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2 死神もやってきた

 再度、インターホンが鳴る。

「こんな時間に誰?警察はもう帰ったのに……」

 部屋の時計の針は、午後十一時を指している。

「死神みたいだぞ」

「なんで?私は、まだ死んでないよね?」

「死んでないな。契約後に死んでくれたら嬉しい」

「(絶対、先人に習ってギャフンと言わせてみせる)死神なら、悪魔もお迎えできるのかな」

「無理だな」

「チッ」

 三度鳴るインターフォンに、渋々腰を上げ、のぞき穴から外を見る沙奈子。なんの特徴もない男が、外に立っている。

「どちら様ですか?」

「警察の方から参りました」

「それ詐欺の手口!さっき来てた、おまわりさん呼ぶよ」

「……失礼致しました、こちらに悪魔が居ると思うのですが、呼んでいただいても?」

「呼ぶだなんて!差し上げますよ!」

「いえ、それは遠慮いたします」

「チッ。少々お待ち下さい」

 沙奈子は悪魔を呼びに行く。

「え。嫌だ。死神のやつ、仕事のじゃまをするなって、我を追い出したのだぞ!心の底から詫びぬ限り、絶対に会わない!」

「今すぐ、会いに行け。な?」

 会社にいる、顧客に会いたくないと、ぐずる営業職の顔を思い出した沙奈子は、威圧を発動する。

「はい!ただいま!」

 悪魔にも効果があったようで、玄関にすっ飛んでいった。外に出た悪魔は、ドアの前で訪問者である死神と、問答を繰りひろげているようだった。

 その間に、沙奈子はしっかりドアを施錠し、チェーンを掛け、盛り塩をする。

 そして、キッチンの冷凍庫から小豆バーを取り出し、のんびり動画でも見ようと部屋を振り返った沙奈子が見たのは、ローテーブルの前に座る、三者三様の格好をした男達であった。

 沙奈子は、渋々、小豆バーを冷凍庫に戻し、テーブルの前に座った。

「森下さんでしたっけ?この度はご愁傷様です」

 死んだ本人に言っていいのか迷ったが、言わないのも座りが悪いと挨拶する沙奈子。

「いえ、死ぬのは必然ですのでいいんです。村上さんにご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございません。おかげさまで、腐り落ちる前に発見されて、迷惑を掛ける相手が最小限ですみましたし」

「いえ、死体を発見したのは、貴方が呼んだ悪魔ですから」

「いえいえ、悪魔では警察を呼べませんから、村上さんのおかげです!」

「そのようなことはないぞ!我にも警吏を呼ぶぐらいの能力はある!」

「だったら昼間の内に呼びなさいよ!」

「その前に死神に追い出されたのだ」

「私のせいにしないでいただけますか?」

「あんたも!森下さんを、早くあの世になり何なり、連れて行ってあげなさいよ!死んで何時間になると思ってんの!」

「私とて、すぐに連れていきたいですよ!ですが、仕事上無理やり連れていくことは出来ないんです!」

 そう言うと、クドクドと死神業務を説明し始める、死神。森下と沙奈子は、初めて聞く死後の話であったため、姿勢を正して真面目に拝聴する。

「……というわけでして、昨今増えた死後の童貞・処女消失のための特例として、取り憑き許可を出しているんですが、この霊魂、生者の同意なしにそんな無体な事できないと、ごねましてね」

 最後に出た説明に、ポカーンとする沙奈子。悪魔は、死神の長い話にすでに飽きており、沙奈子の本棚から漫画を取り出して読みふけっていた。

「なんですって?」

「ですから、生きてる方に取り憑いていただいて、心残りを消化していただくわけです」

「いや、いやいや。勝手に取り憑いちゃまずいでしょ。正論じゃないですか」

「そうですよ!」

「憑かれた方は一瞬のことですから、被害なんてありませんよ。そもそも問題があったら、そんな許可下りないんですし!手っ取り早く、ラブホに連れて行ったんですが、まあ、この野郎文句ばかり言う言う」

「若くて、可愛い女の子がいなかったんです」

「居たでしょうが!」

「好みじゃない」

「そんな自分のことを棚上げして高望みするから、魔法使いになる前に死ぬことになったんでしょうが!反省なさい、反省を!」

 死神に叱りつけられる森下を、腐ったものを見るような目で見る沙奈子。

「あの、下の部屋で話しあってもらえますか?悪魔もそもそも、そちらが呼び出したものですから、連れて行ってくださって結構ですし。うちで話をするようなことじゃありませんよね?って悪魔!あんたも当事者だろう!漫画読んで泣いてんじゃないよ!」

