表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/40

防御戦

「目標!相模湾に進入!」


田口の訓示から45分。その報告が戦闘団司令部内に響いた。高級幹部らが反射的に通信員を見る。


「AH全機離陸、横須賀上空待機を下令。」


来たか。ずしりと全身に圧し掛かるプレッシャー。それを押し殺しつつ、田口は冷静な声で指示を出した。それを聞き担当幹部が忙しく動き出す。


「総隊司令部に再度、武器使用の許可を求めろ。」


幾度となく確認を行ってきた。言うなれば三分前にも武器使用の可否を官邸に問い合わせた。しかし、これが最後。その意味を込めて田口は担当部署に指示を飛ばした。


「総隊司令部通達。官邸より、武器使用許可。武器使用承認。」


田口の指示から二分弱。情報を集約した一等陸尉が報告をあげてきた。田口はそれを聞き、大きく息を吐き出す。


そして、


「特科、攻撃準備射撃開始。海自に対しSSM支援要請。」

それは陸自初となる、実戦での攻撃命令が下令された瞬間だった。








 (攻撃準備射撃開始!特科大隊射撃開始!)


火力調整所から、無線越しに勢いのある口調で命令が飛んできた。それを受け、ゴルフ場に射撃陣地を構築していた全火砲が射撃体勢に入った。


沿岸部に展開し、目標情報を伝達する前進観測班。そこから詳細な射撃指示が届く。間違えることは許されない。隊員達はスピーディー且つ正確に三重チェックを行った。


命令下達から一分弱。全砲座が的確な方位に、その砲口を向けた。各指揮官はそれを確認し、火力調整所に報告を入れる。それから数秒、


(大隊効力射!斉射用意!撃て!)


火力調整所からの射撃号令、反射的に各砲座の砲手はトリガーを引いた。直後、爆音が周囲に響き渡る。それと同時に発射炎から生まれる煙が辺りを包んだ。しかし、隊員達はそれに構うことなく次弾発射に向け、無駄のない動きを見せた。

弾を運ぶ者、弾を込める者、再度照準を行う者、全員が自分の任務に集中していた。その中、


(初弾命中!同一諸元効力射!斉射用意!撃て!)


FO(前進観測班)から指示を受けた火力調整所から再び命令が届く。それを聞き、砲手は再びトリガーを引いた。



 特科の砲弾が、雨のように相模湾の一角に降り注いでいた。弾着すると同時に激しい水しぶきが上がる。今放たれているのは155ミリ榴弾砲と203ミリ榴弾砲だな。90式戦車の車内からモニター越しに状況を見ていた大場一等陸佐は心の中で呟いた。


彼は鎌倉市沿岸部に展開している戦車大隊を指揮していた。藤沢市にはもう一つの戦車大隊が展開しており、常に連携を取っていた。その中始まった攻撃。雨のように降り注ぐ榴弾を見、大場は息を呑んでいた。


(目標の進路速度変わらず!海自のSSM、間もなく弾着!)


この戦車からは水しぶきしか見えず、攻撃効果は分からなかった。しかし今の無線で大方の状況が飲み込めた。しかし、あれだけの攻撃を受けても怯まない生き物がいる。大場は耳を疑った。直後、再び激しい爆音が彼の耳をざわつかせる。


(SSM目標に命中!しかし効果は認めず!)


駿河湾に展開していた第四護衛隊。そこから弓矢の如くSSM、艦対艦ミサイルが放たれ、生物に降り注いだ。爆炎が海面を包む。しかし、その攻撃も無駄に終わっていた。


自分達は何と対峙をしているんだ。無線の内容に、大場は恐怖心を覚えた。それは大場だけではなく、現場の隊員全員が感じており、すぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られていた。しかし、最後の砦として後ずさる事は許されず、持ち場から離れる者は誰一人としていなかった。その中、


(戦車大隊、射撃開始。)


ついに、大場が指揮する戦車大隊にも射撃命令が下令された。心臓の鼓動が早くなるのを体で感じつつ、大場は射撃指示を全車に伝える。


「目標敵胸部。対榴、大隊集中!撃てっ!」


直後、砲手が引き金を引いた。激しい発射音と共に、その反動が車内を揺らす。同時に大場は目を細め、目標を凝視した。特科による攻撃が継続中だったため、よく確認する事が出来なかったが、海面より上空で戦車砲の爆発炎が見えたことから、続けて撃つよう全車に指示を出した。


