第5部 第5話
「そういえば昔、ネェちゃんが『統矢さんはわだかまりって言葉を知らない』って言ってたけど、
さすが息子だな。お前も『わだかまり』って知らないのか」
「俺、別にコータさんの奥さんとワダカマッてないし」
「ネェちゃんとお前を廣野家から追い出した張本人だろ」
自分の奥さんをそうバッサリ言い捨てるコータさんも凄いと思うけど?
「どんな人なんですか?」
「姉さん女房だけあって尻に敷かれてる」
「コータさんが?」
「しかも俺、養子だし」
「ええ?」
「昔は本城って名前だったんだけど、今は間宮幸太。奥さんは間宮愛」
「へー」
年が明けて1週間。
俺とサナはコータさんの家にお邪魔することになった。
いや、正直に言うと、コータさんの家に押しかけることになった。
以前、コータさんが、組長の元愛人と結婚した理由を
「会ってみればわかる」と言っていたので、遠慮なく会いに行くことにしたのだ。
しかもコータさんに車で迎えに来てもらったのだから、
図々しいことこの上ない。
「さすが組長の息子だな」
「いや、俺が凄いんじゃなくて、サナが凄いんだと思うんですけど」
この面会をセッティングしたのはサナだ。
「確かに」
「ちょっと、二人とも!どういう意味よ!?」
「いえ、別に・・・」
サナがムスッとする。
が、すぐに気を取り直したように話題を変えた。
「それにしても、蓮がお兄ちゃんかあ。すごいよね」
「サナ。その話やめろ」
「どうして?オメデタイ話じゃない」
「オメデタクない。すげー恥ずかしい」
「どうして?」
「だってさ。異父兄弟とか異母兄弟ならともかく、父親も母親も俺と同じなのに、
20歳近く離れた兄弟、って・・・ありなのか?」
「えー?全然ありだよ。だって新婚さんだよ?」
新婚というのか、あれは。
忘年会の日の母さんを思い出す。
よくまあ、こんだけ幸せそうな顔ができるもんだと呆れるくらい幸せそうだった。
あれだけ幸せなら、別に俺がとやかく言う必要はないんだけどさ。
やっぱちょっと複雑ではある。
「統矢さんも喜んでたよ」
「組長が?ほんとですか?怪しいなあ」
「お前ができた時も、統矢さんはすげー喜んでたんだぞ」
「・・・ほんとに?」
「ほんとだって。ネェちゃんと一緒に、お前の服とか色々買いに行ったりしてさ。
あの頃が一番夫婦っぽかったな。あ、でも今の方がラブラブだな」
いい歳して・・・全く。
「ついたぞ」
「・・・ここ?」
「そうだ。降りろ」
すげー・・・
俺とサナは車から降りると、しばらく口を開いてその一戸建てを見ていた。
廣野家のようにむやみやたらにデカイ、という訳ではない。
普通の家よりちょっと大きいくらいだ。
だが、その質たるや、相当なものだ。
外灯一つとってみても、かなりの高級品だということがすぐにわかる。
門構えも立派だし、庭も綺麗に整えられている。
趣味がいい、というか、品があるというか・・・
まるで雑誌に出てくる家みたいだ。
家の中も期待を裏切らずすごかった。
キョロキョロしながら、コータさんの後についていく。
「客間も落ち着かないだろ。リビングでいいか?」
「どこでもいいです・・・」
この家ならトイレでもくつろげそうだ。
「あら、いらっしゃい」
そう言って笑顔でリビングで迎えてくれたのは・・・
「幸太の妻の愛です。こんにちは」
「・・・・・・」
俺もサナも言葉がでなかった。
が。
「愛さんて、おいくつですか?」
サナがいきなり聞く。
うお、めっちゃ失礼!
でも俺もそれを聞きたかった!
「私?幸太の5つ上よ。41歳」
「「嘘だー!」」
二人同時に叫んだ。
どう見ても、30歳くらいだろ!?
コータさんより年下に見える。
い、いや、問題は歳じゃない。
なんだ、この人は?
コータさんが、「会ってみればわかる」と言っていたが、
本当にわかってしまった。
170センチ近い長身に長い手足。
小さな顔の中には、一度見たら忘れられない吸い込まれそうな瞳と、妖艶な雰囲気を漂わせる唇。
スタイルも文句なしに素晴しい。
芸能人か?
モデルか?
