被害
駿河湾に展開していた第四護衛隊。その中に含まれていた輸送艦『くにさき』は、病院船として機能していた。海自初の全通甲板方式となっている開けたそこでは、戦傷者の救護が、自衛隊の医官らによって行われていた。
看護官が素早い手捌きで補助に入るが、現場は人手不足になっていた。だが、戦場はそれを許さず、『くにさき』の後部甲板にあるヘリスポットには、休む間もなく、戦傷者を載せたヘリが着艦していた。
「木村先生!心停止です!40代男性!」
多くの負傷した自衛官が、OD色の毛布に寝かされている中、処置をしていた20代の看護官がそう声を張り上げた。それを聞き、呼ばれた医官が素早く駆け寄り触診する。
「アドレナリン1A、食塩水持ってきて!」
慣れた手つきで状況を見、看護官に指示を出す。そして患者に対して心臓マッサージを医官自らが開始した。その光景に、外傷を負いうなだれていた周囲の自衛官らは息を呑む。それから一分足らずで看護官は薬剤パックと点滴用具を持ち帰ってきた。
「薬剤投与!急げ!」
薬剤のラベルを横目に見、医官はマッサージの手を休めることなく指示を出した。看護官は勢いよく返事をし、素早い動作で針を刺した。
「投与!」
薬液が確実に体内へ入ったことを確認し、看護官は確認の声をあげる。それを聞き、医官はマッサージの動作をやめた。周囲の視線が集中する。
「脈!戻りました!」
少しして、沈黙が続いていたが、手首を握り続け脈を測っていた看護官がその一声をあげた。それを聞き、医官も触診し安堵の表情を見せた。直後、周囲から拍手が巻き起こる。
「とりあえずは大丈夫だが、アドレナリンだ。神経障害が残る可能性がある。記録を頼む。」
拍手が止み終わらない中、医官は立ち上がりそう口を開いた。そして、辺りを見渡し体調が怪しい患者がいないか探し始めた。
その時だった。
相模湾の方角、戦闘部隊が防御戦を展開している空が真っ赤に染まった。
刹那、巨大な爆炎が神奈川県沿岸部から立ち上ったのが、彼らの目に飛び込んできた。呆然と立ち尽くす面々。忙しく医療活動を行っていた『くにさき』の甲板は一瞬にして、静まり返った。
「げん・・・ばく・・・?」
爆炎はやがて巨大なきのこ雲に変化し、その光景に一人の隊員が口をこぼした。
「米軍が・・使ったんじゃないか・・・?あそこ海だろ?」
その言葉を聞き、隣の隊員が崩れた笑顔でそう返した。しかし、
「いや、内陸だ。間違いない。」
三等陸佐の階級章を付けた陸自幹部が、左足を引きづった格好で近付き、彼らの言葉を正した。
「じゃあ・・・!」
三等陸佐の言葉を聞き、顔の片面に包帯を巻いた陸曹が食い気味に口を開いてきた。
「まだ何があったか分からんだろ。艦内で状況を確認してくる。」
三等陸佐は、その陸曹の態度に顔をゆがめたが、とり直し、それだけ言い残して、その場を後にした。
「火力調整所との通信途絶!」
「神奈川県沿岸部の、どの部隊とも通信出来ません。」
護衛艦『あたご』のCICでは、爆炎が見えた直後から蜂の巣をつついたかのような慌ただしさを見せていた。
「第七艦隊をやった、奴の火力攻撃では?」
通信要員らが報告をあげる中、砲雷長が艦長にそう口を開いた。その言葉に艦長は眉をひそめた。直後、
「スパイ!友軍機喪失!いずれも神奈川県上空飛行中の自衛隊機!」
レーダー員が徐に声を張り上げ、報告してきた。周囲にどよめきが起こる。何が起きているんだ。その場にいた全員の脳裏に、言葉が走った。
「飛行中の、全機か?」
少しの沈黙が広がった後、砲雷長は恐る恐る問い掛けた。レーダー員はそれに対し、静かに頷く。それを聞き、周囲からは声が漏れた。
