外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その42
その瞬間、ヒビキは僅かに迷った。
最終局面の経過は決して悪くない。
いくらか予想以上の抵抗はあったものの、計画に大きな支障をきたすことなく、『キズナ』の結界破壊まで持ち込めた。
まさに王手。
残り数手で詰められる状況、だがそれ故にヒビキは迷う。
ゼロと小雪が護るフラッグを奪いに走るか、王を攻め落とすか――勝利へ至る道は二つあり、その難易度はほぼ同等。容易に判断の出来ない状況だが、迷っていても仕方がない。
「……ユネ!」
脳内そろばんを弾いたヒビキは、忠実な剣に指示を出した。
「はい!」
「っ!」
行く手を遮られ、逃走を図った一護の足が止まる。
守りに入ったゼロを攻略する方が手間だとヒビキは判断した。己の戦闘力が切れそうな今は、時間こそすべてに優先する――効果が切れる前に、一気に仕留める!
「はぁっ!」
「ちっ!」
「お兄ちゃん!」
「おっと、行かせないよ!」
「邪魔です!」
「ひどいなぁ!」
奇しくも状態は最初に戻った。
二対二――ヒビキ&ユネVS一護&雪音。共に自分達こそが最高のコンビだと誇って譲らぬ二組が、プライドと勝敗を賭けて鎬を削る。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ、う……!?」
だが決戦の天秤は、こちらに傾いていた。
当然だろう。『ペアリング』が脅威なら使わせなければいいだけである――『三分間の福音』という奥の手は一護だけでなく雪音にも多大なる消耗を押し付け、バフを多重発動するだけのMPを奪い去っていた。
「っ!?」
完全に挟まれ、一護の動きが止まる。
獲物に逃げる隙を一切与えないそれは幾度となく繰り返した工程、ユネと息を合わせての必殺だった。
(うん、勝った!)
胸中で喝采をあげる。
軍師としては些か問題かもしれないが、完璧に勝ちパターンに嵌まった。雪音はもちろん、他のメンバーが横やりを入れようとしても追いつかない。
決勝戦は『風見鶏』の勝利で終結――。
「「っ!?」」
――しなかった。
必殺の一撃が揺らぐ。
タイミングを完璧に呼応させて回避不能とする合撃は、二人の呼吸がズレたことで単なる連撃に堕した。
それでも並みの敵なら倒せただろうが、今相手しているのはEGF最強の一角である。
「あっぶね!」
「『サンクチュアリ』!」
結果として一護は攻撃を避けた。
与えたダメージも雪音の治癒技能で致命傷には程遠い。
紛れもない失態だが――仕方がないとヒビキは思う。自分だけではなく、ユネまでも精彩を欠いたのだ。
何しろ――。
(アルフが落ちた!?)
ある意味、まかろん脱落時よりも大きな衝撃である。
最強の盾役たるアルフレドが落ちるなど、想定すらしていなかった。完全に防御へ徹すれば『風見鶏』のメンバーですら倒せない彼だからこそ、漆黒と組ませたのだから。
それが落とされた。
相手は鷹か、あるいは葵か。いずれにしても一気にタイムリミットが近づいている。
「ユネ! 全力!」
「は、はい!」
言葉通り、ヒビキは残る『三分間の福音』全てを解放した。
既に戦闘用ステータスは軒並みUPしていたが、上げて悪くなることはないし、注意を少しでも惹ければ儲け物。
「――七精宿れ!」
複数色のオーラを吹き上げるヒビキへ追従するかのように、ユネもまた虹色の極剣を握った。再びの最強技を目の当たりにし、一護と雪音がわずかに強張る。
「よいしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
それを好機とヒビキは飛んだ。
上昇したSTRを利用しての大ジャンプ。少しわざとらしい奇声は勿論小細工であり、単なる舞台演出だ。
「なに、を――っ!?」
訝っても遅い。
視線を一瞬でも、意識を刹那でもヒビキに向けた時点で――“日陰の軍神”最後の罠からは、逃げられないのだから。
「「っ!?」」
驚愕の表情と共に、一護達が宙を舞った。
ヒビキのように望んでの跳躍ではなく、こちらが仕掛けた罠――『部分召喚:ヘカトンケイルの左腕』の術式によって。
「はっはっは! 油断大敵だよ!」
MPが1に固定されたヒビキは最早、技能を使えない。
それは正しい認識であり事実だが、別に技能は自身のMPで発動させるものだけではないのだ。跳躍に紛れて仕掛けたまかろん謹製の宝玉のように、やりようはある。
材料費だけで二十万以上という悲しみは決して軽くないが、その結果として召喚された巨大な拳は、見事、真下から二人を打ち上げた。
「掴まれ、雪音!」
「お兄ちゃん!」
練達の術者であろうと空中での行動は制限される。
即座に『アクロバット』スキルで復帰しようとした一護は流石だが、それを許すほどにヒビキのフェローは甘くはない。
「万象よ集え――響き一成す名の下に!!!」
風よりも疾く駆け抜けたユネは、既に二人を絶殺範囲へ捉えていた。
『アルカンシェル』であれば間違いなくオーバーキル、疑いなく勝利はそこにあるものの、だがヒビキは油断しない。
何故ならば一護には、『心眼』の上級技能――『透徹』があるのだ。極短時間だけとはいえ、自らを無敵と化す秘奥、理論上は『アルカンシェル』を無効化することも不可能ではない。
(最後の一発を……!)
