表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18years  作者: 田中タロウ
88/109

第5部 第1話

「普通だな」

「普通ですね」

「確かに、普通ね・・・」


俺達は、組長と母さんからだいぶ離れたところで、

二人の18年ぶりの再会を見ていた。


でも、普通だ。


コータさんのように抱き合うでもなく(もちろんキスなどしない)、

イガミ合うでもなく。


まるで毎日会っている茶飲み友達が、

「今日もいいお天気ですね」

「そうですね、縁側でお茶にしますか」

と会話しているようだ。


って、二人ともそんな歳じゃないけど。



「何、話してるのかなあ」

「何、話してるんですかね」

「ほんと、何、話してるのかしら」


二人ともこちらに背を向けているので、表情もわからない。





俺達は仕方なく、病院内のロビーへ戻り、腰を下ろした。


「蓮、統矢さんのことどう思う?」


コータさんが突然訊ねてきた。


「どうって・・・別にどうも」

「恨んでないのか?」

「別に」


これは強がりでもなんでもなく、俺の本心だ。

俺はこの18年間、普通に幸せだったし楽しかった。

父親がいなくて特に辛いという思いもしたことがない。


ただ、コータさんの話では、あの組長のせいで母さんは随分と辛い思いをしたようだ。

それを考えると、あまり気持ちのいい人物でないことも確かだ。


「ねえ、蓮」


サナが口を開く。


「どうした?」

「お昼に、おばさんが倒れたって連絡もらって、私すぐに蓮のお父さんのところに行ったの。

結子さんが癌で倒れたんです、って言ったら、すごくビックリしてたけど、

それでも、自分が行っていいものかどうか悩んでたみたいだった。だから・・・」

「だから?」

「私、お父さんのこと無理矢理車に押し込んだの」


俺はコータさんと顔を見合わせた。

サナ・・・マジで怖いもの知らずだな。


「お、押し込んだ?ヤクザの組長を?」

「うん、それでね」


それでね、って・・・


「行き先を言おうと思ったら、お父さんが運転手に何か耳打ちしたの。

そしたら車は勝手に動き出して・・・私、道案内を一回もしなかったのに、

ここについたの」

「・・・それって・・・」

「うん。お父さんね、ここにおばさんと蓮が住んでたこと知ってたみたい」

「!!!」


これには俺だけではなく、コータさんも驚いたようだ。

知ってた・・・?

そりゃ、調べたらわからないこともないかもしれない。


「でも・・・それじゃ、なんで今までここに来なかったんだよ」

「さあ・・・」


サナも首をかしげる。


「蓮」

「はい」

「統矢さんはな、たぶん待ってたんだよ。ネェちゃんが自分の意志で帰ってくるのを」

「・・・」

「ネェちゃんは、統矢さんの浮気が原因とはいえ、自分の意志で廣野家を出て行った。

だから自分の意志で帰ってくるのを待ってたんだ。18年間ずっとな」

「18年・・・」

「だから、サナちゃんから『癌だ』って聞いても、まだ会いに行くことを悩んだんだ」


コータさんがサナを見る。


「サナちゃんのお陰で、統矢さんはやっとネェちゃんに会えたんだ。

サナちゃんがいなかったら、例えネェちゃんが癌だと知っても、統矢さんは自分からは

会いに行こうとはしなかったかもしれない」


サナがちょっと照れくさそうに肩をすくめる。

でも、俺は納得がいかない。


「待つのは勝手だけどさ。自分の浮気で母さんを追い出すようなことしたくせに、

母さんに自分から戻ってきてもらおうなんて、虫が良すぎるじゃないですか?」


するとコータさんは少し気まずそうに言った。


「統矢さんのあの浮気はさ・・・色々事情があって・・・俺も後で知ったんだけどな」

「事情?」

「まあ・・・簡単に言うと、女の方から迫られて、どうしても断り切れなかったんだよ。

この世界には色々しがらみとかもあるからな」


大人の事情、ってやつか。

まだまだ子供の俺にはわからないネ。


「ネェちゃんとお前が出て行ったあと、すぐにその女とも切れたんだ」

「え?その女と結婚しなかったんですか?」

「ああ。それどころか、この18年間ずっと、統矢さんに女はいなかった」


今度は俺とサナが顔を見合わせた。

女なし!?

