表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/117

外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その41

遅くなりましたが、よろしくお願いします。

 漆黒は混乱していた。


 非常に稀有な状況である。

 良くも悪くも常人の枠に収まらない彼は、心底からの驚きになどあまり馴染みがない。


(――何故だ)


 故にこそ、その混乱は長引いていた。

 精神異常のバッドステータスを受けたが如く、完全に囚われてしまっている。


(何故)


 たった一つ。

 目の前に広がる光景に、己の思考は釘付けとなっていた。


(何故、アルフレドがあそこにいる)


 眼が映すのは、怨敵に貫かれて頽れる男の姿。


 間違いなく致命傷であるそれは、本来、己の喰らうはずの一撃だった。


(……いや、違う。我は知っている。これは『キャスリング』だ)


 守護騎士(ガーディアン)専用技能(ユニークアーツ)

 己と味方の位置を交換する、支援型のスキル。幾つかややこしい制約はあるが、この技能(アーツ)であれば交錯の直前に入れ替わることは確かに可能だろう。


 可能だが――それは一つの事実を示していた。


 それこそ漆黒が混乱している原因。

 混乱している。つまり解せない――否、認めたくのない、その事実。


 アルフレドがこの技能(アーツ)を使ったのは、つまりそうしなければ(・・・・・・・)負けていた(・・・・・)と判断されたということで――。


「――――ッ!!!!!」


 理解した瞬間、途轍もない(いかり)が全身を苛んだ。


 その判断が間違っていないことが、尚更腹立たしい。


 交錯の一瞬、漆黒は確かに死に触れた。

 極限の集中が呼び込んだ未来視が、死天使である己を以てしても避けられぬ終わりを仰ぎ見た。


 故にアルフレドは命を捨てたのだ。

 決して負けられぬ己の代わりに、守護者として未来を繋ぐべく。


 その判断をどうして責められよう。

 責めを負うべきは、そんな状況まで至ってしまった己の弱さ――そして、それを呼び込んだ獣の王であるべきだ!


「雄々ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」


 猛然たる咆哮が迸る。

 かつてない激情と共に、漆黒は強く踏み込んだ。彼我の距離はほんの数メートル、世界最速クラスの前衛にとっては、刹那も必要のない至近距離。


「ラァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」


 その刹那を駆ける強襲に、鷹は完璧に反応した。


 漆黒が見惚れるほどの体捌きで反転しながら、迎撃の左拳が繰り出される。


 速さも強さも申し分なかった。

 最後の最後まで癇に障る強敵へフルフェイスの中で苦笑しながら、漆黒は構わず突き進む。


「「っ!!!!!」」


 交錯――そして一瞬の静寂。


「……ハ」


 痛みに顔をしかめた漆黒は、しかし宿敵の吐息で決着を悟った。


 幾千万を葬り去った己だからこそ解る。それは既に終わった(・・・・)者だけが放つ、死の嘆息だ。如何なる手段であろうと覆せぬ、戦いの終焉である。


 過去最高の一刺し。

 決して躱せぬ絶殺の一撃が遂に鬼神を討ち果たしたのだ。


(っ……こちらも軽くはないが)


 完膚なきまでに右肩は吹き飛ばされたが、それだけである。本来の狙いだろう首を抉るまでは至らなかった。迎撃のために体を捻じった余分が、拳聖の一撃を必殺から貶めたのである。


「……おい、黒いの」

「…………何だ、戦鬼」


 鷹には、もはや動くだけのHPも残っていなかった。


 受けたダメージも自滅技の反動も既に限界値。

 瞬きの間に消え去る宿敵は、最後の最期に。


「良かったじゃねぇか。二対一(・・・)ならテメェの勝ちだ」


 かつてないほどの嘲笑と、呪言を残した。


「――――――――」


 漆黒の総身が冷えてゆく。

 怒りも過ぎれば冷めていくものだと、漆黒は初めて知った。


 結末だけを言えば、間違いなく勝ったのは己である。


 漆黒は生き残り、鷹は消え果てた。

 それが決勝戦における結果であり、これ以上のない勝敗だ。そもそも二対二の状況を崩して二対一にしたのも向こうであり、漆黒に落ち度はまるでない。


 そんなことは解っている。

 解ってはいるが――そんなおためごかしで仕舞えるほど、この怒りは軽くない。


「ああ……腹立たしい……」


 嗤われたのだ。

 ほぼ唯一、己と肩を並べる(あのおとこ)に、二対一で無ければ勝てぬ臆病者だと嗤われたのだ。


 それをどうして許せようか。

 どうして抑え込めようか。


 この怒りを。悔しさをっ。不甲斐なさを! どう御せばいいという……!


