糸口1
その光景は、到底認められるものではなかった。岡山は内閣危機管理センターのスクリーンに映るヘリからのライブ映像を見、これまで感じたことのない憤りを覚えた。
他の閣僚や、その場に居合わせた職員らも、その光景に息を呑んでいた。
「巨大生物の火力攻撃によって、神奈川県沿岸部に巨大なクレーターが出来たことが確認されました。クレーターの規模については、衛星情報センターから間もなく報告があがると思われます。」
息遣いの音だけが室内を包む中、書き殴られたであろうメモ誌を見つつ、Yシャツ姿の内閣府職員が、報告の声をあげた。
「だから言ったんだ。わざわざ輸送機を使って本土に招くなと。私は反対した。」
柿沼経産大臣は、深く息を吐き、そう言葉を零すと椅子に深くもたれかかった。
「柿沼さんの言うとおりだ。どうするんだこの現状を。総辞職じゃ済まんぞ。議員人生も終わりだ。」
「大体な、誰だこんな無茶な作戦を立案したのは。大山、貴様だろ。そして防衛省!過去の大戦から何も学んじゃいない。敵を過小評価し過ぎなんじゃないか?で、今度はなんだ?精神論を持ってきて特攻隊でも作るのか?いいね軍人さんはお高くとまって。どうせ腹を切るのは俺たち政治家なんだからな。」
柿沼経産大臣の言葉を皮切りに、各所から愚痴や、開き直りとも取れる発言が飛び交う。直後、
「いい加減にしないか!」
自分達は何も悪くない。現実逃避を見せる閣僚らに、岡山は一喝した。今まで聞いたことのない岡山の怒声が室内に響き渡る。
「まだ!この災害は終わってはいない!まだこの戦争は終わっていないんだ!ここで逃げて誰が日本を守るのか!我々が選ばれ、この席にいるのは他でもない。この日本を守らんがためである!」
目をかっと開き、岡山は言い放った。そうだ。私達がこの場所にいる意味、それは現実逃避をし、愚痴を言うためでもない。この国を守るためにいる。岡山の言葉にその場の閣僚や職員らは、はっとさせられた。生物は未だ健在であり、むしろ今からが本格的に日本に被害が及ぶ場面であった。それを岡山に自覚させられ、閣僚らは奥歯を噛みしめる。
「統幕長。次の策はあるのか。」
口を噤み、反省の色を見せる閣僚らを見つつ、岡山は問い掛けた。
「はい。ありません。あるとすれば、断続的に特科の攻撃によって足止め若しくは、進行方向の変更を試みるのみになります。しかしながら、今の現状を見て、現場が動ける状況にはないと考えます。残念ですが、部隊として戦闘行動を実施するには時間を要します。」
総理からの問いに、統幕長は苦虫を噛み潰したような表情で返した。それを聞き、岡山は小さく頷いた。直後、
「ではどうすればいいんだ!」
思い切り机に拳をぶつけ、岡山は再び怒声をあげた。周囲はその言動に驚きつつ、うつむいた。ここで策があれば口を開き、総理を助けたい。しかし無策だった。常識が外れすぎている今回の事態に、すぐに意見が出せる者はいなかった。
(海自哨戒ヘリより報告。生物、神奈川県に上陸。生物、神奈川県に上陸。二足歩行にて内陸部を目指し進行中。以上です。)
沈黙が広がる中、業務的な報告がスピーカーを通して室内に響いた。その内容に、数人の閣僚から声が漏れる。
「何かないのか。ここにいて、ただ手をこまねいて見ていろというのか!」
我慢の限界と言わんばかりに、財務大臣が声を荒げた。しかし、
「では、何か策があるのか?何もなしにとは言わせんぞ!」
他人よがりな財務大臣の発言に、杉田官房長官が制するように口を開いた。それを聞き、財務大臣は軽い舌打ちをし、口を噤んだ。だが、誰しもが財務大臣と同じ気持ちに駆られていた。出口の見えない解決策に暗中模索、どうしようもなかった。その時、
「総理。ちなみになんですが、総理の甥っ子さんが練馬の方で生物の研究をしていませんでしたか?連絡を取ってみてはいかがでしょう?応急処置的な対応策ぐらいはあるんじゃないでしょうか?」
