第二十八話 勇者伝説
勇者フェイル・テスラ。
たぶん、独裁者の支持率ぐらいには知名度のある英雄である。
千年前に勃発した魔王戦争で、見事に魔王を討ち果たした人物だ。
街の吟遊詩人に謳わせれば「古今東西で比べられる者がないほどの美女」で「その力は山を砕き、その魔道は天を焼いた」と言う。
山を砕くほどの力持ちが美女なわけないと思うんだけど、そこはまあ突っ込まないお約束かな?
なにぶん千年前の人だから、いろいろと誇張されているんだろう。
だいたい、ゴリラ顔の筋肉女が勇者って言うのも冴えない話だしね。
ただ実在したこと自体は確かなようで、いろいろな資料にもしっかりと名前が残されている。
あと、余談だけど胸が相当に大きかったんだとか。
当時の貴族の一人が、勇者の胸のサイズについて自身の日記でやたら細かく言及していたらしい。
まったく、いつの時代にも変態は居たもんである。
学者連中に言わせると、価値が付けられないほどの超貴重な資料らしいけどね。
私としてはそんな変態の日記帳、くれると言っても絶対に拒否するわ!
……とにかく、フェイル・テスラという人物は偉大である。
なにせ、単騎で魔王を倒しているんだから。
そんな大人物のお墓が、どうしてこんなところにあるんだろう?
というかこれ、本物なのか?
フェイル・テスラの墓を名乗る場所って、知ってるだけでも何か所かあったと思う。
「……精霊さん、これ本物なの?」
「もちろんですよー! なに言ってるんですか!」
「精霊さんを疑うわけじゃないんだけどさ。フェイル・テスラと言ったら勇者よ? 勇者の墓なんて、それこそ大陸中に偽物がぽんぽこあるけど。土地の名物感覚でさ」
私がそういうと、精霊さんは「へッ?」と驚いたような念を送ってきた。
彼――どっちかよくわかんないけど、一人称が僕だからこれでいいや!――は、身体をぶるぶるっと私の顔に近づいてくる。
「フェイルって、勇者さんだったのです?」
「あんた……知らなかったの!?」
「はい……。フェイルと知り合ったのはこのダンジョンの中なのですけど、それ以前のことはあんまり話してくれなかったのですよ」
「はー、なるほどねえ。過去は語らない、さすが勇者って生き方かしら」
「でも勇者って言われたら、納得なのです。ものすごーく、強かったので!」
目いっぱいに膨らんで、勇者の強さを表現しようとする精霊さん。
その声は自分のことのように誇らしげで、さらにずいぶんと嬉しそうだ。
「……精霊さんとフェイルって、仲良しだったんだ」
「はい! 短い付き合いでしたけれど、とっても優しくしてもらったのです。フェイルに生きるすべを教えてもらっていなかったら、今頃僕はモンスターさんに吸収されちゃってたのですよー。僕は僕で、加護を失っていたフェイルに加護を与えたりしたのですー」
「互いに助け合ってたってわけね?」
「はい!」
何とも、お手本のような精霊と人間の関係である。
相手が勇者ってところが、何とも胡散臭いけれど……。
この精霊さんが、嘘をつくようなタイプには見えないしねえ。
フェイルって女の子が居て、精霊さんと仲良くなったのは事実だろう。
勇者本人じゃなくて、勇者にちなんで名づけられただけとかっぽいけどね。
勇者と同姓同名の人って、探せば結構いるし。
それよりも、問題は何でその人がお墓の下に居るかだ。
「でも、そのフェイルがなんでお墓に? ……もしかして、おばあちゃんになるまでこの階層から出られなかったとか?」
この階層から出ていくのは、かなり難易度が高いだろう。
上層へと続く階段はあるけれど、とてつもなく細くて長いうえに、怪鳥によって守られている。
落ちてきたはいいけど、出られなくなっちゃったとかは十分ありそうで怖い。
私も、あの穴をもう一度這い上がれるかと言われると……ハッキリ言って、自信ないのよね。
どこかに転移のための仕掛けがあると睨んでいるんだけど、もしなかったらどうしよう……?
私がにわかに渋い顔をし始めると、精霊さんは違う違うとばかりに身を振る。
「違うのです。実のところ、そのお墓にはフェイルのお骨は入ってないのですよ。フェイルは『半年戻ってこなかったら、お墓を建てて』って言って、下の階層へ旅立ったのですー。それで……」
「戻ってこなかったってこと? うへえ、やっぱりここよりも下あるんだ……」
うすうす感づいてはいたけれど、さらに下の階層があるらしい。
やれやれ、どんだけ深いのよこの迷宮は!
勇者なんて話も出てきちゃったし、これはいよいよ魔王が造ったものなのかな……。
最深部に行ったら、魔王がこんにちはって出て来たりして。
いや、さすがにそれは……勘弁してほしいわ。
「……それで、このお墓を立ててから、僕はずーっとフェイルが好きだった果実をお供えしているのです。でも最近、果樹園が荒らされて果実が無くなっちゃいそうなのです! だから、シースさんッ!!」
「はい?」
「狼王ラーゼンを倒してください!! フェイルとの約束を果たすために、お願いなのですッ!!」
「ぶッ!」
そう来るかい!
いやまあ、話の流れ的にはそうなってもおかしくはなかったけどさ!
お供えしてた果物の出所とか、あの果樹園ぐらいしかないだろうけどさ!
いきなりそんなこと言われたって、私としてもね……。
良い話だし、助けてあげられるなら助けてあげたいんだけど……うーん。
「そう言われてもなあ……。私だってね、さっきの話を聞いて心が動かないわけではないわ。でも、出来ることと出来ないことってのがあるのよ! 今の私がその狼王って奴に挑んでも、この隣にお墓が増えるのがせいぜい。無駄ってもんだわ」
「大丈夫です、全力で戦えば何とかなるのですよ! 僕も、全力でサポートするのですー!」
「……なんつー、むちゃくちゃな精神論。いい、私は究極的には自分の命が大事なのッ! ちょっとは人のためになろうとかは思うけど、そうそう簡単には死ねないわよ。そんなにホイホイ死んだら、せーっかく産んでくれた親に申し訳が立たないわ。人間、死んだら最後なんだからね! おわかり!?」
パンッと、地面をたたく。
さしもの精霊さんも、私の勢いに押されたのか少しシュンッとした。
光の勢いがちょっぴり弱まる。
「むむ……そう言われると、そうなのです……」
「でしょう? まあ、精霊さんが勇者仕込みの修行法とかを知っててさ。私が劇的に強くなれるって言うなら考えないでもないわ。強くなれば、まともに戦えるだろうし。なんかないの?」
そう言うと、ちらっと精霊さんを横目で見やる。
こんな彼でも、言ってることが正しいなら千年ぐらい生きてるはずだ。
勇者と一緒に居たらしいし、ドカーンッと強くなれる方法の一つや二つ、知っているかもしれない。
いや、知っているはずだ。
なんてったって、勇者と一緒に居たんだから。
期待の眼差しにドンドンと熱がこもる。
するとしばらくして、沈黙していた精霊さんは――
「……そんな都合のいい方法、考えてみたけどないのですよー! というか、そんなのあったら僕が強くなってあいつを倒しているのですッ!」
と、超正論を言ったのだった。
やっぱり何にも知らないんかいッ!!
思わせぶりに間をあけたのに、この役立たずッ!!
一体何を言うのかと緊張していた私は、思わずすっころんでしまった――。
ここにきて、まさかの浮上に驚いている作者です。
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