「命中!撃ち方待て!大隊!弾種変更徹甲!大隊集中撃て!」

沿岸部の車道に一列に並ぶ形で配置された戦車群。そこから一斉に戦車砲が放たれる光景は圧巻だった。冷戦時代、ソビエトの大型戦車と渡り合うため大型化された90式戦車。その戦車が持つ120ミリ滑腔砲の迫力は段違いであった。射撃する度に付近の民家が空気の振動により揺れていた。中には窓ガラスが割れる民家も見られ、その威力は桁違いであった。しかし、


(目標依然進行中!部隊は火力を集中!目標の進行を阻止!火力を集中せよ!)


全部隊宛てに送られる無線。それを聞き大場は奥歯を噛みしめた。これ以上どうすればいいのか。戦車を指揮する身としては全力を尽くしていた。だが、結果はついてこなかった。舌打ちをし、再度目標を凝視する。今出来ることは命中弾を送り込むことだけだ。冷静な気持ちを取り戻し、大場は再度、指揮下の戦車に射撃号令を下した。







 特科、機甲科が地上で激しい砲火を放っている。白煙や赤い光が地上を包んでいた。


その上空では、AH1S対戦車ヘリを主力とする攻撃ヘリ編隊が射撃態勢に入っていた。

ベトナム戦争時から変わらぬ薄型のフォルムを持つ通称コブラの編隊は、既に目標を肉眼で捉えており、編隊長である古谷二佐は司令部に射撃命令の可否を問い合わせた。


「CP、射撃の指示を乞う。」


ヘリのエンジン音とローター音がコッピットに響く中、古谷は短く口を開いた。


(AH、CP。目標確認次第射撃を開始。繰り返す。射撃を開始。全兵装使用自由。火力を以て目標の進行を阻止せよ。)


いつもは事務的な口調が返ってくるが、この時は違っていた。焦りを隠せない少し震えた声。司令所にいる通信手の緊張が古谷にも伝わってきた。しかし、自分達が怖がっていてはこの国を守る者はいなくなる。そう思い返し、


「AH了解。射撃を開始する。」


実戦は訓練の如く。そう自身に言い聞かせ、


「目標、敵巨大生物胸部。TOW、ヘルファイア、指命!」


緊張を吹き飛ばすように大声で指示を飛ばした。


その命令を受け、各攻撃ヘリの射撃手は目の前に据えられている双眼鏡のような照準器に両目を押し付ける。


そして、


「撃て!」


巨大生物を凝視しつつ、命令を下した。


各機の射撃手はそれを聞き、即座にトリガーを引く。

その指示を機体は受け取り、両翼部に装備されている発射筒から誘導弾を発射させた。


AH1対戦車ヘリに装備されているTOWと呼ばれるそれは、有線式の対戦車ミサイルでありベトナム戦争当時から使用されている古株だ。今は有線式ミサイルが使用されなくなってきているが、射撃手の照準により最後まで誘導可能なミサイルから、今戦闘においては効果的な兵装の一つであった。


古谷の命令を受け、次々と放たれる誘導弾。相模湾の大空は発射炎とその煙から曇り掛かる。


その中、


(アタッカー5。残弾なし。繰り返す。残弾なし。送れ。)

(アタッカー3。不発1発除き残弾なし。)

(アタッカー12。誘導弾残弾なし。30ミリの攻撃許可求む。送れ。)


無限に弾はない。撃ち尽くした旨の報告が各機から上がり始めた。


古谷は歯がゆい思いに駆られながらも、打てる手は打ったと自身に言い聞かせる。


通常兵器が役に立たないことは、この時誰の目にも明らかであった。

しかし、今、自分達に出来ることはトリガーを引くことだけ。弾が尽きれば、ただ空に浮かぶ鉄の塊同然だ。


「残弾なしの機については、速やかに当空域を離脱。木更津に帰投し補給を実施せよ。」


左右に展開している攻撃ヘリの一団を見つつ、古谷は苦虫を嚙み潰したような表情で、その命令を下した。







「SSM、榴弾及び戦車砲による攻撃、効果なし!」


「12SSM及び、MLRS目標に命中。効果確認出来ません。」


次々と情報が入る戦闘団司令部。各部隊からの情報を集約し、高級幹部に伝える尉官らは躍起になっていた。片手程の用紙に必要最低限の報告事項を書き殴り、佐官に手渡す。佐官はそれを田口に報告していた。しかし、内容はどれも前向きに捉えられるものではなかった。


