外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その39
人の形をした修羅を目の当たりにし、アルフレドの全身へ緊張が満ちた。
何しろ敵は通常時でさえ漆黒やユネに比肩する武人、最強クラスであることは間違いない。しかし己とて『風見鶏』でメインタンクを張っている身だ。惨敗するほど寝ぼけてはいない。
実際、猛々しく黒い闘気は寒気を覚えるほどに強烈だが、百戦錬磨のアルフレドは委縮していなかった。元よりそんな可愛い神経はしていない。
「――――」
有り余る鬼気が肌を刺す。
呼吸を整えつつ、アルフレドは油断なく構え直した。
使い手も発動した技能も超一流、油断する理由など、天地何処を探しても見当たらない――。
「!?」
故に。
己を襲った衝撃を、アルフレドは理解できなかった。
(な、ん……!?)
攻撃は愚か、その起こりたる手足の運びまでも見えない。
空気が軋んだという自覚すらないままに、肉体が宙を舞っていた。
「ぐっ……!?」
打撃音すら遅れて聞こえる中、アルフレドは噛み殺すつもりで歯を食いしばる。
考えている暇もなかった。体の反射に任せて盾を振るった瞬間、更なる剛撃が総身を蹂躙する。山勘に等しかったが、なんとか防御出来たらしい。
「戦鬼ィ!」
漆黒の怒号。
迫る剣神のプレッシャーが、アルフレドに掛かる圧を弱めた。痺れて言うことを聞かない体を無理やり従えて、その隙の復帰を試みる。
「!?」
だがその瞬間、ゆらりと何かがアルフレドを撫でた。
津波に飲み込まれたかのような感触の果て――意図しないまま体が泳がされ、ついで、構えた盾が鮮烈な一撃を受け止める。
「「なっ……!?」」
驚きは漆黒とアルフレド、その双方からだった。
いかなる手を使ったのか、鷹を斬り裂くはずの一閃をアルフレドの盾が受け止めている。体の位置を入れ替えられ、攻撃の軌跡に割り込まされたのだ。
「ハッハァ!」
無論、それで終わりではない。
漆黒をいなした鷹の猛撃が、再び全身を襲った。
通常攻撃ですら不可視故に回避不能――守りを固める暇もなく繰り出される連撃は、アルフレドのHPをあっという間に削り取っていく。
(――ならば!)
避けられないのであれば、喰らっても問題ない状況を作ればいい。
アルフレドは虎の子、極短時間だけ無敵となる秘技を発動した。これなら反撃を受けようが構わない、今のうちに鷹を捕らえて抑え込む――!
(!? どこに……!?)
しかしアルフレドの手は宙を切った。
一瞬前にあったはずの姿が、気づけば消えている。あの巨体にあの闘気、隠れる暇も場所もないはずなのに、忽然とその姿を見失っていた。
「下だ!」
「っ!?」
漆黒の叫びで背が冷える。
鷹は消えてなどいなかった。
深く沈みこみ、こちらの懐へ入り込んだに過ぎない。そのスピードが人知を超えているため、消えたように錯覚しただけだ。
「破ァ!!!」
反射的に体を丸めたアルフレドを、本日最大の衝撃が襲う。
絶招と呼ぶに相応しき一撃――超重装備の神話級防具を、培ってきた体術を、強敵との戦闘経験を嘲笑うような寸勁が、その巨体を問答無用で弾き飛ばしたのである。
(この威力、どれほどの……!?)
発動していた技能のおかげでダメージはなかった。
だが発動していなければ、再起不能だっただろう。巨竜ですら屠られるのではないかと疑う衝撃は、ユネや漆黒にも不可能な一撃決殺の超打撃だ。
「雄々オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
「ッ……調子に乗るなよ貴様ァ!」
金色の鬼神による波濤を、黒き剣神が堰き止める。
自らを無敵と誇る『風見鶏』最強の一角は、全身にありったけの強化を用いていた。
背水の陣を敷いた好敵手に対し、己もまた全身全霊で臨んでいる。
(漆黒、様……!)
