有志
激しい横揺れ。今まで経験したことのないような衝撃を飯山は受けていた。
中国海軍の戦闘機から放たれた対艦ミサイルが試験艦『あすか』の艦体後部に真横から直撃したのだった。飯山だけではなく、CICにいた乗員は各所に体を叩きつけられていた。
室内は呻き声に包まれる。
「被害状況知らせ!各所は負傷者の救護に全力であたれ!被害状況によっては、総員退艦を即刻命ずる!」
艦長は、ミサイル直撃の振動から、後頭部を壁に打ち付けていた。痛みに耐えながら、指示を出す。
それを聞いた要員は重くなった体を引きずりながら動き出した。
(CIC、こちら機関長!艦体後部の火災及び浸水激しく復旧は絶望的!もって十五分です!)
少しして、機関長からCICに対し、その報告があがってきた。艦長は額に手のひらをあてながら、
「武器システムは?」
まだ発射していないカドミウム弾が3発残っていた。全て打ち尽くさなければ。
その思いから周囲の要員に問い掛けた。
武器管制員は、壁に激しく打ち付けた重い体を起き上がらせ、コンソールパネルを操作する。
「武器システムオンライン中・・・。生きてます・・・!」
直撃が後部で良かった。そう思いつつ、
「発射に関する要員以外は、即刻退艦!全カドミウム弾を発射した後、艦を放棄する!周囲の味方艦に救助要請!」
隊員を一人でも多く、無事に陸へ上げなければならない。
待っている家族の元に帰す使命を艦長という役職は帯びている。
その責任感をもって艦内マイクに力強く言葉を発した。その直後から、艦内では「総員退艦」が各所で復唱され、隊員達は自分のことはもとより傷付いた戦友を救おうと一斉に動き出した。
試験艦『あすか』からゴムボートや、内火艇が次々と海へ降ろされる。隊員達は助かるために救命胴衣の装着を確認した上で海へ飛び込んでいく。艦の後ろ側に目を移すと、黒い煙が周囲の空を染める中、中心部では赤く火が灯っていた。艦体自体も少しずつ後ろ側から海中へ引きずりこまれるように沈んでいる。
その光景に息を吞みながらも、隊員達は相互に助け合い、今を懸命に動いていた。
海へ飛び込んだ隊員はすぐ、近くに浮いている内火艇やゴムボートに這い上がる。
既に乗っている隊員はそれを引きずりあげるようにして補助していた。その中、遠くから灰色の小さな艦艇群が近づいてくるのが、隊員らの目に入った。
それは、沿岸部で待機していた海上自衛隊の掃海艇部隊だった。
一連のミサイル攻撃が終了したと判断した掃海隊群司令が指示を出したのだった。
冷え切った体で衰弱している隊員らであったが、その光景を見て、歓喜に沸く。もうすぐ助かる。その気持ちで隊員達は胸が一杯になっていた。
しかし、試験艦『あすか』のCICでは重い空気が漂っていた。
かろうじて生きていたレーダーが、新たな対空目標を捉えていたからだ。
それぞれ別の2方向から接近してくる航空機群。今カドミウム弾を発射したら、撃ち落される可能性が大きかった。偽装弾は全て撃ち尽くしており、囮はない。発射の決断を艦長は即決出来なかった。
だが、艦が沈むまで時間がなく、自分達も逃げなければならない。
「・・・。カドミウム全弾発射。」
撃ち落されるのを承知で、撃たなければならない。苦渋の決断だったがその言葉を絞らせた。
それを聞き、武器管制員はすぐにコンソールを操作する。
「カドミウム弾全弾発射始め!バーザウェイ!」
発射準備が整うと、武器管制員はそう口を開き発射操作を行った。
直後、前部VLSからカドミウム弾が放たれた。それを確認した艦長は小さく頷き、
「よし。全員退艦するぞ。」
周囲に残っていた隊員にそう指示を出した。今まで艦長の隣で見守っていた飯山も、すぐに退艦に向け避難を始めた。艦の外に出る途中、前部VLSでカドミウム弾の含有量を調べていた亀山教授と、付き添っていた隊員数名と合流し、一緒に外を目指す。
その頃、艦長はCICに残っている隊員はいないか素早くチェックし、最後に部屋を出ようとした。
しかし、部屋を出る直前、レーダー画面に目が停まった。
発射した3発のカドミウム弾に真っすぐ向かう小型の対空目標。中国海軍の戦闘機から放たれた対空ミサイルであることは明確だった。試験艦『あすか』を護衛していた3隻の艦艇も深手を負っている状態。
