外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その40
その脅威に気づいたのは、イカヅチだけだった。
風見は“戦隊”の操作、ゼロと小雪も迎撃に全霊を傾けている。
生産・商売職特化のイカヅチは陣地防衛でやれることはなく――それ故に、突然現れたヒビキに気づくことが出来た。
(まずい)
警鐘が頭の中で鳴り響く。
この土壇場で『日陰の軍神』が取る一手が致命的でないはずがない。明滅しながら吹き上がる凄まじいオーラは、本能的な危険と圧倒的な恐怖をもたらした。
(私が――)
スローモーションのように世界が回る。
駆け出した視界の隅で、一護が振り返るのが見えた。
その表情でヒビキに気づいたのは解ったが、既に振るわれた『ファーレンハイトの炎剣』を止めるには至らない。
(対応しなくては――!)
恐らく過去最速の反応で、イカヅチは懐からアミュレットを投げ放った。
財宝級の防御符10連――使い捨てには豪華すぎるそれは、瞬間的な防御力であれば遺産級に届きうる奥の手。これで少しでもヒビキを足止めし、それでも足りなければ、この身を挺して時間を稼ぐ。
「!?」
イカヅチのその目論見は、だが一瞬で破れた。
刹那たりとも保ちはしない。
『ファーレンハイトの炎剣』が防御陣に触れた瞬間、全ての符は力を使い果たしてあっさりと砕け散った。
(本物の化け物ですか……!?)
胸中の呪詛は、当然何の役にも立たない。
薄紙を斬り裂くよりも容易く防護を突破され、『キズナ』本陣はついに直接攻撃を許した。爆撃を受けたような轟音と共に、結界のHPが9割近くも持っていかれる。
「……ちょっと足りないか。相殺が余分だったかな」
意外そうに呟きながらも、ヒビキは既に次撃の体勢に入っていた。
単発で9割持っていく攻撃力。
次は耐えきれないのは自明の理だったが、それよりも早く一護がその背に追い付いた。
「やらせるかっ!」
その連撃は、だが回避どころか防御もされない。
背中に斬撃をマトモに喰らい、ヒビキは意にも介さなかった。途轍もないVITが膨大なHPバーを形成しているため、手数で押す一護では有効打に至らないのだ。
(ならばっ!)
低い姿勢からのタックルを敢行する。
ダメージが無駄ならば、姿勢を崩して空振らせるまで――柔道で言うところの諸手刈りでヒビキの両足を捉えたイカヅチは、しかしそれ以上、動かせない。
(VITだけでなくSTRもですか……!)
まるで、大地そのものを押そうとしているようだった。手応えどころか、動かせる気がまるでしない。
「くっそ!」
一護が再撃を見舞うも、結果は同じ。
邪魔する二人を徹底的に無視し、ヒビキが攻撃を放つ――。
「ううううううううるるるるるるあああああああああああああああああああ!!!」
――その直前、魂を挽き潰す咆哮と共にゼロが飛び出してきた。
『グラビティ・ハウリング』。
強制的にヘイトを集める技能へ引っ張られ、ようやくヒビキの二撃目が方向を変える。
だがその代償に、大上段の一撃を真正面から受け止めたゼロが爆音と共に大地を砕いた。
「ゼロ!?」
自慢の盾が歪んだだけでなく、体まで地面に埋まっている。結界を一撃で半壊させたのも納得の威力だった。
「だ、大丈夫です! もういっちょ受けてやりますよぉ!!」
半泣きながらも、ゼロは男気を見せたが――ヒビキがそれに付き合うはずもない。
軍神の纏うオーラが色を増したのと同時、『グラビティ・ハウリング』の強制ヘイトが途切れた。DEXを強化して精神耐性を思い切り上げたらしい。
(これが“日陰の軍神”……!)
