第4部 第8話
大輔が出て行って、3週間。
私の中で、大輔がいないということは、予想以上に痛かった。
コウちゃん以外のみんなが敵のように思えた。
もう、ここにはいられない。
出て行こう。
そう決心した。
出て行くと決めると、もう一日足りたりともここにいたくなかった。
どこでもいい。
蓮と生活していけるなら、廣野組と関係のないところならどこでもいい。
最初に頭に浮かんだのは兄の和彦のところだった。
和彦とは、毎月1回会っている。
最近はシスコン振りが沈静化してきた代わりに、
蓮への愛情が物凄い。コウちゃん以上だ。
蓮の身の回りのものは、ほとんど和彦からのプレゼントだ。
でも、和彦のことは廣野組の人はみんな知っている。
統矢さんは居場所も知っている。
私が出て行ったところで探しはしないだろうけど、
「跡取りにする」とか言って、蓮を連れ戻されるのは困る。
私なしで、蓮がここで育つのはなんとしても避けたかった。
誰も知らないところに行こう。
でも、そんなところ、どうやって探せばいいんだろう・・・。
これから子供と二人で暮らしたいんですけど、どうすればいいですか?
そんなこと誰に相談できると言うのだろう。
・・・いや、こういう話ができそうな人がいる。
公民館の「赤ちゃん広場」にいる、保母さんの顔が浮かんだ。
彼女は、最初のうちは私のことを「赤ちゃんと外でいっぱい遊んでいる活動的なママ」だと
思っていたようだが、さすがにこうもしょっちゅう「赤ちゃん広場」に行っていると、
「お家で何かあったの?」と心配してくれるようになった。
あの保母さんなら、私の話を聞いてくれるかもしれない・・・
確か、佐伯さん、って言ったな。
私はすぐに準備して、蓮と「赤ちゃん広場」に向かった。
佐伯さんは今日も「赤ちゃん広場」にいた。
その笑顔を見ていると、本当に子供が好きなんだな、と思う。
40歳くらいだろうか、自分の子供はもう高校生だと聞いたことがある。
ちょっと白髪の混じったショートヘアにピンクのエプロン。
いつも子供達に囲まれて幸せそうだ。
「あら、廣野さん」
「こんにちは」
「蓮ちゃんー、いらっしゃい!さあ、いっぱい遊ぼうね!」
そう言って、蓮を抱っこしてくれる。
蓮も「キャッキャ」と大はしゃぎだ。
「・・・廣野さん、何かあったの?」
「え?」
「勘違いだったらごめんなさい。でも、なんだか思いつめた顔してるから」
そんな顔してたのか。
ママがこんなんじゃ、蓮はさぞかしつまらないだろう。
「すみません・・・あの、ちょっとご相談したいことがあるんですけど・・・お仕事終わったら、
少しお時間いただけませんか?」
「あら。私でいいの?他にも保母さんがいるから、今でもいいわよ?」
「じゃあ、お願いします」
蓮を他の保母さんに預け、佐伯さんは私を別室に案内してくれた。
「私、蓮と一緒に家を出ようと思うんです」
「まあ・・・離婚するの?」
「はい、ってあれ?そういえば、結婚してなかった」
「へ?」
「あ、いや・・・籍を入れるの忘れてたなーって・・・」
「え?忘れてた?」
佐伯さんは目を丸くした。
でも、すぐに笑い出した。
「ふふふ、面白い人ね、廣野さんて」
「あの、それでこれからどうしようかと。どこか遠くに・・・主人が探せないところに行きたいんです」
「・・・そう・・・廣野さんておいくつ?」
「二十歳です」
「まだ二十歳なのね・・・」
「佐伯さんなら、私みたいな母親をたくさん見てきてらっしゃるかなーっと思って。何かアドバイスとか聞かせてもらえると嬉しいんですけど」
「そう・・・」
佐伯さんは何やら考えこんでしまった。
「廣野さんて、お仕事されたことある?」
「いえ・・・お手伝いさんの仕事ならしたことあるんですけど」
「事務とかできる?」
「・・・わかりません。でもなんでもやるつもりです」
佐伯さんはじっと私の目を見た。
「実はね、私の父が会社をやってるの」
「・・・」
「会社って言ってもね、事務用品を扱う小さな会社で、従業員も10人くらいかな。
でも、一人女の子が結婚退職しちゃって、父が代わりになる人を探しているの。
廣野さん、やってみる気ない?」
「え・・・?」
「田舎なんだけどね。安い市営団地があって、昔から片親の家族とか結構そこに住んでるのよ。
保育園とかスーパーとか公園が近くにあって、とっても住みやすいから。環境もいいの」
私は思わぬ話に呆然とした。
「もし、廣野さんに興味があれば、だけど・・・一度見に行ってみたらどうかしら?」
「いいんですか!?」
「興味ある?」
「興味も何も・・・ものすごくありがたいお話です」
そう、と佐伯さんはニコニコ笑った。
「こういうのも縁だから・・・父に連絡しておくわ」
佐伯さんは会社の住所と電話番号なんかを紙に書いてくれた。
なんか・・・話が上手すぎないか、とも思った。
でも、佐伯さんは人を騙すような人じゃない。
それは子供達が証明してくれている。
よし、早速行ってみよう!