迎撃は不可能だった。やるせない気持ちに心が一杯になったが、やれることはやった。そう思いつつ艦長は奥歯を噛みしめながら、CICを後にした。
試験艦『あすか』の全部VLSから3発、立て続けにカドミウム弾が放たれた。
その光景に、救助されている自衛官、救助をしている自衛官らは一斉に動きを止め、見入った。
3つの光点が空高く撃ちあがる。息を呑んでいると、その光点に向かう新たな光点が3つ、目に飛び込んできた。中国の迎撃ミサイルだ。隊員らは口を開けてただ見ていることしか出来なかった。
周囲にいた艦艇に目をやる者もいたが、戦闘能力が残っている艦は皆無だった。
「畜生め・・・!」
抗えない無力さに、隊員らは目に涙を浮かべていた。やがて光点に光点が近づいていく。
その直前、もう一つの光点が、近くで爆発した。
隊員達は目を疑った。カドミウム弾に向かっていた光点3つはその場で消えたのだった。
それから数秒、灰色の航空機が彼らの頭上を通り過ぎた。
隊員達は反射的に身を竦む。
中国の戦闘機か。
その思いから死を悟る者もいたが、勇気を出して空を見上げた隊員から声が漏れた。
それを見、他の隊員らも顔を上げる。
そこには編隊飛行するF/A18戦闘機の姿があった。
「米軍か・・・?」
護衛艦『さみだれ』の艦橋で航海長が空を見上げながら呟く。
「まさか、まだアメリカは内政事情から軍は派兵出来ないはず・・・」
その言葉を聞き、副長は否定的な言葉を返す。
その直後、国際緊急無線から流暢な英語が聞こえてきた。
(こちらは、オーストラリア空軍。有志連合国軍のオペレーションに基づき、今紛争に介入する。日本国及び中華人民共和国軍は即時戦闘を停止せよ。なお、現海域には、当国及び、イギリス、フランス、カナダ、フィリピン、ベトナム軍が展開中。これ以上の戦闘行為が認められた場合、有志連合国軍は直接的武力介入を実施する。繰り返す・・・)
その無線内容を聞き、英語を習得している幹部自衛官らは胸を撫でおろした。
何故、他国軍が助けに来てくれたのかは未知数だったが、「助かった」の一言に尽きた。
航海長が再び空を見上げると、次はユーロファイターの編隊が艦隊上空を飛行していった。
(CICより艦橋。水上レーダーに多数の艦影。識別信号から、国際緊急無線で通達のあった各国の艦艇と確認。艦隊中心に空母「プリンス・オブ・ウェールズ」を確認した。また、艦隊司令部より通達、有志連合軍の介入により、領空侵犯していた中国戦闘機群の撤退を確認。なお、南鳥島沖合に展開していた中国海軍の艦隊も撤退行動を開始したとのこと。)
艦内マイクを通して、砲雷長からその報告が全員に告げられた。
艦橋にいた海曹海士らも意味をようやく理解し、歓喜の声をあげた。
(艦長より達する。皆ご苦労だった。カドミウム弾は一発も撃ち落されることなく目標へ飛翔中だ。各員にあっては、負傷者の救護に引き続き全力を尽くせ。)
喜びから抱き合っている隊員もいる中、艦長からその声がマイクから聞こえてきた。
喜びを分かち合った後、隊員らは、まだ海に浮いている同僚を救うべく、動き出した。
海水の冷たさが、体を硬直させていた。
海に入ったのは何十年ぶりだろう。
亀山教授は、引き上げられた内火艇の中で、小刻みに震えながらそう思っていた。
「もうすぐ暖かい所にいけます。」
一点を見つめ、耐えている中、隣にいた飯山から声を掛けられ、小さく頷いて返す。
それから少しして、掃海艇に移った。掃海艇では毛布が準備してあり、一人一人に手渡された。
また、救助任務に備えて、衛生隊員一人が乗艦していたため、内火艇やゴムボートから引き上げられた隊員一人ずつ、軽いメディカルチェックをしていた。
亀山教授の番が回り、触診や、問診が始まる。
「民間人ですね。低体温症の疑いがあります。急いで医療機関へ」
手際よく衛生隊員はチェックした後、追随していた隊員にそう告げた。それを聞き飯山は、
「自分達二人はヘリに乗ってきたので、掃海艇の無線をお借り出来れば迎えに来ます。民間人が最優先ですよね?」
衛生隊員にそう問い掛けた。
「分かりました。艦橋へ向かってください。」
衛生隊員はそれを聞き、そう返した後、追随していた隊員に、一緒に艦橋に行き艇長に事情を伝えるよう指示を出した。
隊員は頷き、艦橋へ飯山を案内した。