「…………――っ!?」


 漆黒がそれを想ったのは、まさに刹那。

 だがその刹那こそ、決勝戦で漆黒が初めて見せた“致命的”な隙だった。


「ぐっ!?」


 凝り固まった思考が反射を鈍らせる。

 辛うじて弾いたものの、体勢までは保てなかった。度重なる衝撃で千切れかけていた右腕が完全に吹き飛び、同時に握り続けていた『神薙の黒拵』までもが大地へ落ちて滑ってゆく。


「貴様かァ! “山猫”ォォォォォォォォ!!!」


 そうして、彼女が来た。


◆◇◆◇◆


 狩人には2種類がいると葵は考えている。

 確実な戦果を狙い、場が整うまで耐え忍ぶ“待ち”のタイプと、己の能力を信じて自ら獲物を仕留めに往く“攻め”のタイプ――“機動弓兵”を自称する彼女がどちらかといえば言うまでもないが、今回、葵は待ちに徹した。


 納得は出来ないが、今回に限っては仕方がない。


 他の面々と同じく己の主義を曲げた葵は、己のフェローがそうしたようにひたすら待ち続け、そして――。


(往くょ!!!)


 ついに絶好の機を得た。


 漆黒の得物を腕ごと引き剥がし、葵は飛び出す。

 両手に携えられたのは本来の主武装である弓ではなく、一護が如き二刀だった。


 安全策を取るのであれば、遠距離からじわじわと削るべきだろう。だが狩人(あおい)の勘は、時間を使えば負けるのはこちらだと告げている。


「うっりゃああああああああああああ!!!」


 死闘で満身創痍の漆黒と、ほぼフルパワーの葵。

 普通に考えれば負けるはずのない戦いだが――その程度で勝てる相手であれば、そもそも鷹が仕留めていたわけで。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 葵の奇襲に漆黒は見事、対応していた。


 唸る双剣は致命傷から程遠い。

 嫌になるほどの対応力だ。重装甲による防御力と達人クラスの体捌き、更に左手で扱う『神薙の黒拵』の鞘が本命の一撃を悉く見切り、こちらの優位性を刻一刻と奪ってゆく。


 ……本当に頭にくる相手だ。

 これだけお膳立てをされて仕留められないなど、葵ちゃん史上に残る恥である。ましてや己が原因で敗北でもした日には、『風見鶏』全員を闇討ちしかねない。


「まったくもう……こういうのは――柄じゃないんだょ!」


 故に、葵は虎口へと踏み込んだ。

 彼女が張り巡らしている警戒網。漆黒が何をしようと対処できる安全圏内、そのほんの一歩内側へ――強固な防御ごと打ちのめし、決着をつけるために。


「待っていたぞ!」


 だがそれを敵も望んでいた。

 交錯の瞬間、漆黒が一歩踏み出して鞘を振るう――如何なる魔術か、それだけで葵の二刀の片割れが相手に渡る。残った一刀は漆黒にダメージを与えたが、反撃はその比ではなかった。


「っ!?」


 体を襲う二つの衝撃。

 漆黒の剣術は想定を超えていた。奪い取った剣が主である葵の手首を斬り飛ばし、返す太刀が臓腑を抉る。


 まさに完璧なカウンター。

 一瞬にしてHPの大半を失った葵は、だが――。


「うおっしゃあああああああああああああああああああ!!!」


 “それがどうした”とばかりに吼えた。


 技術は想定外でも、ダメージを喰らうこと自体は想定内。

 元より反撃が解った上での突進である以上、この程度で止まりはしない。


「グッ!?!?!?!?」


 正面から殴り倒された(・・・・・・)漆黒が目を剥いた。


 ありえないと告げる視線は、だが当然だろう。

 鷹ですら滅多に為しえない奇跡を、しかし葵は失った方の手(・・・・・・)で殴る(・・・)という埒外で実現したのだ。


(想定外ってのは――こういう手を言うんだょ!(ドヤァ))


 肉食獣が如き俊敏さで追撃。

 痛み分けで済ませるつもりなどない。マウントポジションから確実に首をいただく!


「殺ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 飛び掛りながら、葵は確信した。

 武装か体勢、そのどちらかが揃っていれば不可能だっただろう。だがその両方が欠如している今、如何に漆黒であろうと致命的――先に到達するのはこちらの攻撃であり、それが決殺の一撃となるはずだと。


「舐めるなと言ったぞ山猫ォォォォォォォォォォ!!!!!」


 白刃が翻る。

 互いが矜持を以て振るう、最後の一刀。


「…………」

「…………」


 噴出する血潮が、決着の時を告げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