表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/117

外伝 - 続・問題児たちが別世界へ行くようですよ?- その35

 凄絶なるマナが戦場を迸っていた。


 そのほぼ中央に位置するまかろんは、倒れていた体をむっくりと起こす。拍子に、殴り飛ばされた頬が痛んだ――届かぬはずの距離を超えて、レイがまかろんに与えた痛みである。


「想定外」


 短い言葉ながら、それは紛れもなく賞賛だった。


 まかろんは予測を外さない。

 神域に届こうという彼女の頭脳が導く予測は、最早、未来予知に匹敵した。古の大軍師ですら及ばぬ神算鬼謀を覆すには、並大抵の無茶では届かない。


 身を挺すことで、レイはそれを為したのだ。彼女の賞賛も当然といえよう。


「でも残念。やっぱり届かない」


 だが――戦いの結末を覆すまでは至らない。


 誰にともなく呟いて、まかろんは魔法陣を再起動した。


 彼女が放とうとしていたのは、独自編纂した連鎖複合技能チェイン・マルチ・アーツ――漆黒が称するところの『神魔塵滅の炎(スル・トー)』という超魔術である。


 とはいえ突き詰めれば、その正体は単なる連鎖術式だ。


 EGFのトッププレイヤーであれば大なり小なり使うそれが必殺技足り得るのは、まかろんの驚異的な演算能力による。千以上に及ぶ技能(アーツ)を最善・最適・最大・最高・最強の効率で組み合わせることにより、彼女にしか成しえない奇跡を体現するのだ。


「――煉獄の蓋を落とす。地獄の釜を押し開く」


 今回もそう。

 レイが自らを挺して防いだのは、まかろんが本来組み上げる術式からすれば未完成、僅かな一端でしかない。流石にまったく影響しないわけではないが、まだ誤差の範囲内だ。


「聖なるものは仰ぎ見よ。魔なるものは伏して待て」


 詠唱が進むにつれて、まかろんの周囲に浮遊する幾つもの魔法陣が光を発する。


 彼女の代名詞たる神話級武装『昏き探求のミスティリオン』が勢い良く回転し、連鎖解凍を滞りなく進めてゆく。


「我が放つは汝らが滅び、その果てに在る安寧也」


 莫大な光が戦場を煌々と照らしていた。


 狂乱するマナの緑光すらも覆い隠し、眩いばかりの紅蓮が天空を染め上げる。

 神も魔も別け隔てなく呑み込み、滅ぼし、灼き尽くすそれ(・・)はまさに太陽そのものだった。


「彼方へ消え行く塵と成りて、諸共に我が腕へ抱かれよ」


 詠唱は既に終盤。

 間もなく輝ける太陽は解き放たれ、擬似的な焦熱地獄が顕現する。


 万物一切灰燼と化す死の波濤――常人であれば発動を躊躇する破壊の波を、だがまかろんは意に介さなかった。


「極死の陽よ来たれ――……」


 何故ならば己は兵器。

 善悪の区別なく。倫理もなく。()の望みに従い、それを叶える唯の機構なのだ。そこに意志が介在する隙間はなく、その必要もない。


 故にまかろんは感情に流されることなく、極めて機械的に、己の役割を果たそうとした。


 だから――()が間に合ったのは、決して彼女の落ち度ではない。


「―――」


 最後の呪言が止まる。

 放とうとした言葉の代わりに、斬り裂かれた咽喉から甲高い叫びが漏れた。


「……我では不足でしょうが」


 黄金の瞳が驚愕に見開かれる。

 振り返ったまかろんが視たのは、総身を朱色に染めた暗殺者。


「死出の道行き、御付き合いいただきます」


◆◇◆◇◆


 何故、生き残ったのかは自分でも解らない。

 破壊の光――抗えるはずもない圧倒的な死は、確かに自分を飲み込んだ。実際に半身はほぼ消失、即死しなかったのは奇跡以外の何物でもない。


 だが、何であれアカは生き残ったのだ。

 ならば――死んだ己にこそ出来ることがあるはず。どのみち時間が経てばバッドステータスによる継続ダメージで死ぬ身、いっそ命を有効に使い潰そうと、アカは決意した。


 そして隠れ潜み、待った。


 傷ついた体を癒すこともなく。

 探知を避けるため技能(アーツ)も使わず。

 今まで培ってきたスキルを総動員して、ただひたすらに『風見鶏』を追尾し――訪れるかどうかも解らなかった、この一瞬に賭けた。


「―――」


 驚愕の表情で振り向いた大魔導師と目が合う。

 己が咽喉を断ち切った相手を――“まかろんの撃破”という大金星をあげたアカを、彼女は興味深そうに見ていた。


「……我では不足でしょうが。死出の道行、御付き合いいただきます」


 謙遜ではない。


 この奇襲が成功したのは特殊な立地故だ。侵入ルートたる一本道を使わず、あえて切り立った崖を登るという暴挙を行ったが故の、特殊極まりない成功――とアカは推論したが、それだけではない。


 まかろんは崖から来る敵も想定していた。実際に一本道には動体検知を、崖には技能検知を走らせている。アカが検知をすり抜けたのは、技能(アーツ)なしで崖を登ったからだ。


 運動下手のまかろんが“実現性が低く非合理的”と切り捨て、緩めた警戒網の穴を偶然とはいえ見事に突いたのである。


(……いや、そもそもはレイのおかげか)


 彼女は身を挺して攻撃を防ぎ、まかろんを殴り飛ばした。

 そうして生み出した時間がなければ、既に大魔術は放たれていただろう。焦熱地獄が顕現し、あらゆる全てが一瞬で蒸発していたはずだ。


「では、さらばです」


 幾つもの偶然が繋げた奇跡に感謝しつつ、二撃目を叩き込む。


 まかろんは抵抗しなかった。

 今まさに致死の刃が迫っているというのに、無表情のまま小さく体を捩るのみ。その矮躯へ間違いなく突き立った手応えに、アカはほっと息を漏らし――。


《浅薄》

「――――!?」


 失ったはずの声をかけられ、凍り付いた。


《『キズナ』の暗殺者は甘いですね》


 驚愕で体の動きが止まる。

 アカの攻撃は確かに成功した。もはや雀の涙ほどしか残っていないHPがその証拠である。


《どこに驚く必要が? 即死しなければ良いだけです》

「くっ――ぐ、う……」


 我に返ったアカが三撃目を叩き込むより、まかろんの杖の方が早かった。


 後衛術者の物理攻撃など本来大した痛痒ではないが、アカも瀕死の状態である。情けなくも地面に転がり、立て直すのに時間を要してしまう。


《役目を果たすまで保てばいい。本式と比べれば威力は落ちますが、仕方ありません》

「く……“二重詠唱(デュアルキャスト)”か……!」


 その名の通り、高位魔術師が技能(アーツ)を同時発動したい時に使う御業である。

 声なき声を形作る技能(アーツ)――肉声を失ったまかろんは、それを利用して呪文を紡ごうとしているのだ。


《極死の陽よ来たれ》


 もはや発動は止められない。

 絶望的な予感を胸にしながら、しかし主に倣ってアカは跳ねる。


《――日輪よ、墜ちよ》


 解き放たれる太陽。

 全ての力を注ぎ込み消えゆくまかろんと共に、アカの総身が地獄の窯へと焼き尽くされた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