外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その41
遅くなりましたが、よろしくお願いします。
漆黒は混乱していた。
非常に稀有な状況である。
良くも悪くも常人の枠に収まらない彼は、心底からの驚きになどあまり馴染みがない。
(――何故だ)
故にこそ、その混乱は長引いていた。
精神異常のバッドステータスを受けたが如く、完全に囚われてしまっている。
(何故)
たった一つ。
目の前に広がる光景に、己の思考は釘付けとなっていた。
(何故、アルフレドがあそこにいる)
眼が映すのは、怨敵に貫かれて頽れる男の姿。
間違いなく致命傷であるそれは、本来、己の喰らうはずの一撃だった。
(……いや、違う。我は知っている。これは『キャスリング』だ)
守護騎士の専用技能。
己と味方の位置を交換する、支援型のスキル。幾つかややこしい制約はあるが、この技能であれば交錯の直前に入れ替わることは確かに可能だろう。
可能だが――それは一つの事実を示していた。
それこそ漆黒が混乱している原因。
混乱している。つまり解せない――否、認めたくのない、その事実。
アルフレドがこの技能を使ったのは、つまりそうしなければ負けていたと判断されたということで――。
「――――ッ!!!!!」
理解した瞬間、途轍もない炎が全身を苛んだ。
その判断が間違っていないことが、尚更腹立たしい。
交錯の一瞬、漆黒は確かに死に触れた。
極限の集中が呼び込んだ未来視が、死天使である己を以てしても避けられぬ終わりを仰ぎ見た。
故にアルフレドは命を捨てたのだ。
決して負けられぬ己の代わりに、守護者として未来を繋ぐべく。
その判断をどうして責められよう。
責めを負うべきは、そんな状況まで至ってしまった己の弱さ――そして、それを呼び込んだ獣の王であるべきだ!
「雄々ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!」
猛然たる咆哮が迸る。
かつてない激情と共に、漆黒は強く踏み込んだ。彼我の距離はほんの数メートル、世界最速クラスの前衛にとっては、刹那も必要のない至近距離。
「ラァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
その刹那を駆ける強襲に、鷹は完璧に反応した。
漆黒が見惚れるほどの体捌きで反転しながら、迎撃の左拳が繰り出される。
速さも強さも申し分なかった。
最後の最後まで癇に障る強敵へフルフェイスの中で苦笑しながら、漆黒は構わず突き進む。
「「っ!!!!!」」
交錯――そして一瞬の静寂。
「……ハ」
痛みに顔をしかめた漆黒は、しかし宿敵の吐息で決着を悟った。
幾千万を葬り去った己だからこそ解る。それは既に終わった者だけが放つ、死の嘆息だ。如何なる手段であろうと覆せぬ、戦いの終焉である。
過去最高の一刺し。
決して躱せぬ絶殺の一撃が遂に鬼神を討ち果たしたのだ。
(っ……こちらも軽くはないが)
完膚なきまでに右肩は吹き飛ばされたが、それだけである。本来の狙いだろう首を抉るまでは至らなかった。迎撃のために体を捻じった余分が、拳聖の一撃を必殺から貶めたのである。
「……おい、黒いの」
「…………何だ、戦鬼」
鷹には、もはや動くだけのHPも残っていなかった。
受けたダメージも自滅技の反動も既に限界値。
瞬きの間に消え去る宿敵は、最後の最期に。
「良かったじゃねぇか。二対一ならテメェの勝ちだ」
かつてないほどの嘲笑と、呪言を残した。
「――――――――」
漆黒の総身が冷えてゆく。
怒りも過ぎれば冷めていくものだと、漆黒は初めて知った。
結末だけを言えば、間違いなく勝ったのは己である。
漆黒は生き残り、鷹は消え果てた。
それが決勝戦における結果であり、これ以上のない勝敗だ。そもそも二対二の状況を崩して二対一にしたのも向こうであり、漆黒に落ち度はまるでない。
そんなことは解っている。
解ってはいるが――そんなおためごかしで仕舞えるほど、この怒りは軽くない。
「ああ……腹立たしい……」
嗤われたのだ。
ほぼ唯一、己と肩を並べる鷹に、二対一で無ければ勝てぬ臆病者だと嗤われたのだ。
それをどうして許せようか。
どうして抑え込めようか。
この怒りを。悔しさをっ。不甲斐なさを! どう御せばいいという……!
