外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その36
失敗したかもしれないと商人は思い始めていた。
部屋の一面を埋め尽くす大型モニターは、費用対効果を考えて厳選した一品。
儲かりすぎるほど儲けている“防人商会”だが、一寸先は闇になりかねないのが商売である。
故に、我欲による無駄な散財は絶対にしない――それがEGF屈指の大商人、『あきんど』の誇りであり持論であったのだが、今、それが揺らぎつつあった。
「いやぁ凄まじい戦いですねぇ」
この熱戦を余すことなく見るため、今からでももっと大型のディスプレイへ買い替えるべきでは――などと思ってしまっているのだ。情けないことに。
「あっちもこっちも天王山。盆と正月とクリスマスがいっぺんにやって来たってこうはなりませんでしょうに」
傍らへ控えるヘルメスの声も半ば呆れていたが、それも仕方ないだろう。
序盤は情報を活かせる『キズナ』が有利だった。
戦局をうまく誘導し、先手を打っていたが――『風見鶏』がそのまま終わるはずもない。
絶妙な奇策で優位を切り崩し、地の利を得て形勢逆転。しかし『キズナ』も桁外れのモチベーションに基づく活躍を見せ、次第にその差を埋めてゆく。
ころころと変わる盤上。
それを為している知略合戦だけでも大したものだが、それに加えて。
「漆黒と鷹、一護とユネ。EGFの頂点に位置する戦いだ。見世物としては最上級だろう」
「ですよねー。厳密には純粋な一対一じゃないにせよ、素晴らしい商品ですわ。映像化しないんですかね、これ」
「今の運営では期待薄だな。版権が売りに出されれば全力で獲りに行くが」
商売根性丸出しの会話をしながら、目線を下界へと向ける。
始まる前はあれほどお祭り騒ぎだったにもかかわらず、今は静かな緊張感が満ちていた――息詰まる戦場の一挙手一投足を見逃すまいと、老若男女問わず目を光らせているのだ。
「ヘルメス。ここからの展開、どう見る?」
「残念ながら『風見鶏』ですかね。惜しかったですが、まかろん様の大魔術に対抗するだけの術がないでしょう。鷹様も同格を相手にする上で数的不利ですし」
「一護のところは?」
「個人では負けないでしょうが、まあ、まかろん様が火を噴けば終わりじゃないですか?」
「……ふむ。確かにな」
「会長は違うんですかね?」
「違わなくはない」
ヘルメスの予測は、大多数が感じている内容と同じだろう。
極めて妥当、極めて順当、理を以て利を生み出す奴に相応しい考えだ。
だが――それだけではない。それだけでいいはずがない。
「しかし、ここから大逆転の方が面白いだろう?」
何故ならば、理では図れぬモノこそが大儲けの土台になるのだから。
「『キズナ』はこのまま終わるタマではない。見ろ、ヘルメス」
「!?」
商人が促すのと同時、鷹の全身を闇色が覆う。
モニター越しでも解るほど猛々しい凶悪な闘気が顕現するのと、紅の影がまかろんの咽喉を断ち切ったのは、ほぼ同時だった。
ヘルメスが挙げた2つの敗因。
それを揺るがす起死回生、乾坤一擲の一手である。
「まだまだ荒れる。見逃すなよ」
「……承知しました。会長」
◆◇◆◇◆
その光景を、風見は純粋に綺麗だと感じた。
天空を埋め尽くす巨大な紅蓮。
大気を歪ませるほどの高熱と、目を晦ませるほどの眩しさ――降臨しようとしている第二の日輪は、目を奪われるだけの美しさを持っている。
しかし同時に、恐るべき脅威なのも確かなわけで。
「ど、どどどどどどどど、どうすればいいんですかアレ!?」
その迫力に、ゼロなどは恐慌をきたしていた。
あわあわと忙しなく両手を動かしながら、諦めと泣きが等分された表情で太陽をにらみつけている。
「~~~っ(ぽんぽん」
「っ、え、ええ。解ってますよユキ。止めるしかないんでしょう、止めるしか……うう……自信ないですけど……」
「がんばれ~」
「風見様、他人事過ぎませんかねぇ!?」
いわれのない非難を受けた。
あとで一護に抗議しようと思いながら、風見もまた視線を上へ向ける。
「イカヅチちゃん~。わたし達であれ、どうにかなる~?」
「無理です。ゼロと小雪にがんばってもらうしかないですね」
「だよね~」
当然の帰結だった。
風見とイカヅチはそもそも裏方、戦闘力は極端に低い。ヒビキがなんか凄いことになって、一護と雪音が手一杯な現状、そのフェローに頼らざるを得ないのだ。
「ええ、ええ、解ってますよ! 解ってますが! 文句は言いたいんです! やってやりますよコンチクショウ!」
