第5部 第8話
「おい、てめー。なんでついてないんだ。どこで落とした?さっさと拾って来い」
「・・・蓮。何をしている?ついに頭がおかしくなったか?」
俺はいつの間にか後ろに立っていた組長をキッと睨んだ。
だが、残念ながら、組長がそう言いたくなるのもわかる。
廣野家の大広間で一人座り込み、ブツブツ言っているのだ。
怪しいことこの上ない。
いや、正確には一人ではない。
なぜなら、俺の目の前の座布団の上に、
1ヶ月ちょっと前、母さんが産んだ赤ん坊の「桃夫」がいるから。
母さんは去年の10月に簡単だったとはいえ、癌の手術をしているし、
39歳という年齢もあり、大事を取って帝王切開にした。
幸い母子共に健康・・・ってゆーか、ちょっと太りすぎじゃないか、桃夫?
もっと小さければ母さんも普通に産めたんじゃないか?
ダイエットだ、ダイエット!桃夫!
「誰が『桃夫』だ、誰が」
そう言って、組長が赤ん坊を抱き上げる。
「ぶうぶう」
「どうした?バカ蓮にいじめられてたのか?かわいそうに・・・
それにしても、昨日よりまた一段と美人になったな、桃は」
「ばぶ」
そう。
そうなのだ。
信じがたいことに、この赤ん坊、女なのだ。
母さんが妊娠中、男になるように俺があれだけ念力を送ったのに、女。
男だったら、まさに廣野組の跡取りにぴったりじゃないか。
俺も晴れて自由の身。
それなのに・・・
なんでついてないんだ、桃夫。
バカヤロー!
だけど俺は諦めなかった。
まあ、女の組長って言うのもありだとは思う。
「セーラー服と機関銃」みたいでかっこいいじゃないか。
だけど、あの荒くれ者たちを見ていると、
女の組長ってのはやっぱりキツイと思う。
そこで、だ。
俺は密かに「リボンの騎士作戦」を実行している。
簡単に言えば、「女だけど男として育てちゃおう」ってことだ。
で、名前も勝手に「桃夫」。
「桃夫にピンクの服なんか着せるな。男は青だろ」
「男は青で女はピンクか?お前、若いくせに古臭い頭してるな」
じゃあ、そのピンクのフリフリのドレスはなんだ?
「そういえば今日はサナは一緒じゃないのか?」
「・・・」
「なんだ。喧嘩でもしたのか」
てめーが言うな!諸悪の根源め!!!
ここ数ヶ月、サナの機嫌がべらぼうに悪い。
なんか、サナじゃないみたいだ。
原因はもちろん美優ちゃん。
その美優ちゃんは、俺のどこをそんなに気に入ったのか、
運命の人を見つけた!とばかりに俺に猛アピール。
しかもいつも飛び切りの笑顔に、ハイテンション。
さすがに俺も、こんな二人に挟まれたら疲れてしまう。
だからと言って、別に心変わりしたわけではない。
だから昨日、たしなめる意味を込めて、こんなことを言ってしまった。
「サナ。最近機嫌悪すぎるぞ。俺、なんかしたか?」
「蓮があいまいな態度取り続けるから、美優ちゃんが一向に諦めないんじゃない」
「俺、あいまいな態度なんか取ってないぞ?」
「美優ちゃんに、つきあう気はない、ってはっきり言わないじゃない」
「言ってるだろ!」
「じゃあ、どうしてあの子、諦めないのよ?」
「知らねーよ!サナ、いい加減その不機嫌直さないと、さすがの俺も心変わりするぞ?」
もちろん、本気で言った訳ではない。
確かにちょっとムカッとはきてたけど、本気じゃない。
だけど・・・
その後のことは、想像にお任せします。
はあ。疲れる・・・
「ところで、蓮」
「・・・」
うっせー!今日の俺はめちゃくちゃ機嫌が悪いぞ!
女なんか嫌いだ!
桃夫だって・・・
「ばあぶう」
かわいいな、くそう。
「聞いてるか?」
「なんだよ?」
「お前、誕生日いつだ?」
「・・・逆に聞くけど、桃夫の誕生日はいつだ?」
「8月30日、午後5時43分。おとめ座のA型。ちなみに身長は49センチ、体重は2998グラム」
なぜだ?
なぜか、すげームカつくぞ。
「・・・2月1日だよ」
「そうか。来年の2月1日で二十歳か」
「・・・年齢は覚えてるんだな」
「当然だ」
組長が頷く。
「桃の年齢プラス20だからな」
基準はあくまで桃夫か。
「俺の歳がどーした」
「廣野の人間は二十歳になったら刺青を入れるという決まりがあるからな。
お前にも入れてもらう」
「はあ!?イヤだよ、刺青なんか。てゆーか、俺、廣野の人間じゃねーし」
「うるさい。ユウにも落ち着いたら入れさせる」
「母さんも?女も入れるのか?」
「そうだ。まあ、ユウは歳も歳だ。肩に少し入れるだけにするか。
桃も産まれたことだし、桃の花なんてどうだ」
「勝手にすれば?」
「ついでに蓮の花も入れてやってもいいぞ」
ついでかい。
「じゃあ、桃夫も二十歳になったら入れるんだな?」
「お前はバカか。こんな白くて綺麗なもち肌を傷物にできる訳ないだろう。桃は免除だ」
組長はしたり顔で再び頷く。
ここまで親バカになれるなら、いっそ幸せだろう。
だが、この1年で俺も少し学習した。
悔しいがこの組長には口では勝てない。
だから無駄な抵抗はやめて、おとなしく組長に連れられ、
「彫り師」とやらに会いに行くことになった。
ただ、断っておくが、刺青を入れることを認めたわけじゃない。
取り合えず言われた通りについてってるだけだ。
刺青なんか入れたら、銭湯にいけなくなるじゃないか。
俺の住んでる学生寮は風呂がないんだぞ!
死活問題だー!




