日本のために2
「武器を捨ててその場にひざまづけ!」
飯山が、SH60Kから試験艦『あすか』に降下するなり、その張り詰めた声と共に、複数人の自衛官に銃口を向けられる形で囲まれた。誤解されている。その思いが頭をよぎり、
「敵ではありません!あなた方と同じ自衛官です。統幕から、生物対処の任務で来ました。状況が状況なので、手荒な形になってしまい、申し訳ないです。飯山三佐他大学教授の民間人1名の乗艦許可を願います。」
戦闘服の左ポケットにしまっていた自衛官の身分証。それを即座に取り出し、先程声を荒らげてきた指揮官らしき男に見せた。その男は眉を歪ませつつ、身分証を確認した。
「この身分証が偽造ではない証は?」
「ご覧の通り、海自のヘリから降りてきた事が証明です。状況が混乱していますので、現場では何を信用していいか分からない事は分かります。ですが、私は日本のためにここに来ました。お願いします。」
海自のヘリから降りてきて未だに疑う男に、飯山は感情が爆発しそうだったがぐっと堪え、そう返した。
「副長より艦長。艦に降下してきたのは統幕所属の自衛官及び大学教授の民間人1名、身分証及び、状況から統幕からの任務遂行のための乗艦と間違いないと思われます。乗艦許可願います。」
副長と無線で名乗った男はそう口を開き、指示をこうた。
(了解。副長及び警備要員の同行、監視の上、任務に協力せよ。乗艦を許可する。)
オープンになった無線機からその声が聞こえ、飯山は安堵した。
「艦長から乗艦許可が出ましたので、我々と共に行動して貰います。任務を説明出来る範囲で聞かせてください。」
艦長から許可が出た後、副長がそう問いかけてきた。
「はい。現在都心に進行中の巨大生物に対して、適量のカドミウムを撃ち込む必要があります。これには摂取し過ぎも、足りなくても意味が無い。そのため、まず大学教授をカドミウム弾が直接触れられる場所に案内して、1つの弾頭辺りどの程度カドミウムが入っているか調べます。そして、同時進行で私をCICに案内して頂けますか?カドミウムの算出が完了した後、すぐにでも放てるように。」
短く、しかし的確に内容が伝わるように言葉を選んで飯山は説明した。それを聞いた副長は何度か頷く。
「分かりました。では二手に別れましょう。」
副長は内容を理解し、そう返した。
そして、自身の後ろにいた警備要員らに指示を出し、飯山と亀山教授は二手に別れ、それぞれの任務に向かった。
「火災は食い止めましたが、未だ浸水は完全に抑えられていません。このまま最大戦速を続ければこの艦は…。」
その頃、『あすか』CICでは、機関長からダメージコントロールについて艦長が説明を受けていた。その内容に、艦長は奥歯を噛み締める。
CICの正面に据え付けられている大型ディスプレイには、外部の映像が映し出され、そこには『あすか』を守るため、護衛艦各艦が必死の防衛戦を続けていた。
それにも関わらず、本艦のせいで余計に足を引っ張る訳にはいかなかった。
「沈む直前までやるんだ。もたせろ。何としても東京湾に向かわなければならないんだぞ。本艦が鍵なのは分かっているだろう。」
幾多の障害を乗り越えてでも任務を完遂しなければならない。この国の最後の砦の一員として、艦長は決意しなければならなかった。
「分かりました。持たせるだけ、限界までやります。」
その指示に、機関長は割り切った態度で返し、CICから出ていった。
その入れ替わりで、副長と飯山がCICに入室してきた。
「乗艦許可ありがとうございます。統幕の飯山三佐です。」
飯山は艦長の顔を見るなり、すぐに感謝の意を伝え自己紹介する。
「艦長の猪瀬だ。何としてもカドミウム弾を撃たなければならないのだろう。しかし、本艦は先程の攻撃で浸水が止まらず、恐らく東京湾までの航行は絶望的だろう。しかし、出来る所までは全力でやらせてもらう。」
艦長は機関長の報告を踏まえ、現状を含めて飯山に伝えた。それに対し、
「問題ありません。カドミウム弾の性能を技研から貰い目を通しましたが、現海域から巨大生物まで十分に射程は届きます。現在、大学教授が前部VLSに入り、1発辺りのカドミウム含有量を調べています。含有量については、米国の国家機密だそうで教えてくれませんでしたので。ですから、教授が含有量を調べ、巨大生物に必要な量が分かり次第、直ちに発射して頂ければそれで任務は完遂です。」
深刻そうな表情をしていた艦長に、飯山は淡々と答えた。その内容を聞き、艦長の表情が少し柔らかくなったのを飯山は感じた。
「了解した。あと少しだな。」
艦長の中で、どんより曇っていた雲が少しずつ晴れてくるような感覚になっていた。そして、
「艦長より達する。現在、前部VLSで統幕より派遣されてきた大学教授が巨大生物に必要な弾頭数を計算している。計算終了後、本艦は必要数を発射。その後、総員退艦を命令する。あと少しだ。踏ん張ってくれ。」
部下にも希望を与えるため、艦長は艦内マイクにそう告げた。今まで重たかった艦内の空気が少し軽くなったように飯山は感じた。
それから少しして、前部VLSにいた要員よりCICに連絡が入った。
(CIC、こちら前部VLS。カドミウム弾必要数の算出完了。必要数は3発。繰り返す。必要数は3発。)
その報告に、CIC内の空気は一気に熱を帯びた。
飯山は艦長の隣から1歩下がり、
「お願いします。」
の一言を発した。その直後、
「対地戦闘用意!」
艦長が覇気のある声でそう命じた。それを受け、各所が一気に騒がしくなる。
「砲雷長、偽造弾も全弾発射だ。本命の発射順は任せる。」
無線機付きのヘッドホンを付けながら、艦長は左隣の席に座っていた砲雷長にそう指示を出した。砲雷長は頷いて返す。中国海軍の戦闘機が未だ滞空中の海域において、本命のカドミウム弾だけを発射することは、無策そのものであり、簡単に撃ち落とされるのは目に見えていた。そのため、艦隊司令部は出航前から戦略を立てていた。
飯山はその策に少し関心しつつ、邪魔にならないようにCICの端に移動し、見守る。
「前部VLSより要員退避完了。」
海士長の階級を付けた隊員がそう報告してきた。それを聞き、
「対地戦闘!司令部指示の目標!初弾!偽弾1発、攻撃始め!」
砲雷長が即座に指示を出す。直後、発射要員がコンソールを操作し、艦体に振動が伝わる。
CIC正面のモニターには発射される様子が映し出されていた。
それを見て飯山は息を呑むと共に、上手く行くよう心で願いだした。