暗い道に、小さな灯りが灯った瞬間だった。思い出したかのように口を開いた環境大臣に、全員が同調の声をあげた。岡山もそれを聞き、希望の光を見出したかのように、即決に近い形で、統幕長に連絡を取るよう指示を出した。
戦闘開始の報告を受けてから十分が経っていた。依然変わる事のない練馬のプレハブ内で、飯山は時計を見つつ、現場の隊員のことを思っていた。プレハブ内では、教授らが休む間もなく、討議や、ホワイトボードに計算式を書き殴っていた。それを見、飯山は本当に対応策が見つかるのだろうかと疑い始めていた。その中、
「いけるかもしれない・・・!」
理化学研究所に所属する亀山教授が徐に声をあげた。それを聞き、周囲の研究者らが根拠を聞きに、彼の元に集まってきた。飯山も、近くで書類整理をしていた中村を連れ、亀山の元に近寄る。
「根拠は?根拠はなんだ?」
後ろ髪をかきながら、責任者である森山教授が問い掛けた。
「はい。リスクがある方法にはなりますが、これを見てください。」
その問い掛けに対して、亀山は顕微鏡映像を映し出したスクリーンに、彼らの目線を誘導した。
「これは、生物が第一次上陸した後に神奈川県沿岸部にて採取した、外皮細胞です。完全密閉した容器に微量の放射性物質と共に保管することで、細胞を生かしたまま実験をすることが可能になりました。」
レーザーポインターで画面に表示されている細胞を指しながら、亀山は説明を始めた。しかし、
「いや、亀山さん。その細胞保管方法までは私達も辿り着いているんだよ。一昨日の情報共有会議でも、森山さんから説明があっただろ。問題はその細胞をどうしたら殺せるかだろ。」
説明の本題に入る前に、国立大学から派遣されてきた木下教授が、不機嫌そうに口を挟んできた。科学者は面倒だな。飯山はその光景に心の中で呟き、亀山の対応を見た。しかし、彼は動じることなく、慣れた対応で、
「木下さん分かっています。今から本題です。では、どうやったら殺せるか。皆様は、各種有毒な化学物質や、細菌類を細胞内に注入したかと思います。私も様々なパターンを試しました。勿論、皆様と被らないように、共有ファイルを熟読しながら、です。そして私が最終的に辿り着いた物質。それは、放射性物質でした。」
その説明に、教授らは顔をしかめた。ついに研究のし過ぎで壊れたか。ダメな研究者の末路だな。その言葉が、説明を聞いた教授らの脳裏に浮かんだ。飯山も一番訳の分からない常識外れの説明に、呆れかえってしまっていた。
「話にならないよ亀山さん。あんた少し休むか寝た方がいいよ。正気じゃない。生物のエネルギー源が弱点だって?冗談を聞きに集まった訳じゃないぞ。」
私立大学の教授である村岡は、溜息をつきつつ、そう吐き捨てた。そして自分の持ち場に戻ろうとした。
しかし、
「冗談でもありませんし、私は正常です。そして皆様の反応も当たり前です。私が皆様の立場なら話すら聞かないでしょう。しかし、それを覚悟で話をしています。」
亀山は呆れかえる教授らを前に、そう口を開いた。それを聞き、村岡は持ち場に戻そうとした足を止め、彼の方に顔を向けた。他の教授らも、その言葉に再び耳を傾ける態度を取った。それを見、亀山は軽く頭を下げ、お礼を言う。そして説明を再開した。
「結論から言います。オーバーヒートです。細胞の限界まで放射能を吸収させるんです。」
亀山はそう切り出し、四つに分割されたスクリーン映像を流した。
「この映像はそれぞれ、実験で試したものです。これで効果のあった物質はカドミウムと、放射性物質です。カドミウムを注入すると、細胞活動は抑制され、鈍化していきます。即効性のある手段といえるでしょう。以前、中村一尉の仰った、カドミウムの注入から発生する拒否反応として、生物が火力攻撃をするのではないかというものですが、幾多の実験の結果、適量であれば、問題がないということが分かりました。」