「…………――っ!?」
漆黒がそれを想ったのは、まさに刹那。
だがその刹那こそ、決勝戦で漆黒が初めて見せた“致命的”な隙だった。
「ぐっ!?」
凝り固まった思考が反射を鈍らせる。
辛うじて弾いたものの、体勢までは保てなかった。度重なる衝撃で千切れかけていた右腕が完全に吹き飛び、同時に握り続けていた『神薙の黒拵』までもが大地へ落ちて滑ってゆく。
「貴様かァ! “山猫”ォォォォォォォォ!!!」
そうして、彼女が来た。
◆◇◆◇◆
狩人には2種類がいると葵は考えている。
確実な戦果を狙い、場が整うまで耐え忍ぶ“待ち”のタイプと、己の能力を信じて自ら獲物を仕留めに往く“攻め”のタイプ――“機動弓兵”を自称する彼女がどちらかといえば言うまでもないが、今回、葵は待ちに徹した。
納得は出来ないが、今回に限っては仕方がない。
他の面々と同じく己の主義を曲げた葵は、己のフェローがそうしたようにひたすら待ち続け、そして――。
(往くょ!!!)
ついに絶好の機を得た。
漆黒の得物を腕ごと引き剥がし、葵は飛び出す。
両手に携えられたのは本来の主武装である弓ではなく、一護が如き二刀だった。
安全策を取るのであれば、遠距離からじわじわと削るべきだろう。だが狩人の勘は、時間を使えば負けるのはこちらだと告げている。
「うっりゃああああああああああああ!!!」
死闘で満身創痍の漆黒と、ほぼフルパワーの葵。
普通に考えれば負けるはずのない戦いだが――その程度で勝てる相手であれば、そもそも鷹が仕留めていたわけで。
「舐めるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
葵の奇襲に漆黒は見事、対応していた。
唸る双剣は致命傷から程遠い。
嫌になるほどの対応力だ。重装甲による防御力と達人クラスの体捌き、更に左手で扱う『神薙の黒拵』の鞘が本命の一撃を悉く見切り、こちらの優位性を刻一刻と奪ってゆく。
……本当に頭にくる相手だ。
これだけお膳立てをされて仕留められないなど、葵ちゃん史上に残る恥である。ましてや己が原因で敗北でもした日には、『風見鶏』全員を闇討ちしかねない。
「まったくもう……こういうのは――柄じゃないんだょ!」
故に、葵は虎口へと踏み込んだ。
彼女が張り巡らしている警戒網。漆黒が何をしようと対処できる安全圏内、そのほんの一歩内側へ――強固な防御ごと打ちのめし、決着をつけるために。
「待っていたぞ!」
だがそれを敵も望んでいた。
交錯の瞬間、漆黒が一歩踏み出して鞘を振るう――如何なる魔術か、それだけで葵の二刀の片割れが相手に渡る。残った一刀は漆黒にダメージを与えたが、反撃はその比ではなかった。
「っ!?」
体を襲う二つの衝撃。
漆黒の剣術は想定を超えていた。奪い取った剣が主である葵の手首を斬り飛ばし、返す太刀が臓腑を抉る。
まさに完璧なカウンター。
一瞬にしてHPの大半を失った葵は、だが――。
「うおっしゃあああああああああああああああああああ!!!」
“それがどうした”とばかりに吼えた。
技術は想定外でも、ダメージを喰らうこと自体は想定内。
元より反撃が解った上での突進である以上、この程度で止まりはしない。
「グッ!?!?!?!?」
正面から殴り倒された漆黒が目を剥いた。
ありえないと告げる視線は、だが当然だろう。
鷹ですら滅多に為しえない奇跡を、しかし葵は失った方の手で殴るという埒外で実現したのだ。
(想定外ってのは――こういう手を言うんだょ!(ドヤァ))
肉食獣が如き俊敏さで追撃。
痛み分けで済ませるつもりなどない。マウントポジションから確実に首をいただく!
「殺ったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
飛び掛りながら、葵は確信した。
武装か体勢、そのどちらかが揃っていれば不可能だっただろう。だがその両方が欠如している今、如何に漆黒であろうと致命的――先に到達するのはこちらの攻撃であり、それが決殺の一撃となるはずだと。
「舐めるなと言ったぞ山猫ォォォォォォォォォォ!!!!!」
白刃が翻る。
互いが矜持を以て振るう、最後の一刀。
「…………」
「…………」
噴出する血潮が、決着の時を告げた。




