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華国1

南鳥島沖合に停泊していた中国艦隊。その中の一隻である空母遼寧から、戦闘機十五機が発艦。関東圏へ向け飛行を始めた。

その信じがたい情報はすぐに、官邸へと報告された。


「カドミウム攻撃を阻止し、何としても生物に東京を破壊させる気か・・・。」


それを聞いた閣僚らは驚くことはせず、ただ疲れ切った表情で苦悩していた。

その中、杉田官房長官は後ろ頭を掻きつつ、ひとりごちた。


「現在、試験艦『あすか』を主とする艦隊は和歌山県沿岸部を航行中です。中国戦闘機の到達予想は二十三分後であり、艦隊の東京湾への時間内の到着は見込めません。何かしらの防衛行動が必要となります。」


数人の閣僚が、自らの拳を眉間に押し付けている中、防衛省の職員は事務的な口調でそう続けた。


しかし、すぐに言葉が思いつく訳もなく危機管理センター内には沈黙が広がった。それを見、業を煮やした統幕長は徐に立ち上がった。そして、


「事態は急を要します。空自は既に迎撃態勢で、飛行隊を滑走路内にて待機させています。しかし、未だ我々に下されているのは災害派遣のみであり、中国戦闘機を迎撃するためには防衛出動の命令を頂かなければなりません。ご決断をお願いします。」


目をかっと見開き、統幕長は進言した。だが、閣僚らの反応は変わらなかった。

史上初の防衛出動、加えて中国と一戦を交えることになろうとは。重圧から、厚労大臣は深い溜息をついてしまった。他の面々も手元にある書類を手元でペラペラと遊び出す者まで現れた。


度重なる議論と指示に、集中力が完全に切れてしまっていたのだ。しかし、岡山の目は死んでいなかった。この国の最高責任者として、間違いを犯す訳にはいかない立場だからだ。

数分考えた後、岡山は沈黙を裂いた。


「空自の戦闘機をあげるということは、中国の戦闘機を撃つ落とすことになる。そういうことだな?」


ゆっくりとした口調で、統幕長に問い掛けた。


「はい。太平洋上で日中の空中戦が展開されることになります。ですが、本土への被害は一切出させません。既に陸自の高射特科部隊を四国えんがん・・・」


「本土への被害を出さないことは当たり前だ。そうではなく、空中戦をすれば日中双方に死者が出る。そうだろ?」


岡山の問いに統幕長は即答した。しかし言い終る前に、岡山がそう口を挟んだ。統幕長は、岡山の声を聞き、口を噤み聞き入った。そして、岡山の問いに対して、口調を変えることなく、


「はい。少なからず死者は出ます。」


短く即答した。総理は何が言いたいんだ。実弾を搭載した敵機が日本を襲おうとしているのに、この期に及んで何を言っているんだ。統幕長は心の中でそう感じた。時間が迫っている中、現場の隊員達を早く動かしてあげたい。

その思いがこみ上げてくる。しかし、


「防衛出動は出せん。空自の戦闘機をあげることも許さん。」


岡山総理は声量をあげ、その言葉を放った。全く予想だにしない内容だった。

それを聞き、統幕長は勿論の事、閣僚らも驚いた表情を見せる。


「総理!お言葉ですが、ここは防衛出動しかないのではないですか?明らかな急迫不正の侵害にあたります!」


統幕長に任せ、今まで口を閉ざしていた大山防衛大臣は、席から立ち懸命な表情で、統幕長を擁護する姿勢を見せた。だが、


「ダメなんだ。これ以上!この国に災いを呼び込んでは!」


ここ数時間で一番の声量だった。岡山は怒鳴るようにその一言を発した。

大山は、岡山の反応を見、力なく席に座り込んだ。


「では、どうすれば。中国の戦闘機は必ず撃ってきます。ただ、撃たれるのを待てと仰るんですか?」


現場の隊員のことを思いつつ、統幕長は声を震わせながら問い掛けた。彼の眼は赤くなり涙ぐんでいた。


「自衛隊には破壊措置命令を達する。撃ってくるミサイルのみを迎撃しろ。それが、日本を守る手段だ。」


目頭を熱くし、岡山は統幕長の目から視線を外すことなく、そう命令した。無茶ぶりな命令ではあった。しかし、これ以上日本に災いを呼ぶ事は許されず、自分達の手で回避出来るものは回避していかなければならないと岡山は強く思っていた。そして、その思いは、先の決断へとなっていた。


「・・・了解・・・。」


日本を守るために下した総理の決断。そう自分に言い聞かせ、統幕長は声にならない声で返答した。そして、少しでも早く現場の隊員に指示を与えるべく、彼は閣僚らに一礼し、センターを後にした。







 中国の戦闘機が真っすぐ向かっている。その知らせを受け、試験艦『あすか』を主とする艦隊は、迎撃態勢に入っていた。『あすか』を護衛すべく、艦隊にはイージス艦『ちょうかい』以下、『すずつき』『さみだれ』の二隻がその周囲に展開している。

またいつもは、ほぼ空の状態にしているVLS(垂直発射器)だが、今は対空ミサイルが各艦満載にしてあった。


(司令部発、敵戦闘機十五機。依然本艦隊に向け飛行中。見張り員及び電測員は、敵機の早期発見に努めよ。対空見張りを厳となせ。)


緊張感が増す中、それを煽るように、イージス艦『ちょうかい』内に、その艦内放送が流れた。

言われなくても分かっている。艦内放送を聞き流しつつ、CICの電測員は険しい表情を崩すことなくそう感じていた。十分前に艦長より、対空戦闘用意の命令が下り、艦の全員が死を悟った。


電測員も例外ではなく、死ぬかもしれないという思いが脳裏に芽生えていた。その中、思わぬ命令が、CICの面々を硬直させた。


(司令部発、破壊措置命令下令、破壊措置命令下令、敵戦闘機の撃墜は例外なくこれを認めず。撃墜を認めず。敵機のミサイルのみを迎撃せよ。)


数十秒、刻が止まったような感覚に全員が陥っていた。


まるで、死へ進む道を突き進んでいるような思いに至っていた。

砲雷長も、その命令に言葉を失っているようだった。隣に腰を降ろしている艦長は、動きは特になかったが一時的な思考停止に陥っていることは、後ろ姿を見ているだけで、容易に感じ取ることが出来た。


「空自の戦闘機の援護なしで、敵のミサイルのみを撃ち落とせと。正気ですか!」


先程の艦内放送から一分弱、砲雷長は艦長に思わずそう叱咤してしまっていた。


「私も、防衛出動が掛かるものと思い込んでいた。この命令には驚きしかない。しかし、従わなければならない。頼むぞ。砲雷長。」


上官に対する叱咤。伝統を重んじる海自ではあってはならないことだった。しかし艦長は冷静だった。

気持ちを汲み取り、なだめるようにそう返した。砲雷長はそれを聞き、拳を眼前のデスクに振り落とすことしか出来なかった。


重い空気が漂うCIC。


この艦の艦橋や、他の艦も同じ状況なんだろうな。電測員はその光景を見、そう思っていた。


そして、一度外していた視線を再びレーダー画面に戻した。


その時、


「スパイ対空目標探知!方位230、距離56000。数15!この目標、敵戦闘機と思われる!本艦に向かい接近中!」


突如、画面の端に現れた光点。それを見、電測員は反射的に報告の声をあげた。


それを聞き、艦隊は、経験したことのない実戦へと突入した。


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