通常兵器ではかなわない。その思いが幹部らの頭に浮かんできた。田口も同様、この攻撃には無理がある。そう感じ始めていた。しかし、まだ手はある。田口は険しい表情を崩すことなく、


「近接航空支援、1640、目標上空に要請。特科、突撃破砕射撃開始。目標の進行を停止させろ。」


陸と空、この同時攻撃によって敵を怯ませる。これが無駄であれば自衛隊の手に負えない。それは指揮官として考えてはいけないことであった。しかしこの現状を見、そう思えざるを得なかった。物理攻撃が効かないなら、科学的方法で葬り去るしかない。その考えが頭を駆け巡っていた。


「了解。近接航空支援、1640に目標上空に要請します。」


田口が悩んでいる中、担当の佐官が冷静な対応で返答する。田口はこの機において冷静さを失っていない彼に目が行った。一等陸佐の階級章を付けた彼の眼は死んでいなかったのだ。その眼はまるで現場の隊員を信じている。そういう目であった。


「私がしっかりしないとな・・・」


田口は独りごちた。そして、


「射撃のリズムが崩れてるぞ!これでは同じ量の弾薬を使っても効果が薄い!一度に多量の火力を与えろ!特科!TOT発動!」


ここで抑える。ここで守る。田口は心に決め、怒鳴るような口調でそう言い放った。


司令部内の全員が動きを止め田口を見る。ほぼ全員が冷静さを欠いていた。しかし田口の一喝に全員が落ち着きを取り戻した。無駄な動きを見せていた者もいたが、田口の一喝を受け、機敏な動きを見せるようになった。その姿を見、


「よし。空自の近接航空支援と合わせ、1640に一斉射撃を行う。1638に射撃停止。この一回に全ての火力を叩き込む!」


司令部内部を見渡し、田口は続けるように言い放つ。


「TOT発動了解。一斉射撃に備え1638に全攻撃部隊に射撃停止命令を出します。」


決意のこもった田口の言葉。それを聞き、隣に腰を降ろしていた陸将補の階級章を付けた副司令官が強い口調で返答した。そして、


「1635、全部隊に命令下達。12SSM及びMLRSは、弾頭の再装填急がせろ。」


具体的な命令を副司令官は全体に対し放った。佐官らはそれを聞き各部に命令を伝え始める。


「空自より通達。羽田空港よりF2及びF4スクランブル。現在東京湾にて上空待機中とのことです。」


その中、三等陸曹の階級章を付けた若手隊員が無線機を片手に報告をあげてきた。羽田空港から飛び立った数は30機。それらの翼下には無論、爆弾が付けられていた。特にF2戦闘機にはジェイダムと呼ばれる高性能弾頭が装備されており、田口はその威力に期待をしていた。これで終わらせる。統制された時計を横目で見、彼はそう強く念じた。



(全部隊。撃ち方待て。撃ち方待て。)


通信機から聞こえてきた事務的な女性の声。高い声のため、男性の低い声より明瞭に聞き取ることが出来た。その命令を聞いた各砲手は引き金から指を離す。


(各戦闘隊、状況知らせ。)


射撃が止み、数秒。次はその旨を告げる声が全部隊に発信された。一斉射撃まで約90秒、砲手のみならず、その場で戦闘に立っていた隊員全員が冷や汗を掻いていた。その中、各部隊の長は、分隊レベルでの状況を把握、集約し司令部に返答した。それから数秒、


(攻撃開始。時間!)


今度は野太い、勢いのある男性の声が無線を通して全部隊に響き渡った。







 攻撃開始の命令。それと同時に、装備品を握る全砲手は引き金を弾いた。


直後、神奈川県沿岸部、そしてゴルフ場地域に爆炎が輝き、少し遅れて凄まじい爆音が辺りに響き渡る。


「特科全火砲及び戦車!斉射完了!引き続き攻撃を行います!」


特科大隊の一斉射から起こる空気、そして地面の振動。それは司令部が置かれている野営テントにも伝わった。テント幕は勿論のこと、机や椅子、各種機材が振動で揺れた。その揺れから守ろうと陸曹陸士らが機材に覆いかぶさる中、通信科隊員が報告をあげてきた。テント内は一時騒然となったがすぐに冷静さを取り戻す。


