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外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その38

 『三分間の福音』。


 その存在は一護も知っていた。

 知ってはいたが、それはいわゆる死蔵技能(デッド・アーツ)としてである。運営の遊び心としか表現しようのない、あんなものを会得する物好きがいるとは思ってもいなかった。


 当然だろう。


 EGFの技能(アーツ)取得は個人の裁量に任せられるが、何かを極めるには取得対象を絞り込まねばならない。近接特化の鷹が解りやすく極端だが、魔術に関わる技能(アーツ)、MAG系統を完全に捨てている。


 それは全方位に最強を作らせない当たり前の手段だが――『三分間の福音』はその習得条件が特にバラバラ、かつ苦労して習得したとしても技能(アーツ)を散らした代償で、通常性能は最下層が確定してしまうという諸刃の剣なのだ。


 使い勝手の悪さはEGFでも屈指、一護が死蔵技能(デッド・アーツ)と思うのも無理はない酷さであるが――。


(くっそ!)


 一方で、発動中は無敵と言って良かった。


 轟々と唸り声をあげる連撃は、今までに戦った誰であろうと及ばない。

 今のところ(・・・・・)速いだけで攻撃が軽いのは救いだが――こちらがミスした瞬間、STRも上げて一気に叩き潰しにくるはずだ。


(でも……もう少しのはず!)


 綱渡りを続けながら、一護は脳裏のカウントを続ける。


 強力無比な『三分間の福音』だが、その無敵性はわずか180秒――3分しか保たない。しかも効果が切れた瞬間、そのステータスは最低値たる“1”に固定されてしまう。


 故に一護は逃げに徹していた。


 3分間逃げ切れば、間違いなく勝ちである――ユネが控えているとはいえ、雪音と組んだ状態ならば万が一にも負けはしない。


 ならば時間を稼ぐのは自明の理、当然の理屈だった。


『相手から目ぇ離すな』


 鷹のアドバイスが脳裏へ閃く。


『ステータスがカンストされてちゃ、俺でも多分見てからは躱せねぇ。バトってる相手が俺や黒いのクラスならまぁ詰みだな』


 決勝戦が始まる前、一護は鷹に特訓を頼んだ。

 カンスト状態のヒビキ戦を想定し、『天墜・降魔鬼勁』で極限までステータスUPした鷹を仮想敵として功夫を積んだのである。


『だがゲスマントは完全に素人だ。足捌き、腕の振り、体や視線の向き――どっかしら、必ず攻撃の予備動作が出る。どんだけEGFにいようが、そいつは正統武術を学ばねぇ限りは消せやしねぇ』


 何時間もぶっ続けで戦い、幾度となく叩き伏せられた。

 現実世界だったら死んでいただろう。やると決めた鷹は情けも容赦もなく、一護を徹底的に仕上げつくした。


『見ろ。読め。動け。そうすりゃ、お前なら凌げんだろ』


 そうして――今がある。

 予知じみた神業で、致命傷を避け続ける今が。


「おおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」


 雄叫びと共に迫りくる炎の剣を躱し、一護は半歩横へ跳んだ。

 わき腹が少し斬り裂かれるも、その程度は想定内。受けて大きく体勢を崩すよりは余程マシ、そんな傷など聖女の加護があれば一瞬で癒える。


 しかしながら、たかが3分が永遠にも思える長さだった。


 剣戟は既に千回を超えている。

 あるいは万に達するのではないかという、時の果てに。


「――やっぱり、解せないな」


 ヒビキが止まった。

 時間がないはずの――経過するほど不利になるはずのヒビキが、突如、戦いを止めたのだ。


 気づかぬ内に3分経ったのかとも思ったが、軍神が吹き上げるオーラは未だに健在。タイムアップにはまだ早いと明確に示している。


「……何がだよ?」

「君が強いことは解ってた。でも今の君は別格だ。『ペアリング』もだけど、何より桁外れのモチベーションが、強さを上積みしている。僕なんかに言われたくはないだろうけどね」