「適量?」
カドミウムの内容に、中村はオウム返しをした。それを聞き、亀山は即座に頷いた。
そして説明を再開する。
「はい。カドミウムは生物の行動を封じるのに大変効果的です。しかし、与え過ぎは禁物です。生物の火力攻撃は、自らの防御反応として出ているものと考えられます。即ち、奴の細胞は、放射性物質を吸収し過ぎると崩壊しますが、適量であれば活発に動くことが出来る。そして、自己防衛反応として火力攻撃がある訳ですが、あれは吸収し過ぎた放射性物質をついでに使っているに過ぎない。細胞を研究し、私はそう結論付けました。」
そう断言する彼の横にあるスクリーンでは、放射性物質を与え続けて、崩壊していく細胞の映像が繰り返し流れていた。その映像と亀山の説明を聞き、飯山や教授らは感服していた。だが、
「しかし、亀山さん。あなた冒頭、リスクがある。そう言っていましたが、そのリスクとは。」
中村は、その単語だけが気になっていた。弱点が分かったとはいえ、その弱点をついて行動するのは他でもなく自衛官であり、中村の同僚であることには変わりがなかったからだった。リスクの種類によっては、この方法を上に報告する訳にはいかない。その思いをもって、中村は問い掛けた。
「はい。リスクは当然あります。それは、細胞が外皮細胞しかないことです。もっと、身体内部の細胞が採取出来れば確実なプランを立てられます。外皮細胞のみでは、いま話した説も空論になってしまう可能性があります。奴の内部に、体内の放射性物質を完全にコントロールする機能があれば、いまの話はなかったことになります。しかし、この方法は、私が出せるベストの答えであり、賭けてみる価値がある方法です。しかし、その方法を上に報告し、作戦を実行するのはあなた方自衛官です。判断は、お二人にお任せします。」
亀山の、裏を隠すことない本気の説明と気持ち。それを聞き、問い掛けた中村だけではなく、飯山も、心を打たれ直ぐに返事をすることが出来なった。教授たちも、自分より二手三手先を行っている亀山の研究に開いた口が塞がらなった。しかし、自分達に立ち止まっている時間はない。こうしている間にも、大勢の命が失われているかもしれない。飯山は我に返り、
「亀山さん。有難う御座います。まずは中村と検討してみます。ところで、今の内容ですが、決断すれば、すぐに可能なのでしょうか?」
リスクは大きい。自分に理解させつつ、問い掛けた。
「細胞一個辺り破壊出来る放射性物質の量は分かっているので、後は生物の全体データから必要量を計算するだけです。しかし時間は要します。具体的な時間は分かりません。カドミウムも同様です。どちらから先に取り掛かればいいでしょうか?」
研究データがびっしりと記載されてある生類に目を通しつつ、亀山は答えた。そして、どちらを優先させるべきか、具体的な指示を飯山に問うた。それを聞き、飯山は迷いから唸ったが、
「即効性があるのはカドミウムなんですよね。でしたら、生物の上陸が差し迫っている現状から、カドミウムの適量計算からお願いします。」
少し考え、飯山はそう答えを出した。
「分かりました。直ちに取り掛かります。」
彼の決断に、亀山は深く頷いた。教授らはそれを見、手伝うと言わんばかりに亀山の書類を手に取り、一つのチームとして連携して計算を始めた。
「よし、中村。作戦会議だ。」
生物を倒す。そして、平穏な日々を取り戻す。その思いをもって、パソコンやデータに向き合う教授らを見、飯山は中村に短く伝えた。そして、自衛隊として実現可能な行動を模索するため、その場を後にしようとした。しかし、その直後、
「飯山三佐!連隊本部に!」
練馬駐屯地の本部管理中隊に所属する一尉が、プレハブの扉を勢いよく開け、叫ぶように呼んだ。そのただならぬ様相に、飯山は不安感を感じつつも、一尉の元に向かった。




