第4部 第13話
「つかれたー!」
ドカッと荷物をおろす。
荷物と言っても小ぶりのボストンバック一つ。
2年半も廣野家で生活してきたのに、私が必要な荷物ってコレだけなのか・・・。
でも。
畳の上を嬉しそうに転がる、蓮を見つめた。
廣野家でできた、私の最高の「荷物」。
これさえあれば、何もいらない。
「すぐにお家に入れてよかったねー、蓮。後で、会社に挨拶に行って、家電ももらってこよーね」
「ばあぶう」
「うん、蓮の保育園も見に行こうね」
「ぶうぶう」
「お友達がたくさんできるといいねー」
「ぶうーーーー」
「?あ、お腹すいた?」
腕時計をみる。
もう1時だ。
朝一の新幹線で東京を発ったけど、役場で転入や入居、それに蓮の保育園の入園の手続きをしていたら、
もうこんな時間だ。
「そういえばママもお腹ペコペコ。スーパーってどこだったかなあ」
ピンポーン・・・
え?お客さん?
おずおずと、玄関の扉を開ける。
そこには私と同じくらいの歳の女の人が立っていた。
背は私より少し大きいかな。
短めの髪をポニーテールにしていて、服装はダッフルコートにチノパン。
ちょっと釣り目気味の大きな瞳は、活発そうな性格を表している。
「あの・・・どちら様ですか?」
「引越ししてきたのに、挨拶にも来てくれないから、こっちから来ちゃいました。
お隣の山尾です」
「す、すみません!本当に今、ついたばっかりで・・・その・・・」
「ふふふ」
山尾と名乗った女性は愉快そうに笑った。
「冗談よ、冗談!そんな困った顔しないで」
「はあ・・・」
「この部屋ね、ずっと空き家で誰か引越してこないかなーって思ってたの。
今買い物から帰ってきたら、あなたが赤ちゃん連れて入っていくのが見えたから、
慌てて思わずピンポンしちゃった。ある意味これもピンポンダッシュ?いや、ダッシュピンポン?」
「へ・・・あはははは」
さっぱりした面白い人だなぁ。
こんな人がお隣さんなら安心だ。
「改めまして。私、隣の103号室の山尾佳奈です。こっちは娘のサナ」
そう言って、後ろのベビーカーの中を指差す。
そこにはかわいい女の子が。
「うわ、かわいい!何ヶ月ですか?」
「10月生まれでね。今、1歳」
「じゃあ、うちの子と同級生ですね!あ、私は岩城ユウ・・・じゃなかった、結子です。
あと、こっちが・・・」
そう言って、足にまとわりついていた蓮を抱き上げる。
「息子の蓮、11ヶ月です」
「お!男前じゃーん、蓮君!ウリウリ」
山尾さんは蓮の鼻を軽くつまんだり押したりした。
蓮はそれでもうすっかり彼女の虜。
さすがママだけあって、子供の扱いはお手の物だ。
「結子って呼んでいい?私も佳奈でいいよ。歳は24」
「はい。私は二十歳ですけど、3月で21です」
「じゃあ3つ違いか。この辺に歳の近い友達がいなくてさー。結子が引越してきてくれて嬉しいよ。
これからよろしくね」
「はい!こちらこそよろしくお願いします!」
「あはは、敬語もやめて。照れくさい。子供達もなんか、仲良くなれそうだし」
確かに。
蓮はいつの間にか壁伝いにサナちゃんのベビーカーへ寄っていき、
今にもチュウしそうな勢いで覗き込んでる。
「こ、こら、蓮、やめなさい!」
「いいよ、いいよ。サナも嬉しいよねー?」
「ばぶ」
「ほら」
「あはははは、ほんとだ。よかったね、蓮」
佳奈はちょっと首を傾げて聞いた。
「ねえ、違ったらごめんね。結子ってシングルマザー?」
「うん」
「やっぱりね。私と同じ匂いがした」
「匂いって。ははは」
「でも、結子明るいよねー、よく笑うし。私、ここに来たばっかりの頃は離婚のダメージで
かなり塞ぎこんでたもん。サナによくないなーと思いながら。だから結子は偉いね。
蓮君も、こんな明るいママでよかったね」
「ぶう」