数十メートルも吹き飛ばされたアルフレドは、体を起こしながら歯噛みした。
傍目から視ればよく解る。
今の鷹を敵に回しては、万夫不当の漆黒さえも届かなかった。
直撃こそ受け流しているものの、余波だけでも相当のダメージを負っている。
両者の技量に致命的な隔たりがあるわけではないが、『天墜・降魔鬼勁』の上昇幅が異常に過ぎた――本来は拮抗する力量を持つ二人だからこそ、基礎能力の差がダイレクトに出てしまっているのだ。
「ハッハァ! どうしたどうしたァ!」
「調子に乗るなと――」
だがそれで終わらぬのが漆黒。
刹那にも満たない連撃の隙を見逃さず、『神薙の黒拵』が振るわれる。
「――言っただろう!!!」
ダメージを嫌った鷹が僅かに距離を取った瞬間、裂帛の気合を以て漆黒が更に踏み込んだ。
玄妙なる踏み込みは、空間転移に等しい鋭さ。
同時に発動するは三元技能、『紫電閃・改』――雷速の秘奥が今、文字通りの閃光となって解き放たれる……!
(殺った!)
躱せる間合いではない。
数多の強敵を斬り伏せてきた破格の奥義が、伝説の死闘を決着させたように鷹を――。
「――――――――」
だがアルフレドの前に広がった光景は、思いもよらないモノだった。
「ハ」
「か……は……」
無敵が揺らぐ。
漆黒の渾身が躱され、逆にその顎先を強烈な一撃が襲っていた。体を後ろへ倒すことで『紫電閃・改』を避けた鷹が、反撃の二連蹴りを見舞ったのである。
「調子に乗ってんのはどっちだ、黒いの。『紫電閃・改』は前に見た。二度喰らうほど甘かねぇよ」
「く、そ……!」
クリティカル判定こそないものの、常軌を逸したSTR値による一撃は、それだけで漆黒のHPを果てしなく削っている。
「くうっ……!?」
その頃には、反射的にアルフレドは駆け出していた。
漆黒は易々とやられるような男ではないが、脳を揺らされた影響は避けがたい。戦闘感度が鈍った状態で、鷹の追撃を許すわけにはいかなかった。
「ハッハァ!」
「ぐ、あ!?」
間一髪、体を投げ捨てて一撃を受ける。
あわよくばと繰り出したカウンターも、鷹はあっさり躱したが――本命は刹那を稼ぐことだ。その隙にVITを全力強化、HPを担保に世界最強を相手取る。
「よく間に合ったじゃねぇか、優男ォ!」
降り注ぐ拳は凄まじい威力だった。
一撃一撃が必殺。
冗談としか思えない威力が、機械じみた精確さ、悪魔のような狡猾さで叩き込まれる。
仮に『風見鶏』の面々であろうとも、ここにいるのが己以外であれば全てのHPは一瞬で溶けていただろう。
「――よくやった」
だが地獄のような連撃を、アルフレドは耐えきった。
崩れ落ちる直前、背後から聞こえた声は力を取り戻している。その強さを感じ取った鷹が後ろへ跳んだのと、回り込むように漆黒が飛び出したのはまったくの同時だった。
「沈め――戦鬼!!!!」
それは漆黒しか成し得ぬ秘奥。
EGFにおける技能と彼本来の技術、そして桁外れの戦闘勘によってのみ成立するユニーク技能――あらゆる兆候を感じさせず敵を断つ、独り奏でる無音剣。
即ち『独奏・無拍の太刀』――!
「っ!!!!????」
正真正銘、漆黒が誇る最強の一撃が、ついに鷹を捉えた。
『天墜・降魔鬼勁』による最速状態ですら躱せぬ斬撃が、半分近かったHPを更に削り取る。
残るHPは目算1割程度。1秒に1%ずつHPを削る自滅技能を発動している以上、鷹は10秒も経てば自然に脱落だ。
「―――シッ!」
だが漆黒はそれを良しとしない。
痛撃を与えたと驕ることなく、黒き堕天使は即座に二撃目へ奔った。
宿敵を斬り裂いた『神薙の黒拵』がさらに唸る。『独奏・無拍の太刀』で払われた太刀は手元に戻ることなく、漆黒の強靭なバネによって神速の弾丸へと至った。
「ハッ!」
時を同じくして鷹もまた、最大戦速で踏み込む。
自身のHPがなくなるよりも速く、漆黒を屠るつもりだろう。自滅は避けられなくとも、道連れにして逝く――その意志が込められた拳は、武神と呼ぶに相応しい威を備えていた。
「「雄々オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!!!!」」
時間的にも体力的にも技の威力にしても、これが最後。
決着を託した手は奇しくも同じく“突き技”――血反吐を撒き散らしながら、二人の最強、最速が全てを賭けて繰り出される。
「――――――」
“殺った”。
“殺られた”。
二人が同時に感じた思いが、消え行く頭へ木霊する。
だがその決着を。
アルフレドが見ることはなかった――。