爆炎、通信障害、航空機の墜落・・・。
「電磁パルスだ!」
頭の中で情報を集約、整理した砲雷長は突然その声をあげた。隣に腰を降ろしていた艦長は虚を突かれた形になったが、冷静な表情を崩さずに、
「まさか、そんなことあるわけないだろ。」
全く現実味を帯びない空論だ。その考えから失笑して返した。しかし、
「あの生物は、放射能を餌にしているんですよね。なら、奴の体内から発せられる攻撃は核攻撃そのものです。あれだけのエネルギー攻撃です。電磁パルスが起こっても可笑しくないと思います。」
艦長の言葉に、少し離れた位置で業務にあたっていた副長が、反論の声をあげた。
その内容に、艦長は返答に詰まった。
「どちらにせよ、今は現地の状況が何も掴めていない状況です。電磁パルスも一時的で、今は問題ないと思います。ヘリの飛行許可を。」
続けるように、副長は表情を変えず意見具申をしてきた。砲雷長もそれを聞き、同意の様相を見せる。
「危険だが、許可しよう。僚艦にも応援要請を。」
ノイズが時折走るライブ映像。それを見つつ、艦長はそう指示を出した。
(航空機一機、準備でき次第発艦。)
艦内オールの無線で、『あたご』内にその指示が響いた。それを聞き、パイロットと整備員は後部甲板へ駆けて行く。だが、
「島崎、お前は行くな。」
操縦席に乗ろうとした瞬間、20代後半の島崎三尉に対して、40代前半の大川三佐が止めに入った。
「何故です!大川さん臨時要員でしょ!」
乗ろうとした手を止め、島崎は顔をしかめつつそう返した。そのやり取りに、機長の今西一尉が駆け寄る。
「お前はまだ配属されたばかりだろ!未来がある。ここは俺に任せろ。」
今西を横目で見つつ、大川はそう口を開いた。
「そうだ。お前はまだ若い。行くな。大川さんと行くから。」
大川の思いに今西も同感し、島崎の説得に入った。しかし、
「自分が行きます。危険なことは承知で入隊しました。覚悟は出来ています。」
力のこもった目。島崎はその眼で大川を見る。そして、その言葉を発した。直後、島崎の頬に拳が降りかかる。
「馬鹿言ってんじゃねぇ!テメェの操縦じゃ役に立たないから言ってんだ!まだ分からないのか!」
頬を思い切り殴打したのは、今西だった。島崎は思わず涙がこぼれる。
「しかし・・・!おふた方には家族がいます。守らなければならない家族がいます。自分にはいません・・・。だから、せめてでもどちらかには行って欲しくないんです!」
島崎は頬を涙で濡らしつつ、本音を叫んだ。その言葉に二人は絶句する。
「CICから催促来てます。これ以上飛行前点検で時間伸ばせません。」
二人が返答に詰まっている中、一人の整備員が誘導棒を片手に口を開いてきた。急がなければならない。我に返り、島崎は、
「自分なら大丈夫です。今西一尉と帰ってきます。待機室の神棚、水変えててください。お願いします。」
大川の肩を叩き、優しい口調で話した。
「必ず、帰って来いよ。」
眼の中を赤くしつつ、大川はそう返した。そして操縦席に乗りこむ二人を、後ずさりながら見つめ、発艦の時を待った。
「CIC、SH。ヒューマンエラーにより準備遅れましたが異常なし。発艦準備完了。」
隣で各種装置の点検を島崎が行う中、今西は自身もチェックしつつ、CICに弁明の報告を入れる。
(CIC了解。異常無ければ発艦。)
事務的な口調で返答が来た。今西はそれを流しながら聞き、隣の島崎を見た。グーのハンドサインをしていた。それを見、整備員に対し、発艦する旨を伝える。そして、
「発艦する。」
CICに短く報告を入れ、二人の駆るSH60Kは海上へと舞った。