「航空攻撃開始します!」


少し遅れて、空自との連絡員が口を開く。30秒遅れ。田口は奥歯を噛みしめる。


「効果を確認!」


一斉攻撃は叶わなかった。田口がそう考えているのをよそに、期待感を膨らませていた司令部幕僚は声を張り上げつつ問い掛けた。


「現在確認中です!」


現地の状況を確認する部署、その場の責任者である三等陸佐の階級章を付けた中年男性は強張った表情を崩さず返答した。


「これで効果無しなら、我々に打つ手はないぞ・・・!」


陸上、航空からのほぼ同時攻撃。出来ることはやった。その思いから副司令官は声に思いを漏らした。









 自衛隊創設以来、最大と言っても過言ではない量の火薬を叩きこんだ攻撃。三分に渡り相模湾の一角は爆炎に包まれた。その後、5分弱に渡り白煙が湾内海上に拡がり続けた。その影響から、沿岸部各所に散らばり、状況を知らせていた情報部隊は白煙の中を把握する事が出来ず、司令部に対して報告をあげることが出来ていなかった。


「マルマル。こちら情報本部。湾内に浮遊する黒煙から生物の現状不明、ドローンによる現地偵察の要ありと考えます。」


一向に収まる気配のない白煙。一度に多量の火力を与えた副作用であった。報告を入れるにいれられない。業を煮やした情報隊長は無人偵察機での情報収集を具申した。


(マルマル了。作戦指揮官より決心が出た。直ちにドローンを黒煙内に投入、目標の動向を確認せよ。終わり。)


情報隊長の意見具申から一分。司令部から了承の旨が届いた。それを聞き情報隊長は直ちに指示を出す。


「了解。FFOS起動。三方向から同時に突入させます。」


指示を受け、三等陸佐の階級章を付けた佐官が具体的な内容を口にし、周囲に命令を出し始めた。それから数分、FFOSと呼ばれる無人操縦型のヘリが黒煙に向け三機、普通のヘリとは違う、軽いエンジン音を周囲に響かせ、黒煙へ向け飛行を始めた。


「FFOS飛行を確認。機体状況異常無し。黒煙に向け飛行中。」


二等陸曹の階級章を付けた隊員は、双眼鏡を両目に押し付けつつ報告の声をあげた。それを聞き情報隊長も自身の目で機体を確認するべく双眼鏡を覗き込む。そこには全長3.8メートルという小型の機体が三機、それぞれ違う方角から一直線に黒煙へと進路をとっていた。


「司令部及び市ヶ谷、官邸に映像を伝送しろ。」


FFOSの武運を祈りながら、その機体に取り付けられているカメラ映像を各所に飛ばすよう、情報隊長は双眼鏡から目を外すことなく付近の隊員に指示を出した。それを聞き尉官らは伝送班に命令を送る。


「黒煙突入します!」


その中、FFOSを操縦する二等陸曹の階級章を付けた女性自衛官が緊張した表情で報告の声をあげた。周囲に緊張が走る。


「無人機、黒煙内に突入。視認出来ません。」


先程に引き続き、FFOSの状況を逐一報告していた隊員が双眼鏡を目に押し付けつつ口を開く。


「映像はどうか。」


隊員の報告内容に、周囲の幹部らは一瞬、黒煙の方を一瞥したがその視線を、再び操縦する女性自衛官の方へ向けた。そして一人の幹部自衛官がそう問い掛けた。


「視界不良につき確認出来ません。飛行ルートを変え対応します。」


幹部自衛官らの視線に気づいた、FFOSの指揮を任せられていた二等陸尉の隊員は、変更点を素早く指示し、彼らに対しそう返答する。それから数分、


「目標視認・・・。白く発光している模様。」


FFOSを操作していた二等陸曹が徐に声をあげた。その報告に、近くの隊員らが振り返る。


「白く発光?」


一等陸尉の階級章を付けた統幕所属の尉官が眉を顰め、口にした瞬間だった。射撃中止中にも関わらず、爆炎が三つ、相模湾に輝く。それと同時にFFOSの画面にノイズが走った。


「FFOS信号途絶!撃墜されました!」


ノイズを見、担当していた陸曹らは素早く確認をし、報告をあげる。幹部要員らは絶句した。

その直後、白い火線が彼らの頭上に姿を現した。それから数秒、火線は上空から地面へと降り、その場一帯をコンクリートの市街地から土へと変えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