名軍師である雪音が苦戦するのも当然だった。
打たれる手の全てが最善であり、常にギリギリの選択を強いられる。対応を少しでも間違えれば、その瞬間に即詰みだ。
「っ、小雪!」
「~~~っ(ばばば!!!」
絶対に三撃目は許さない。
一護の指示を忠実に果たした小雪の波濤が、『ファーレンハイトの炎剣』ごとヒビキを飲み込んだ。本来は対軍用の質量攻撃を、結界から引き離すために使ったのである。
「ああ――待ってたよ」
だが、それを受けたヒビキは微笑んだ。
AGIを失い、離れてしまえば二度と結界に近づけないはずの彼が、計算通りと言わんばかりの清々しい笑みで微笑んだのである。
「っ、お兄ちゃん!」
「七精宿れ!」
その意味を理解するよりも先、悲鳴と絶叫が木霊した。
振り向けば相対する雪音を振り切り、麗しき少女が天空へと踏み出している。
(そういう、ことですか……!?)
この瞬間、イカヅチは敵の作戦を悟った。
一時のみの異能しか持たぬヒビキは、あくまで囮――“日陰の軍神”の従順たる僕、EGFにおける到達点の一人を送り込むことこそが、目的にして大本命。
実際、『キズナ』に残った戦力は、ほとんどがヒビキへ殺到していた。
独力でユネを食い止めていた雪音も、元々の地力が劣る。
戦闘よりも結界へ近づくことを優先されれば、止められないのは自明の理だった。
「万象よ集え――響き一成す名の下に!」
(しかもご丁寧に“アルカンシェル”……!)
ユネが発動しているソレは七つの属性を同時発動し、剣へと纏う虹の剣――最上位の術法剣士たる彼女が誇る最強火力、システムの枠組みを超えた正真正銘の必殺技だ。
死に体の結界に対しては完全なるオーバーキルだが、生半可な防御策ごと両断するという覚悟を秘めた、詰めの一手――。
「こっちもね」
「!?」
――に加え、視線を切った一瞬で、ヒビキが再度『ファーレンハイトの炎剣』を振りかぶる。
しかもただの剣ではない。イカヅチの鑑定眼は、ソレが投擲特化に魔改造されていると看破していた。
近づけぬのであれば、投げればいい。
単純ではあるが極めて合理的――しかもその切っ先は結界で無く、一護を向いていた。
「っ!?」
悪辣な意図に気づいた雪音が、苦悶に顔を歪ませる。
ゼロが沈み、小雪が技能発動直後である現状、攻撃を防ぎ得るとすれば彼女だけだ。
『信仰の心得』、『祈祷術』、『神聖術』、『神仙術』からなる四元技能――聖なる術を学び修めた雪音のみ使用可能な祈念護法『魂神殿』にしか、可能性は残されていない。
だがその効果範囲は極めて狭く、結界も一護も護るというのは不可能なのだ。
結界を選べば一護はリタイヤ。
一護を選べば結界は破壊され、フラッグが丸裸になる。
王手飛車取り――これ以上ない一手に晒された雪音は、しかし迷うことなく『魂神殿』を発動した。神聖さの齎す煌めきが守護対象を覆い、放たれた破壊の波を間一髪でシャットアウトする。
その守護対象とは、果たして――。
「……やっぱりか」
攻撃を逸らされたヒビキが呻いた。
彼の『ファーレンハイトの炎剣』は結界に阻まれ、遥か遠くを抉る。一護は辛うじて無傷だが、それは一つの事実を指し示していた。
(やはり一護様が……!)
即ち、フェローにも知らされていなかった急所である。
当然だろう。
雪音の加護を受けられなかった結界は、『アルカンシェル』によって砕け散った。結界を捨ててまで護る価値を持つのは、脱落した瞬間に敗北が決定するリーダー以外ありえない。
「ゼロ、小雪! お前らはフラッグを護れ! 絶対に渡すな!」
「ご、ご主人は!?」
「なんとかする!」
“なんとかする”。
合理性のカケラもないその指示が、『キズナ』の窮状を端的に表していた。
最早、手はない。
各人の奮闘に期待するしかないという、末期的な症状を――。




