第4部 第12話
翌朝、起きて写真をコウちゃんに渡すと、
私は蓮と部屋を出た。
見送られると悲しくなりそうなので、コウちゃんとは部屋で別れた。
最後にコウちゃんは私と蓮を力いっぱい抱きしめ、「元気で」とだけ言った。
泣いちゃダメだ。
せめて、コウちゃんの前では。
昨日統矢さんと別れた時の何倍も悲しかった。
いや、思えば統矢さんとの別れはそんなに悲しいものではなかった。
それよりも、大輔やコウちゃんと会えなくなることの方がずっとずっと辛かった。
統矢さんとの別れは、私にとって新しい生活への旅立ちでもあった。
でも、大輔やコウちゃんとの別れは、別れでしかない。
悲しい以外の何物でもない。
クリスマスの朝だ。
毎年のようにお屋敷の中はほとんど人がいない。
正門もきちんと施錠してあるので、今日ばかりは見張りもいない。
静かな廊下をゆっくり歩く。
この廊下、こんなに長かったっけ?
このお屋敷、こんなに広かったっけ?
今になって初めて統矢さんの気持ちを考えた。
私と蓮を出て行くことを統矢さんはどう思ってるんだろう?
なんとも思ってないかな?
戸籍上は他人だけど、一応統矢さんと私と蓮は家族だった。
家族とは言えるような状態ではなかったけど、一応家族だった。
でも今、私と蓮は出て行く。
統矢さんには家族がいなくなる。
この広いお屋敷で一人になる。
コウちゃんとか組員の人はたくさんいるけど、寂しくないかな?
ここは統矢さんにとって、心休まる場所であり続けられるかな?
いや、きっとこれからは愛さんがここを統矢さんの心休まる場所にしてくれるだろう。
そう思うと少し気が楽になった。
私はこれから蓮と幸せになる。
統矢さんも愛さんと幸せになる。
みんな幸せになれるんだ。
台所に入るとお藤さんがいた。
まだ女中が起きる時間でもないのに・・・
「出て行くのかい?」
「はい・・・すみません」
「謝ることないよ。ユウは何も悪くない」
「でも、2年前、せっかくお藤さんが忠告してくれたのに・・・結局私は頑張れませんでした」
お藤さんはそっと微笑むと、私にビックリするくらい分厚い封筒を手渡した。
「統矢さんが渡しとけって」
中身は見なくてもわかる。
「いりません」
「ユウ、気持ちは分かるけどね。現実問題これから金が必要だろ。もらっときな」
「手切れ金みたいで嫌なんです・・・いや、紛れもなく手切れ金ですよね。
でも、私は自分の意志で出て行くんです。手切れ金なら私が渡したいくらい」
「・・・」
「あ。そうだ、危ない危ない。それで思い出した」
私はお藤さんに一枚のカードを差し出した。
去年統矢さんがくれたブラックカードだ。
結局一回も使わなかった。
こんな状態で、私が勝手に組のお金を使っていいとは思えなかったから。
台所のテーブルに置いていこうと思っていたのだ。
今まで必要だった物や今回の引越しにかかった費用は、私が女中のときにもらった、
お給料から全て出していた。
「これ。そのお金と一緒に統矢さんに返しといてください」
お藤さんは小さくため息をついた。
「わかったよ。じゃあ、代わりにこれを持っていきな」
そういうと、別の封筒を差し出した。
さっきの封筒の10分の1もなさそうな、ペラペラした封筒だ。
「本当に少しだけど、私からの餞別だ。これなら受け取ってくれるだろ?」
「・・・お藤さん・・・ありがとうございます・・・頂きます」
嬉しかった。
統矢さんからのお金よりも遥かに嬉しかった。
「大切に使います」
「ああ・・・身体に気をつけるんだよ」
「はい。お世話になりました。女中のみんなにもよろしく言っといてください」
私はお藤さんに何度もお辞儀をし、
廣野家を出た。
勝手口から。
勝手口の扉を閉めた瞬間、
なんとも言えない開放感と虚無感に襲われた。
空中にポカンと一人で浮いている感じ。
だけど・・・
「ばぶばぶ」
「あ。一人じゃなかったね。二人だ」
我に返り、私は蓮に言った。
「さあ、行こう」
空からは小さな雪が降り始めていた。




