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18years  作者: 田中タロウ
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第4部 第10話

今すぐにでも出て行けばいい。

誰も止めないだろう。

あ、でも、コウちゃんは悲しむかな?


部屋にこもり(いつものことだけど)、こっそりと荷造りを始めた。

といっても、持っていくものは私の服くらい。

蓮の服は来年はもう着れないだろうから置いていこう。

後は、出産祝いに貰ったカメラとプリンター。


それと、蓮のアルバム。

統矢さんのとは比べ物にならないほどちゃっちいけど、

私の宝物だ。


もう何度も何度も見返したそれを、また改めて開く。


エイリアンみたいだった生まれた日。

オデコに「大」って書いたお宮参り。

コウちゃんが新聞紙で兜を作ってくれた初節句。

無理矢理、唇に鯛を乗せたお食い初め。

すっぽんぽんで公園の噴水ではしゃいだ夏の日。

大きな子におもちゃを取られて泣いた「赤ちゃん広場」。


笑顔の蓮が溢れている。

このアルバムも後数枚の写真でいっぱいだ。


そこにどうしても入れたい写真がある。

だから私はまだ廣野家を出られずにいる。



去年のクリスマスイブ。

パーティの帰りに統矢さんと「来年のクリスマスイブに3人でディズニーランドに行こう」と約束した。


もちろん、もうそんなことは統矢さんに望めない。

だけどあの時、私は統矢さんと約束すると同時に、お腹の中にいた蓮にも約束したことになる。


だから、せめて二人ででもクリスマスイブにディズニーランドに行きたかった。

平日だし期末テスト中のコウちゃんについてきてもらうのは無理だろう。


最後に二人でディズニーランドに行こうね、蓮。




クリスマスイブは、12月とは思えないほど暖かく、

蓮をつれてのお出掛けには最適だった。

オムツとミルク、それにカメラを持って意気揚々と出掛けた。


私も初めてのディズニーランドだ。

赤ちゃん連れでは入れるアトラクションはかなり限られるけど、

あの雰囲気を楽しめれればいい。



ドキドキしながらゲートをくぐる。

蓮もベビーカーから身を乗り出し、その夢の世界をキョロキョロと見回した。


うわー!

真正面にお城がある!!

あれが、シンデレラ城!?


「蓮!見て!!すごいね!お城だよ、お城!!」

「うきゃきゃ!」


蓮と二人で大はしゃぎする。

そうそう、写真も撮らなきゃ!


もう、何もかもが本当に夢の世界!

掃除をしている従業員の人でさえ、ディズニーランドの一部だ。

別にアトラクションに入らなくても、じゅうぶんに楽しめる。


「蓮ー、今日はアトラクションはなしだね。でもいつか彼女と一緒に来てアトラクションにも入ってね。

え?ママも一緒に来ていいの?嬉しいなー。蓮は優しいねー」


と、一人怪しげにブツブツ話す。

でも、やっぱりパレードは見たいぞ!

時計を気にしながら、あちこち歩き回る。


せめて蓮が普通の食べ物を食べれればよかったな。

ポップコーンとかスペアリブとか・・・一緒に食べたかった。


ベンチに座ってポップコーンをつまむ若い夫婦が目に入った。

二人の前には、ベビーカーが置かれてあり、二人はポップコーンを食べながらも、

しきりにベビーカーの中に話しかける。


・・・いいなあ。

私もああやって3人で来たかった。

統矢さんて、意外とジェットコースターとかダメそうだな。

だったら蓮を見といてもらって私一人で乗れるな。

あ、でもどうせ誰か護衛の人がいるんだから、その人に蓮を預けてちょっとくらい二人で・・・


って、何を不毛なことを考えてるんだ、私は。

思わず苦笑してしまう。


そんな日は二度と来ないのに。



パレードも終わり、大満足の一日だった。


「寒くなる前に、帰ろうかぁ」


そう言って、ゆっくりとゲートに向かう。

あーあ、この夢の世界とももうお別れ。

今度はいつ来れるんだろう。

本当に蓮と彼女に連れてきてもらうまで来ることはないかもしれないな。


「蓮、何かお土産買って行く?でもあげる人もいないし・・・あ、コウちゃんに何か買おうか?」

「あうー」

「何がいいかな?お菓子?それとも、勉強で使えるようにシャーペンとか?

