第2部 第25話
怪我自体は入院するほどじゃなかったけど、
精神的なケアもあわせて、ということで私は5日間入院した。
その間の病院の徹底振りはすごかった。
病室ではもちろん、廊下でもどこでも男性と出会わなかった。
組の人や入院患者はもちろん、病院関係者も含め、私に接するのは全員女性。
そこまで気を使ってもらわなくても、と思ったけど、
ふとしたことで辛かった時の記憶が蘇り、痙攣を起こしたり息ができなくなる
「フラッシュバック」という現象が起こる可能性もあるということで、
ここまで徹底しているらしい。
お見舞いも女中の人だけ。
みんな、私が退屈しないように、そして思い出さないように、色んな話をしてくれた。
中でも興味深かったのは、お藤さんの話だった。
お藤さんは「組長のことは生まれた時から知っている」と言ってたけど、
組長は60歳、お藤さんは65歳、大して年齢差はない。
一体いつから廣野組で働いているのかと聞いたら、
「私の母親がそもそも廣野組の女中だったんだ。組員と恋仲になって私を身ごもったが、
そうと分かったとたん男が逃げてね。結局母親は私を1人で産んで廣野家の中で育てながら
女中を続けたんだ。だから私は産まれた時から廣野家の女中さ」
と、教えてくれた。
すごい、ドラマみたいですね、と関心してると、
そんなことに関心せずに、さっさと廣野組に戻ってきて掃除でもしろ、と優しく怒られた。
退院の日、私はあれ以来初めて男の人に会った。
と言っても(と言うのは失礼だけど)、それは安藤先生。
「組長が、お屋敷に戻りたくないなら、このまま入院しておくか、どこかにマンションでも用意するって言ってくれてるけど、どうする?」
「いや、そんな。大丈夫です。帰ります」
「わかった。あとね・・・今、ユウさんの血液を検査にまわしてる。一応病気をもらってないか、
調べといた方がいいからね。結果が出るまで2週間位かかるから、それまで性交は避けてね。
もちろん、君の気持ちが一番大切だけど。組長も気は使ってくれるだろうけど、くれぐれも無理はしないようにね」
さすがは「かかりつけ医」。組長と私の関係まで知っているとは。
あ、そうか、安藤先生からピルをもらってるんだった。
「はい。わかりました。ありがとうございました」
こうして私は宏美さんが運転する車に乗り、
久々に廣野家の門をくぐったのだった。
そういえば、私が作ったあの青いブーケ、どうなっちゃったんだろう、
もったいないなあ、なんて呑気なことを考えながら。
でも、そんな「呑気」は長くは続かなかった。
廣野家の駐車場に車を止めると、
宏美さんは私の手を引き、台所の勝手口へ回った。
そして足早に廊下を駆け抜け、女中たちの住居である離れへ入った。
「仕事のこととか気にしなくていいからね。好きなだけ休み。離れはしばらく男子禁制にしてあるから」
「・・・はい」
「ユウ・・・大丈夫?」
「・・・はい」
そう答えるので精一杯だった。
なぜなら私は、勝手口からここまで歩くほんの数分間で全身汗びっしょりになっていたから。
台所でも廊下でも誰にも会わなかった。
そうしてくれてたんだろう。
でも、もし組員の誰かに会ったら・・・と考えただけで身体が震えた。
大丈夫って思ってたのに、
廣野家に入ったとたん全然大丈夫じゃなくなってしまった。
ここには、私を襲ったチンピラみたいなヤクザ達が、男達がたくさんいる、
そもそも私はここに「お持ち帰り」されてきたんじゃないか、
小指をつめられそうになってた組員を助けた時だって、身体を要求された、
何より、組長と統矢さんだって、私の意志なんか関係なく、私を抱いた・・・
わかってる。
ここに居る人たちはあいつらとは違う、みんな見た目は怖いけどいい人たちだ。
わかってる。
それでも・・・
私はベッドに潜り込んだ。
どうしよう・・・
こんなんじゃ、とてもじゃないけど組長と寝ることなんてできない。
それどころか、今まで通りここで女中として組員の為に働けるんだろうか。
・・・こわい・・・
ひたすら時間が過ぎるのを待った。
時間がたてば大丈夫になると思った。
でも時計の針は一向に進まない。
眠ることもできない。
小さな音でも耳障りだ。
外から差し込むかすかな光にも目がくらむ。
大丈夫、ここは男子禁制だ。
男の人は誰も入ってこない。
大丈夫、大丈夫だ・・・
ところが、男子禁制のはずの離れに、まさに「男子」が飛び込んできた。
「ネェちゃん!!!!」
勢いよく扉が開いたと思ったら、
いきなりギュッと抱きしめられ、思い切りキスをされたのだった・・・