18年間も!?


「数ヶ月も結婚生活がもたなかった奴が18年間も女なし?」

「そうだ。ずっと統矢さんと一緒にいた俺が言うんだから間違いない」

「・・・」

「ネェちゃんと蓮がいつ戻ってきても今度こそ二人の居場所があるように、ってな」


18年・・・

母さんが1歳になる前の俺を連れて廣野家を出てから今までずっと・・・


俺はこの18年間、金はなかったけど結構幸せだった。

母さんもそうだったと思う。


でも、組長は・・・?


あの広い屋敷を思い出す。

あんなに広い屋敷であの組長はたった一人、母さんと俺を待ち続けていた。

それは、俺や母さんが感じていた18年よりきっと遥かに長いものだっただろう。


そんなに母さんのことが好きだったのか。

だったらなんで浮気なんかしたんだ。

いや、例の「大人の事情」ってやつか。

それにしても・・・


「そんなに母さんが大切だったなら、なんで外で浮気してるにしても、

せめて家で母さんのこと大切にしなかったんだよ・・・」


俺は独り言のように呟いた。

答えなんて誰にもわからないから。

あの組長以外は。


でも、意外なことにコータさんが答えてくれた。


「俺もそれがずっとひっかかってた。だからさ、あれはいつだったかな・・・

そうそう、俺の司法試験合格祝いだったから、俺が19歳の頃か。

統矢さんと二人で飲んだことがあって、その時に思い切って聞いてみたんだ。

そしたら統矢さん、なんて言ったと思う?」

「え?さあ・・・」

「申し訳なくって、ネェちゃんの顔が見れなかったんだとさ。

他の女に触ってる手で、ネェちゃんとお前に触れなかったって」

「はあ!?」

「ははは、意外と純情だよな、統矢さん」


なんだそれ!?そんなくだらないことで、母さんを苦しめてたのか!?


「・・・信じらんねー・・・もうちょっと上手くやれよな」

「お。息子のお前でもやっぱりそう思うか?ほんと、不器用な人だよな」

「そうかな・・・」

「え?」


サナが口を挟んで、俺の方を見る。

俺も隣に座るサナを見る。


・・・もし俺が、誰かと浮気したとして。

しかもそれが1回限りじゃなくて、続くような関係だったなら、

俺はサナの前で平然としてられるだろうか?


俺はサナを好きで、サナも俺を好きで、

でも俺は外で浮気してて、サナもそれを知っていて・・・


そんな状況で、俺はサナと一緒のときはサナを大切にしよう、と割り切れるだろうか?

サナに触れられるだろうか?


正直、ちょっと自信ない。


俺もコータさんも口を噤んで考え込んだ。



「そういえば、18年前よくその愛人と切れましたよね。本当にちゃんと終わったのかな」


別に今となってはどうでもいいことだが、

何か話さないと気まずくて俺は何となく口に出してみた。


俺はコータさんが「ああ」とだけ返事するだろうと思ってたけど、

どうもこの愛人の話になると、コータさんのキレが悪い。


「・・・大丈夫、ちゃんと切れてる・・・うん。大丈夫だ」

「コータさん?」

「なんだ?」

「いや、なんかコータさんらしくないから。その女、何かまだ組長に絡んでるんですか?」

「絡んでないさ。ただ・・・」

「ただ?」

「・・・その女、今は俺の奥さんだ」

「「ええー!?」」


俺とサナは静かな病院のロビーに響き渡る大声で叫んだ。


「ヤクザの子分って、そんなことまで引き受けないといけないんですか?」


コータさんはギロッと俺を睨んだ。


「そんな訳ないだろ!少なくとも統矢さんはそんなこと命令しねーよ!」

「だったらなんで、組長の元愛人と結婚したんですか?」


そんなの好きになったからに決まってるけど、

思わず勢いで野暮なことを聞いてしまった。


「それは・・・まあ、アイツに会ってみればわかる」

「へ?」


コータさんは不敵な笑みを浮かべた。


会えば分かる?

コータさんの奥さんに?


俺とサナは好奇心で目を光らせた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