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決断

「却下だ却下!」


小林環境大臣の怒声が内閣危機管理センター内で響き渡る。他の大臣らも険しい表情で防衛省職員を見つめていた。川元が官邸に連絡をした数分後に、関係閣僚会議が危機管理センター内で行われていた。その中で説明を担当した防衛省職員に、厳しい視線が送られていた。


「はい・・・。しかしながら中露に協力を要請する以外に手立てはないということでして。」


市ヶ谷から送られてきた書類に目を通しつつ、職員は続けた。


「放射能を有する物質を航空機に積んで、それで生物を誘導。本土上陸を阻止する、か。」


柿沼経産大臣は溜息混じりに呟く。しかしその口調には嫌味が込められているように思えた。


「日本の領空圏内に、他国軍の核を搭載した航空機を飛行させるつもりか?」


斎藤国交大臣が眉を顰め、問い質す。


「航空機の監視には空自の要撃機を飛ばします。」


「しかし!核を搭載した航空機を領空内に入れる!そうだろ。」


「はい。仰る通りです。」


防衛省職員の濁した言い回し。それを是正させるように斎藤は問い詰め、職員は渋々答えた。その反応に周囲からは声が漏れる。


「大体、この間の第七艦隊が起こした戦闘。あれで小笠原諸島近海の海洋汚染は一気に酷くなった。それで今度は核を持った航空機を生物の餌食にするなど。いくら奴が放射能を吸収してくれるとはいえ、これ以上環境汚染が酷くなる事態は避けたいものだ。」


小林は否定的な口調で防衛省職員に噛みついた。数人の閣僚がその意見に頷く。


「ですが、中国とは現在、東シナ海において日中共同の資源採掘計画の検討。ロシアとは北方四島の返還。これの前向きな姿勢が見えてきています。ここで両国に対して親密さをアピールするのも一つの手ではないかと思いますが。」


今まで口を閉ざしていた本山外務大臣が、唐突にそう話し出した。しかし、


「外交的には要請を出した方がいいかもしれん。中露大使からも、協力を惜しまない旨を直接官邸に伝えに来たぐらいだからな。しかしだ。内容が内容だ。自衛隊はどうした。なんのための自衛隊なんだ。なぁ!大山さん!」


柿沼はそう反論し、大山に話をふった。大山は虚を突かれる形になったが冷静な口調で、


「まぁ、そうなんだが、自衛隊の現有戦力では国民を守れないと、そう判断したんだろう。そうでもなければ中露に要請を出すなど口が裂けても言ってこない。一番抵抗感を覚えているのは彼らだよ。その気持ちを察してあげてください。」


返事になってないな。そう思ったが精一杯の回答だった。防衛大臣になってまだ一年も経っていなかったが、東日本大震災を始めとする彼らの活躍に心から尊敬していた。そのため大山は現場がやりたいようにさせる。その気持ちを何よりも大切にし、日々の業務をこなしていた。だからこそ出てきた言葉。周囲の反応が気になり目を泳がせる。


「意見がまとまったようだな。」


大山の発言から周囲は沈黙に包まれた。それを見た岡山は全体を見渡し短く口を開いた。


閣僚らは小さく頷く。


「私も実は気が進まない。しかし、我々の責務は国民の生命と財産。これを守ることにある。その実働任務を帯びている組織として自衛隊があるわけだが、その知識に精通している彼らが下した決断が、中露への要請だ。我が国の最後の砦でも対抗出来ないなら、国際社会、とりわけ隣国に助けを求めるのも一つの手段だろう。懸念材料はあるが、それをこれから私達の手で払拭し、守っていこう。」


岡山は統括の意味を込めてそう続けた。閣僚らはそれを聞き、静まり返っていたが、やがてセンター内は一人が手を叩いたことを皮切りに拍手の雨に包まれた。










 「中露に支援要請?」


連隊本部に所属する一尉の呼び掛け。それを受け飯山と中村はプレハブの外に出て、市ヶ谷で決まった内容を告げられていた。しかし飯山は耳を疑っていた。それは彼の隣にいた中村も同様で、眉を歪めていた。


「じゃあ、俺達の仕事はなんになるんですか!」


中村は思わずそう叱咤する。


「市ヶ谷の方からは引き続き、生物の調査をするよう連絡が来ました。」


戦闘服に弾帯を巻き付けた風貌の一尉は、書類を二人に手渡し口を開く。受け取った書類には確かに、調査を続行するよう統幕長からの命令文が書かれていた。その書類を見、中村は溜息をつく。


「まぁ確かに、生物のデータも少なく、自分達の意見は現実味を帯びていないものが多すぎる。無理もないさ。」


飯山はそう一人ごち、プレハブの中に視線を移す。室内では教授らが顕微鏡や、研究器具とひたすら睨めっこをしていた。調査室が設置されてから三日が経っていたが、未だ推測でしかモノを言えない状況が続いていたのだ。いつ再び生物が上陸してくるか分からない中で、市ヶ谷が痺れを切らすのは仕方がなかった。


「場所はここで大丈夫なんですよね?」


周囲を見渡していた中村が、一尉に対して唐突に問い掛けた。所狭しと並ぶ戦闘車両、その整備に明け暮れる陸曹らの姿を見ての質問だった。


「まぁ、場所的には厳しいのは現状ですが、統幕からの命令なんで、ここにいてください。このプレハブをどかすか、明け渡してくれた所で、陸士連中の寝床になるか、武器整備のスペースになるかのどっちかなんで、大丈夫です。」


連隊本部の一尉は、険しい表情をしつつも、笑みを浮かべそう返答した。


「じゃあまた、何か動きがあったら教えてくれ。」


中村との会話が終わったのを見、飯山は一尉の肩を軽く叩き、短く言う。一尉はそれに対しお辞儀をし、隊舎に戻って行った。


「凄く親しそうでしたが、後輩ですか?」


小走りする彼の後ろ姿を見、中村はそう問い掛ける。


「彼がレンジャー訓練を受けてた時、俺が運幹だったってだけだよ。」


どこか遠くを見るような顔で飯山はそう答える。その眼は懐かしい記憶を蘇らせているようなものに、中村は思え、声にない声で静かに返事をした。


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