こんな美人、見たことがない。
母さん、こんな美人と組長を取り合ったのか。
組長もなんで母さんを選んだのかよくわからない。
「いきなり失礼しました。山尾サナです。はじめまして」
俺より一足早く我に返ったサナが挨拶をする。
俺も慌てて続く。
「岩城蓮です・・・じゃないのか、廣野蓮、らしいです。はじめまして」
「ふふふ。統矢とユウさん、ご結婚なさったそうね。おめでとうございます」
「あ。ありがとうございます」
この人に祝われるのもどうなんだ。
俺自身は、なんの「わだかまり」もないけど。
その時、
ドダダダダ!!
と物凄い音がした。
と、思ったら凄い勢いでリビングのドアが開き、
それと同時に黒い物体が飛び込んできた。
「うお!」
その物体は、コータさんのミゾオチに衝突し、コータさんが見事にひっくり返る。
「ゴーレンジャー参上!!!!!!」
ソレは、コータさんの上に立ち上がり、決めポーズを作った。
・・・
こ、これは・・・
「龍太!どけ!苦しい!!」
「ダメー!龍君、今、ゴーレンジャーごっこしてるんだから!!」
「パパの上でするな!」
「だって、パパは『悪の総支配人』の役だもん!」
悪の総支配人、って・・・なんてセンスのないネーミング・・・
「あ」
「どうした?」
「龍君、オシッコしたいの忘れてた」
と言うや否や、その「龍君」の股間の辺りが見る見るうちに濡れていく。
「うわー!お前、ふざけんな!俺の上でお漏らしすんじゃねー!!!」
コータさんが「龍君」を抱えてリビングを飛び出していった。
俺とサナはただポカーンとするばかり。
「あらあら、大騒動ね」
「愛さん・・・今のは・・・」
「長男の龍太。4歳よ。もう元気過ぎて困ってるの」
確かに困っているようだ。少なくともパパは。
「そういえば、あれも・・・」
そう言うと、愛さんは何を思ったのか俺とサナをじっと見つめた。
そして、とても華やかな笑顔になった。
「実はね、私あなた達に会いに行ったことがあるの」
「え!?」
「あなた達が龍太くらいの時だったかしら。あ、3歳だったかな。覚えてない?」
俺とサナは顔を見合わせながら記憶をたどるが、一向に思い出せない。
「ユウさんと蓮君が出て行ったって聞いて、居てもたってもいられなくなって、
興信所を使って居場所を調べて会いに行ったの」
「・・・そうだったんですか」
「あ、幸太には内緒ね。でもユウさんはお留守で、お隣の山尾さんのところにお邪魔したの。
その時、蓮君とサナちゃんに会ったのよ」
俺、しょっちゅうサナの家に入り浸ってたからなあ・・・
たまたま俺もいたんだろう。
「じゃあ、私のお母さんは愛さんと会ったことあるんですか?」
「ええ。山尾さんに、ユウさんと蓮君は幸せに暮らしてますよって聞いて、私、安心して帰ったの。
だから山尾さんが話してなければ、ユウさんは私が会いに行ったことも知らないはずよ」
そんなことがあったのか。
「それって組長と別れた後ですか?」
「そうよ。幸太と結婚したときに、ようやく自分のしでかしたことの罪の重さに気づいて・・・。
統矢と私は、ユウさんと蓮君が出て行った日に別れたのよ。
もっとも私はあなた達が出て行ったなんて、その時は知らなかったけど」
あの二人は何もかもタイミングが悪すぎるな。
それにしても、すごいな愛さん。
わざわざ母さんと俺の居場所を調べて謝りに来るなんて。
それはつまり、それほど愛さんも悩んでたってことなのかもしれない。
もしその時、母さんが愛さんと会っていたなら、母さんは、
「こんな遠くまでわざわざすみません」
とか言って、お茶でも出してたんだろう。
母さんはそういう人だ。
なんだか温かい気持ちになって、思わず一人で笑ってしまった。
「そういえば、蓮君、ご兄弟ができるそうね」
「・・・」
おお、一気に気分が落ちた。
「おめでとう。よかったわね」
でも、愛さんに笑顔でこんなこと言ってもらえるなら、悪くないかも・・・
「ちょっと、蓮。見とれすぎよ」
と、サナにつつかれてしまったけど。
安心した。
組長の元愛人とコータさんが結婚していると聞いて、
実はちょっと心配していたのだ。
一体どういう事情があってそういうことになったのか?
組長とコータさんの間に確執はあるのか?昔はあったのか?
コータさんと愛さんは幸せなのか?
でもこの風景を見ていると、心配は無用だったようだ。
コータさんに今度ゆっくり馴れ初めを聞いてみよう。