「~~~っ(ぽんぽん」
ヤケになって叫ぶゼロを小雪が宥める。
そんな場合ではないのだが、その姿が――腹を決めたら滅法強いくせに、その前に必ず取り乱す姿が主にそっくりだなぁと風見は思った。
「あれ? アカちゃん、脱落しちゃったって~」
「おや。どこで何をしていたのか解りませんが、落ちていなかったようですね」
「落ちてないならここに来ればいいんですよ、ええ! そして人柱に!」
「~~~っ!(めっ」
ゼロの暴言はともかく。
本当に事態が動いたのは、その後だった。
膨らみ続けていた太陽が少しずつ分裂をはじめ、無数の炎球を吐き出し始める。
その流炎群が目指すは、勿論『キズナ』の本陣――。
「無作為……ですか?」
「……よく解りませんが、制御を失っているようですねぇ? まかろん様にしては珍しい」
――ではなく、炎弾は無造作に破壊を撒き散らしていた。
本陣近くに着弾するモノもあれば、まったく関係のない場所・方向へ降り注ぐものもある。元々が強大すぎて風見には理解できないが、どうやら何かを失敗しているらしい。
「なんとかなる~?」
「いえ、マスター。あれだけの術式ですと、余波だけでも――」
「うひゃあ!? 来ましたよーぅ!」
ついに直撃コースで迫る炎をゼロが迎撃した。
なけなしのMPで発動した技能は、『神聖術』の中級防護。炎系魔術の防御に特化した盾はしかし、一瞬も耐え切れずにあえなく砕け散る。
「うえぇ!?」
「~~~(ぽかん」
「……どうしようもないですね、これは」
「そう~? 相手も消えてるよ~?」
「た、確かに……単発で効果を出し切るタイプのようですが……常設結界をあっさり抜かれるようじゃ、どうしようもないですよぅ……」
「小雪ちゃんが撃てば~?」
「~~~っ(ぶんぶん」
「エネミーはある程度、自動追尾しますが……動いている技能に当てて相殺するのは完全に手動ですからねぇ……山ほど撃てればともかく、百発百中で撃ち落とせるのなんか、葵様くらいですよ――って言ってるそばからー!?」
いよいよ本気か、それとも完全に制御不能になったのか。
降り注ぐ炎はその数を遥かに増した。
当然のように向かってくる分も加速度的に増えており、止められないという諦観が本陣を支配する。
「……ん~」
それは、良くない空気だった。
大嫌いな――のんびり笑っていると咎められそうな、嫌な雰囲気。
「なら、こうすればいいんじゃないかな~?」
故に、風見は手を挙げた。
己の好きな空気を取り戻さんと、彼女の意志を継いだ戦士達が飛翔する。
「みんな、いけ~!」
『冠位人形師』たる八重葉風見が誇る、“戦隊”。
形態変化を施された無数の従僕は、滅びに真っ向から立ち向かった。
「ちょ、風見様!? 何してんですかアナタ!?」
「なにが~?」
「何がじゃないですよマスター! 我らが虎の子を……!」
珍しくイカヅチまで声を荒らげる。
一騎一殺――身を挺して攻撃を相殺する玉砕戦術が、どうやらお気に召さなかったようだが。
「でも、やらないと負けちゃうよ~?」
「っ」
「このクエストは今日しかないんだよ~? そりゃこの子達とお別れするのは嫌だけど、わたしが頑張ればいいんだし~」
風見の単純な指摘に、フェロー達は押し黙った。
単純な話である。
“戦隊”の消費を惜しんで負けるか、彼ら全てを注ぎ込んで生き残る可能性に賭けるか――単純明快な二者択一。
そして風見は、後者を選択した。
幼馴染の決勝戦に臨む思いは、人一倍だ。再生できる“戦隊”を惜しんで負けてしまっては、一護達の頑張りに申し訳がない。
「だからみんなも頑張れ~。わたしだけじゃ、どっちみち無理だから~」
『分け身』は術者のステータスを人形へ宿すことで、稼動させる技能だ。
分け与えられるステータスは最小2%――つまり最大50体を同時に操れる風見だが、当然、撃墜されればその分のHPは減っていく。
輝ける巨大な太陽と比較すれば、自分の方が先に力尽きるのは明らかだった。
「――まったく。風見様に心構えを説かれるとは思いませんでしたよ」
呆れたように呟くゼロに、しかし先ほどまでの悲壮感はない。
どうやら何かを感じ取ってくれたようだ。
うんうんと頷きながら、風見は小さく腕を突き上げる。
「みんな~、がんばろ~」
『お~!!!』
やっぱりギルドはこうでないと。
重苦しい雰囲気なんて必要ない。少なくとも、今はまだ。
体調崩してアップ遅れました。もう少しお付き合い願えれば幸いです。