でもミッキーのシャーペン使ってる男子高校生ってのもなー」

「ぶう」

「そうだね、せめて消しゴムかな?消しゴム一個じゃ寂しいかな」

「ユウ」

「え?」


一瞬、蓮がしゃべったのかと思ってめちゃくちゃ驚いた。

そんな訳ないじゃないか。

私はベビーカーから視線を上げた。


「・・・統矢さん・・・なんで・・・」

「・・・」


そこには、黒のロングコートのポケットに手を入れた統矢さんが立っていた。

すごくドキドキして、心臓が口から飛び出てくるかと思った。


でも、もしかして愛さんと来てるのかな、と思わず辺りを見回す。

だけど愛さんはおろか、お付きの人も護衛の人もいなかった。

統矢さん一人だ。


「統矢さん、一人でこんなところで何やってるんですか?」


聞きながらも嬉しくなった。


ディズニーランドに行くなんて、誰にも言ってない。

統矢さんは去年の約束を覚えててくれたんだ。

私と蓮がここにいるのを知っていて、来てくれたんだ・・・


嬉しい・・・

ものすごく嬉しい・・・


今まで統矢さんにはたくさんの「嬉しい」をもらったけど、一番の「嬉しい」だ。


でも・・・それと同じくらい悲しかった。


もう遅い。

私の気持ちは変わらない。


私は統矢さんと並んで、再びゲートへと歩き出した。


「ありがとうございます。約束、覚えててくれたんですね」

「ああ」

「でも、もう準備しないと、パーティに間に合いませんよ」

「・・・」


もちろん今年は私は参加しない。

参加するようにも言われていないし、去年みたいにドレスも準備してもらってない。


そう言えば、去年のクリスマスパーティで私は初めて愛さんと会ったんだった。

ほんと、綺麗な人だったな。

あんな綺麗な人に言い寄られてたのに、私を選んで。でも結局愛さんの方に行って。

そんなんだったら、最初っから私なんて選ばないでよ。


でも、例え少しの間でも、統矢さんが私を選んでくれたから、今こうして蓮がいる。

だから統矢さんには感謝したい。


チラっと統矢さんの横顔を盗み見る。


相変わらず飄々として、何を考えているのかわからない人だ。

ちっとも変わってない。

だけど、私が好きだったあの優しい眼差しは、もう私に向けられることはない。

あの眼差しは、今は愛さんに向けられてるのだろう。


ちょっと悔しくて胸が苦しいけど、私には蓮がいる。

この笑顔は何物にも変えがたい。


「統矢さん」

「なんだ?」

「私、明日の朝、蓮と一緒に廣野家を出ます」

「・・・」


いいですか?とは聞かない。

何を言われても、もう私の気持ちは変わらないんだ。


統矢さんは何も言わず、ポケットに手を突っ込んだまま前を見ていた。



ゲートをくぐり、夢の世界から現実の世界へ戻った。


「今夜も帰らないんですよね?」

「・・・ああ」


クリスマスイブだもんな、愛さんと一緒に決まってる。


「車を待たせてある。一緒に帰るか?」

「チャイルドシートないし・・いいです。電車で帰ります」


もうこれ以上統矢さんと一緒にいるのが辛かったから、適当な言い訳で逃げた。


でも、思えば廣野組にはあんなにたくさん車があるのに、チャイルドシートは一つもない。

元々蓮を連れて出かけよう、なんて思っていない証拠じゃないか。

今更そんなことに気がついて笑ってしまう。


「明日は早くに出ますから、ここでお別れですね」

「・・・」

「統矢さん、お世話になりました。お元気で」


できるだけ普通に、

嫌味にならないように、

精一杯微笑んだ。


そして私は統矢さんに背を向け、歩き出した。





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