこも行かない」
「・・・」
「蓮はもう、お母さんの心配もいらないんだし、自分の好きなところに出かけたり、
好きなもの買ったりしたらいいじゃない」
「わかった。じゃあ、つきあえよ」
「いや」
「サナ!」
いい加減イライラして、思わず大きな声を出した。
サナもビックリしたように目を見開き俺を見る。
と、思ったら、見る見るうちにその瞳が涙でいっぱいになる。
・・・ああ、もう・・・
「・・・帰る」
「帰ってるだろ」
「一人で帰る。ついてこないで」
仮に了解しても、駅までは一緒だ。
了解してないし。
俺はサナの手を取り、押し黙ったまま駅に向かった。
駅のベンチに腰掛けて電車が来るのを待つ。
サナは声は出さないものの、さっきからずっと俯いたまま涙を必死に堪えてる。
「サナ。これ見て。どう思う?」
俺は藤城さんに描いてもらった絵を出した。
サナは相変わらず俯いたまま、目だけ絵の方に向ける。
「刺青の下書き。俺の背中に入れるんだって」
「・・・え?刺青?」
「どう思う?」
「どうって・・・知らないよ。勝手にすれば?」
「俺は別に入れたくない」
「じゃあ入れなきゃいいじゃない」
「組長が入れろってうるさいんだよ」
「じゃあ入れたらいいじゃない」
サナがまた俯いたまま目を逸らした。
「サナが一緒に入れてくれるなら入れようかな」
「どうして私が刺青なんかしなきゃいけないのよ」
「廣野家の人間は男も女も入れなきゃいけないんだって」
「・・・」
「だからサナもいずれ入れるんだ。だったら一緒に入れよう」
サナがパッと顔を上げた。
その瞳からは新しい涙がポロポロとこぼれた。
「すごいね、これ」
「うん。こんなんどうやって彫るんだろうな?痛いのかなー」
「お父さんが痛いって言うなら本当に痛いんだろうね。
ねえ、蓮はどの絵が一番好き?」
場所はサナのマンション、
の、寝室。
ようやく仲直りをして家に上げてもらえた。
・・・なんか「夫婦喧嘩をして家を追い出されてた夫がやっと帰宅を許可された」図だな・・・
まあ、当たらずとも遠からずってか?
「これかな」
藤城さんが言うとおり、確かにどれも似た絵だけど、
一つだけ特に目に留まるものがあった。
他の7枚は虎が真正面を見ていて、背中を見る者を威嚇しているのだけど、
1枚だけは虎が少し斜め前を見てるのだ。
その目の先には何があるのかわからない。
でも、明らかに何かを狙っている。
どうしてこれが気になったかと言うと、組長の鷹と同じだからだ。
組長の鷹も、正面ではなく、どこか少し先を見ていた。
少し先の獲物を。
背中を見る者をしっかりと正面から睨んでいる刺青も迫力があるとは思うけど、
何を狙っているのかわからないその獰猛な瞳は、
正面を睨む瞳より印象的だった。
狙っているのは何なのか?
獲物か?
それとも同類の敵か?
もしかしたら、遠回りに自分を狙ってるのではないか?
そんな想像は楽しくも恐ろしい。
だから目に留まった。
「そうね。私もこれが一番迫力があると思う」
「サナは?」
「え?」
「サナはどんなのにする?」
「えー?本当に私も入れるの?」
「サナが入れないなら俺も入れないって」
「そんなの、私がお父さんに怒られるじゃない」
そう言って、布団を頭までかぶる。
そしてそのまま、くぐもった声で言った。
「なんでもいいよ、私は」
「母さんは肩に少し入れるって言ってたから、サナもそれでいいと思うけど・・・」
「おばさんは何にするの?」
「組長は、桃の花がいいかなって言ってた。蓮も入れてもいいけど、ってさ」
「あはは。花かあ。じゃあ私も花にしようかな」
「何の花?」
「んー、チューリップ」
「ぷっ。幼稚園の先生みたいでいいな」
思わず想像して笑ってしまった。
幼稚園で子供と遊ぶサナ。
でも服を脱ぐとチューリップの刺青。
子供受けは良さそうだ。
保護者受けは保証できないけど。
「さすがにチューリップは変よね・・・じゃあ、ヒマワリ」
「ヒマワリ?」
「うん。いつも明るい心を忘れないように。変なヤキモチ妬かないように。自分への戒め」
「ははは。いいかもな、ヒマワリ」
簡単に同意したけど、よく考えたら確かにいいかもしれない。
花びらがあんなに多い花だ。
細かく入れたらかなり綺麗な刺青になりそうだ。
刺青としてヒマワリってありなのかどうかはわからないけど、
藤城さんなら喜んで請合ってくれると思う。
「そうだ!」
急にガバッとサナが布団から起き上がった。
「な、なんだよ」
「私の誕生日に行きたいところができたの!」
「・・・急に?」
「うん。一緒にプールに行きたい!」
「は?プール?」
「本当は海がいいけど、さすがに10月は寒いよね。だから室内プール」
「別にいいけど・・・なんでだ?」
「だって、刺青入れたら、もう水着は着れないじゃない?
肩だけならタトゥーに見えるかもしれないから、私は刺青入れた後でも行けるかもしれないけど・・・
蓮は無理でしょ?だから最後に一緒に行きたいの」
「・・・」
確かにそうだ。
背中いっぱいに虎の刺青なんかあった日にゃ、銭湯はもちろん、
海やプールも無理だろう。
いや、行けなくはないかもしれないけど・・・俺はイヤだな。
「だから、ね?」
「うん、わかった。・・・そうだ、どうせなら海に行こう」
「海?」
「沖縄の海」
「沖縄!?」
サナの目が輝いた。
虎の刺青をしていたという藤城さんの弟。
母さんと俺のために、組長に楯突いてくれた人。
今は沖縄に住んでいるというその人に会ってみたい。
母さんが組長のところに戻ってきたことを伝えたい。
そして、一言お礼を言いたい。