「お、なんだその不満そうな声は。いやいや、泣き虫ですよ、とでも言いたげだな、蓮君」
そういう佳奈も今はすっかり元気一杯!明るいシングルマザーだ。
「ねえ。今から何か予定ある?」
「ううん。しばらくは大丈夫」
「じゃあさ、引越し祝いも兼ねて家でお昼食べない?って言っても焼きソバだけど。しかも肉なし」
「じゅうぶん、じゅうぶん。じゃあ遠慮なくお邪魔します」
「おう、いらっしゃい。2週間掃除してないと、どうなるかじっくり観察もしてくれ」
おいおい。
確かに佳奈の家はおもちゃや服でひっくり返ってたけど、
いわゆるゴミ屋敷ではなく、ホコリとかゴミとかは一切なかった。
2週間掃除してないといっても、やっぱり小さい子のいるママだ。
清潔さは心がけている、見習わなくては。
「うわ、おいしー!」
「え?この焼きソバ?これ、一袋10円だよ?」
「10円!?なにそれ、何時代?」
「ふふふ、これから結子に安い店も色々教えてあげるよ」
「おお、頼もしい」
子供達も顔も服もソースだらけで焼きソバをほおばる。
「サナ、ウィンナーばっかり食べるんじゃない」
「蓮、ソバばっかり食べないの」
「「野菜を食べなさい、野菜を!」」
「「ぶぶーー」」
大人二人、子供二人がハモる。
どこも似たり寄ったりだ。
「結子ってどうして離婚したの?」
「離婚ってゆーか、そもそも結婚してない。結婚する前に子供ができたんだけど、
籍入れる前に彼が浮気して」
「あー、うちもうちも。結婚はしたけど、子供が生まれる前に旦那が浮気してさ。
ムカついて離婚したら、離婚したとたん旦那のやつ、浮気相手からも振られたらしい」
「踏んだり蹴ったりだねー」
「ざまあみろ、って感じ」
二人して、あはははと笑う。
私、今日はよく笑うなあ。
数時間前まで廣野家でグスグスしてたのが嘘みたい。
廣野家にいる時は、「私って不幸だ」とか「なんでこんな辛い思いしなきゃならないんだ」とか
「でもヤクザの世界はこんなもんだ」とか、一人で落ち込んでた。
確かに、ヤクザという世界で多少特殊なことはあったものの、同じような悩みを抱えている人は
たくさんいる。
そして、この佳奈のようにそれを乗り越えて、明るく暮らしている人もいる。
別に私は、特別不幸な訳じゃない。
悲劇のヒロインでもない。
勝手に殻に閉じこもってる場合じゃない。
殻の外には広い世界が広がっている。
心持一つで楽しい人生が待っている。
廣野家で、ため息と涙は出し尽くした。
私にはもう笑顔しか残されていない。
おもちゃで仲良く遊んでるのか、取りあいをしているのかよく分からない蓮とサナちゃんを見る。
この子達には無限の未来が広がっている。
そして私と佳奈にも、同じように無限の未来が広がっている。
それを無駄にしちゃいけない。
「って、うわ。蓮!そのおもちゃ、ソースでベタベタじゃない!」
「いいよー、って、あれ?サナ、そのおもちゃについてた金具は?」
「・・・うわー!蓮がちぎって口に入れてる!!!」
「蓮君!飲み込んじゃダメ!吐きなさい!!引越して早速病院行きになるよ!」
「ぐほっ」
「蓮ー!」
「うきゃきゃきゃ」
「サナ!笑ってる場合じゃない!!」
・・・少なくともここにいるかぎり、殻に入っている場合じゃなさそうだ。
私は、蓮の口からおもちゃを救出しながら苦笑した。
暗い暗い第4部に付きあって下さり、ありがとうございました。
次は最終章ですが、その前に内容的に番外編の「SECOND LOVE」を
書き切りたいと思います。
ちょっと視点も変わりますので、ご興味のある方は、よろしければそちらも覗いてみてください。
また、「18years」をお休みする代わりに、「私の旦那様」という新しい中篇をスタートします。
こちらも、よろしくお願いいたします。