故に保険として、ヒビキは再度『ファーレンハイトの炎剣』を構えた。
ユネが仕留めればそれで良し、逃がしてもヒビキの後撃で確実に殲滅できる――。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
だが、結果的にそれは杞憂だった。
一護が発動した技能は『エア・ウォーク』。
一歩限定だが、空間を踏みしめての跳躍が可能なアクロバットスキルである。無効化ではなく空中移動による離脱を選んだようだが、それを見過ごすほど『風見鶏』の戦乙女は甘くなかった。
「『アルカン――」
どの方向へ跳ぼうと、決して逃がさない。
それは単なる意気込みではなく、真実だった。攻撃条件が全て揃った現状、空中移動程度では決してユネから逃げられはしない。
まさに絶体絶命、チェックメイトの一瞬に。
「「っ!?」」
しかしヒビキは息を呑み、ユネは目を見開いた。
一護が選んだ方向は、唯一、想定していなかったモノ。
避けるためと判断したこちらを笑うよう、ただ一歩の空間跳躍を使った彼は――真っ直ぐユネに突っ込んできた。
「っ!」
急速に詰まる距離。
予想を裏切っての強襲は、AGIを失ったヒビキには致命的だ。合わせていた照準を外されて連撃は不可能になったものの、ユネの反射神経は一護の奇策を上回る。
『アルカンシェル』を振り切るための間合いを、彼女は体を倒すことで確保する。砲弾そのものとなって到達する一護は最早、『アルカンシェル』を――。
(――ちょっと待って)
避けられない。
そう確定した未来を見て、ヒビキを最大限の悪寒が襲った。
彼女は何をしている?
まさに今、一護が脱落しようとしているというのに――防御や回避ではなく、何故、攻撃技能を発動している……!?
「くうっ!?」
途轍もない思い違いに気づいたヒビキは、しかし同時に間に合わぬと悟っていた。
「ユネ!?」
「――シェル』!!!」
ユネの必殺が火を噴く。
再び発動した虹色の極光は一護の肉体を両断した。上半身と下半身に分断されて、消えゆく肉体――しかし、そこに彼女の姿はない。
己を犠牲に。
自らを囮とした一護は、そのHP全てと引き換えに雪音をユネに到達させたのだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!」
溢れんばかりの激情と共に放たれたのは『インパクト・ゼロ』――零距離で炸裂する破壊の波は、己のMPをそのまま転嫁した怒りの光である。
「っ、あ!?」
大技能の発動直後であるユネに抗う術はなかった。
文字通りに雪音の全てを注ぎ込んだ一撃が、戦乙女を地に墜とす。受け身もろくに取れないまま墜落したユネは、決勝戦からの退場を余儀なくされた。
「…………」
「…………」
沈黙。
大地に降り立った雪音は何も語らない。その頑なな様子に苦笑したヒビキは、苦々しさを隠さずに声を発する。
「……まんまとハメられたよ」
結界と天秤に賭けても尚、雪音は一護を取った。
その時点でヒビキは一護がキングだと決めつけて行動したわけだが――それこそが罠。彼はキングでもなんでもない、単なるプレイヤーだったのだ。
「道化にも程がある。一護君じゃなくてフラッグを狙っていれば、やりようはいくらでもあったのにね」
「……」
「誰の策? やっぱり君かな?」
「…………」
「フェローにも伏せてたみたいだし、徹底してたね。頭の下がる思いだよ――」
「……すみません。話しかけないでいただけますか、ヒビキさん」
俯いたまま、その顔は見えない。
だが底冷えのする声だけで、どういう表情をしているのかは容易に知れた。
「応える余裕がありません。お兄ちゃんを見殺しにした怒りを、抑えるのに必死なんです」
「あはは、それは無理かなぁ」
静かな声に込められた途方も無い熱量を、ヒビキは一笑に付す。
当然だろう。
そんなもの、こちらとて同じなのだから。
「くだらないことを喋ってないと、怒りでどうにかなりそうなんだ。ユネを落とされて、僕が冷静だと思うのかい?」
「…………」
それでもヒビキが喋っているのは、他にやりようがないからだ。
『三分間の福音』も種切れになった今、敵本陣を攻略する手は無い。ハッキリと手詰まりだ――本陣防御に残してきた三人がここまで来れば別だが、きっと間に合わない。
「……残念だよ。どうやら雪辱は次の機会みたいだね」
それはまったくの偶然だったが。
ヒビキのため息と同時、運営のアナウンスがフィールド全体に響き渡った。
長かった戦いの終わり。
クエスト名『唯一つの神宝』の勝者――自分達ではないギルドの名を告げる、アナウンスが――。
次回エピローグです。