「この続きはないのか!」

「作者と出版社に聞けよ!」

「ゴホン」

「「すいません」」

「下で話すつもりだったんですが、この悪魔が、協力をしないんですよ!」

「我のせいではないだろう!童貞喪失したいのなら、サキュバスを紹介してやろうと言ったんだ。それなのにこの霊魂!人外玄人は嫌だと、ごねたのではないか!」

 悪魔と死神が、問題の解決策の正当性を論じあい始める。が結局、問題なのは森下そのものなのだ。

「村上さん!相談に乗ってください!」

「はいぃ?(死んだ後に相談されて解決できるの?)」

「好きな方が居るんです!」

「「「え!?」」」

「聞いてませんよ!それならそうと早く言ってくださいよ!」

「そんなことは聞いてない。死んだ後に言うことではなかろう」

 死神はだったら相手をきちんと選ぶのにとグチグチ言い始め、悪魔は生きてる内に契約しろと文句を言う。

「そうなんだ。ちなみに、私が知ってる方ですか?」

 森下は、死神と悪魔を無視して、沙奈子の質問に答える。

「はい、このマンションに住む方だと思うんです。時々、ゴミ捨て場でお会いしますし」

 森下が、頬を染めて話し出す。

「ほおほお。それで?」

 下ネタから恋バナに変わり、社内では、お局様なのに縁結びの生き神様と有名な沙奈子が、本腰を入れて森下の話を聞き始めた。

 ちなみに、縁結びの生き神と言われるのは、沙奈子が取り持った社内恋愛からの結婚が、皆、離婚に至っていないからなのと、沙奈子がやめておけと言った、数組の結婚が、短期間で破綻しているからである。

 社内では有名な話で、社内に好きな相手ができた者は、沙奈子にお伺いを立てに来るのだ。沙奈子の方も社内の生産性が上がるよう、真摯に相談に乗っている。なにげに悪魔よりも、悪魔な沙奈子であった。

「長くてきれいな黒髪で、朝早いのにきちんと化粧をされていて、洋服も清楚な感じのワンピースを着てらして、朝会うとおはようございますといってらっしゃいと声をかけていただいて」

「ほお」

「右目の下に泣きぼくろのある、とってもきれいな方なんです」

「それは上の階の住人ではないか!」

 突如叫び声を上げる悪魔。

「あれ?上の階の人、泣きぼくろなんかあたっけ?」

「ある!このあたりに、小さなほくろが二つあったのを、至近距離でしっかり見たから間違いない!」

「……悪魔さん、至近距離(、、、、)でしっかり見たというのは、どういうことでしょうか?」

 必死に言い募る悪魔に嫉妬を覚え、怨念に変わりそうな森下が、悪魔の肩に手を置いた。

「え、いや、そのなんだ。誰に呼び出されたかわからず、確認に行っただけだ。なにもない、なにもないったらないんだ」

 悪魔のうろたえぶりに、疑念を募らせる森下。

「怪しい。何かあったんですね!話してください!何があったんですか!言わないのなら、あなたに取り憑きます」

「取り憑くぐらいなら、我と死後契約をしようではないか。な?それがいい!そうしよう!死神帰れ」

「アホですか!なんて馬鹿げたことを!貴方も契約するぐらいなら、このアホに、根性入れて取り憑きなさい!そしたら、貴方の恋も成就しますよ!死んだあとで結ばれるのを、成就というのならですけどね!」