「……で?」

「一護君。教えてくれるかな。君たちは――君は、何を考えているんだい?」


 それは答えなくてもいい疑問だった。

 むしろヒビキの性格を考えれば、何かの策略と疑って当然だろう。“日陰の軍神”を相手に気を取られて、いいことなど一つもない。


「……このクエストの告知が出た時、色んな噂が流れただろ」


 だが不思議と、一護は答えていた。

 話した方が時間を稼げる。こちらとしては都合が良い――そんな言い訳じみたことを心の中で呟いてまで、ゆっくりと言葉が紡がれる。


「そんな中、どうしても無視できない噂が1個だけあった」


 前代未聞のギルド対抗戦は、情報が全然なかったせいもあり、色々な憶測や噂が流れた。


 曰く、マンネリの打破。

 曰く、ご褒美クエスト。

 曰く、増えすぎたギルドのふるい――。


「いっそ“EGF”自体が終わるんじゃないかって噂だ」


 明確な情報があったわけではないだろう。

 恐らくは単なる思い付き、脊椎反射で書いたレベルの意見だったはずだ。


「でも、それが衝撃だった。この世界が終わるなんて、思ってもいなかったそれが……いつか現実になるIFだって気づいた」

「……」

プレイヤー(おれたち)はそれでもいい。嫌だけど、ある意味、それだけだ。でも、それだけじゃ済まない奴らがいる」


 フェロー。

 プレイヤーの分身――あるいは理想であり、相棒、親友、恋人、従僕、家族。彼らにとっては『EGF』こそが現実、この世界の終焉は彼ら自身の終わりと同義だ。


 いつかは解らない。

 だが終わりはきっと避けられず、時の果て、彼らは必ず消えてしまうだろう。


「だから、その前に俺はあいつらにプレゼントしてやりたい。“最高のギルド”っていう称号を。俺達のギルドこそが、最高の場所だって証明を」


 終わりが訪れたその日、胸を張ってもらいたいから。

 自分たちが幸せだったと――笑いながら、眠ってもらいたいから。


「だから、俺は――俺達は勝つ。このクエストだけは、絶対に」


 それが『キズナ』プレイヤーの総意だ。

 決勝戦の前、幼馴染は誰もが一護の心配性を笑い、呆れ、しかし最後には同意してくれた。


 名声には興味はなくとも。

 フェロー達へ感謝を示すため、なりふり構わず、死に物狂いで、自らの矜持や信念を曲げてまで協力すると約束してくれたのだ。


「そんな啖呵を切った俺が理由で負けた、なんて死んでもごめんだ。絶対に勝つ。文句あるか?」

「……………………参ったな。そういう考えだったのか」


 半ば開き直った一護の発言に、沈黙を経たヒビキは苦笑する。


 てっきり嘲られると思ったが、声音に混じる感情は正反対だった。どちらかといえば、幼馴染の示した反応に近い。


「理解も納得も出来たよ。ありがとう、一護君」

「そりゃどうも。ついでに勝ちも譲ってくれるとありがたい」

「……ははは。出来ればそうしたいんだけどね――後追いで申し訳ないけど。そういうことなら僕も負けられない。ごめんよ」

「ふん。知るか」


 秘密を吐露したからか、不思議と一護の心は軽くなった。


 余裕が出れば視界も広くなる。

 極限まで高められた集中力はそのままに、一護の感覚はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。


「まかろんは失敗したみたいだな。会話で時間を稼いで、あの攻撃で終わらせるつもりだったんだろうが、ウチの野郎共をなめんなよ」


 鷹達は上手くやってくれたらしい。

 最も恐れていたまかろんの超魔術は、先ほどから暴走していた。指向性のない破壊であれば脅威度はぐっと下がるし、ゼロ達なら持ち堪えてくれるだろう。


『悪いな、雪音。もう少し踏ん張ってくれ。すぐに3分経つ』

『う、うん。解った。がんばるね!』


 順調とは言わないまでも、戦況はなんとか想定内だ。

 最も恐れていたヒビキのAGIもすぐに切れるし、これなら――。


「……否定はしないけどね。不確定要素が増えればいいなぁくらいだよ」


 ――という思いが、油断であるとは思いたくはなかったが。


「だって、攻略なら一手で済む」

「!?」


 “日陰の軍神”を相手取るには、そんな程度もNGだった。


(追加で強化しやがったか……!)


 ヒビキの圧力がさらに増すのと同時、立ち上るオーラが不規則に揺らめく。弱まり、今にも消えそうだった青色が、明滅して他の色へ変化した。


(だけど、一体何を――)


 AGIのカンスト終了まで、もう数秒もない。

 今の一護をその時間で落とすのは不可能。何をしてももう遅いのだが、そう思った刹那に、ヒビキの姿が掻き消えた。


「っ!?」


 殺気は、ない。

 先ほどまでと違い、狙う意志すら感じ取れない動きに虚をつかれた一護は、反射的に振り向いた。


 果たして、そこにヒビキはいた。


 一護を。雪音を。ユネをもすり抜けて。


「しまっ……!?」


 『キズナ』本陣――その防御結界の前に。

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