第4部 第11話
ディズニーランドを後にした私と蓮は、
まず「赤ちゃん広場」に行き、佐伯さんにお礼とお別れを言った。
「でも、よかったわ。これからが大変だとは思うけど、頑張ってね!」
と励ましてくれた。
それから、和彦のところへ行った。
クリスマスイブなのだから、絶対仕事か女だと思ったけど、
電話で「廣野家を出て東京を離れるから最後に会いたい」と告げると、
全部キャンセルしてくれたようだ。
私に会うため、というより、蓮に会うためだろう。
和彦は「後悔はないの?」と念を押したが、廣野家を出て行くことは概ね賛成してくれた。
やっぱり私がヤクザのお屋敷に住んでいるのは心配なようだ。
しきりに、引越し先を聞かれたが、誰にも教えたくなかったので言わなかった。
「前みたいに全く連絡しないとかはないから。何かあったら電話するし」
「うん・・・わかった。でも無理しないでよ。困ったことがあったらすぐに連絡ちょうだい」
「ありがとう。・・・今更なんだけどさ、お父さんとお母さんにもよろしくね」
親には、私の現状はもちろん、蓮が産まれたことも言っていない。
言ったところで私はもう実家に帰る気はない。
なんだかんだ言っても、蓮には廣野家の血が流れている。
今後なにかトラブルがないとも言い切れない。
だから、もう完全に実家とは縁を切るつもりだった。
和彦とももう会わない方がいいだろう。
ああは言ったけど、連絡も取るつもりはない。
ごめんね、和彦・・・。
名残惜しそうにする和彦と別れ、廣野家へ戻ったときには、
もう統矢さんはパーティに出発した後だった。
それを狙ってゆっくり帰ってきたので、ホッとした。
今夜がここで過ごす最後の夜だ。
でもだからと言って別に変わったことをするでもない。
今更組員にお別れを言う必要もないだろう。
明日の朝早く、こっそり出て行こう。
でも、コウちゃんは・・・
その時、ナイスタイミングで廊下から声がした。
「ネェちゃん、いる?入るよ」
返事をするより早くコウちゃんが入ってきた。
「うわ。何、その写真?ディズニー行ったの?」
「うん、いいでしょー。あ、お土産買うの忘れた」
「ひどいなー。ってなんで誘ってくれないんだよ?」
「だって、今日テストでしょ?お疲れ様」
「うん、やっと全部終わった。まあ、年明けたらすぐにセンター試験だから、今更定期テストも意味ないけど」
コウちゃんが何かゴソゴソと取り出した。
「はい、ネェちゃんと蓮にクリスマスプレゼント」
「え!?」
見ると、おそろいのニット帽だった。
私がピンクで蓮が青。
フワフワしていてとってもかわいい。
「・・・」
「ネェちゃん?」
「・・・」
「・・・なんで泣くの?最近、涙もろいよね、ネェちゃん。トシなんじゃない?」
「うるさいなー」
グシャグシャと顔をこする。
「あのね、コウちゃん」
「うん?」
「明日、私、蓮とここ出て行くよ」
「・・・え?」
コウちゃんが固まる。
「・・・なんで?いや、なんでって原因は統矢さんだけどさ。なんで出て行く必要があるんだよ?」
「・・・」
「なんでネェちゃんが出て行くんだよ?堂々とここにいればいいんだよ、ネェちゃんも蓮も」
「うん・・・でも、もう決めたの」
「・・・嫌だよ」
「うん・・・ごめんね」
コウちゃんが、蓮を抱きしめながらじっと床を見つめる。
「コウちゃんが卒業するまでお弁当作りたかったのにな。それが唯一心残り」
「唯一って・・・。他になんかないのかよ」
「うーん、ない、なあ」
「統矢さんには話したの?」
「うん」
「・・・そっか」
コウちゃんがフッと微笑む。
「ネェちゃん、今日、ここに泊まってもいい?」
「え?いいけど」
「もう蓮とも遊べなくなるからさ。最後に思いっきり遊んどく」
「・・・ありがとう」
ダメだ。また泣けてくる。
その言葉通り、コウちゃんはいつまでも蓮と遊んでくれた。
蓮も大はしゃぎで随分と夜更かししたけど、さすがに10時になる頃には眠ってしまった。
「・・・かわいいなー。起きてる時もかわいいけど、寝てる時は本当に天使だね」
「うん」
コウちゃんが蓮と一緒に布団に転がりながら、蓮の前髪をそっとずらす。
「こんなにかわいい寝顔、統矢さんは見たことないんだな。人生の半分は損してるぞ」
「あはは、そうだね」
「・・・こないだ、統矢さんが女の人と一緒にいるとこ見た」
「・・・そう。背の高いモデルみたいに綺麗な人だったでしょ?」
「ネェちゃん、知ってるの?」
「うん。一度会ったことがあるんだ。間宮 愛さんって言って、間宮財閥のお嬢様だって」
「ふーん・・・統矢さん、なんだってあんな女と」
「あんな、ってことはないでしょ。あれほどの美女に言い寄られてなびかない方がおかしいよ」
コウちゃんは蓮から目を離さず言った。
その目は怒りでキラキラと揺れる。
「そんなの関係ないだろ。統矢さんにはネェちゃんと蓮がいるのに」
「コウちゃん。もういいんだって」
「でも・・・」
「コウちゃん、受験頑張ってね。偉くなって統矢さんと組を助けてあげてね。
もう大輔はいないから・・・統矢さんにはコウちゃんしかいないから」
「・・・うん・・・」
電気を消して、家族みたいに川の字になって布団に入る。
さすがに一つの布団に3人はきついので、コウちゃん用にもう一つ布団を出した。
「帽子、ありがとう。大切にするね。明日行くとこは東京より寒いから重宝するよ」
「どこで暮らすの?」
「それは・・・ごめん、聞かないで」
「・・・もう会えないの?」
「・・・うん、もう会わない」
暗闇の中でコウちゃんの息遣いが聞こえる。
・・・泣いてるのかな・・・
「あ、私、クリスマスプレゼントもらうだけもらっといて、コウちゃんに何も用意してないや。
ごめんね、気がきかなくて」
「いいよ、そんなの」
「でも・・・」
「じゃあ、今日撮った写真、一枚ちょうだい。ネェちゃんと蓮が写ってるやつ」
「そんなのでいいの?」
「うん。それがいい」
「わかった。朝渡すね」
「ありがと」
「・・・おやすみなさい」
「・・・おやすみ」
廣野家での最後の夜は、久々にぐっすりと眠れる夜になった。