「死神さん、どういうことでしょうか?」

 目の座った森下に聞かれ、死神が悪魔を指差しながら、すべて暴露する。

「召喚者である貴方のもとに出現できなかった、アホで!」

「アホ!?」

「このミムメモな悪魔は!」

「ミムメモ?」

「間抜けってことだよ、マが抜けてるでしょ」

 首をかしげる悪魔に、沙奈子が小声で教える。

「魔が抜けたら悪魔ではなく、悪では無いか?」

「「「そうじゃない!」」」

「ゴホン、召喚者を探すために上の階の住人、貴方の想い人のところに行き、貞操の危機に陥ったのですよ!」

「死神!?見てたのか!?なぜ助けてくれぬのだ!?」

「なぜ、悪魔を助けなければいけないんですか?」

「え、まじで?あ、じゃあ、上の人が夢で見た、食べちゃいたいぐらい超絶いい男って、あんた?」

「我は、食べられてしまうところであったのか!?人間怖い、人間怖い」

「いや、そう言う意味じゃないから。なんでそこでボケるかな?」

 膝を抱え、羽でくるまり、震え始めた悪魔を見て、悪魔やめたらと内心で突っ込む沙奈子。

「……なんですって!?彼女とアッハンウッフンなことを!?許さない!」

 沙奈子の言う言葉の意味を正しく理解し、鮮明に妄想した森下は、嫉妬のあまり、後ろから悪魔の首に手をかける。

「グェ」

「よしいけ!一思いにキュッとやってしまえ!」

「な!?貴女も煽るんじゃありませんよ!やめなさい!貴方では、悪魔をやるなんて無理ですから!魂が堕ちてしまいます!」

 必死で死神が、森下を悪魔から引き剥がす。

「チェッ」

「ゲホゴホ」

「僕だって!僕だって!恋したかったんだー、うわーん」

 泣き始めた森下に、三人は黙り込み、お互いに、視線だけで責任をなすりつけ合う。

「はあ、わかりました。泣き止んでください。この悪魔に取り憑いて、貴方の思いを遂げましょう。悪魔を気絶させるぐらいは出来ますから!」

「な!?コラ死神!勝手なことを言うでないわ!我はそんなタダ働きせぬぞ!取り憑くぐらいなら、契約しろと言っておるではないか!」

「二人ともうるさい、だまれ!」

「「アウチッ!」」

 週末で、やっとゆっくりできると思っていた沙奈子が、とうとうブチ切れ、傍にあった女性誌を丸めて、見事な早業で二人を殴りつけた。

「森下さん。上の階の人の夢枕に立って、告白してきたらどうです?」

「えっ」

「恋、したかったんでしょう?伝えなきゃ、片恋のまま、始まらないし、終わらないですよ」

「そう、ですね」

「もう死んじゃったんです。生き恥をさらしようがないんです!ここはもう告白してきちゃいましょうよ!」

「……そうですよね!晒す恥なんてもうないし、相手がどう思うかなんて、もう関係ないんですもんね!」

沙奈子の言葉に、やけっぱちで返す森下。

「上の階の人、いつも夜遅く帰ってくるんですよ。頑張ってるね、お疲れ様って、言ってあげてきてくださいよ。それで、あの人も少しは報われますよ。森下さん、あなたも知ってるでしょ?誰も居ない、真っ暗な部屋に帰ってくる寂しさを」

「……ええ、寂しくって黒とノワールを飼い始めたんです」

「夢でもいいから、誰かに優しく声をかけてほしいと思う侘しさを」

「……ええ、ええ」

「最後に、好きになった人のいい記憶になって、終わりにしましょうよ。そしたら、猫ちゃんたちにもお別れ言って、死神さんとあの世に行きましょう」

「……はい」

「他に、最後のお別れを言う人は?」

「母に。母にありがとうって」

 なにか憑き物が落ちたように、ポロポロ涙をこぼす森下を見て、沙奈子と死神はホッと安堵の息をつく。

「うんうん。死神さん、よろしくね」

「任せてください。それが、私の務めですから」

 殴られた右の頬を撫ぜながら、死神が真面目な顔で、助力を惜しまぬ構えを見せる。

「村上さん週末に、色々お騒がせしてすみませんでした。本当に、最後の最後にお世話になりました。先に、母のもとに行ってきます」

「ああ、行こう」

 死神と森下は連れ立って消えていった。

 沙奈子は、やれやれと一息つくと、台所に、食べそこねた小豆バーを取りに行く。

「我も所望する!」

「なんでやねん!働かざるもの食うべからずに決まってんでしょうが!もう用はない!さっさとでて行け!」

「はぅぅ」

「死神は仕事してんだ!悪魔も悪魔らしく仕事してこい!」

 そう叫ぶ、沙奈子の視界の隅に、黒い影が走る。沙奈子はとっさに女性誌を取りに走り、それを丸めて黒い影を始末した。

「この一分の魂持ってけ。あんたにゃ、これがお似合いだ!」

 そう言って、沙奈子は女性誌ですくい上げたGの死骸を、悪魔の顔めがけて投げつけた。

「ぴぎょえー!?」

 悪魔は、ショックでGごと消えていった。

「フッ。我勝利せり!」

 こうして、人外を皆、見事部屋から追い出した沙奈子であった。







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